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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第八章 代理人、文化祭へ行く
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9. 文化祭 土曜日 14:00

 美術準備室の一角を借りて話し合いが行われた。


「大変申し訳ありませんでした」

 男は深々と頭を下げた。まだ表情筋がこわばっている薫とは対照的に、秋人はさほど気にした風もなく男の言葉に首を傾げた。


「どこかでお会いしましたっけ?」

 と彼が尋ねると、男はがっくりと肩を落とした。

「渋谷第二ダンジョンで、昔助けていただきました、田原本敦です。」

「渋谷第二ですか…」

 秋人がうーんと唸る。どうもまったく覚えてないらしい。


「俺はパーティーが全滅して、自分もモンスターの群れに囲まれてて絶体絶命のピンチだったんです。そこへあなたがやってきてあっという間にモンスターを全部倒して僕を救ってくれたんです」

「はあ…そうですか」

「あの時から僕はあなたのことを忘れたことは一日たりともありませんでした。いつかあなたに恩返しがしたくて、貴方の魔力を忘れないように毎日思い返していたのです」

 敦の言葉に薫の顔を引きつる。どうも、この前の赤城の企みを聞いてから、薫は秋人に大人が必要以上に近づくのを警戒するようになっている。


「やっぱり変態じゃないか。秋人、訴えよう」

「まあまあ」

 桜子はそのあたりの深い事情は知らないが、薫の警戒心はよく分かる。


 秋人はおそらく自分より弱い相手への警戒心がすっぽりと抜けている。

 人に危害を加えようという意図は何も暴力だけではないのだという事を、まだ幼い少年は本当の意味で理解していない。

 そして、秋人は傍から見ても明らかな美少年で、探索者(シーカー)だと知らない人から見たら、華奢でいくらでも力づくでなんとでもできそうに見える容姿なのだ。(実際はそんなことは不可能なのだが)



「叔父さん、いくらなんでもいきなり抱きついたりしたら、そりゃ変態扱いされるわよ」

 と真っ当な事を言う姪に向かって、敦は慌てて弁解した。

「ずっと探してた相手が見つかったんだ。興奮したんだよ」

「神崎先生、すいません。やっぱり訴えた方がいいかもしれません」

 姪の容赦ない言葉に敦は大慌てだ。

「待って!ごめんなさい。変な気持ちはないです。ただお礼をしたかっただけなんです。命の恩人なんです。」

 敦は秋人の目の前にひざまずいてその手を取った。


「結婚してください」


 瞬間、敦は秒で制圧された。

「間違い!間違えました!すいません。あの頃は女の子だと思ってたんです。可愛かったから」

「もうこれ始末してもいいんじゃないかな。」

 薫が速攻で杖を抜きかけたのを桜子が抑えながら言う。

「薫さん、こんなところで杖出さない。工藤さん、叔父さんの言動かなりやばいよ。大丈夫?」

「そうですね」

 美香が額を抑えながら頷く。


 たとえ秋人が女の子だったとしても、32歳にもなる中年が16歳かそこらの高校生にいきなり跪いて求婚するのはロリコンの誹りを受けても不思議ではない。

 ましてや、秋人は少年だ。たしかに超が付く美少年だが。おまけに今日は制服だし、どう見ても女の子には見えない。恥ずかしいやら情けないやらで、美香もだんだん腹が立ってきた。


「ずっと探してたんだ。4年前から俺は強くなって君を迎えに行くって決めてたんだ。あんなに強いのにボロボロの恰好で、絶対にひどい目に合ってるって分かってたから。俺は君を助けたくて頑張ってたんだよ。君との新生活のために貯金にも励んだんだ」

 敦が言い募れば募るほどどんどん深みに嵌っていく。薫の額には青筋が浮かんでいるし、桜子の視線は冷たくなるし、美香は呆れている。


「えっと、田原本敦さんでしたっけ?」

 ようやく本人の言葉が聞けて敦は顔を輝かせた。しかし、目の前の天使は彼が想像したような喜びの表情はしてくれていなかった。

「僕はもう既に薫に助けてもらって、今は楽しく暮らしているのであなたに助けていただく必要はありません。それに、僕はこんな見た目でも一応男子なので、あなたと結婚する気はないです。お引き取りください」

