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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第八章 代理人、文化祭へ行く
126/128

7. 文化祭 土曜日 11:00

 校内見取り図を見て薫たちは、2年A組の教室を目指した。

 そこは、先ほどの廊下と同じように盛況だった。違うのは並んでいるのは男子生徒ばかりなことだ。


「すいません、伝言を頼まれていて。私、神崎と申します。工藤美香さんはいらっしゃいますか?」

 薫がサングラスを外して名刺を差し出しながら、教室の外で受付をしている女生徒に話しかける。一瞬ポカンと口を開けていた女生徒は大きく頷くと教室内へ走り去った。


「悪い男だな。相手は学生だぞ」

 桜子が呆れ声だ。

「日ごろからこの顔の所為でろくな目に合ってないので、こういう時くらい役に立ってもらわないと」

 薫が心底嫌そうに呟く。薫は自分の顔の所為でひどい目に合い続けているので、そこに価値はまるきり見出してない。



「神崎さん!どうしたんですか?」

 慌てた様子で駆けてきた美香に薫は振り返り、そして固まった。固まっている薫の様子に桜子が気が付く。

「秋人には刺激が強すぎるんじゃないか」

 と薫が小さく呟いた。美香のクラスは本格的なメイド喫茶だったらしい。かなりスカートが短い。エプロンとセットになっているミニスカートの衣装である。

 轟学園の文化祭は若干公序良俗に欠ける旨を朽木一馬に伝えようと薫は思った。


「えっと、秋人のクラスのメンバーから伝言なんですが、あちらを抜け出すのが大変そうなので、工藤さんに迎えにきてやってくれないかと」

 葛藤を押し殺して薫が告げると、「ああ」という顔で美香が頷いた。

「分かりました。昼には私も抜けるので、迎えに行きます」

「そうしてやってください」

 薫が頷くと、横で見ていた桜子はいたずらを思いついた。


「できればその恰好で」

「え?」

 と美香がまじまじとそんな事を言い出した女性を見つめ、跳びあがった。

「う、えっ、きっ、あ」

 名前を呼びそうになって自分の口を手で押さえる。優秀な女性である。


「秋人、メイド喫茶なんて知らないだろうからその恰好で迎えに行ってやってください。びっくりすると思うので」

「いや、ちょっとまっ」

 薫の言葉を遮って桜子が告げる。

「秋人の経験値の為にも是非」

「はあ…」

 美香が訳も分からず頷いた。



 秋人たちが美術部に行くまで少し時間があるだろうということで、二人は模擬店でいくつか食べ物を買った。焼きそばとたこ焼きである。飲み物は流石にアルコール類はないので、ジンジャーエールで済ませた。まあ妥当なところだろう。


 二人は、空いているテーブルを見つけて座る。

「桜子さん、秋人を虐めないでくださいよ」

「虐めてないよ。あのくらいの恰好で驚いてたら探索者(シーカー)の群れの中に放り込まれたら大変なことになるぞ。うちはこれでもかなり露出は抑え気味なんだ。女性探索者(シーカー)の中には裸に近いのだっているんだぞ」

 彼女たちの中にはゲームや漫画のコスプレのような際どい衣装の者もいる。もっともまともにモンスターとやり合うには不都合なので、主にはメディアに出る時だけだが。これも一種のブランディングである。


「そりゃあ、そうかもですが。好きな人があの格好で出てきたら腰抜かすじゃないですか」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「そうですよ」

「いい感じだったもんな」

「ええ」

 おそらくバレてないと思っているのは秋人と美香だけだ。合宿中のあれこれを見ていたら、二人の間にほのかに漂う何とも言い難い空気感は、あの場にいた全員が把握済みだろう。


