2. 同居契約
100話いきましたー
翌日事務所を訪れた二人を見て、新人弁護士の小林は500円玉のように目を丸くしていた。長身で抜群のプロポーションの美女が二人、場違いな事務所の入り口に並んでいた。
一人はストレートの漆黒の髪を前下がりに切りそろえたキャリアウーマン風、もう一人は緩くウェーブのかかった茶色っぽい柔らかそうな髪を、トレードマークのポニーテールに束ねた髪型の女性だった。
「神崎先生はいらっしゃいますか? 14時に予約しておりましたアークエンジェルの鎌田康子です」
ニコリと康子が笑うと、小林は口をポカンと開けたまま身動きしなくなってしまった。その名前を知らない日本人はいない。
「あ、康子さん、こっちこっち」
遅い昼休憩から帰ってきた当夜が手招きする。
「小林さん、起きて!」
茜に揺さぶられてもまだ現実に戻ってきていない彼を置き去りに、当夜が二人を所長室に案内した。
「茜、お茶用意して」
「はいはい」
当夜の言葉に茜は答えつつ、流石に平静ではいられないのだろう。何度も二人の後姿を目で追っていた。
「いらっしゃい」
にこやかに薫が挨拶すると、康子はニコリと笑い、桜子は顔面蒼白で大きく頭を下げた。
「すいません。康子が無理を言ったみたいで」
「何か事情があるんでしょう? どうぞ、おかけください」
薫がソファに二人を誘導する。お茶が出てきて、一息入れてからが本番だ。康子は気合十分で臨んでいた。
「昨日は突然の申し出で失礼しました。ふっと思いついたもので」
「康子!」
咎めるような桜子の声にふんと鼻を鳴らす。
「先生は桜子からある程度聞いているという話だったので、単刀直入にお話します。もう、霧崎家のやり口がはっきり言って違法すれすれなんです」
憤慨という表情を表現せよと言われたらこんな顔だというほど、わかりやすく怒っている康子の隣で桜子は困った顔で頷いた。
「先日、あなたとお話をしてから、私は少し考えを変えたんです。私から霧崎の家をとったら何も残らないって思って生きてきたんですけど、そんな事ないんだなって」
桜子が言う。
「アークのメンバーもいる、貴方や秋人もいてくれる。他にも仕事で出会った人や、探索者やギルドの中にも友人と呼べる人が何人もいます。それに、私のことを応援してくださってるファンの方も」
チラリと桜子の視線が薫を見る。
「だから、少しあの家から距離を置こうと決めました」
もともとアークのメンバーは霧崎家の連中のことをよく思っていなかった。桜子たちのマネージメントを務めている会社も、探索者としての仕事上の協力者たちも同じ気持ちだった。
ただ、今までは桜子が霧崎家をいずれ譲られるという前提で耐えてきたのだ。それをこんな風に裏切られて、今まで通り優遇などする筈もない。
「桜子が距離を置いたのと同時に、彼らの生活を支えていたありとあらゆる特権もなくなりました」
康子がざまあみろという顔で告げたように、それまで霧崎家をちやほやしていた勢力は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
彼らは霧崎家を尊重していたのではなかった。
彼らにとって霧崎家とは、桜子が所属してる団体にすぎず、彼女がいないのであれば、何の価値もない時代遅れの田舎の一族というだけだった。
「彼らの生活に支障がでるようになるまで、そう時間はかかりませんでした」
桜子の口座をまず霧崎家の支出から切り離しただけで、あの家は大きく傾いた。さらに、今まであごで使ってきた多くの企業や団体もご機嫌伺いしなくなって、無理が通らなくなった。
「困った奴らは、今度は桜子に戻って一族の人間と結婚しろって言ってきたんです!それも、一族の中でも鼻つまみ者で穀潰しで厄介者の屑の従兄と!!!!」
康子大激怒である。机の上に置かれたガラスの茶器がピシりと音を立ててひび割れた。
