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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第一章 弁護士、代理人になる
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1. 奈落の底へ

初投稿です。よろしくお願いいたします。

 人は死の間際にそれまでの人生の様々な場面を走馬灯で見るという。しかし、神崎薫の脳裏にはそんな景色はこれっぽっちも浮かんでこなかった。


 彼の瞳に灼きついていたのは、自分を崖下に突き落として、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた婚約者とその間男の顔だった。

 己がかなりのスピードで崖下に落下していくことは分かっている。

 しかし、そんな命の危険より自分を裏切り謀った連中に対する怒りの方が上回り、恐怖を吹き飛ばしていた。


 絶対に許すものか

 必ずあの二人に正義の鉄槌を食らわせてやる

 こんなことがあってたまるか

 そんな怒りで目の奥が真っ赤に染まった。


 落ちていく

 かなりの時間、風が轟轟と音を立てて己の体の横を通り過ぎていく

 長い長い滞空時間

 遥か地の底へ続く竪穴


 それは、50年前ではありえない光景だった。

 迷宮…ダンジョンと呼ばれるそれは、突如地球に現れた怪異現象で、何の前触れもなく世界中に出現した。


 迷宮の入り口は都会、地方を忖度せず、ある日突然現れ、そこからおびただしい数のモンスターを吐き出した。人類は対抗するまでに全体の3割の人口を失ったという。

 そこから、人類がこの迷宮という現象をある程度攻略するまでに10年の月日が必要で、生活の一部になるまでにさらに10年がかかった。


 ここは新宿第3ダンジョン。

 日本でも有数の深さを誇る竪穴式のダンジョンだ。



 “ダンジョンでは死体は見つからない”


 真しやかにささやかれる都市伝説。

 日本で行方不明者の3割はダンジョンで殺されているなどという与太話を、薫は笑い飛ばしていた。

 日本は世界で初めてダンジョン現象が起こった際、各国が混乱し犯罪で溢れたのとは対称的に、国全体で秩序と治安を保った稀なる国だった。


 それは、主には銃器を個人が持つことを禁止されていたこと、よくも悪くも人に迷惑をかけない、横にならえをよしとする国民性をもっていたこと、大規模な災害に慣れており防災の意識が高かったこと、日本が誇る自衛隊の当時の司令官が頭抜けて有能だったことによる奇跡的な出来事だった。

 日本はあの当時大きな混乱なく法の下の生活をキープできた世界でも本当に稀有な国だった。


 だからこそ、神崎薫は自負していた。

 日本でそんな犯罪が、有能な警察や司法の目をくぐって犯されているなんてありえない…と。

 あの混乱期から脱してもう30年もたっているのだ。

 人を計画的に殺すということは、こと日本においてはとても難しいことである。


 ダンジョン黎明期を乗り越え新たに発展した都市の中には、監視カメラが山のように存在している。

 それらはAIで統括され、警視庁のメインコンピューターとつながっており、死角がないとさえ言われている。犯罪者に逃げ場はないのだ。


 かくいう弁護士である自分も、計画犯罪の弁護など数えることしかしたことがない。殺人といえば、発作的な犯罪や、罪に問われることを覚悟の上の罪などが主な刑事事件で、それらは量刑の確認のために行われる裁判がほとんどであった。


 それなのにである。


 自分は今まさに殺人事件の被害者となりつつある。

 この迷宮で。


 このまま崖下に叩きつけられ自分が死んだ場合、おそらく死体はダンジョンに吸収され永遠に見つかることはないだろう。

 婚約者が我が物顔で、共同経営者の名のもとに、自分の大切な事務所をあの男に明け渡す未来が見えた。

 薫は耳の奥が痛くなるほど強く歯噛みした。


 あの事務所は困った人がたどり着く最後の砦でなくてはならない。

 父とも仰ぐ師の跡を継ぎ、自分が守らなくてはならないのだ。


 事務所が入っている雑居ビルは、元々は師の所有物であり、弱い立場の人が必死に守ってきた小さな店の集合体だった。地上げで店を奪われた人々が切り盛りしている小さな商店が軒を連ねている安寧の場だ。

 昔ながらの街中華や、古びた雑貨屋、三代続いた肉屋、薫がいつも朝食代わりに調達している焼きそばパンを売っているベーカリーなど、彼がまだ半人前だった頃からよくしてくれていた人々の顔がよぎった。


 師は大変優れた弁護士で「法の番人」と呼ばれた人だった。金持ちからは多額の、貧乏人からは少額の依頼料を受け取り、その利益をもってあのビルを守ってきた。

 彼の死後それは自分の役目だった。


 そんな薫を、健気にも励まし支えてくれたのが、彼女、野田佐代子だった。佐代子とは法学部の頃からゼミも一緒で、いつも一緒に努力し互いに切磋琢磨してきた仲だった。


 いつからこんなことを計画していたのか…

 今でも本当は信じられなかった。


 しかし、人は大金を前にすると別人になることもある。

 薫は弁護士という職業柄、それをよく知っていた。


 あの雑居ビルは、莫大な地価が見込める土地だった。

 東京の都心で唯一ダンジョンの浸食がない一等地浅草。周りのビルは50階建て80階建てと次々に建て替わり、時代に取り残された師のビルだけが15階建てでひっそりと佇んでいた。


 婚約者の横に立っていた間男は、何度も何度もビルを売れと言ってきた不動産業の男だった。師匠も自分も断った。

 ここを譲る気はないと。


 おそらく、今、自分がこんな風に謀殺されようとしているのはそれが原因だろう。

 あの雑居ビルには、人の倫理を歪めても不思議ではないほどの資産価値があった。



 師匠との約束が守れないこと

 何よりもそのことが薫を苦しめた。

 己の不甲斐なさに唇をかみしめた。


 そんなことは死んでも許さない!

 化けて出て呪い殺してやる!!

 奴らに正義の鉄槌を!!!!!


 そう心に刻んだところで、激しい衝撃を背中に感じ、薫は意識を失った。


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