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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第七章 代理人、夏休みを取る
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12. 蔵持

 夕飯時、巌から薫と秋人、それから桜子に話があると言われた。三人は食後に着いてくるように言われ巌に案内された。案内されたのは屋敷の最奥に隠されるように建っていた赤い鳥居の先にぽかりと空いた穴だった。


「ダンジョン?」

 薫が小さく尋ねる。巌は一つ頷いた。

「朽木家が代々守ってきた巨福呂坂ダンジョンと現在は呼ばれているものです」

 静かな彼の言葉に、しかし秋人は顔色を変えていた。

「巌さん、僕の間違いならそう言ってほしい。これはCランクなんかじゃない。Sランクのダンジョンではないですか?」

 秋人の言葉に薫は大きく目を見張った。


「そうです。秋人さんにはやはり分かりますか」

「でも、安定してる。信じられない」

 秋人は今まで3つのSランクと呼ばれるダンジョンを征伐してきたが、どれもこれもモンスターを常に掃き出し、不安定で恐ろしい力を秘めていた。しかし、この目の前のダンジョンは力はあるがそれだけだった。まるで静かな墳墓のようだった。


「こんなことが可能なのですか?」

「はい。可能です。」

 巌は静かに頷いた。

「少し長い話になりますので、戻りましょうか」

 彼は落ち着いた口調でそう告げた。



 本宅ではなく先ほどのダンジョンの近くの離れに案内された。小さな部屋だがここもおそらく防音設備が整っているのだろう。

「防音の魔法が展開されていますので、何を話しても大丈夫です」

 巌が言いながら茶器を用意する。

「私が淹れます」

 と桜子が代わった。


「おそらく、桜子さんは知っていると思う。霧崎家も古い家だ。あそこは槍持だったか、剣持だったか…」

「槍です」

「そうか…」

 巌が一つ頷く。


「神崎先生は我々の事を探偵を使ってある程度調べたと仰ってましたよね?」

「はい。赤城の時に」

「何か違和感は感じませんでしたか?」

「そうですね…」

 薫は前々から思っていた違和感を口にした。

「その時の違和感というより、今にして思えばということなのですが、こちらに伺ってからその違和感は強くなりました」

 薫はじっと巌を見た。

「世界でダンジョンが発生したのは50年前と言われています。朽木家はダンジョン攻略のエキスパートで名門とか旧家と言われる家格ですが、それにしては色々腑に落ちません」

 秋人は薫をじっと見つめる。桜子は答えを知っているのだろう。黙って俯いていた。


「ご自宅に招待していただいて、先ほどのダンジョンを見て確信しました。50年前からのものにしてはあまりにも年季が入りすぎている。そもそも日本という国で旧家や名門などとカテゴライズされるものが、たかだか50年で成立するわけがないのです。1000年の老舗なんてものがまだ機能している国ですからね」

