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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第七章 代理人、夏休みを取る
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8. 秘密

おおお、ランキングに載りました。ありがとうございます。めっちゃビックリ。

しかし、載った直後にこのやたらと重たい話ってどうなのさ

というわけで、ここから暫く結構重いです。

 秋人と桜子が稽古に励んでいる頃、薫は巌に呼ばれて小さめの談話室で向き合っていた。

「完全防音の商談用の部屋です」

 巌の言葉に薫は感心する。そんなものが自宅にあるのがまず想定外だ。

「そこまでの事ですか?」

 巌が赤城から聞き出した内容がかなり重めなものだと薫は判断し、顔を顰めた。


 巌が小さくため息を付いた。

「神崎先生、契約の門(カヴェナント)の赤城の契約条項って削れませんかね?」

「え?」

 薫が思わず問い返す。

「ちょっとやりすぎてしまって、なかなか回復しそうにないんですよ。無駄金使って養うのも業腹なんで、もういっそさくっとダンジョンでいなくなってもらった方がいいかなと」

「・・・・・・・・・・・聞かなかったことにします」

 薫はほんのちょっとだけ職業倫理に目をつぶった。そもそも項目を勝手に削除するなどは難しいのだ。新たに契約を結びなおす必要があるが、おそらく政府は次には絶対に契約するとは言わないだろう。


 巌は少しの間沈黙していた。冗談ではなく本気の依頼なのだろうかと薫が首を傾げると、彼はふっと息を吐いた。

「かなりきつめに尋問したところ、アイツらは秋人くんの容姿がいいことを理解していました」

 ザワリと薫の周囲の空気が揺れる。

「前々から個別に打診があったようで、()を取らせるつもりがあったと話してました。」

 流石にあまりにも幼いのは危険度が高すぎるという坂田の判断で、たまたま今までは受けてなかっただけである。胸糞の悪い話で巌もつい、色々と力が入った。薫の目の色が変わっている。


「しかしですね、どうしてそこまでやれるのかというのが少々疑問だったんです」

「?」

 巌の言葉に薫は剣呑な視線を返す。半面、巌はまだ落ち着いていた。


「彼らにとって秋人君は金蔓ではありましたが、失ってはならない切り札だったことは間違いないのです。なのに、あまりにも扱いが杜撰すぎる。もちろん、そういう人種がいることは分かっていますが、それにしても仮にも10歳から面倒を見てきた孤児に対して考えられない扱いです。適当な飴と鞭を使い分けた方が有効な筈だが、彼らはそれこそ鞭しか与えていなかった。そこがどうしても納得できなくてね」


 巌の人を見てきた勘だろうか。

 人を差別する時、大概の人間は相手に理由をなすりつける。格下だからあいつは見下してもいい、あいつは貧乏だから殴っても許されると。

 そういう垣根もなく暴力を人にふるえるのは、ごく一部の人であり、赤城のような小者にそこまでの度胸はない。彼らには強者である秋人を見下す切っ掛けがあるはずだと巌は考えた。

 ある意味、赤城も坂田もそれなりの育ちをしている。人、それも子供を理由なく虐待できるほど突飛な精神構造はしていないと判断した。


「かなり追及しました」

 おかげで、彼しばらくダンジョンに入れないので、先生の練習はなしですねと巌は小さく笑った。


「こんなものを持ってました」

 一枚の折った古い紙だった。渡された紙を薫は広げる。そして、その紙から視線が離せなくなった。


「秋人くんのご両親が戸籍がなかったことはご存知ですね?」

「はい、後藤さんから聞きました」

「その事を赤城に教えた人物はこう言ったそうです。」

 巌は少し躊躇った後、囁くように言った。


「あの二人は兄妹だと」


 薫は思わず巌を見つめた。巌は静かな水面のように感情を表に出さなかった。


「獣にも劣る犬畜生の振る舞いだと。秋人はその結果生まれた罪の子であると、その人物は赤城に告げたそうです」


 赤城は巌と秋人両親の友誼を知らなかった。奴は、いかに自分の行いが正しいかを巌にペラペラと説明した。


「あの小僧は生まれてきてはならなかった存在だ。あの強さは近親相姦によって生まれたおぞましい結果だ。俺が使ってやって何が悪い。あんな化け物を殺さず生かしてやっただけでも、あいつは俺に感謝するべきだ。あの野郎は本来なら殺されても文句が言えない存在だ。なら、あいつを生かしてやった俺があいつに奉仕されるのは当然だろう」


