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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第二章 代理人、保護者になる
17/60

1. 成り行き

今日から2章です

 神崎薫は預金残高を見て頭を抱えていた。


「ああ、軽々しく代理人になるなんて言うんじゃなかった」

 薫のボヤキを会計士の小山ミドリは鼻で笑った。

「よ、高額納税者」

 ミドリの言葉に薫は呻き声をあげる。

 彼女の手には薫の預金残高をプリントアウトした紙があり、そこには数えたら寒気がするような0が多数並んでいた。



「大使館でメジャーリーグの番組を見せてもらっていたらしいんだよ」

 ポツリと薫が語りだす。


 あの日、薫の帰りを待って落ち着かない秋人に、アメリカ大使館の職員は一生懸命彼のご機嫌をとっていたらしい。

 3Sランクの探索者(シーカー)だ。どこの国だって喉から手どころか足がでるほど欲しいに違いない。下にも置かない接待だったようだが、秋人少年はこれまた清貧を地でいく生活をしていたので、どんな贅沢品を並べられても心を動かさなかった。


 しかし、ただ一つだけこの野球の放送にだけは反応した。

 その時、日本のアナウンサーが日本からアメリカに向かい大成功を収めたメジャーリーガーの契約の話をしていたそうだ。


『この選手は契約金が10億ドルだそうです』

『それだけの契約料だと代理人もやりがいがあるでしょうねぇ』

 下世話な話題だったが、秋人は隣に座って一緒に番組を見ていた大使館職員に尋ねた。

「あの、代理人って何をする人ですか?」

「ああ、選手に代わって難しい契約を締結したりする人の事ですよ。さっきのメジャーの代理人の場合は高い契約料をもらえるように交渉したので、そのだいたい5パーセントが彼の懐に入るという計算です。いやあ、羨ましいことですな」

 職員は笑った。ほんの軽口だったのだが、秋人少年には違った。


「代理人への支払いは成功報酬の5パーセントである」

 と彼は理解したのだ。



 だから、今、薫の預金残高は恐ろしいことになっている。


 薫が取り戻した秋人の資産、その5パーセントとされる金額が、惜しみなく薫の口座に振り込まれていた。

 これで5パーセントというのだから、如月少年の財産は天文学的だ。

 当然、いかにギルドと国家の連盟とはいえ一括での返済は難しいので、半分を即金で、残り半分を10年分割利息付きで返済される契約になっていたが、その5パーセントでこの金額である。

 秋人は当然これから支払われる10年分の返済金からも、5パーセントを継続で払う意思をギルドに告げており、そのように振り込みされいた。

 ちなみに、ギルトが口座を知っているのは、ギルドに探索者(シーカー)として登録した時に一緒に紐づけされているからである。



「来年の税金が…」

 頭を抱える薫にミドリはそっけなく言った。

「もうこれは、あんたもSランクになるしかないわね」

「あー・・・」

 探索者(シーカー)のSランカーは課税率がうんと低いのだ。薫はため息をついた。


「無理無理。俺は後衛職だからね」

 後衛職は前衛に比べてランクが上がりにくいのだ。

 ちなみに、Sランクの探索者が一人いればそのパーティーはSランクとカウントされるので、Sランクのパーティーに後衛職がいるのは一般的な話である。しかし、基本的にはあまり実力差があるメンバーでパーティーを組むのは推奨されていないので、AランクやBランクではあったりするのだが。



