16. 探索者ギルド日本支部の一番長い日 20:00
昨日は投稿日時設定失敗してしまったので19時30分くらいに更新してます。読まれてないかもですのでお手数おかけいたしますが
「私はね、大臣。あなたの生死がどうなろうと知ったことではありません。あなたは恥ずべき人間だ。たった14歳の少年を虐待し、搾取することを黙っている見返りが「ユニコーンの角」なんていう破廉恥で汚い男だ」
薫は心底この男を軽蔑していた。こんなものが日本の総理大臣なのかと思うと自分まで汚いものになり下がった気分だ。
中川は気まずそうにあたりを見渡す。
SPの男たちは唖然とした顔で中川を見ている。その目に宿る軽蔑にさすがの中川もいたたまれなかった。
「本当に、どうでもいいんですがね。ここにサインしていただければそれで」
【契約の門】
ひらりと空中から一枚の羊皮紙が現れた。
【
如月秋人氏から搾取したすべてのものを取り戻し、返却すること。
返却できないものはその価値を査定し、金額に換算して支払うこと。
横領した彼の両親の資産をすべて返却すること
彼がうけた虐待への精神的な苦痛に対する慰謝料を払うこと。
金銭の支払いは探索者ギルド日本支部と日本国家が連名で行うこと。
当面は休眠扱いとし、ダンジョン探索への要望はしないこと
Aランク以上の探索者の義務である緊急招集に対して拒否権を与えること
彼の自由と権利を守ること
赤城誠をダンジョンで最低レベルの扱いで死ぬまで働かせること
】
厳かな声で薫が告げる
【それらをこの契約に責ある職として、内閣総理大臣とギルドマスターに従事しているものの権限によって保証すること】
悪魔の笑顔で薫が笑った。
「さあ、サインしてください。サインするためなら動けますよ」
羊皮紙には厳かな羽ペンが付随していた。
後藤はためらいなく「探索者ギルド日本支部ギルドマスター」の肩書の後ろにサインを入れる。
しかし中川は躊躇った。長年政界を泳いできた勘がこの書類はとんでもなく厄介なものだと告げている。冷や汗をだらだらと流して中川は羽ペンを握りしめた。絶対にサインしたくない。
「日本が終わるまでそうしていますか?」
美しい悪魔は手首の時計を掲げて告げる。時間がなかった。無骨なデジタル時計が容赦なく数字を表示している。
「大丈夫ですよ。約束を守れば何も起こりません」
唇の端をきゅっとあげる。整った顔がそれだけで狂気を孕む。中川がごくりとつばを飲み込んだ。
「や、約束を守らなければどうなるのだ」
「違約金を取られるんです。魔法契約ですから、契約が破られたことは自動で判定されます」
「か、金か?」
中川は金ならばなんとかなると思ったが、薫はフルフルと首を振った。
「金もですが、ここに…」
薫は「Aランク以上の探索者の義務である緊急招集に対して拒否権を与えること」という条項と「彼の自由と権利を守ること」の部分を指さした。
「ここに書かれていることは彼の命と権利についての条項です。このことから、この制約が破られるとその職についている人の命が失われます」
「命?」
「はい。契約の門は等価交換の魔法です。」
「馬鹿な」
うめき声をあげる。
「契約を破らなければいいんですよ。簡単でしょう」
「だが」
「別にあなたがお金払うわけじゃないではないですか?まあ、賄賂は返却していただきますけど。」
薫が羊皮紙を差し出してサインしろと促す。
しかし、中川は己の命を賭けて国家に尽くすなどという志は一ミリもなかった。ぶるぶると首を振る。涙が目尻に溜まっていた。
「それでは、もう一ついいことを教えてあげましょう」
薫は微笑んだ。
「どうして、個人名じゃなくて役職に従事しているものって条件がついていると思いますか?」
「ど、どうしてだ?」
もはや中川に思考能力は0だ。縋るような目で薫を見上げる。
「どうせ、政治家もギルドマスターも入れ替わり立ち代わりすんでしょう?個人に保証されても信用ならないんですよ。だから、ギルドと国会の長、日本という国家に保証してもらうことにしたんですよ」
「どういう…」
「嫌なら、明日にでも辞職したらいいじゃないですか?そしたら次の内閣総理大臣の命がかかるだけで、あなたは死ななくて済みますよ」
中川はそれを聞いて震えながらサインした。
