7. ダンス
薫がまったく踊れないと知った後藤の秘書は、速攻でダンス講師をつけてくれた。
「3日でお願いします」
この前の入院からそれなりに仕事に支障をきたしているのと、年末まであまり時間がないことから薫に与えられた猶予は3日間だ。
「いや、流石にそれは…」
講師の女性は苦笑する。男性はあからさまに嫌な顔をした。二人とも薫の事を「この顔が異様によい男はギルドでの扱いで勘違いしているのではないか」と思っているのが駄々洩れだった。薫はこの手の評価は慣れているので、最初が肝心だと知っている。
「すいません。私はまったくの初心者なので、とりあえずお二人の見本を見せていただけますか?」
と丁寧にお願いする。下手に出て、相手の自尊心をくすぐるのが肝心だ。二人は少し気をよくしたらしい。
「いいでしょう」
と鷹揚に頷いた。護衛として横で聞いていた当夜が額を押さえて呻く。彼には結果の想像がついた。
そして、想像通り一度見ただけでほぼ覚えてしまった薫が、女性講師を相手にそこそこ踊ってしまった。当初二人は薫が初心者ではなかったのではないかと思ったが薫は本当にまったくの素人である。ただ、記憶力と勘がいいのだ。それでも薫的にはあまり納得がいっていなかったようで、
「秋人なら一回で完璧に覚えられただろうに」
とため息をついた。
「歌舞音曲関係はあまり得意じゃないんだよな」
とぼやく。しかし、美術関連よりは音楽関係の方がだいぶマシではある。講師たちも何曲か指導している間に、本当に薫がほとんど踊ったことがないことを悟って、絶賛しだした。
「もうほとんど完璧に近いですよ。神崎さん」
「近いじゃダメです。私のパートナーはアークエンジェルの桜子さんなんですから。完璧以外はアウトです」
彼女の顔を潰すわけにはいかない。薫は彼なりに必死である。パートナーの名前を聞いて二人とも顔色を変えた。それは確かに完璧を目指す必要がある相手だ。
「3曲くらい踊れたらいいらしいので、徹底的にお願いします」
さらっと大変な事を言っているが、本人はいたって真面目だ。
「大丈夫です。3徹まではやったことあるので」
という薫のセリフに講師と当夜が青くなる。どうやら薫の言う3日間は3掛ける24時間のことらしい。
「アウトですよ、先生。秋人と桜子さんに言いつけますからね」
と当夜に他力を頼った説教を食らった。
2日後、ヨレヨレの講師とやたらと元気な薫は、桜子とレッスンを開始した。流石に徹夜ではなかったが、深夜までレッスンしてたので、慣れていない講師陣はヘロヘロである。
最終日だけ桜子にも参戦してもらうスケジュールで組んでいたのだが、そこで大変なことが分かった。
「えっと、私そんなに踊れないんだけど」
「え?」
思わず薫が聞き返す。講師たちも目が真ん丸だ。申し訳なさそうに桜子が頭を掻く。
「いや、去年までは私は彼氏いなかったから踊ってないんだよ。あと女性にばっかり申し込まれるから男性パートの方を覚えてるくらいで」
「あちゃー」
当夜が頭を抱える。それは想定してなかった。
桜子に堂々とダンスを申し込めるような度胸のある男性の探索者はおらず、女性の探索者の方が桜子に頼みやすかったかららしい。
レッスン初期から桜子にも入ってもらえばよかったと講師は頭を抱えた。しかし、薫の返答は一味違った。
「俺はたぶん女性パートでも踊れると思いますが…」
との薫の言葉に当夜は「違うそうじゃない」と首を振ったが、桜子はほっとした顔をしてしまっている。再度当夜は「違うそうじゃない」と首を振った。
小学生より歩みのとろいと言われているこのカップルは、何故かそこで和んでしまっている。当夜には事情を知っていて止めなかった自分が康子に怒られる未来しか見えない。
「とりあえず、桜子さんの踊れるやつからやってみましょう」
講師が気を取り直して曲をかけた。見事に男女が逆さまだ。しかもまあまあそれなりに成立してしまうところが恐ろしい。
「うーん…」
頭を抱える講師陣。楽しそうな薫と桜子。ため息をつく当夜という図が出来上がった。
そこから、1日かけて男女さかさまではないのを一曲、なんとか覚えることに成功したところで、タイムアップだ。
