13. 儀式
巌の表情は厳しい。
「うち以外の7家には通達してありますが、皆そこまで潤沢に戦力があるわけではありません。ですが、うちと大阪にある久宝家は特に注意が必要です。大都市に近いので蔵が暴発したらたくさんの犠牲が出る」
秋人は首を傾げた。
「巌さん、僕はあまりその…歴史とか知らないので失礼だったらごめんなさい。ダンジョンを征伐しようとは思わなかったんですか?」
秋人の言葉に巌は苦く笑った。
「そうですね…本来ならそれがいいのかもしれません」
巌は少し躊躇ったが、一つ大きく息をついた。
「いいでしょう。毒食らわば皿までだ」
「巌さん…」
桜子が辛そうに顔を歪めた。
「先ほど秋人くんはうちの蔵を見て『安定している』と言いました。Sランクのダンジョンを安定させる方法はただ一つです」
朽木家当主は暗い笑顔を浮かべた。
「生贄をささげることです」
薫と秋人の目が大きく見開かれた。
「蔵持はある意味人身御供の家系です。ダンジョンが荒れると当主あるいは当主の血統に近いものが鎮めに入ります。祝詞を捧げ今風に言うとダンジョンボスに身を投じます。それで、何十年かは安定します。我々はダンジョンと契約した一族なのです。私の姉もダンジョンが荒れた時に…身を投じました」
姉は白い花嫁衣裳を着ていた。3週間後に祝言をあげる予定だった。
「蔵にいる先祖の誰かに嫁にもらってもらうわ」
とあっけらかんと言いながら暗がりに進んでいった後姿を、巌はいつまでも忘れないだろう。
「遊馬くんもですか?」
秋人の声が震える。
「そうです。だからあなたは私たちのかけがえのない恩人なのです。新宿第六ダンジョンで一馬を失っていたら、遊馬にその責がのしかかるところでした」
「あんな小さな子まで、そんな…」
秋人が茫然と呟く。
「1000年我々はそうしてきました。あのダンジョンには朽木家一族の魂が眠っている。どうしても征伐することは出来なかった。その功績、悲嘆、献身を考えると、どうしても決断できなかったんです」
巌の目から涙が零れ落ちた。
「ですが、そうも言っていられません。我々は決断しなくてはならない。」
巌は悩んだ。何代も前の当主の手記を読み、同じようにダンジョンを征伐しようと思った当主の苦悩や困難を調べた。結局どの当主も最後の最後が踏み切れなかったが、今度ばかりは事情が違う。これ以上Sランクのダンジョンを存続させておくのは人類に対する裏切りだ。ましてや狙われているのならなおさらである。
「秘密はいずればれるということですね」
薫の言葉に巌は静かに頷いた。
「50年、よくもった方です。混乱していたからだともいえます」
巌の声は静かだ。
「巨福呂坂ダンジョンを征伐します。お力を貸していただきたい」
朽木家49代当主巌は静かに深く頭を下げた。
寝室に帰り秋人は布団の中で何度も寝返りを打った。
「薫、起きてる?」
「うん…眠れないのか?」
「うん…」
薫は秋人の方へ体を向けた。
「こんな風に並んで布団で寝るのは初めてだな」
「いつもはダンジョンのテントかギルドの医局だもんね」
秋人は小さく笑った。
「…巌さん辛そうだったね」
「そうだな」
1000年守ってきたものを手放すというのはどういう心境なのだろう。
「ダンジョン無くなっても大丈夫なのかな」
「そうだなあ。近々でやばくなることはないかもだけど、色々と大変ではあるだろうなぁ」
薫の声は苦い。蔵持という名前の通り、あのダンジョンから産出される資源が朽木家を支えていたことは間違いない。それを手放すという決断はかなり難しかっただろう。
