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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第一章 弁護士、代理人になる
12/59

12. 探索者ギルド日本支部の一番長い日 12:00

 コンコン

 ドアをノックする音がした。


「ギルドマスター、あの…お客様です」

「こんな時にアポなしの来客など追い返せ!」

 秘書の遠慮がちな声に坂田は怒鳴ったが、


「如月秋人さまの代理人とおっしゃる方です」

 秘書の言葉に坂田と赤城は絶句した。


「代理人だと…」

 呻くように赤城が呟く。二人にとっては寝耳に水の事態だった。


「俺がそいつに会って話をつける。お前は小僧を探し出してこい」

 坂田の言葉に赤城はしぶしぶ頷いた。警視庁のAIを使えば中学生の一人くらいすぐ見つけられるだろうと、赤城は簡単に思っていた。



 坂田は脳みそが沸騰しそうな怒りを隠し、一番上等の応接室に向かった。

 大臣や外国の要員が来た時しか使用しない部屋だ。秘書がその代理人とやらを下にも置かない扱いをしていることが分かって、坂田は一つ舌打ちをした。


 ギルドの一般的な職員の中にある、「如月秋人」への信仰に近い想いにうんざりした。

 もしかしたら、職員の中に協力者がいるのかもしれない。秋人のために骨を折った者がもしもギルド内にいるとしたら、己の所業が世間に暴露されるかもしれない…とヒヤリとした恐れを感じた。

「馬鹿な」

 今まで上手くやってこれたのだ。これからだって、坂田は甘い汁を吸い続けたかった。



「お待たせしました」

 慇懃な態度でドアを開け、坂田はソファに座る長身の男にさわやかに挨拶した。この変わり身の早さと外面の良さが坂田の真骨頂だ。


「いいえ、アポもなくきて申し訳ありません」

 にこやかに微笑む男は大変美しかった。

 イケメンなどという軽い形容詞ではとうてい図れない、造形の良さだけではなく知性と理性と自信を兼ね備えた内から光り輝くような美しさだった。


 自然と坂田はつばを飲み込む。

「ギルドマスターの坂田信二です」

「わたしは神崎薫。弁護士です。如月秋人さんの代理人を務めております」

 椅子から立ち上がりもせず彼は告げた。ある意味既に戦闘態勢だと示してきたのだ。


 握手の手を出そうとしていた坂田は心の中で憤慨しながらも、困った顔で向かいのソファに腰を下ろした。

「その…今回は我々も大変困惑しております」

 坂田はいかにも人の好さそうな顔で言った。

「我々の態度が彼を傷つけていたのでしたら大変申し訳ないことをしました。親を亡くした彼を、親代わりに見守ってきたつもりだったのですが」

「ご両親ともSランクでしたね」

 薫が小さく頷く。坂田は内心ギクリとした。秋人の両親の事を既にこの男が調査していることを知って、戦慄が走った。彼らの情報はこの5年で色々と操作して消したはずなのにである。


 咳ばらいを一つ入れる。

「ええ、とても優秀な探索者だったのですが、最後のダンジョンで大きなミスをしておりましてね。その負債を返すことを、秋人くんが自ら申し出てくれたのですが…」

 いかにも困った風に笑う。

「彼の言葉に甘えてしまった我々も悪かったと思っていたところなのです。子供の彼には当然親の負債を負う義務はないのだと、私も赤城もさんざん言ったんですがね。頑なに自分が返すと言ってきかなかったもので」

 元々秋人自身の希望だと言い募る。

「しかし、彼もいつまでたっても終わらない負債にいい加減飽きてしまったんでしょう。自分が言い出したことを翻すのに、大人が悪いとでも言いたくなったのかな。」

 坂田はいかにも年下の子供に手を焼いてる大人の風を装った。

「一般の弁護士である神崎さんはご存知ないかもしれませんが、ダンジョンの探索は厳しい世界ですから、さぼりたくなったのではないかと思います。少しいじけてしまったのかもしれませんね。親を亡くした子供が保護者に代替え行為をするのはよくあることですよ」

