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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第七章 代理人、夏休みを取る
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10. 失敗

 巌は自分の失敗にため息を付いた。この書類の証人の名前にまで気が回っていなかった。よりによって如月夫婦と薫の師匠が繋がっているとは思わなかった。


「神崎先生、こんなことは言いたくないが、十分自重してくださいよ。あなたはもう一人の体ではない。秋人くんという家族を抱えているのです」

「分かってます。」

 薫は肩を竦めた。厳しい口調で巌は言う。

「おそらくですが、赤城を唆した連中の最終目的は秋人君を自分たちの陣営に引き入れることだったと思います」

 もしも、薫と秋人が出会っていなければ、秋人は赤城や坂田の手によりもっと悲惨な状況になっていただろう。心身ともにボロボロの状態でいかにも味方のように現れた相手の手を、藁にも縋る思いで握っていたに違いない。

 そして、連中はあの戦力を並々ならぬ忠誠と共に手に入れるはずだった。それは現在の秋人と薫の関係を見ても容易に推測できることだ。


「本当につくづく思うのですが、秋人君の傍にあなたがいてくださってよかった」

 巌の言葉は心の底からの本心だった。

 薫は少し俯いた。でろでろに甘やかしている自覚はある。だが、組織は当てが外れたことだろう。機が熟すのを待っていたのに、横取りされた格好になったわけだ。


「その連中はもしかしたら、この前海で我々にちょっかいをかけてきた者たちと同じ組織のものかもしれません」

 薫の言葉に巌は眉を寄せた。

「あの少女は秋人の技も癖も全て知っていました。私の損失が彼にとってどれほどの痛手になるかも理解していたように思います。それに、私の術のことも詳しかった。おそらく、ずいぶん前から秋人に目をつけて見張っていたのではないかと思います」

 こうなると、秋人の両親の死も怪しくなってくる。


「如月夫婦は、掛け値なしに一流の探索者(シーカー)だった。あの二人が揃っていてダンジョンから脱出できず死亡するなどということが、私には納得いかなかったんだが、なにかしらのトラブルに巻きこれまたか、あるいは不意打ちで狙われたか…」

「先生はおそらく何か手掛かりを持っていたんだと思います。」

 薫は目を閉じた。

「加藤先生は関わったすべての依頼人の人生を見守る人でした。戸籍を作る証人になった如月夫婦が不自然に亡くなったにも関わらず、天涯孤独になったはずの秋人を保護しなかったことは、彼の為人からしてあり得ない。」

 薫は冷めたコーヒーを一口含む。


「それに、そもそも、私は彼のクライアントの中に夫妻の名前をみかけた記憶がない。おそらく、加藤先生自体が隠していたのだと思います。そして、何かの理由で先生は秋人に近づくことが出来なかったのではないかと思います」

 帰宅後、もう一度加藤の部屋や形見の品などを調査する必要がありそうだった。


「秋人君にはどこまで話すのかね?」

 巌が気づかわしい様子で尋ねる。どうやらよほど薫が何かしでかすのではないかと思っているらしい。

「加藤先生の死については、教えるつもりはないです。ただ、何かしらの組織が秋人の身柄を狙っていること、その一環として彼の出生を歪める可能性が高いことは教えておかねばなりません」

「そうだな」

 巌は少し安堵した顔をした。


「そんなに心配しないでください。今の私は秋人だけを抱えているわけではありません。沢山の依頼人や事務所ビルの店子が全部私の肩に乗っていますからね」

 クスリと薫は笑う。

「無茶はしません。でも、いつか必ずこの線を追い切ってみせます」

 静かに、薫は宣戦布告を告げた。誰に対してでもなく、己に対して。



 部屋に戻ってから薫は畳の上に横になった。遠くセミの鳴き声が聞こえる。こんなにのんびりした盆休みは久しぶりだった。いつも、忙しく飛び回っていたし、唯一空いた時間は婚約者の為に使っていた。


 目を閉じるといろいろな出来事が浮かんでくる。家族の事、師の事、婚約者の事。全てこの手から零れ落ちてしまった大切なもの。だからこそ今度だけは絶対に守り切って見せる。

「秋人だけは…」

 あの孤独な少年だけは、絶対に何が何でも守ろうと強く思うのだった。



「薫、薫…起きて。もうじきご飯だよ」

 揺さぶられて目を開けると秋人が覗き込んでいた。

「稽古は終わったのか?」

「うん。楽しかった」

「そりゃあ良かった」

 あくびをしながら起き上がる。ふっと沈黙が流れた。

 この際だから伝えておこうと薫は姿勢を正して正座をした。


「秋人、座って」

「はい」

 思わぬ空気に秋人も頷き正座する。

「巌さんが赤城をかなりぎゅうぎゅうに絞ったところ、いくつか新しい情報が分かった」

 薫の言葉に秋人は静かに頷いたものの、赤城がどうなったか怖くて想像できなかった。ぎゅうぎゅうに絞るってどういうことと頭の中で想像していた。


「あいつらは、どうも変な組織に唆されていたらしい」

 薫は折りたたまれた紙を広げる。

「お前のお父さんとお母さんはダンジョン災害のどさくさで戸籍を失っていた。それを新たに申請した時の書類だ」

 秋人はその用紙をじっと見つめた。

「それをいいことに、お前のご両親を兄と妹同士で戸籍を誤魔化して結婚したとウソをの情報を赤城たちに伝えて、お前を虐待するのは当然のことだって誘導したようだ」

「・・・・・・」

「今後、お前の周りでそういう情報が拡散されるかもしれないが、俺というスーパー代理人がいるので、秋人は心配しないでどっしり構えていたらいいからな」

 薫はかなり内容を端折ったが、概ね秋人に伝えなくてはならないことはもれなく伝えたつもりだった。だから、秋人が顔面蒼白になって薫に向かってこう尋ねるとは思っていなかった。


「薫の先生はどうして死んだの?」 と。


薫「この紙もらっていいですか」

巌「構わないよ」

薫「先生の字、久しぶりに見ました…」

巌「(可愛いところもあるんだな)」

薫「先生の字が汚すぎてどれだけ清書させられたかを思い出しますね」

巌「お、おう」

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