15. 探索者ギルド日本支部の一番長い日 19:00
ぎゃーすいません
自動投稿日付間違えてましたヽ(;▽;)ノ
薫は後藤と連れ立って送迎の黒い車に乗り込んだ。
内閣総理大臣に会いに行くことになろうとは、1年前はいや、半年前だって想像していなかった。
後藤はチラリとそんな薫を見る。その目が「こいつ何をする気なんだ?」と思っているのが透けて見えた。
薫はこのあまり顔芸が得意ではない男に好感を持っていた。もし、ギルドが寄越した代理ギルドマスターがもっと俗な男だったなら、薫は違うプランに進めるつもりだった。
「後藤さんは、元は探索者ですか?」
「ええ、そうです」
「バリバリ武闘派っぽいですもんね」
「ええ、まあ」
後藤はもともとはかなり脳筋の部類の探索者だった。
仲間を庇って大きな怪我をして探索者を引退した。まだ余生を送るには早い年齢だったので、3代前のギルドマスターに誘われて、ギルド職員になった。
新人の面倒を見たり、怪我で困窮した探索者を支援したり、死んだ探索者の家族を支援したりなど充実した日々だった。
だが、近年では利益にばかり走り、本来の探索者に寄り添った組織ではなくなってきたと感じており、引退を考えていた。
引退を考えていてはいけなかったのだ…と後藤は唇を噛んだ。
薄々何か良くないことが組織の中で起こっていたことには気が付いていた。しかし、老い先短い自分が組織を掻きまわすことにためらいがあった。
腹芸が得意ではない、根回しなんぞやり方も知らない自分が特攻しても無駄だと諦めていた。
それがこんなことになったのだ。ギルド職員として給料をもらっていた以上、もっと真摯に取り組むべきだった。
すべてやり切っての結果、どうしようもなかったのだと胸をはることは、後藤は出来なかった。
「到着です」
総理官邸に車は滑り込んだ。
通された部屋の中には現在の日本国総理大臣中川敦がすでに待っていた。
案内されて、二人は総理の目の前のソファに腰を下ろした。
「私は忙しいんだがね」
苦虫を噛み潰したような顔でそう告げる男を、後藤は睨む。
すでに調査の結果、この男も坂田から金品を受け取っていたことは明白になっている。
「そんなこと言える立場ではないでしょう」
ぴしゃりと後藤が言うと、中川は口を噤む。
「私を坂田と一緒にされては困る。ギルドは今後一切あなた方に個人的な便宜は図らない」
「なんだと」
「それから、あなたが坂田から受け取った『ユニコーンの角』は如月氏から坂田が横領したものなので、返却願います」
「くっ」
中川は後藤を恨めしく睨んだ。
ユニコーンの角には痛みを緩和する力があるとされているが、もう一つ裏の効果がある。
男性機能を回復させるのだ。
そんな代物を坂田から賄賂として贈られていたと部外者の前で告発されて、中川は屈辱を感じた。
ゴホンと中川が咳払いし、薫に向き直った。
「如月秋人氏の代理人だとか?」
「はい」
「弁護士業に就かれていると伺っておりますな」
「ごく一般的な弁護士です」
にこりと薫が笑う。嘘つけ!と後藤が目で言っていたが、中川が知る由もなかった。
薫は男の目からしても大変美しい男だった。その薫の笑顔が、中川には柔和で軟弱そうに見えた。
中川はもしかしたら、上手く切り抜けられるかもと期待を寄せた。
後藤は薫の笑顔がろくなものではない事を知っていたが、あえて助言する必要は感じなかった。
「あなたも、この先の人生は安泰に過ごしたいのではありませんか?」
「ええ、勿論」
薫は大きく頷く。当然である。人間誰でも平穏に安泰に暮らしたいものだ。ただ、その平穏で安泰が何を示すかは人それぞれだが、この目の前の俗物はそれを理解しているだろうかと薫は内心嗤った。
「私はあなたにどんなことでも便宜を図って差し上げることが可能です。大企業の顧問弁護士でも、超一流弁護士事務所に所属することでも、なんなら私の私設秘書にだってしてあげることができます」
中川は薫の返事に手を打った。
「そこからどこかの選挙区に出て、そうですね、あと5年もしたら参議院議員になるなどどうでしょう。我が党の推薦があれば簡単なことですよ」
だからね
「わがままな子供の機嫌を、ちょっと取ってくれませんかね」
中川が己の死刑執行証にサインする現場を、後藤は傍観していた。
部屋の空気がヒヤリとする。魔力的な圧が増したのを後藤は肌で感じた。
当然ここは日本の権力の一番中心地だ。攻撃魔法無力化のガードは引いてある。総理大臣が探索者のテロリストに殺されたら目も当てられないからだ
「ふふふ」
薫が笑う。おかしくて仕方ないという体で大笑いしだした。
唖然とする中川を尻目に薫は気が済むまで笑った。
