15. 巨福呂坂ダンジョン
見届け人として遊馬は健司たちに引きずられていった。あちこち怪我して痛くてボロボロだったが、蹴られ殴られしながら引き立てられた。その間、ずっと自分たちがどれほど朽木のやり方にうんざりしていたかを聞かされた。
時代錯誤
奴隷扱い
人権侵害
その数々の不条理な所業について。
ここに集まっているのは、槍持や剣持と呼ばれる「朽木」の姓を名乗らない分家の落ちこぼれたちだった。落ちこぼれといっても、それなりに探索者としての腕はある。ただ、素行は悪かったり、チームワークを乱すなどの行いで主流から追放されたようなメンバーだった。
彼らは自分たちの不遇を朽木家の所為だと言った。
「このご時世に主家やら当主やら笑わせんな」
ある男は遊馬を小突きながらそう言った。
「俺の姉ちゃんは他に好きな男がいたのに、本家筋の20も年上の男の嫁になれって連れていかれたんだ。それなのに子供を産めないって追い返されたんだぞ。今時不妊治療くらいやればいいじゃねえか。それを…あいつら…」
「うちなんか、兄貴の出来がいいのを妬まれて、訓練中に腕落とされたんだぜ。しかも再生治療させねえんでやんの。まじで信じられねえ」
男は遊馬の腕を捻り上げた。
「痛い」
遊馬の悲鳴がダンジョンの通路に木霊する。
「なあ、知ってるか。子供のうちは再生治療できないんだぜ。体力もたねえからな。お前の腕落としてやれば、本家の連中どんな顔すっかな。笑える」
男の言葉はおそらく本気だろう。遊馬は恐怖に凍り付いた。
「・・・・・やめて」
すすり泣く遊馬に興味を無くしたのか、「ふん」と男は鼻で笑った。
「女々しいねぇ。本家の跡取り様は。こんなんじゃ、聖夜ちゃんにも負けるんじゃね?」
「ああ、料理人な」
「いやあ、不遇の星だね。」
馬鹿にしたように男たちは嗤った。
遊馬の中で何かがちりっと火が付いた。
聖夜は、確かに不遇だったがこんなところで管を巻いているような連中に嗤われるような人ではない。
「聖夜兄ちゃんを馬鹿にするな!!」
遊馬は思わず叫んだ!
「確かに聖夜兄ちゃんは料理人のジョブで馬鹿にされてたけど、お前らみたいに腐ったりしなかった。毎日毎日訓練して、スキル使わないでレベルあげて、今は料理人でもすごいスキル使って、ドラゴンだって倒したんだからな!!」
「は、嘘つくんじゃねえよ」
がんと頭を殴られて遊馬はそのまま地面にたたきつけられた。そのまま力任せに蹴り上げられた。
痛みにもうろうとする中、見上げると赤い鳥居が見えた。
「着いたぜ、祭壇だ」
健司が芝居がかった仕草で両手を掲げ告げた。
赤い鳥居は静かに佇んでいるが、奇妙な魔法陣が鳥居の前に誂えられていた。
「なんだこりゃ?」
中の一人が指をかざすと、指が吹き飛んだ。
「ぎゃああああああ」
と悲鳴が上がるも他の連中はまるで汚い物でも見るような目で、怪我をした男を見ていた。
「こんな見るからに怪しげなものに指突っ込むとか、マジで馬鹿じゃね」
健司が吐き捨てる。
「おい、小僧連れてこい」
健司の言葉に遊馬は立ち上がった。あそこに行ってはならないと本能が告げていた。
「おい、逃がすな」
必死に走るも相手は覚醒した探索者で、遊馬はただの子供だ。あっと言う間に追いつかれた。しかし、遊馬だって朽木の男だ。黙ってされるがままのつもりはなかった。必死に抵抗し、男の腰に下がっていた鞘から短刀を引き抜いた。
闇雲に振り回した所為か、遊馬を追いかけてきた男の一人の脇腹を切りつけた。
「ぎゃああ」
と男が悲鳴を上げる。ぬるりとした感触に慌ててみると自分の手が真っ赤に染まっていた。
「ひっ」
思わず遊馬は短刀を取り落としそうになった。こんな大量の血を見たことはない。それをやったのは自分なのだ。怖くて仕方なかった。
「おいおい。子供相手に何やってんだよ、あ?」
健司がやってくる。遊馬は下がるしかない。下がり切って通路の壁まで下がり、後ずさりできなくなった。
そこから、健司の刀が振り下ろされ遊馬の手から短刀はいとも簡単に離れていった。
「マジで腕落としとくか。いらねえしな」
健司が淡々と告げる。遊馬は取り押さえられうつ伏せに引き倒された。健司が見せつけるように刀を振り上げた。
ゆっくりとスローモーションのように健司の腕が振り下ろされるのがみえた。
遊馬の口が悲鳴の形に開かれる。
痛みはやってこなかった。
もしかしたら一瞬だったので、感じなかったのだろうか。
何故って、今自分は大量の血を浴びている。
吹き出した血が自分の顔や頭に降り注いでいる。
でも、それは自分からではない。
目の前の男の腕から先が
ない
遊馬の目が大きく見開かれた。
健司の背後に立っている黒髪の少年。自分とさほど年の変わらないソレは、表情も変えず何の情け容赦もなく水色の刃を無造作に振るい、その一刀のもとに健司の首が飛んだ。
立て続けに2撃、3撃が繰り返されるたびに、男たちがばらばらになっていく。まるで紙でも切っているような簡単さで、人間だったものは物言わぬ躯になり果てた。
その場で息をしているのは、ソレと遊馬だけになった。
「あ、遊馬くん、大丈夫?」
肩で息をしながら、ソレが遊馬に声を掛けた時、遊馬の口から溢れたのは恐怖に対する悲鳴だった。
絶叫だった。
「来るな!化け物!!」
この場、この時、遊馬が一番恐れたのは、ダンジョンの入り口からここまで己に防御魔法もかけず必死に走り抜けてようやくたどり着いた秋人だった。
薫「地図なしでも大丈夫なんですか?」
巌「無論。我々の庭のようなものです」
一馬「親父、そっちじゃない。こっちだ」
巌「・・・・・・・・・・」
薫「・・・・・・・・・・」




