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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第一章 弁護士、代理人になる
13/57

13. 探索者ギルド日本支部の一番長い日 18:00

 数時間後、薫の事務所である「加藤法律事務所」にとある男が現れた。60代くらいの一種凄みのある男だった。


「神崎先生にお会いしたい。探索者(シーカー)ギルド日本支部からの責任者として参りました」

 受付で丁寧に頭を下げる。

 応対した若手の男性職員は「しばらくお待ちください」と男を案内した。



「ようこそ、我が城へ」

 薫が悪魔のような笑顔を向けた。

 事務所の所長室に通された男は、相手のその憎らしい顔に拳を叩きつけたい衝動に駆られた。しかし、そんなことをしたら日本はおしまいだ。


 男はぐっと拳を小さく握るだけで耐えた。

「神崎薫です。如月秋人さんの代理人を務めております」

探索者(シーカー)ギルド日本支部の臨時ギルドマスターの後藤剛です」

 男は名乗った。


「おや、臨時…ですか?」

 ニヤニヤと薫が嗤う。

「お前が、逮捕させたんだろうが!」

 と心の中で後藤は叫んだが、言葉には出さない。顔芸は苦手だったが常識はあった。



「それで、調査はされましたか?」

「はい」

 沈鬱な表情で後藤は頷いた。


 知りたくなかった。

 と思わず思ったほどに酷い内容だった。

 国際探索者連盟と薫から渡された資料を元に、坂田と赤城を調査したところ、あまりのことに調査した全員が絶句した。


「後藤さん、これ、だめっすよ」

 部下の一人が調査結果を見て呻く。

「こんな、酷い」

 後藤の秘書の女性は涙ぐんでいた。


 如月秋人はスーパースターだ。

 ギルドの中でもギルドマスターと担当官しか会ったことがない、超秘密主義のエリート探索者(シーカー)

 おそらく何か重要な職業に就いているのではないか、というのがギルド内での推測だった。


 政治家か裁判官、医者、科学者、あるいはもしかしたら有名なアスリートかもしれない。

 ダンジョン顕現に巻き込まれて覚醒したアスリートが五輪を諦められず自殺した…などという悲惨な事件もある。

 探索者(シーカー)は身体能力が上がるので、五輪や主な国際大会に出られなくなる。あるいは、かなりのハンデをつけて参加することになる。それに伴う悲劇は後を絶たなかった。


 誰しもが探索者(シーカー)として騒がれたいわけではないのだ。


 そんな「如月秋人」だが、この5年の間に日本で顕現した災厄級のSランクダンジョンを3つ制圧してくれていた。

 しかも単独だ。

 誰もが絶望し、故郷を捨てる覚悟をしたその時に、どこからともなく現れて、ダンジョンを踏破し、ひっそりと去ってしまう。

 ギルド内で彼のことを悪く思う人間なんて一人もいない。恩義に感じていない者など皆無だ。

 そう、後藤は思っていた。



 如月秋人氏はたった14歳の少年だった。

 彼は同じくSランクだった両親と一緒に幼い頃からダンジョンに潜っていたらしい。

 3つめに彼が征伐した新宿第6ダンジョンは、彼の両親が死んだダンジョンだった。

 二人が命をかけて張ってくれた結界のおかげで、ギリギリ落ち着いていたダンジョン。それを制圧したのが秋人だった。


 資料を見て、そのために研鑽してきたのだろうと後藤は察した。

 大の大人でも逃げ出すほどの訓練を己に課していたはずだ。でなければ短期間でこれほどの成果は得られない。

 彼のもたらしたダンジョンの至宝はすべて坂田と赤城によって搾取され、連中の豪遊や権力者への餌に利用されていた。


 さらに彼らは秋人にまともな生活をさせていなかった。両親が天涯孤独だったことを逆手にとり、自分たちが保護者の立場を得て、彼を虐待していた。


 ぼろぼろのアパート、家具もろくにおいてない日当たりの悪い部屋が秋人少年の住処だった。

 大家に鍵を開けさせた時のあの驚きは、今も後藤の脳裏に焼き付いている。


 何もない部屋だった


 年頃の子供が楽しむためのテレビや漫画、ゲームも、小説でさえなかった。

 孤児院の4人部屋の方がよほど快適である。古い畳の上には何枚かの紙が落ちていて、鉛筆で何かスケッチしたような跡があった。

 たったそれだけが、如月秋人の娯楽だった。


 ふと嫌な予感がして、後藤は秋人の装備を確認した。

 本来は本人の承諾なしではしてはいけないのだが、ギルドマスターの権限で彼のカードの内容を確認した。カードには装備品などの情報も記載もされる。本人が秘匿したいものは見ることができない仕組みだが、ガードをかけてないものは見ることができる。そして、秋人はそんな仕組みを知らない。


 うめき声が喉の奥からもれる。とうてい3Sの探索者(シーカー)の装備品とは思えない代物だった。

 新人の探索者(シーカー)並みの防具、武器、護身用の魔道具すらほとんどない状態。ポーションが数本のみ、マジックポーションに至っては所持していなかった。魔法剣士だというのにである。



「ギルドの不手際を深くお詫びいたします」

 後藤は土下座でもなんでもするつもりだったが、薫は不要と切って捨てた。

「秋人君を虐待した人にやってもらえるわけじゃないし、私が被害を受けたわけじゃないから不要です」

 薫の言葉に後藤は頷くしかなかった。


「その…如月氏は?」

 後藤の問いかけは当然だ。ここに居るのだと思っていた。



 監視カメラでは見つけられなかった。

 なぜなら、彼の顔を誰も知らないからだ。


 中学校の教師に恥を忍んで尋ねても、彼らは黙って首を振った。

 ほとんど学校に出てきていない。何度か保護者に問い合わせしたのだが、いつも探索者として忙しいの一点張り。勉強はギルドの方で面倒を見ているから出席扱いにしろなどと言う始末。

 さらに、何人かの先生が児童相談所に問い合わせしたら、左遷されたり首になったりしたので怖くなって誰ももう秋人については触れなくなったのだという。


「秋人君は今、安全なところにいてもらってます。何しろ国家権力が相手の喧嘩ですからね」

 にこりと薫が笑った。監視カメラの映像は後藤も把握している。

「そんなことはしません」

 後藤の言葉に薫は無言で肩をすくめた。

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