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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第八章 代理人、文化祭へ行く
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8. 文化祭 土曜日 13:00

 昼すぎからは秋人は美術部の方の担当なので、薫と桜子もそちらに向かった。


「薫さん、一回魔力回路のお医者様にきちんと診てもらった方がいいかもよ」

「何でですか?」

 歩きながらの会話である。

「あそこまでの魔力の放出が感じ取れないのは、ちょっとおかしい。探索者(シーカー)になってもう1年は経ってるんでしょ。」

「はあ、そんなもんですか」

「秋人はなんて?」

「特には…でも、秋人も他の探索者(シーカー)のこと知らないしな」

 そんな会話をしていると美術部の前に着いた。

「とりあえず、秋人には内緒にしててください」

 と薫が桜子の耳元で囁く。

「!!」

 思わず桜子は飛びあがった。

「あなたね…」

「ナイショにしててくださいね」

 念押しである。

 桜子は、はーとため息を付いた。この男は秋人に甘い。盛大に甘やかしていると言っていい。そしておそらく本人は分かってやっている。


「ちゃんと診察に行くなら黙ってます」

「わかりました」

 薫は大きく頷いた。



 美術室のドアを開けると、そこは色の洪水だった。いつもは静謐なその部屋が今は賑やかに彩られている。それはカラフルなビニール傘で作られたオブジェで、美術部の共同制作だった。

 色の配置は美香の強い推薦で秋人が担当した。最初に美術室に入った人間はたいてい圧倒される素晴らしさだった。


「凄いな」

 美術にあまり造詣がない薫でさえ思わず感嘆の声を漏らすような出来栄えだ。窓からの光を計算したそれは、まるで異空間に迷い込んだようなイメージを抱かせた。

「綺麗」

 桜子もため息を付いている。しばし二人で見とれていると、

「薫!」

 美術室の端から秋人が手を振っている。


「クラスはちゃんと抜けられたんだな」

 薫が言うと秋人は少し眉を寄せた。

「なんで、工藤先輩にあの格好で迎えに来させたのさ」

 低く小さな声で抗議する秋人に、薫は肩を竦めた。

「俺じゃない」

「私だよ、修行が足らないぞ、少年」

 桜子が腰に手を当ててそう答えると、秋人はやっぱりという顔でがっくりと肩を落とした。



「秋人の作品はどれ?」

 桜子が尋ねると、彼は破顔した。

「こっち!」

 と案内してくれた先には秋人の背よりも大きなキャンバスが飾られていた。薫はその絵を見て言葉を失った。

「これは…」

「新宿第三ダンジョン最下層。薫と初めて会ったとこだよ」

 秋人がニコニコ笑って答えた。

「綺麗だな…」

 薫の言葉はシンプルだったが、いろいろな想いが込められていた。秋人が嬉しそうに笑った。


「薫さんが落ちたのって新宿第三だったんだ…なんで生きてるの?」

 桜子が呆れたように呟く。薫は苦笑いである。秋人も困ったような顔をしていた。

 新宿第三ダンジョンは、世界でも珍しい竪穴式のダンジョンで、最下層が56階という、深さが尋常ではないので有名だ。


「でも、最下層ってこんな綺麗なんだね」

 桜子はまだ行ったことがなかった。

「大きな金色の湖があるんだ。でっかいスライムがいるけど、それ以外はいいところだよ」

 と秋人が笑う。おそらく、普通の探索者(シーカー)にとってはそんな簡単なものではないのだろうが、そこは秋人には分からない。ダンジョンの最下層を『いいところ』で済ませていいのかどうかはおおいに疑問である。


 三人で楽しく話していると、美術室前にやってきた人物がいた。彼はどうやら探索者(シーカー)らしく魔力を備えているので、秋人のアンテナに引っかかった。なので、秋人は当夜のアドバイスに従って、弱い相手でも大丈夫なようにさほど強くない程度の魔力を当てて彼の力量を測った。当夜が教えてくれたエコーというやり方だ。


 しかし、相手は秋人の魔力に驚嘆したようで、慌てて美術室の扉を開けて飛び込んできた。

「君!!」

 彼は秋人を目指して一直線に駆け寄った。

「ああ、やっぱりあの時の天使だ。間違いない!!ずっと探していたんだ!マイ・エンジェル!」

 男は感極まったような顔で秋人の手を握りしめて、抱き着いた。


 …と同時に男の体が地面に引き倒されて、容赦なく踏まれている。

「秋人、この変態と知り合い?」

 薫の冷たい言葉に秋人は大きく首を振る。

 男は地面にはいつくばって動けない。チラリと見上げると、そこには魔王もかくやという冷たい美貌の青年がいた。サングラス越しでも、彼の視線が氷のように冷ややかなのが見て取れた。


「薫、大丈夫だよ。このくらいの相手ならどうってことないから」

 と彼の天使は他人事のような事を言う。

「待ってくれ!俺は変質者じゃない。探索者(シーカー)だ。Bランクの。」

 と彼が言っているのに誰も聞いていなかった。


「それより、今の体術すごく早かったね。びっくりした」

「本当に。護衛要らないんじゃないか」

 秋人と桜子の言葉に薫は眉を上げた。

「一応最近、昼休みに当夜にちょっとだけ稽古つけてもらってる」

 薫の言葉に秋人は「え」と驚きの声を上げた。

「なんで僕に言わないの?」

 ものすごく心外という顔をする。

「いや、だって被保護者に護身術教えてもらうって本末転倒じゃないか?」

「そんなぁ…」

 秋人の抗議を一般論で受け流す薫に桜子は呆れる。秋人は納得いかないらしくひたすら抗議している。



「あの…すいません」

 三人のやりとりを遠くから見守っていた美香がおずおずと声を掛けてきた。

「あの叔父が何かしましたでしょうか?」

「へ?」

 薫、秋人、桜子の三人がその言葉に美香を見つめる。

「あの、神崎先生が捕まえている相手は、私の叔父です」

 美香の言葉に薫は己の足元をようやく思い出した。


「この変質者、工藤さんのご親戚ですか。大変ですね。縁切りするならご相談承りますよ」

 と薫が何気に弁護士仕様の営業トークをかます。

 桜子はそこまで非常識ではなかったので、薫の足元の人物に声を掛けた。

「秋人に不用意に近づかないと約束するなら、その男の足をどかせてやる。名前とランク、所属パーティーを述べよ。私はアークエンジェルの霧崎桜子だ」


 桜子が黒縁の眼鏡を外す。認識疎外の魔法がかかっている変装用の眼鏡だ。男は仰ぎ見た美女の顔に驚嘆して声が出なかった。そこにはテレビや雑誌でよく見る日本で一番有名な女性探索者(シーカー)の顔があった。

薫「俺は変態が嫌いだ」

秋人「好きな人はいないと思うよ」

薫「・・・秋人もいずれ分かるよ」

秋人「え?何?なんか怖いんだけど」

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