 坂田は子供の言う事に本気で目くじらを立てるなよとの意味を込めて嗤ったが、目の前の青年はそんな坂田の態度に何の関心も示さなかった。



「国際探索者連盟から承認を得た訴えが、そんな小賢しい言い訳で覆るわけないだろう」


 美しい唇から信じられないような暴言が吐き出され、坂田は一瞬何を言われたか理解できなかった。

 数分後にその言葉の意味を理解し、一気に頭に血が上った。


「き、貴様!若造の分際で舐めた態度を」

「やくざも顔負けの品のなさだ」

 薫が嗤う。

「お前のような似非正義の味方なんぞこっちはどうにでもできるんだぞ。国家権力に逆らえると思っているのか」

「悪役にしか聞こえないセリフですね」

 呆れた顔で薫が肩をすくめた。



「そもそも、彼の両親に借金なんぞない」

 無造作に机の上に投げ出された書類は、秋人の両親の死ぬ間際の財務状況。国家予算にも匹敵するような資産だった。

「…これだけの資産があって返せない負債なんて存在しないだろうさ」

 薫の言葉に坂田はぐっと唸った。秋人の両親の生前の資産はすべて赤城と坂田が横領した。秋人の両親はどちらも天涯孤独の身の上だった。彼らの資産がどんな状況だったかなど、誰も調べようがなかった。


 なので、どこにも証拠なんて残っていないと思っていたのになぜ?

 坂田はその書類を震える指で拾った。当然原本ではなくコピーである。どこかに本物が存在していることに冷や汗が流れた。



「どこからこの書類は出たか知りたいですか?」

 ニヤリと薫が告げる。

「あなたたち、最初は3人組でしたよね。でも、一人が罪の重さに耐えられなくなった。彼は家族を秋人に救ってもらったからね。その彼を搾取し続けることが許せなかったんだろう」

 ゴクリと坂田はつばを飲み込む。あの気の弱い男が死んでくれた時には、本当にほっとしたのだ。だがしかし…


「彼は奥様にこの書類を託した。ギルドに関係ない信頼に足る人がきたら渡すようにと言い含めて。」

 薫は坂田をじっと見つめた。その目には軽蔑の色が浮かんでいた。

「赤城という職員に呼び出された次の日、彼は海に身を投げて自殺した。遺書もあったから自殺としか判断されなかった。彼は死を覚悟していたと奥様は仰っていた。復讐など考えるな、恩を返せと言われたそうですよ。国家権力が味方に付いているのならば、自殺を装った殺人なんて簡単にできたでしょうねぇ」

 薫は底冷えのする瞳で坂田を睥睨した。


 坂田は懐に忍ばせていたナイフを取り出した。この男は危険だ。なんとか抹殺しなければ…とそれしか考えられなかった。



審判の日(ジャッジメント)


 薫の唱えた呪文に坂田は一気に顔色を無くした。

「その呪文は!!」

 ギルド本部内では攻撃魔法は使えない特殊な仕掛けが施されている。そうでもしないと暴れる探索者に本気を出されたら敵わないからだ。

 しかしこのジョブの魔法は別だった。どんなガードも効かない。だって間違っていなければ攻撃されないのだから、『攻撃のための魔法』ではないからだ。


 真実を告げさえすれば何の害もない。

 だが、それができない時は…


「彼が殺されることを知っていましたか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 坂田は答えられない。答えることは身の破滅だ。

「私の魔法はご存知ですよね?答えないということは、それは有罪と自ら認めることに他なりませんよ」

 薫が笑う。

 坂田はぐっと唇をかみしめた。


「秋人くんに嘘をつきましたか?」

「・・・・・・・・・・」

「彼の資産を横領しましたか?」

「・・・・・・・・・・」

「彼に暴力をふるいましたか?」

「・・・・・・・・・・」

「彼の尊厳を踏みにじるのは楽しかったですか?」

「・・・・・・・・・・」


「答えなさい!!」

「知ったことか」

ギルティ


 薫の腕から緑色の稲妻が走る。

 坂田は激しい雷に殴打され、壁際に吹き飛んだ。大音響の爆音に何事かと部屋に飛び込んできた秘書たちはあまりの出来事に荒れた室内を見渡した。


「警察を呼んでください。殺人未遂です」

 秘書官は思わず薫を見つめる。取り押さえるべきはどちらなのか見比べる彼らを見て薫は憤慨した。

 坂田の焼け焦げた右手に捕まれているナイフをあごで指し示す。

「私じゃありませんよ。彼です」

 薫は銀色のギルドカードを取り出した。

「私は普通の弁護士ですが、探索者(シーカー)としてのジョブは審議官です」

 ギルドに務めるもので、そのカードの色を知らない者はいない。そして、つい先日行われた裁判についての顛末を知らない者もいなかった。


「これは、正当防衛です。」

 薫の厳かな声が、破壊された応接室に響いた。

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