「とりあえず、これを最初にかけてもらおう」
と二人は頷き合う。それくらいの融通はギルド側が利かせてくれるだろうと予測した。その後は速攻で抜け出せばいいだろうと。まあ、もちろんそう簡単にはいかないのだが。
年末パーティーの前に冬休みがあり、その前に期末試験と三者面談がある。当然、保護者である薫が出向いたのだが、担任は非常に微妙な表情で迎えた。
「先日はたいしたご挨拶もせず申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ」
担任の立花美月は少しばかり元気がなかった。目の前の男に淡い想いを抱いていたのだが、彼は美月が到底かなわないような女性と婚約している。失恋が決まって辛いがそんなことは言い訳にできないのも分かっていた。今は教師としてせめて職業に誠実であることが、己のプライドだと戒めた。
「如月くんの成績は申し分ありません。最近はお友達も増えて生活面でも問題ないかと。ただ時々、授業を聞かずに落書きしていることがあるくらいですかね」
「いや、それは十分注意案件でしょう」
薫が渋い顔をする。秋人はきょとんとしていた。
「ちゃんと先生に当てられたら答えてるよ」
どうやら、秋人は授業の内容が分かっているので、他のことをしてても問題ないと思っていたらしい。
「先生だって真面目に授業しているんだから、それを聞かずに他の事されてたらいい気はしないだろう。秋人だって一所懸命話してるのに、当夜がゲームばっかりしてたら面白くないだろ?」
「そうか」
薫の説明に秋人が成る程と頷く。担任は愕然と二人の会話を聞いていた。そこから?という気持ちだ。
「すいません。秋人は実はまともに学校にいくの今年が初めてでして。とりあえず座っていればいいと思ってたみたいです」
「ごめんなさい」
秋人がしゅんとして頭を下げた。
「如月くんは中学校はあまり行ってなかったのですか?」
担任は彼が如月秋人だと先日知ったばかりだ。
「もしかして、ずっと探索者の仕事をさせられてたの?」
咎めるように担任は薫を見る。
「先生、その頃の僕の保護者は別の人です。その人たちに僕が騙されてて色々拙いことになってたのを助けてくれたのが、薫です」
薫は小さく首を振る。
「すいません。今はまだあまり詳細には語れない内容ですので、ご容赦ください。今は普通に学生生活が送れるように、ギルドも気を使ってくれてますので」
「そう…ですか」
美月は慌てて頷く。また早とちりするところだった。
気を取り直して進路の話をすることにした。
「2年生からは文系、理系のコースに分かれる予定ですが、希望はありますか?」
何とか気持ちを立て直して、美月が尋ねるも、秋人は「うーん」と眉を寄せた。
「数学と化学と物理は嫌いじゃない。生物と現代文は苦手。古文と英語はできるけど面白くないから好きじゃない。社会は全部苦手。美術と体育と音楽が好き」
「うーむ」
薫が天井を見ながら唸る。
「ほとんど好きじゃないか苦手だな」
「どれもこれも現代文以外は成績は悪くないんですが…」
「暗記物は苦手じゃないけどつまんないんだな」
「うん」
薫は少し考えたが、
「まあ、大学に行ってみて気に入らなかったら受けなおしたらいいしな。この冬休みにゆっくり考えよう」
「分かりました」
美月が頷く。しかし、今のままだと選択肢は美大くらいしかなさそうである。
「私は美大についてはよく知らないのですが、やはり美術担任の先生に聞いた方がいいでしょうか?」
薫が尋ねると、美月は少し困った顔になった。
「一年の担当だった田辺先生は、その退職されたので…」
彼女が言いにくそうなのは、その直接の原因が薫だからだ。
「ああ…今は新しい先生ですか?」
「それが…」
薫「美術よりは若干マシだけど、音楽とかダンスとか苦手なんだよなあ」
当夜「いや、そのパフォーマンスで苦手とか、俺に謝ってください」
薫「秋人なんかこの前テレビでやってたなんかのダンス一回見ただけで完璧に踊ってたよ」
当夜「どっちかというと、どんなシチュエーションであっくんがそれを踊ったのかが気になるっす」




