3. 面談
薫は3者面談なるものに臨んでいた。
中学校の担任と秋人と薫で成績表を見てうーんと唸るやつである。
「…その、如月くんは本当にギルドで勉強をしていなかったんですか?」
教師の言葉に秋人は頷いた。
「そうですか…すごい追い上げです」
3年生の初めにやった実力テストはほぼ白紙状態だったが、受験まで残り3か月でのそれは、偏差値70近い数字が並んでいた。
「神崎さんは、教師になられた方がよかったのでは?」
教師が呆れ半分に薫に告げたが、薫は断言した。
「私の腕ではありません。秋人が凄いんです」
そう、如月秋人という少年は非凡なのだ。
いつもふわふわとしていて大人しく、気配を殺してじっとしている生徒だから、空気のように扱われていたが、実は3Sランクの探索者というのは伊達ではなかった。
記憶力と理解力、判断力が桁外れなのである。
一度見たものは忘れないし、1を聞けば10まで理解する。そして、おそらく彼は設問のパターンと回答の癖を勉強を始めて1か月もする頃には見抜いていた。
秋人はあっという間に数年の勉強していなかった空白を埋めてしまった。
もちろん、薫の教え方がうまかったということは否定できないが、秋人の優秀さがより際立っていたと薫は思っている。
「志望校はどうされますか?こんなこと言うと怒られるかもしれませんが、内申は高くできると思っていただいて結構です」
「き、聞かなかったことにしますね」
薫は法律家なので、苦笑いするしかなかった。
学校がいかに秋人に対して罪悪感を抱いているかよくわかっていたが、できる範囲で高得点つけますと言われると複雑だ。
「秋人は行きたいところはあるかい?公立でも私学でも好きなところを選べるよ」
薫の言葉に、想像通り秋人は困った顔をする。
どこにも、何も希望はないのだ。ただ、高校に行って普通の生活をしてみたかっただけ。でも、正直言うとそれも実はよくわからなかった。
秋人にとって「普通の生活」というのはふわりとした理想のようなもので、実際にどんな生活が「普通」なのかよく分かっていないということが、最近ようやく分かってきた。
正直に言えば、秋人は薫との生活が楽しかったので、今のままで十分だった。
高校は薫の家から通える範囲ならどこでもよかった。
「その、如月くんはこのまま探索者を続けるのですか?」
担任は恐る恐る尋ねた。
「はい」
秋人は迷わず返事をする。今は休眠状態ということで、特に何か頼まれてダンジョンに潜ることはないが、腕がなまるのは嫌なので、週1くらいで適当なところに自主的に潜っている。
「それだと、もしかしたら私学の方がいいかもしれませんね」
「どういうことですか?」
薫が尋ねる。
「いえね、ダンジョンに潜ることがある場合、公立だとおそらく自己都合の休み扱いしか難しいと思うのですが、私学で探索者に理解のある学校なら、公休扱いにしてもらえるかもしれません。中学校と違って高校は出席日数が不足していたら、容赦なく留年させますからね」
「なるほど」
薫と秋人はうんうんと頷いた。適当に秋人の出席日数をごまかした学校側が言う事には説得力があった。それは確かに大事なことだ。
「探索者の訓練学校とかがいいってことですか?」
薫の質問に教師はうーんと唸った。
「いやあ、あそこは育成のための学校なので、すでに探索者である如月くんが行くには微妙かもです」
「それもそうですねぇ」
薫もうーんと首を傾げた。
「ギルドに何か知恵がないか聞いてみましょう」
先送りだが資料不足だ。早急な判断は今後のためにならないと思った薫は席を立った。秋人も一緒についていく。三者面談はそこでお開きとなった。
帰り道、二人で並んで歩く。当初20センチ以上離れていた身長は、今は15センチくらいになっている。
「後藤さんに聞く?明日会うよ」
秋人の言葉に、そういえば明日は秋人の後藤氏との面談デーだったなと薫は思い出した。
「そうだな。俺も心当たりを調べてみるから、秋人は後藤さんにアドバイスもらってくれるか?」
「分かった」
にこりと秋人が頷く。
こんな風な笑顔を見られるようになっただけ進歩なのだと薫は思った。
土曜日、秋人が後藤との面談に出かける。
最近ではキャップを深く被っていく。変なスカウトの目に留まらなうための苦肉の策である。ちなみにこのキャップはミドリからのプレゼントだった。
「芸能人は変装してこそよね」
というのが彼女の主張である。秋人は芸能人ではない。探索者である。探索者の中のスーパースターだが。
「こんにちは。遅くなってすいません」
秋人は後藤に手を振って謝った。
数人のスカウトをまくのに手間取ったのだ。あれらが純粋に芸能界からの誘いなのか、秋人の正体を知った組織からの差し金なのか分からない。
なので、秋人はとりあえず全て断るようにしているが、しつこいと逃げ回る羽目になるのだ。
「やあ、秋人くん。久しぶり。私も今来たところだよ」
後藤が笑う。それと同時に、喫茶店の店員が追加の伝票を後藤のテーブルに載せる。
4枚目のそれをチラリと二人は見たが、見なかったことにした。おそらく1時間以上ここにいたのだろう。
「さて、何か注文しようじゃないか」
後藤は秋人にメニューを差し出した。
意外なことに探索者は甘いもの好きが多い。
魔法は脳の動きを活発にするという研究がなされていることから、糖分の補給は魔法使いにとっては死活問題なのだ。
秋人も例にもれず甘いものが好きだった。
そして、最近後藤が連れてきてくれる、喫茶店やカフェの綺麗なパフェがお気に入りだった。
ようやく「好き」と言えるものに出会えたのだが、ここからが難問だった。
「えーーーっと」
沢山ある写真の中から選ばなくてはならないのだ。
好きなだけ注文できるくらいのお金は持っているが、アイスはたくさん食べると腹を壊すのでパフェは3つまでと薫に言われている。3つでも多いのだがさすがに中学生の食欲は伊達ではない。ペロリと食べてけろっとしていた。
秋人は知らないが、薫は本当は1つと言おうと思ったのだが、雨に濡れた子犬のような秋人に厳しく言えなかっただけである。
何かを自分のために選ぶのはとことん苦手な秋人は、うんうんと唸りながら迷っている。
後藤はそんな秋人の姿を目を細めて見つめていた。できるだけ、何かを選ぶように誘導してほしいと薫に頼まれていた。
薫は、秋人に「好きなものを選ぶ」ということを、思い出してほしかった。
親子で暮らしていた時には当たりまえだっただろう習慣は、すっかりなりをひそめてしまっていた。
なので、薫は秋人に分からないように色々なものを選択させるように仕向けていた。
「チョコパフェとイチゴパフェとプリンアラモードで。溶けるから順番にもってきてください」
秋人が15分悩んだ末に注文する。
ウェイトレスは後藤の時とは打って変わってにこやかに復唱し、去っていった。美形は得である。
秋人は最初に来たチョコレートパフェを堪能しながら、先日の三者面談と志望校の話を、後藤に相談したのだった。