「凄いですね。日本の最高権力者が、そんな今時の映画の悪役でも言わないセリフで誘ってくるなんて」
ウケる!!バンバンと薫が目の前のローテーブルを叩く。
「貴様!!」
中川は3世議員だ。子供の頃から先生の息子とちやほやされてきた。
親の地盤を継いで楽できるから政治家をやっている。何の志もビジョンもなく、ただ一番偉いから総理大臣になりたかった男だった。
馬鹿にされることに慣れていなかった。
「お前など、ここから生きて帰さんこともできるんだぞ!」
総理大臣のあってはならない言動に、薫がすごく嫌そうな顔で後藤を見た。
「本当にこの人、法治国家の総理大臣なんですか?」
「遺憾ながら」
後藤が頷く。
「貴様がどれほどの魔法を使えるか知らないが、ここでは使用できないのだ。見ろ!」
中川が手を叩くと片方のドアからSPと思しき屈強な男がわらわらと現れた。
「ええええええええええええ」
薫の口から呆れた悲鳴が漏れた。
「あの、あなた私のジョブと魔法は調べなかったんですか?」
薫が首を傾げた。
「何やら子供だましな魔法を使うんだろ。胡散臭げな」
中川はフンと鼻を鳴らした。
「お前は知らんだろうが、首相官邸では攻撃魔法は使えんからな」
「攻撃魔法はね」
薫が笑う。
【審判の日】
彼の右手に緑の雷が現れた。
咄嗟にSPが動こうとしたが、体をピクリとも動かすことができなかった。その場にいる全員の動きが縫い留められたように止まった。
「何!?」
SPのリーダーが焦って声を上げるも、まったく指すら動かない。後藤が小さくため息をついた。
「こういう使い方もできるんだな」
「ええ、これだけは頑張ってものすごく練習したんですよ。秋人くんもようやく太鼓判を押してくれました」
この前の裁判所の時は失敗したんでねぇと薫は笑う。
「あ、そうだ。中川総理大臣。いいことを教えてあげましょう。あと5時間のうちに、如月氏の許しがないとこの国の探索者ギルドは連盟から外されます。そうするとですね、各国のいろいろなエージェントが押し寄せてきて、日本の有能な探索者を連れてってしまうんですよ。そうなると、どうなるか知ってますか?」
「・・・・・・・・・・・知らん」
【否】
ピシャンと甲高い音がして総理の目の前に緑色の稲妻が炸裂した。
「ひい」
中川は逃げ出したかったが足が動かない。
「ね、上手になったでしょう。」
薫が嘯く。後藤は何とも言えない顔で頷いた。
SPたちは絶望の表情で中川を見つめている。護衛対象が目の前で攻撃されているが、何もできない。中川が目でしきりに助けを訴えるが、どうしようもなかった。
「もう一度聞きますよ。知ってますか?」
「知ってる」
半泣きで中川が叫ぶ。
【是】
薫の右手から稲妻は発生しなかった。中川は小さく息を吐いた。
「そうですよね。知っていますよね。そうなったらこの国は終わりです。ダンジョンは制圧されず、モンスターに蹂躙されるだけですね」
冷ややかな顔で薫は笑った。
「ちなみに」
薫は腕時計を見せながら言う。
「私があと1時間以内に秋人くんに連絡を取らないと、彼はアメリカに亡命します」
「あ、アメリカだと!!」
後藤もぎょっとして薫を見た。
「私が無事に彼の元に行かなくても、秋人くんは亡命します」
「神崎先生!そんなことは聞いてない!!」
後藤が叫ぶ。その態度でそれが嘘ではないと中川は思い知った。
「これは秋人くんが言い出したことなんですよ。危ないことをするんだから、神崎さんの保障がちゃんとできる手段は欲しいって」
「お前が死んだことをどうやって小僧に知らせるつもりだ」
中川が呻く。
「僕たちはパーティーを組んでますので、僕の生死は彼に伝わります」
「なるほど」
後藤が思わず頷く。
新宿第三ダンジョンから脱出する際、秋人と薫はパーティーを組んでおり、それは今も解かれていない。パーティーメンバーの死亡は魔法的なつながりなので、それが切れると分かるのは探索者にとっては常識だ。
後藤の反応から薫が嘘を言ってないことを悟った中川にさらに、薫は追い打ちをかけた。
「あ、さらにですね。秋人くんは今、治外法権なところにおります」
「まさか…」
中川が呻く。
「はい、アメリカ大使館です」
薫は今日一番の美しい笑顔で中川の心をぼっきりと折った。
「私に何かあれば、即座に大使館からヘリが跳んで横田基地へ行きます。そこから、秋人くんは空母ワシントンでアメリカに渡ります。それと同時にアメリカ大使館から交渉決裂の連絡を国際探索者連盟に伝えてもらって、ジ・エンドって感じですね」
薫の言葉に部屋の中にいるすべての人の顔色が土気色に変わった。時間がない。
すいません