 そう無表情で告げられた。


「待ってくれ!ちょっとくらい検討してくれよ。俺これでもBランクだよ。もうちょっとでAランクになれるんだ。金だって沢山あるし、好きなもの何でも買ってあげられるよ。」

 敦の言葉に秋人の表情がますます無くなっていく。この男は自分を金で買うというつもりなのだろうか?と呆れた。流石に男の言動がどれほど不躾かくらいは、いくら世間に疎い秋人でも理解できる。彼は不快さを必死に飲み込んでいた。相手が美香の親戚だということで穏便に済ませようと努力しているのだ。

 しかし、穏便に皆が済ませようと思うわけでは当然ない。



「田原本さん」

 薫が不意に姿勢を正して男に声を掛けた。その目は氷点下の冷たさを帯びており、犯罪者に対する対応に切り替わっていた。


「あなたの物言いはまるで援助交際を求めているように聞こえます。私は法的に認められた秋人の保護者です。故に貴方のような大人から彼を守る義務があります。これ以上彼に付きまとうのでしたら、然るべき手段を取らせていただきます」

 薫が名刺を差し出した。

「べ、弁護士?」

 敦はその名刺を見て、薫を見て、もう一度名刺を見つめた。ここでようやく自分の言動が法的に不味いということに気が付いて、顔が青くなった。


「お引き取りを」

 薫は冷たく言い放った。



「叔父が大変ご迷惑をおかけしました」

 美香が深々と頭を下げる。叔父は美術準備室で放心しているので、母親に電話して引き取ってもらうように話を付けた。

 秋人は表情が読めないが、あまり楽しそうではなかった。

「ごめんね、如月君」

 美香の言葉に秋人は慌てた。彼女が悪いわけではないのだ。

「謝らないでください。工藤先輩は何も悪くないので」

「でも…」

 何か言い募ろうとした時、不意に部長が二人を呼んだ。

「おーい、似顔絵スケッチ始めるぞ」

「はーい」

 二人同時に返事をする。

 似顔絵スケッチというのは美術部恒例の出し物で、チケットを買って似顔絵を描いてもらうというものだった。


「へえ、私も描いてもらおうかな」

 気を取り直すように桜子が言うと、薫は困った顔をする。

「その眼鏡つけたままだと無理なんじゃないですか?」

「そっかぁ」

 桜子が本気でがっかりしているので、薫は小さく笑った。

「家で秋人に描いてもらえば」

「ここで描いてもらうから価値があるんじゃないか」

 との桜子の抗議に薫は苦笑する。


「今ならあんまり人がいないので描けるよ」

 と秋人が頷く。

「薫も、サングラス外したら騒ぎになるから一緒に描くよ。座って座って!」

 そう言われて思わず薫も一緒に椅子に座る。

「俺の顔なんて毎日見てるだろ」

「描くのは初めてだもん。前から描きたかったんだ」

 秋人が気合を入れてスケッチブックを取り出す。


 そこから15分ほどでさらさらと描き上げた似顔絵は、ちょっとびっくりするくらい出来が良かった。

「凄いな」

 思わず二人が感嘆の声を上げる。

「額装して居間に飾ろう」

 と薫が言うと秋人は

「それならもっとちゃんとしたの描くよ」

 と言ったが、薫は頑として譲らなかった。折れないようにこっそり収納魔法の中にしまう。それを見て美香が

「如月くんが日常生活で魔法使うのに躊躇いがないのは、神崎先生の所為ね」

 とため息を付いた。実際は逆なのだが。

美香「叔父さん、正直に言うとかなりドン引きです」

敦「ううう、振られた。ずっと好きだったのに」

美香「お母さん!ごめん!早く来て!叔父さん連行して」

敦「そうは言うけど、美香。探索者ってのは辛い職業なんだよ。心にオアシスがないと生きていけないんだよ」

美香「・・・・・如月くん、大丈夫かしら」

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