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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第八章 代理人、文化祭へ行く
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3. 前準備

「え!? 直せたの?」

 笹川和音がそう叫んだ時、クラスの女子の3分の2は「ザマアミロ」と快哉を叫んだ。


 クラスの女子は和音の企みに皆気が付いていた。

 秋人が血縁ではない男性と一緒に暮らしている天涯孤独の身の上だということは、色々あってクラス全員が知っている。そんな彼に着物を直せという方が土台無理なのだ。

 それをおそらく和音は「私がやってあげるわ」と言いながら、さも家庭的な女であるとアピールするつもりだったのだろう。

 サイズを間違えて用意したというのも怪しいものだ…と皆は思っていただけに、彼女の思惑が外れてご機嫌である。


 宛てが外れて和音が閉口する。

「文化祭が終わったら戻して返すね」

 秋人が柔らかく笑うと、和音は言い返せなかった。ごにょごにょと小さく何かを呟いて頷いた。



 さて、お化け屋敷のセットや小道具は予算の都合上手作りが基本だ。それはクラス全員で行う作業なのだが、そこでも秋人は大活躍だった。何しろ美術部員なのだ。背景やセットに使用する絵的なものは彼がすらすらと描いた。

 秋人は高校入学前の話をあまりしたがらない。どうやら流行のものや遊園地的なものにはなじみがないようで、「お化け屋敷のセットに使う絵を描いてくれ」と言っても彼は理解できていなかった。

 しかし、いくつか見本をスマホで見せて「こんな感じのものをこの面積に描いてほしい」というオーダーには完璧に答えた。しかも早い。クラスメイトが唖然としている間に、下書きなしでさらさらと描き上げた。


「美術部すげえ」

 智輝が思わずつぶやく。彼は運動部なので、文化祭はがっつりクラスの出し物要員である。ただし、不器用なのでもっぱら力仕事専門だ。


「お前の部の先輩もこんな感じなのか?」

 との智輝の質問には秋人は首を傾げた。

「僕より上手いんじゃないかな」

 と彼が言うとクラスメイトはドン引きである。ただし、クラブの先輩がもしそれを聞いたなら、おそらく全否定していただろうが。



 秋人は放課後1時間だけクラスの手伝いをした後は、クラブの方へ顔を出す。これまでは授業が終わってからすぐクラブへ行けていたのが、1時間削られるので作品制作の時間が減る。秋人の絵は大作なのでまだ仕上がっていないのだ。


「部長、少しだけ残って描いてもいいですか?」

「ああ、俺も残るつもりだったからいいぞ」

「ありがとうございます」

 部長の柏崎は月刊誌に連載している漫画家だが、絵画の方でも注目されている。両親がどちらも芸術家で、日本最高峰の帝都芸術大学出身なのだ。


 二人居残りでこつこつと描いていると、ひょっこりと美香が現れた。

「ああ、やっぱりまだやってた」

 彼女は今日はクラスの出し物の方の助っ人に入っていたので部活には顔を出していなかった。たまたま帰りに通りかかって美術室に電気が点いていたので、寄ってみたのだ。


「工藤はもう作品は出来てるもんな。俺と如月はデカすぎたな」

「だから言ったじゃないですか」

 美香の呆れ交じりの声が耳に痛い。調子に乗って大きなキャンバスを張ってしまった春先の自分の軽率さを呪う部長だった。男手が嬉しくてついやってしまったのだ。


「あ、でも僕は大きい方が好きです。クラスのお化け屋敷の背景も楽しかったし」

「お、如月が描いたのか」

「はい」

「それじゃあ、始まったら見に行くわね」

 部長と美香にそう言われて秋人は嬉しそうに頷いた。



「流石にもう遅いから帰るか。如月、工藤を駅まで送っていけ。こんな遅い時間に女の独り歩きは危ない」

「はい。分かりました」

 部長の言葉に素直に秋人は頷いたが、してやったりな顔の部長には気が付かなった。

 美香は視線が泳いでいる。この二人は親が仲良しの幼馴染なので、部長には美香が思わぬ幸運に喜んでいることが手に取るように分かった。


「じゃあ、俺は鍵を返してくるから、また明日な」

「はい」

 部長に手を振って、二人は歩き出した。

 まだ校内でそれなりに電気が点いている教室もあることに秋人は驚いた。


「うちの文化祭は高校にしては規模が大きいから、これからどんどん不夜城になっていくわよ」

 周囲のにぎやかさに目を丸くしている秋人に美香は笑いかける。細いフレーム越しの優しい瞳に秋人はどきりと胸が鳴った。


「先輩のクラスの出し物は何ですか?」

 自分の気持ちを誤魔化すように、思わず秋人が尋ねると美香は困ったように笑った。

「ほんとはナイショなんだけどね、メイド喫茶だよ」

「めいどきっさ?」

 どうやら秋人の理解の範疇にはない単語だったようだ。美香は苦笑する。

「後でスマホで調べてみて。」

 との彼女の言葉に大きく頷いた。

 秋人はこのまま駅までの道が倍でも構わないのになあと思っていた。久々に二人での会話が楽しかった。



「如月君!!」

 背後から大きな声がかかった。振り向くと笹川和音と他に2名のクラス女子だった。

「あれ?笹川さんたちまだやってたの?」

「うん、そう。こちらの人は?」

 和音が美香を一瞥する瞳は剣呑だったが、秋人はこれくらいの敵意は感知の範囲外だったので、まったく気が付いていなかった。なので

「美術部の副部長の工藤美香さんだよ」

 とにこやかに答える。


 和音以外の女子は完全に敗北を認めた。工藤美香は2年では有名な知的美人で、人気のある先輩だ。おまけにスタイルも抜群だ。二人並んで歩いていると絵に描いたようにお似合いだった。


「へー、年上なんですねー」

 和音はわざとそんな風に言ったが、どちらかというとダメージを受けたのは秋人の方だった。微妙に眉が寄る。

「私たちも駅まで一緒に行っていいですか?女の子ばっかりだと怖いんで」

 と和音が言うと、美香は

「もちろん」

 と頷く。美香と和音は気が付かないが、秋人がものすごく残念そうな顔をした時点で、他のクラスメイトは秋人の気持ちを察した。



「和音ちゃん、邪魔しちゃ悪いよ。行こうよ」

「え?」

 和音の隣を歩いていた女子が彼女の腕を取る。

「お邪魔しましたー」

 ずるずると引きずられるようにして、足早に三人は去って行った。


「何だったんだろう?」

「そうね?」

 二人同時に首を傾げる。引きずって行った先からかなりキーキー声が聞こえていたが、秋人は二人で帰れる機会が減らずに済んで嬉しかったし、美香は和音の攻撃的な態度にびびっていたので安堵のため息を付いた。。


「帰ろっか」

「はい」

 嬉しそうな秋人の笑顔に、美香も思わず微笑んだ。遠くから二人を見ていた部長は助け船を出さずに済んでホッとしていた。


 その夜、メイド喫茶をスマホで調べた秋人が、寝ていた薫の部屋に飛び込んで「文化祭でやるようなメイド喫茶は本職のとは違うから大丈夫」という説明を聞くまでパニックだったのは二人だけの秘密である。

秋人「薫、薫、起きて!大変なんだ!先輩が大変なことに」

薫「え?何?どうしたんだ?」

秋人「先輩がたぶん脅迫されてるんだ!薫弁護士でしょ。僕依頼するから先輩を助けて」

薫「・・・・取り敢えず落ち着きなさい。泣かなくていいから」

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