「でも、もしも巨福呂坂ダンジョンがダンジョンブレイクを起こしたら、そこにもしも支配の指輪や黒い迷宮核を作った連中が介入してきたら、正攻法では元に戻せない可能性が高い。巌さんはその危険性とこれから先の利益を天秤にかけて、それで決断したんだ」
薫の言葉に秋人は小さく頷いた。
「巌さんは凄い男だな」
「うん」
背負ってきたものの重さが違う。それなのに自分や薫のことを細やかに気遣ってくれた。優しくて頼もしい人だった。彼の悲しむところは見たくない。秋人はその為になら自分にできることは全力でやるつもりだった。
「明日は忙しくなるから、もう寝ろ」
「はい」
薫の言葉に秋人は小さく頷いた。
早朝、家中の混乱と共に二人は目を覚ました。
「遊馬はこちらに来ておりませんか?」
という一馬の声と共に。
慌ただしく着替えて部屋から出ると、家人一同が大騒ぎで家じゅう探し回っていた。母親が朝食に起きてこない息子を起こしに行くと、遊馬のベッドはもぬけの殻だった。
そこからは大騒ぎである。
薫は一つ大きくため息を付くと、一緒になって探し回っていた当夜を捕まえて、その頭をはたいた。
「いてっ!何するんっすか!?」
と叫ぶ当夜に秋人も呆れ顔だ。
「なんで、真っ先に俺を呼びに来ないんだ、お前は」
「あっ」
当夜は思わず声を上げる。間の悪いことに今日聖夜は自宅に戻っていて、朝の騒動時にはいなかった。なので、薫の魔法に詳しいのは横で寝ていた秋人と、一緒に行動している当夜だけなのだ。
「遊馬くんの部屋は?」
「こっちっす」
慌てて当夜が案内する。何事かと周りが注目する中、薫が杖を取り出した。
【審判の眼】
投げやりに唱えると、遊馬少年の部屋の情景が浮かぶ。
「あっ」
一馬が思わず叫んだ。薫の第一位の魔法は【審判の眼】。場所や物、人の記憶を元に映像を再現する魔法だ。
「夜中に出かけたみたいですね…」
映像の中で遊馬は何やら荷物を背負い、家の廊下を静かに歩き出した。その行き先には心当たりがあった。
「あー、ダンジョンだな」
薫が顔を顰めた。
「あのバカ」
一馬は呻く。どうやら遊馬少年は一人でダンジョンへ向かった模様である。
「お手数おかけしました。神崎先生」
一馬は頭を下げるも、薫は少し考えてから告げた。
「ダンジョンの入り口でもう一回見ます。行きましょう」
もう行き先が分かった事で家の中には安堵の空気が流れたが、薫は嫌な予感がした。
巨福呂坂ダンジョンの入り口までやってきたところ、薫が片手で彼の後を追ってきた人々の侵入を抑えた。
「ダンジョンに昨晩哨戒で入ったりしていますか?」
「いや、今はそういう時期ではない」
巌は低く呟く。
「足跡が複数あります」
薫が地面を指さす。小さめの一つは遊馬のものだろう。しかし、複数人の大人の足跡がくっきりと入り口まで続いていた。
【審判の眼】
再度、薫が唱えると映像は遊馬少年が入り口をくぐった後、黒ずくめの複数人の男たちを捉えた。
「見覚えは?」
薫の問いかけに朽木家の人間は一様に顔を歪めた。
「赤城の者と、それから数人は分家のあまり素行の良くない連中です」
一馬の答えに薫が舌打ちする。
「すぐ追いかけましょう。下手したら遊馬くんが危ない」
そう薫が告げると同時に、隣にいた秋人があっという間に駆けだした。
「秋人!!!待ちなさい!!」
思わず薫が叫ぶ。しかし、秋人は振り返らない。一瞬でいなくなってしまった。
秋人の迷宮探索がないのなら朽木家の人間を連れていくしかない。薫はため息を付く。時間的にかなりのロスになるだろう。
「すぐに準備を」
薫の声に全員が頷いた。
薫「秋人は最近、反抗期だろうか」
当夜「いや、遠慮がなくなってきたってことで」
薫「そっか…そうだな(喜)」
当夜「速く準備してください(めんどくせえええええ)」