「あっ」
彼女はごまかすように小さな声で詠唱し、茶器は何事もなかったように元に戻った。見事な技に薫が目を見張る。
ごほんと一つ咳払いをして、康子は続けた。
「別にあんな男、桜子でなくてもうちのメンバーなら誰でも簡単に捻りつぶせます。しかし、アイツはよりにもよって桜子が万が一の時のためにって父親に渡していた合鍵を使って、桜子の部屋に入って待ち伏せしてたんですよ。スタンガン持って!!既成事実さえ作ってしまえばこっちのモノだとか言って!!」
またも怒りが湧いてきたのか、康子の肩がぶるぶると震えていた。
「桜子は冷静に対処して、あの男を放り出しましたが、今度は霧崎家の方から正式な婚約者だとかいうふざけた発表があって…」
「なるほど」
ようやく薫が一言口をはさむ余地ができた。
「今、緊急でセキュリティーのしっかりした家を探しているところなのですが、やはり桜子はかなりのビッグネームなので、なかなか条件が合いません」
康子の言葉に桜子も肩を落とす。実際困っているのだろう。
「私たち探索者は次の依頼までの間は、訓練ももちろんしますが、休んで英気を養うのも仕事の一部です。それなのに落ち着かないホテル暮らしなどを続けさせるのは忍びなく」
「…事情は分かるのですが、それなら…そのメンバーの住居にしばらく滞在するわけにはいかないのですか?」
薫の質問はもっともなことだ。
「それは私も言ったんですが…」
康子が困った顔で桜子を見る。
「私以外のメンバーには恋人がいるんです」
桜子が俯いて蚊の鳴くような声で言った。
「二、三日ならともかく、長期は申し訳なくって」
「それは、確かに」
薫も納得の理由だった。
もちろん、アークのメンバーも彼女たちのパートナーも皆そんなことは気にしなくていいと言っているのだが、桜子自身が落ち着かないのだ。
そんな桜子を見て康子はため息交じりに語りだす。
「それで、ですね。ふと思い出したんですよ。神崎先生のお住まいって確か事務所の最上階で、なんと如月秋人くんも住んでるとか。さらに、来てみたらこんな凄い結界が組まれていて何人も立派な護衛の方もいらしゃる」
「ははは」
薫はそういえば、この結界って誰が張ってくれてるんだっけ?という古い疑問を思い出した。
「今、うちのパーティー全員で住めるように一棟建てようかと話しているんです。ですが、土地の選定、買収から設計、建築となるとどんなに急いでも1年以上はかかります。それで、その間でいいので桜子を神崎先生のご自宅で預かっていただけないかと思いまして」
康子の言葉に薫は少し考えた。
一応、秋人には先に桜子と一緒に住むことについて、どう思うかとは確認している。もし彼がそれは不可というのであれば、薫は断るつもりだったが、秋人は結構乗り気だった。
「桜子さんに稽古つけてもらえるかな?」
キラキラとした笑顔で尋ねられた薫は
「じゃあ、もし一緒に住むことになったら頼んでみよう」
と返事した。
「一応、お断りしておきますけど、我が家は秋人と私だけの男所帯ですが、大丈夫ですか?」
薫の返答に、康子は目を丸くした。
「まあ、秋人くんは15歳で手を出すと犯罪ですし、桜子は奥手ですから神崎さんを襲ったりしませんよ」
「逆です!!」
薫の言葉に心外という顔の康子は言う。
「それは、まさか、あなたが、うちの桜子を、どうにかできるとでも?腕力で?」
「・・・・・・・・・・・ないですね」
「もちろん、ございません」
薫的には若干悲しいやりとりの後、桜子との同居が決まった。
小林「茜さん、い、今のってアレですよね、アークエンジェルの…」
茜「そうそう。リーダーとエースだったね。カッコいい」
小林「茜さんもカッコいいよ」
茜「え?////」
楠本「(当夜君には決定的にこのマメさが足りないのよね)」
本日100話記念の小話を後程活動報告にアップします。