この騒動が終わったらすぐに辞職しようと思った。持てる範囲の資産を抱えて、どこか外国に逃亡するのだ。こんな恐ろしい契約なんか、二度と関わりたくなかった。
薫は男のサインを受け取り、ふわりと虚空に手を伸ばした。羊皮紙は金色に輝く虚空へ消えた。
【契約成立】
厳かな声がどこからか響き、あたりは静寂に包まれた。
「あ、そういえば、総理。私の魔法って法的な効力があるんですよ」
「は?」
「先ほどあなたが行った違法行為はすべて、司法の場に提出されます。辞職されたら逮捕されると思いますので、そのつもりでね」
薫の言葉に中川はヘナヘナと崩れ落ちた。
「あと、秋人くんから横領したものすべて返してくださいね。それに関しては貴方が辞職しても逃げられない契約ですよ」
最後に薫はとどめを刺して、後藤と共に応接室を後にした。
首相官邸の厳かな廊下を並んで歩く。
「後藤さんは結構簡単にサインしましたね。たぶん命がかかってるって分かってたでしょう?」
薫は後藤に尋ねた。
「そもそも、命を賭けることなんて探索者には日常のことです。」
契約を守ればいいだけの話だと後藤は苦笑する。
しかし、すぐに真顔に戻って薫の背中を押した。
「そんなことより、早く如月氏に電話して、それから大使館へ行ってっください!!」
後藤は薫を引きずるように車寄せに走った。
車中で薫はアメリカ大使館にいる秋人に電話をかけた。
秋人にはスマホを持たせてある。初めて持ったスマホに秋人はいたく感動していた。
「秋人くんですか? 元気にしてますか?」
『はい。大使がすごくよくしてくれてます。』
そりゃあそうだろうともと後藤は思った。アメリカは日本が愚かな選択をすることを期待していたに違いない。
「全部終わりました。概ね満足のいく結果になったと思います」
『神崎さんが無事でよかったです』
「どうってことありませんでしたよ。審判の日の早撃ちもだいぶ慣れました」
『それはよかった』
そんなものに慣れないでほしいと後藤は思った。おそらく使い方として間違っている。
薫は少し、口調を改めた。
「君は、明日から中学校にいけます。」
『…うん』
「ゲームしたり、映画見たり、カラオケに行ったりしましょう。遊園地もいいですね。デステニーワールド行ったことないでしょう?貸し切りにだって出来ますよ」
『ふふっ』
「日当たりのいい綺麗な部屋を探しましょう。タワーマンションとかがいいですか?それともあえての低層階とか?Sランク探索者なんですから、ワンフロアぶち抜きとかでも問題ないですよ。あ、戸建ては掃除が大変ですから、お手伝いさん雇いますか?それから家具をそろえて、ネットの契約をしなくてはね。コンビニとスーパー以外に何か近くにあったらいいなって施設はありますか?コンビニは必要ですよ。絶対」
『うん』
「あ、スマホは今使ってるのそのまま使えますからね」
『っうん』
電話の向こうの声が震えている。
薫の脳裏に普通の生活がしたいと告げた秋人の表情が浮かんだ。
今、君はどんな顔をしているんだろう。
笑ってくれているだろうか。
少しでも人生に喜びを見出してくれているだろうか。
薫はスマホを握りなおした。
「秋人君はもう好きなことができるんです。どこにだっていける。何にだってなれる。望めば何にでも…」
『はい』
「高校にも行けます。大学だって…」
『あの、それなんですが…』
ふと、電話の向こうの声は不安げに揺れた。
「あれ?もしかしてアメリカ大使館の居心地がよくてあっちに行きたくなりました?」
薫の発言に向こうの声が聞こえない後藤がぎょっとした。顔色が一気に蒼くなる。
『違う…くて、その…高校に行きたいって言ったんですが』
秋人は躊躇いながら
『勉強が追い付かないかも…です』
と打ち明けた。
「あ、受験。あと半年かぁ」
薫は頭を抱えた。
秋人はほとんど学校に行ってない。学力が足りるか分からなかった。
「…大丈夫」
しかし、そんなことで秋人の夢を壊すわけにはいかない。なんでも望みをかなえると約束したのだ。
「俺にまかせなさい!これでも日本最高学府の帝都大学主席卒業生ですからね!」
薫は何となくこのミッションが一番ハードルが高いなぁと思いつつ、胸を叩いてごまかしたのだった。
第一章終了です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
まだストックあるので、続きも普通に更新します。