 そこまでが巌の限界だった。

 彼は忍耐強い男だ。一族をまとめ上げ、守り、導いてきた。跡取りを得、孫も生まれ、血族をつなげる責務も果たした。己を律し、義務を果たし、先祖代々から伝わる使命を守ってきた。

 自分にはもう感情など本当はなくなっていて、ただ朽木家当主というだけの存在なのだろうと、巌は思っていた。


 それでも、許せない一線はどこかにあったのだと、後から巌は思った。


 気が付くと辺りは血の海で、唯一この尋問に付き合わされた長年の腹心が、巌を必死に羽交い絞めにしていた。

「やめろ!巌!!契約魔法に、神崎先生の契約の門(カヴェナント)に触れる!!先生を人殺しにする気か!?」

 その言葉でやっと、巌は正気に返った。赤城はもはや虫の息だった。なんとか人としての形を取っているというレベルの肉の塊になり下がっていた。それでも腕輪の力が発動して、少しずつ回復していく。相当な苦痛のようで「殺してくれ」と喚いていた。同情心はみじんもわかなかったが。


「まあ、まだ生きてます」

 巌はふっと小さく笑った。


 薫は自分がこの男をかなり見誤っていたことに気が付いた。

 彼が背負った朽木家というものの重さ、それを支え何十年と過ごしてきた男の凄みを過小評価していた。


「…巌さんはその話を聞いて秋人のことをどう思ったんですか?」

 薫の問いかけに、巌は肩を竦めた。

「おそらく、二人が兄妹であるということはないと思います。私はあの二人を知っています。たしかに似た部分もある二人でしたが、それはどちらかというと一緒に育ってきた環境的なものだったように思います。よしんば、もしそういう関係だったとしても、それは二人の預かり知らぬところの話だったことでしょう。なので、秋人くんについて今更どうこう変わりません。彼は我が一族の被害者であり、息子の命の恩人で、亡き友人の忘れ形見であり、世界にとってかけがえのない人です」

 すっと背筋を伸ばして巌が薫に告げる。


 薫は巌の返事を聞いて、それはえもいわれぬ優しく美しい笑みを浮かべた。思わず巌が後ろに下がるほどに。

「?」

「いえ、失礼。先生は時々心臓に悪い顔をなさる」

 いつもの人を食った悪魔的な笑みではなく、心底心が震えるような微笑みだった。


 薫はふっと今度がいつもの調子を戻すように小さく笑った。

「おそらく、その話は出鱈目です」

「兄妹ということがですか?」

「はい」

「根拠は?」

 巌が首を傾げた。DNA鑑定でも両親が兄妹であるかどうかは判定できない。秋人しか残ってない今、科学的に証明するのは不可能だった。


「この当時はかなり世相的に混乱していて、簡単に戸籍が作れたと後藤さんは言ってましたが、実際はそこまで簡単ではありませんでした。きちんと医学的な検査をして、人物的に問題がないかを、ある程度資格のある職業の人間が保証しなくてはなりませんでした。こういう時に便利なのが、我々弁護士です」


 薫は嘯きながら、先ほど巌に渡された紙をひらりと彼の目の前に見えるように掲げる。


「如月夫婦の保証人は、私の事務所の設立者、私の師、加藤哲也です」

 戸籍申請書の証人欄の名前を薫は指さして告げる。


「彼が保証しているのですから、おかしな内容であるはずがない。夫婦として戸籍を作っているなら、ちゃんと検査をクリアしている筈です。師はそのような事で手抜きをする男ではありません」

 巌は薫の手元に紙を再度受け取った。そこにその名が刻まれていることの意味を考え、彼の師匠の死を思い出し、蒼白になって薫を見つめた。


「巌さん、ありがとうございます。久々に先生を殺した犯人につながる線が出てきました」

 薫は、さきほどとは打って変わって、人間とは思えない壮絶な笑顔を浮かべた。


「あ、その肉塊がダンジョンに潜れるようになったら、私に教えてくださいね」

 とにこやかに告げるのは忘れなかった。

薫「全治何週間くらいの怪我ですか?」

巌「えっと…3くらい?」

薫「3週間?」

巌「3か月………」

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