「だが、税金に取られるのは嫌だ」

 薫は顔を顰めた。

 この金の出所はギルドが国とつるんで秋人の正当な報酬や、彼が相続するはずの財産を掠め取ったものが返還されたものだ。それをなんで国に払ってやらねばらならんのだ。

「盗人猛々しいんじゃ」

 薫が吐き捨てるとミドリは苦笑を浮かべた。

 薫だって本気で言っているわけではない。法律的にそれが免れないことだということも知っている。だが、気持ちの面で許せるかというとやはり許せない気持ちが勝っていた。


 憤慨している薫を尻目にミドリは笑う。

「なんか節税の方法を考えるわよ。だからね…」

 彼女はそっと薫の手を握った。薫は嫌そうに顔を歪める。この女の性癖には昔から困らされてばかりだ。


「だから、秋人くんに会わせて!すっごい美少年って聞いたのよ!!」

「誰がお前みたいな危険人物にうちの大事なクライアントを会わせるか!」



 ドアの外まで聞こえるような叫び声と同時に所長室のドアが開いた。

「あ、ごめんなさい。お客様だった?」

 秋人である。所長室は防音になっているから、外まで声が聞こえなかったのだろう。ドアを開けてびっくりしている少年は、入り口で立ち尽くしていた。


「あの、邪魔してごめんなさい」

 慌てて少年はドアを閉めようとした。

 何しろ薫の上にミドリが覆いかぶさっていたからだ。どこからどうみてもラブシーンである。しかし、そんな秋人の反応はミドリには関係なかった。


「きゃーーーーーーーー」

 語尾にハートが山のようにつきそうな黄色い悲鳴がその口から上がった。


「いやーーーーすてきーーーーーー!ほんとに美少年じゃない!私好みの!!ねえ、秋人君よね?私小山ミドリ!ミドリさんって呼んでね」

 組み敷いていた薫を突き飛ばし、秋人に抱き着こうとするミドリを、薫は足をかけて阻止した。ミドリは顔面から床にダイブする羽目になった。


「あんた!女相手に容赦ないわね!」

「うるせえ!この変質者!それ以上秋人に近づくと児童虐待で訴えるぞ」

「なによ!ちょっとくらい近くで見せてくれてもいいでしょ。ケチ」

「未成年を変態に近づける保護者なんかいねえよ」

 二人のあまりの勢いにおされて秋人は何も言えずに佇んでいた。

 秋人はこれまであまり人と付き合ってこなかったので、未だに知らない人とのコミュニケーションは苦手で、フリーズしてしまうのだ。



「秋人、これは俺の大学の同期の小山ミドリ。うちの事務所の会計士だ」

「初めまして!」

 秋人の態度に咳払いしてから薫が告げる。ミドリもさすがに取り繕った笑顔を浮かべた。


 気を使わせていることが秋人を申し訳ない気持ちにさせる。自分が普通ではないことで薫に迷惑をかけていることが、秋人には辛かった。


 俯いてしまった秋人に薫は眉を寄せた。お前の所為だからなとミドリを睨みつけるとミドリは肩を竦めた。一緒に暮らし始めて3か月もたつのに、まだこの程度の関わりしか築けていないのかよとミドリはせせら笑う。


 この大学同期の天才弁護士が、最近悩みに悩んでいるのが如月秋人という被保護者のことだった。


 数か月前、神崎薫は如月秋人の保護者になった。

 これは色々な条件が組み合わさった結果だった。



 まず、如月秋人は未成年だった。しかも、莫大な財産をもっている未成年だった。おまけに親族はどこを探しても見当たらなかった。彼の両親はどちらも天涯孤独だったのだ。


 当然、どこにその身を置くかというのが問題になった。現在のように一人暮らしをさせるのは論外だった。そんなことは児童福祉法違反である。


 では、孤児院でその身を預かるのかというとそれもちょっと難しかった。

 彼は3Sランクの探索者(シーカー)であるが、10歳から14歳までの多感な期間を虐待されて過ごし、その日常をほぼダンジョン探索に費やしていた。

 カウンセリングを受けてもらったところ、かなり特殊な思考回路と精神性の持ち主であることが判明している。


 孤児院にいきなりこの年齢で入ったとして、デリケートな孤児達の中でうまくコミュニケートできるかということに孤児院側が難色を示した。

 さらにいじめなどが起こって秋人が孤児に対して暴力をふるった場合、それはおそらく大惨事になるだろうというのが孤児院の見解だった。

 もちろん薫は「秋人くんはそんな子じゃありません!」と抗議したが、そんな思惑の相手に秋人を預けるのは絶対に嫌だった。


 さらに、学校の反応も微妙だった。

 これがせめて中学1年生というならまだ教師たちも真剣に向き合ったかもしれないが、中学3年生をあと6か月残した時点でのことだった。

 正直なところ、学校としてはもはや関わり合いになりたくないというのが本音だった。

 ギルドに脅されて秋人が学校に来てないにもかかわらず、出席したことにしてしまっている負い目もあった。校長は額の汗をふきつつ知らぬふりをした。


 ギルドが保護者を引き受けようとしたが、これには薫と児童相談所の両方から物言いがついた。ギルド側も強くは言えなかった。

 何しろ、秋人が今こんな苦境に立たされている原因はギルド職員の虐待と横領が原因だったからだ。



 結局のところ、ある程度判断力はあるだろうということで、特例的に秋人本人にこれからどうしたいか聞いてみることになった。


 当初彼は当然一人で暮らすことを選んだ。

 しかし、それは受け入れがたい。大人として子供をそんな風に放り出すのは出来なかった。

 ではどうするか…と大人が角突き合わせて悩んでいたが、秋人は申し訳なさそうに俯いていた。

 薫はそんな秋人の姿を見ているのは耐え難かった。



「わかった。秋人くん、私と住もう」

「え?」

 その場の全員が薫を見る。


「それが一番いいでしょう。まあ、私も独り身なので細々と世話ができるかっていうと難しいですけど、必要なら家政婦を雇ってもいいですし」

「あの、でも」

「我が家はそこそこ広さがあるし、使ってない部屋もあるから大丈夫。料理とか洗濯とかは手分けしてやることになると思うけど、やってみて難しかったら人を入れよう」

 薫はもう決定事項のように秋人に告げた。



「いや、しかし」

 後藤が難色を示した。大事な3Sランクの探索者(シーカー)を得体のしれないぽっと出の弁護士に預けるのは抵抗があるのだろう。今まで放っておいた後悔もあった。

 薫はそんな後藤にむかって一つ頷いた。


「それなら、月に一回後藤さんと秋人君で面談することにしましょう。それで私がもし秋人君に何か不適切なことをしていれば、保護者権限を剥奪ということで、よろしいでしょうか?」


 薫の言葉に後藤も、児童相談所の職員も、中学校の教師も頷いた。結局それが一番手間のかからない結論だった。

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