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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第一章 弁護士、代理人になる
10/57

10. 審判の日

「さて、ではもう一つ私の魔法をお見せしよう」


 ざわりと薫の周りの空気が揺れた。


審判の日(ジャッジメント)


 薫の右手の中に緑色の光が生まれる。

 それは明らかに帯電していて、法廷の中にいる人々を戦慄させた。


「野田佐代子さん、あなたは私の事務所で弁護士として一度でも働いたことはありましたか?」

 薫の問いかけに佐代子は俯いていた顔を挙げる。

「は、働いていたわ」

 小さく答える。すると、天井からどこからともなく厳かな声が響いた


ギルティ


 薫の手から小さな稲妻が跳び、彼女の目の前に着弾した。

「ひっ」

 佐代子が悲鳴を上げる。この魔法のことは知らなかったようである。床が焦げた匂いが法廷に漂った。


「おい!」

 城島が飛び出そうとしたが、体が動かない。そして、その場の誰もが動けないことに気が付いた。


「嘘ですね、本当のことを言った方がいいですよ。言っておきますけど、これは攻撃魔法ではありません。正義の判断です。あと、審議が終わるまでこの場の誰も動けません」

 薫が悪魔のような笑みを浮かべる。佐代子は何度も何度も口をぱくぱくさせながら、ようやく呟いた


「働いて…ません…」


トゥルー


 天井から響く声が宣言する。稲妻は跳ばなかった。佐代子の目尻に涙が浮かんでこぼれた。さきほどの見せるための涙ではなく、本物の、恐怖に対する涙だった。


「私があなたを虐待をしていたことは?」

「ありません」

トゥルー


「私が女性蔑視の発言をしていたことは?」

「ありません」

トゥルー


「共同経営者の権利は、私が健康上の理由で代表として働けない場合のみとした書類を破棄したのはあなた?」

「はい」

トゥルー


「城島氏とは内縁関係ですか?」

「はい」

トゥルー


「私を殺そうと思ったのは私所有のビルの売却のため?」

「はい」

トゥルー


「城島の会社に売るつもりだった?」

「はい」

トゥルー


 佐代子は青い顔で答える。

 次に嘘をつけば稲妻が自分に当たるかもしれないと思うと得体のしれない魔法というものへの恐怖が、この後自分がどうなるかの恐怖を上回った。機械的に真実を答えていく。

 傍聴席で真っ青になって震えている身内や、傍らで真っ赤になって憤っている城島のことなど何も気が付かなかった。



「あなたは、私を愛していた?」


 薫の問いかけは水のように静かだった。佐代子は思わず伏せていた顔をあげる。

 どこまでも静かな諦めを浮かべた元婚約者の美しい顔がそこにはあった。



 神崎薫は美しい男だった。大学生時代からの多くの女性の憧れだった。

 佐代子も同じく才女として有名で美男美女カップルと言われていたが、人気も知名度も周囲からの信頼も圧倒的に薫のものだった。


 佐代子は陰で「薫には不釣り合い」「神崎君の腰ぎんちゃく」と呼ばれていた。

 屈辱だった。幼い頃から神童と呼ばれ、秀才で通ってきた彼女にとって、誰かの引き立て役になるのは、我慢ならなかった。


 しかし、どれほど頑張っても、どんなに努力しても神崎薫には一度も勝てなかった。

 佐代子は異性にしか人気がなかったが、薫は女にも男にも人気があった。常に周りに人がいて、老若男女を問わず愛されていた。


 しかし転機が訪れたのだ。

 そんな彼から「付き合ってほしい」と告白された。


 佐代子は勝ったと思った。

 自分だけが、彼に特別視されている

 そのことが彼女の自尊心を大いに満足させた。

 その彼を裏切り踏みにじることで、大学生時代の屈辱を晴らした気になっていた。


 彼女は目を閉じ静かに答えた。



「いいえ」

トゥルー


 薫の手から光りが消える。

「以上で証言を終わります」


 法廷の空気が動き出した。一部始終は法廷の記録として録画されている。殺人未遂、殺人教唆の罪が確定し、薫の名誉は回復された。



「あー…ごほん、証人神崎氏にお願いがあるのですが」

 裁判長が困った顔で薫の方を見る。

「以降もその魔法はおおいに活躍するでしょうが…」

「当然です」

 薫は何を言っているんだという顔で首肯する。

「もう少し練習していただきたい。毎回法廷を破壊されてはたまりませんので」

 裁判長が指摘したように、佐代子が立っていたあたりの床は大きく抉れ、まだ焦げくさいにおいを放っていた。


「あー…」

 薫は頭を掻いた。これでもだいぶましになったのだ。

 嘘をついた相手に稲妻を当てないようにするだけで1週間かかった。


「善処します」

 薫はよくある誠意のない定型文を返して、そこで閉廷となった。



 倉田に軽く会釈して法廷を出る。

 薫は深くため息をついた。最後の質問は想定外だった。まるで操られるように口をついて出たのだ。

「本当に聞きたかったのはそれかよ」

 薫は呻いた。

 審判の日(ジャッジメント)は便利な魔法だと侮っていた。

 質問者へも真実が求められるのだ。心の中を暴かれるのは気持ちのよいものではない。相手にそれを強いるのだから、己も同じく求められる。

 まさに、平等な魔法だった。



「お疲れ様」

 オレンジジュースの缶が薫の手に振れた。冷たい缶の温度が薫の心を落ち着かせた。


「なかなかのコントロールだっただろう」

 ニヤリと薫が笑うと、秋人は困ったような顔で首を傾げた。

「こっそり防御魔法を飛ばしたよ」

「え!?そうなの?」

「じゃないとあの女の人黒焦げだったよ」

「あちゃー」

 天を仰ぐ薫に秋人は笑う。


「でも、最初に比べるとずいぶんましになったよ。すくなくても方向はあってた」

 先輩探索(シーカー)者の慰めの言葉にがっくりとうなだれる。実践投入までにはまだまだ時間がかかりそうだった。


「さて、次は…」

 薫と秋人が見あげた先に白亜の塔が見えた。東京で一番高い建物。ダンジョンが世の中に出現して、一端破壊の限りを尽くされた東京で、復興の象徴とされたその建物は探索者(シーカー)ギルド日本支部。


 次の薫のターゲットだった。

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