18. 祝詞
「嗚呼ああああ、もう。作戦!作戦立てるから待ちなさいってば、もう」
薫が慌てて追いかける。その後を桜子と当夜が走り抜けた。
遊馬の願いを聞いてやる必要などないのだ。秋人を罵り、彼らの献身を余所者だと言って排除しようとしたのだから。それでも、あの人は自分の願いをきいてくれた。命をかけてこんな子供のわがままを叶えるために戦ってくれるのだ。あんな巨大な相手と。
「秋人さん、ごめんなさい。ごめんなさい」
遊馬は地面に蹲って泣き続けた。
「秋人、待て!そのまま突っ込んでも意味がないぞ!」
薫の言葉に秋人が足を止める。
「お前の火力であれをぶっ飛ばすだけの攻撃方法はあるか?」
「ないけど」
「よし、なら作戦だ」
やみくもに突っ込んでも被害が大きくなるだけである。追いついてきた桜子と当夜と意見を交換する。
「俺の雷神の雷鎚を秋人の剣に載せられるか?」
「なるほど、魔力をかさましするのか」
桜子がふむ…と考える。当夜はその突拍子もない案に無言である。どうせ、彼の役回りは露払いだ。
「できるか?」
薫の言葉に秋人は大きく頷いた。
「あそこまで、各8回に分けて2回撃つ。全部拾って最後に白龍の首へ持っていけ」
「薫は2回も連続で雷神の雷鎚撃って大丈夫」
「おう。ただし、2回が限界だ。」
薫が頷きながら、魔力回復薬を取り出した。
「秋人、この作戦がダメなら撤収だ。申し訳ないが巌さんが施してくれる封印を待つ、いいな」
桜子の厳しい言葉に全員が頷いた。闇雲にすべての命を賭けの天秤に載せるわけにはいかない。
「いくぞ!」
薫の掛け声とともに秋人が飛び出す。薫の周囲に群がる小物のモンスターが現れたが、それらは当夜が撃退する。桜子は白龍からの攻撃をいなす役割だ。
【雷神の雷鎚 改 8檄】
薫の詠唱と共に彼の背後に巨大な魔法陣が展開する。そこから8門の魔法が放たれた。
「いけ!秋人!!」
薫の声に合わせて秋人が飛び出す。その剣に、1回ずつ秋人が雷撃を纏わせる。
大きな魔力の発生源として白龍が薫に攻撃をしかけるも、桜子の剣がそれを弾く。かなりキツそうだが、彼女は苦痛の声一つ上げずひたすらに攻撃を返し続けた。
薫が魔力回復薬の瓶を空けて一気飲みしている間にチャージの30秒が経過する。
「くそ、マジでキツい」
吐き捨てながら瓶を地面に転がした。
「もう一回、【雷神の雷鎚 改 8檄】!!」
再展開する魔法陣から8本の魔法が飛び出す。薫の杖がその方向を導いた。
白龍の喉元に秋人が接近するところへ、最後の一撃が放たれる。秋人はそれを受けて白龍と交差した。
【閃光剣】
秋人の魔力と薫の雷撃が載った魔法剣の一閃が美しい光を放つ。
白龍の巨大な首が重さに耐え切れないように、ゆっくりと傾いていく。
「やった!」
当夜の歓声が上がった。
しかし、
「まだだ!」
桜子の厳しい声が注意を呼び掛けた。白龍の体に黒い光が纏わりつくように走る。
「あれは!」
白龍の足元の投げ込まれた宝箱に桜子は見覚えがあった。
「まずい!支配の指輪だ」
彼女が叫ぶと同時に、白龍が咆哮をあげる。秋人が白龍の攻撃を避けながら魔法陣のある鳥居の近くに着地した。
「くそ!先に投げ込んでやがったのか!」
薫が肩で息をしながら呟く。もうこれ以上の魔法を薫は欠片も使うことができない。
「秋人!逃げろ!!」
当夜が叫ぶ。白龍の目が秋人を捉える。秋人自身も疲労困憊で動けなかった。白龍の敵意が秋人に向けられた。
「秋人さん!!」
遊馬の悲鳴が上がった。
しかし、秋人と白龍の間に滑り込んだ人影があった。
「父さん…っ」
一馬が大剣をもって白龍の攻撃を弾いた。ただ一度、それだけしかできないことは分かっていた。次の一撃は避けられない。それが己の限界だと一馬は知ってはいたが、黙ってみていることは出来なかった。朽木の跡取りとして、たとえ力不足でも、ここで死ぬことになったとしても。
一瞬の隙間。
秋人はふと自分の周りにキラキラと何かが纏わりついていることに気が付いた。
「祝詞?」
巌の口から紡がれた魔法を帯びた言葉が秋人の周りをくるくると廻っている。それらは遠い記憶の欠片を思い出させた。
「お母さん?」
秋人の一番小さな頃の記憶。母の歌声。それとこの祝詞はよく似ていた。
【かしこみかしこみ申す
天つ高原におわす、いと高き神々の名のもとに
水を切り、風に舞い、土を鎮め、火を謳う
この世の終わりに宿る深淵よ
今ひとたび扉を開き、我が前に道を拓け】
【偉大なる主のもと
異能の同胞の力をこの地に運び
弱き民を導き給え
力なき同胞を憐れみ給え
我が血と肉を元に
永遠の時の彼方に
導き給え】
【願わくは、
その猛き声、
その焔の眼、鎮め給え。
われらの誠を捧げて詫び奉り、
再び深淵の下に立つことを許し給え】
【最後の地に宿る深淵よ
いずれかにまた
還るその日まで
我が力を導き給え
かしこみかしこみ申す】
秋人の口から知らない言葉が飛び出していた。まるで操られるように紡がれるそれは、秋人の周囲に金色の光を生み出し、それが渦となって白龍へと向かう。
不意に天上から光が降り注ぎ辺りをまばゆく照らし、視界を奪った。
「なんだ?」
薫の声が小さく響く。
薫の目の前に一人の青年が立っていた。
すらりとした長身の若い男だ。
彼はしっと己の唇の前に指を立てて声を出すなというジェスチャーをする。
「かおる…」
青年は懐かしそうに薫の名前を呼び、微かに笑うとそのまま掻き消えた。薫は何故かそれが震えるほど悲しかった。
薫の目から涙が流れて落ちる。理由も分からぬまま、酷い喪失感に胸を締め付けられた。
ダンジョンの中に静寂が戻った。白龍も暴走する魔法陣もない。それどころか、この空間の魔力的な空気もなくなっていた。
「ここはもうダンジョンではない。」
探索者として長年の経験がある桜子は呟いた。
鳥居の前には茫然と立っている一馬と倒れている秋人と巌がいた。
慌てて皆が駆け寄る。
「おじいちゃん」
遊馬が巌に抱き着いた。彼はかなりの重傷だった。片腕と片足が吹き飛んでおり、顔面は血だらけだ。おそらく片目が潰れている。その他にも多数の怪我をしていて、大量に血を流している。しかし、辛うじて脈はあった。
そして、秋人は怪我はなかったが意識を失っていた。彼はその膨大な魔力を使い果たして気絶していた。
こうして、巨福呂坂ダンジョンは長い歴史に幕を下ろした。
薫「楠本さん、すいません秋人がぶっ倒れたのでちょっと帰れそうにないんです。小林くんに俺の代理をおねがいしてください」
楠本「無理でしょう」
薫「これも試練だと言い聞かせて」
楠本「胃薬を用意しなくちゃ」