 薫は静かに告げた。


「ダンジョンは50年以上前からあったんですね?そして、朽木家はそれをずっと守ってきた家柄なのではありませんか?」


 巌は口の端を少し上げた。

「もしかしたら武門を誇る旧家が、たまたま地元のダンジョンを管理するようになっただけかもしれませんよ」

「いいえ、それはないです」

 薫は断言する。

「50年やそこらで、子供を10歳からダンジョンに縛り付けるような習慣ができるはずがありません」

「・・・・・」

「おそらく、数百年以上にわたる長年の習慣なのではないでしょうか?」

 薫の答えに巌は静かにため息を付いた。


「その通りです」

 巌は静かに肯定した。


「当夜や聖夜を責めないでやってくださいね。あれらは朽木家の契約魔法に縛られていてこの手の話は他家の者にはできないようになっています」

「他にも秘密はあるんですか?」

 秋人が尋ねると、巌は苦笑した。

「多少はね。例えば3代前の当主が外に女を作って修羅場になって、嫁に生まれた子供ごと逃げられたりした事とか」

 相続で揉めそうな話である。弁護士思考でつい、薫はそんな事を考えた。



「何故今この話を?」

 薫が尋ねると、巌は難しい顔をした。

「実はですね、我が家のような家は日本には8家あります。国としては多い方です。アメリカなどあんなに広いのに2家ですからね」

 ちなみにアメリカのマーリンはその1家の当主だ。

「そういう家の事を日本では『蔵持』と言います。ダンジョンが昔から宝物庫だったことは変わりないのでそう呼ばれるようになりました。それらを守る家を『槍持』『剣持』と言います。槍の方が強い一族、剣はその下で働く一族という感じですね」

 巌は桜子を見て頷く。

「霧崎の家は『槍持』ですが、実態はもうあまりないです」

「そうですか」

 巌は残念そうに呟いた。


「まあ、我々のような家は細々とこの世の果てまで所持しているダンジョンを管理して生きていくのだろうと思っていたんですよ。あの50年前の悪夢が起こるまでは」


 50年前突然世界中のあらゆる場所にダンジョンが発生した時、朽木家だけではなく世界中の蔵持は驚嘆した。ダンジョンが新しく発生するなど、これまでの歴史上なかったからだ。出口が近場で変わることはあっても数が増えたり場所が変わることはなかった。1000年以上そんなことは起こらなかったのだ。

 このご時世なので、世界の蔵持たちはそれなりのネットワークは築いていたが、どの国の一族もこんな話は聞いたことがないと慄いていた。


「政府は我々を頼りました。当然です。他にノウハウのある者はいないのです。我々としても出来るだけ応えるようにはしましたが、さきほど秋人くんが気が付いたように我々が管理しているダンジョンはSランクです。管理を怠ればすぐに暴走を始めます。そして、我々の一族も歴史に埋もれかなり細ってきたのは否めなかった。外に出せる戦力は限られていたのです」


 巌の脳裏によぎる両親や兄姉の顔。朽木家はよく持ちこたえている方だった。当主一族は多産を奨励し、大家族を築いていた。槍持も剣持もよく尽くしてくれていた。

 それらが櫛の歯を欠けていくようにいなくなっていった。あっという間だった。


 巌は次男だった。兄は政府の要請で首都に現れたダンジョンを討伐するために命を落とした。姉は巨福呂坂を抑えるために犠牲になった。いつの間にか大勢いた一家はほとんど壊滅していたと言っていい。たった50年で1000年続いた一族は大きく数を減らしてしまった。


「我が家はもっと酷いです。50年前のダンジョン発生で蔵持の家を捨てて攻略しやすいダンジョンを征伐する方を選んだのです」

 桜子の声は苦い。だが、そういう家は多かった。ダンジョンさえ所持すれば蔵持になれる…そう思った家は少なくなかったのだ。どうやって蔵持がダンジョンを所持しているかも理解せず。

 長年の臣従の精神は現代の教育や社会情勢により薄れ、自由をはき違えた霧崎家は無計画にダンジョンに手を出し、数を大きく減らした。ダンジョンを得られないままに。



「このタイミングで我々に話すということは、巌さんはまた何かあると思っているのですね?」

 薫は尋ねる。

「私は秋人くんを狙った連中が50年前の大惨事を起こしたのではないかと疑っています」

「え?」

 秋人が思わず声を上げる。

「人をダンジョンボスにするアイテムを作ったり、一度は閉鎖したダンジョンを人工的に復活させたりなど、とうてい一朝一夕でできるものではありません。」

 巌の声は静かだ。だが、とても深く激しい怒りを滲ませていた。


「そして、連中が次に狙ってくるのはおそらく我々『蔵持』です」

 しんと空気が張り詰めるのが分かった。

薫「50年やそこらで老舗とか名家とか言ってたら絶対突っ込み入りますよ」

巌「ダンジョン混乱前と後では隔世の感があるので、ふわっと誤魔化せてました」

薫「結構いい加減」

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