 薫はしばらく躊躇ったあと、桜子にポツリとこぼした。

「秋人は告白する気はないらしいです」

「なんで?」

「色々と巻き込んでしまうかもしれないからと」

「ああ…うーん」

 桜子は小さく唸った。秋人の周囲に何やらきな臭い相手がいるのは、桜子も何となく察している。

「でも、俺は諦めてほしくないんですよ。できれば、そういう理由では」

 たこ焼きをつつきながら薫が言う。

「女性としてはどう思います?」

 薫が尋ねると桜子は難しい顔をした。

「もし、私ならそんな理由で黙っていられたり、振られたりしたらムカつくと思うけど、相手は普通のお嬢さんだからなあ」

「ですよね」

 薫だって分かっている。存外何かを守るというのは難しいのだ。攻撃するというのは1回でも相手に届けば成功だが、守るというのはその1回が命取りな場合がある。


「難しいな…とあっ」

 桜子が思わず校舎を振り向く。

「秋人…」

 もの凄い魔力が一瞬放出された。桜子は思わず戦闘態勢を取るところだった。しかし、目の前の男はきょとんとしている。


「え?もしかして薫さん、今の秋人の魔力全然分からないの?」

「え?何かあったんですか?」

 薫が顔色を変えた。

「いや、秋人は一瞬で立て直したよ。偉い偉い。工藤さんが迎えに行ったんじゃない?あの格好で」

 何人かの見学客が思わずきょろきょろとあたりを見渡している。

「まあまあ探索者(シーカー)いるみたいだね」

 桜子はジュースを飲みながら見渡した。



「あ、工藤先輩。いらっしゃい」

 智輝がにこやかに顔見知りの先輩に挨拶をする。智輝はきちんと美術部に謝罪に赴き、今ではすっかり先輩たちとも仲直りしていた。何度か上半身脱がされてスケッチモデルをさせられた後の和解だったが。


「如月くんを迎えに来たの」

「あ、そうっすね。きっと喜びますよ」

 智輝はニヤリと笑った。

 秋人の想い人がとんでもない衣装で現れたからだ。あのいつも冷静沈着な澄ました顔が大きく崩れるところが見たい、見たい、見たい…という気持ちが抑えられない。

「神崎さん、ナイス!」

 ぐっと親指を立ててから出口から中に美香を通した。

 美香は暗い中恐る恐る進む。出口付近はまだ明るかったが、中は結構暗い。


「如月くん、迎えにきたよ」

 と声をかけると秋人が振り返った。どうやら女の子に抱き着かれていたらしい。彼は慌ててその子から離れた。

 まあ、なんというかどういう出し物にされているのか美香は何となく察した。どうりで自分に迎えに来てほしいと智輝に言われたはずである。先輩のいう事ならクラスメイトも否やは難しいだろう。


「ありがとうございます」

 慌てて秋人が駆け寄った。

「行きましょう」

 と彼女の手を引っ張る。隣で係の生徒が地団駄を踏んでいた。「諦めろ」とか言われている。秋人が人が良くて断れないのをいいことに、誰かにいいように扱われているのが美香は不満だ。


「如月くん、嫌なら嫌って言わなくちゃだめよ」

 思わず強めに美香が言うと、秋人は「はい」と弱い声で返事をした。

 彼が悪いわけではないと分かっていても、先ほど抱き着かれていた姿が思い返されて、美香は何となく面白くなかった。



 出口まで美香が引っ張っていく。

 ドアを開けて外に出た瞬間、彼女の恰好が秋人の目に焼き付いた。白いすらりとした足が短いスカートから出ている。


「せ、先輩!!!」

 秋人が飛びあがった。そのまま後ろのドアにがんと痛そうな音を立てて後頭部をぶつけている。顔が真っ赤であるのに、視線はしっかり美香の姿から離れていない。


「なんだ、あいつもやっぱ男だったんだな」

 と智輝は妙な感動を覚えた。家に一冊もエロ本持ってないくせに。

 しかし、秋人のあの顔…その狼狽えた姿が智輝はおかしくて仕方なかった。ぶふっと笑い声を抑えきれなかった。


 秋人は思わず魔力を放出してしまった。桜子にはきっと帰ったら修行が足りないって怒られるだろう。


「智輝!お前!!」

 思わず秋人が詰め寄ると、ひらひらと智輝は手を振った。

「俺は神崎さんにお前が困っているから迎えをよこすようにって伝言頼んだだけだぜ」

「なんで、工藤先輩に」

「え、だって面白いから。このスケベ」

 ぷぷぷと智輝が笑う。小さな声でやりとりしていると、美香が首を傾げた。


「もう行ける?」

 美香が言うと、秋人は智輝の頭に拳骨を落としてから頷く。智輝はそれでもまだ腹を抱えて笑っていた。


 改めて外に出てからの秋人を美香はしみじみ眺めた。この前は(わらべ)のような衣装に見えたが、今日は着流しのようだ。

「今日はかっこいいね、如月君」

 丈のあってる着物を着ている秋人を見て美香が微笑んだ。それだけで、秋人は現金なもので、幽霊役を受けてよかったと思ったのだった。

探索者A「なんかこの学校にえらい探索者の関係者がいてるって噂あるんだけど」

探索者B「そうそう。うちもリーダーに言われて来たんだけど…あれ」

探索者A「なあ、あれ。あのテーブルの女…」

探索者B「向かいの男もやばいだろ」

探索者A・B「なんかいるのは間違いなさそう」

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