求愛行動
「ふわぁ、ねむい……」
スマホ片手に畦道を進む私。時刻はなんと朝の三時、こんな時間に何をしているんだろうと一瞬目的を忘れかけてしまう。
「はやく行かなきゃ」
別に急がないと行けないわけでもないけどなんとなく心配で、会いたい。
田舎に住んでいて良かったなと改めて思う。こんな姿を友達に見られたくはないし、見せたくもない。
朝日はまだ昇っておらず、微かに明るいかな程度で心地良い風も吹き始めた。伸び放題草をかき分けながら進むとちゃっちい小屋が現れた。
「今日も来たよ~アリス」
小屋の中へ呼びかけるとトコトコと姿を現した。
「なんだ小娘か。まったく……忙しいんだ。起こさないでくれ」
そう言ってそっぽを向くにわとり。小屋の隣には石造りの小さな家があり、そこにはアリスの先祖がいる。
「もうすぐでお仕事の時間だもんね」
にわとりが朝に鳴くのは大体四時頃、朝日が昇る二時間くらい前らしい。
「仕事ね……メスを呼び寄せる為のモノなのに人間どもも寄ってきてるだけだっつの」
縄張りを主張するために鳴いているのが本来の目的だったりもする。
「それで? また何か用か?」
呆れているような仕草で私を見ているけど、あいにくそんな姿で見られても説得力なんかない。ヒョイッと小屋の上に羽ばたき乗ると座った。
「実はね……私、明日からここに来れなくなるの。だから、今日はいっぱい話そうと思ってはやく来たんだよ」
そう言うとアリスは驚いたように目を丸くさせた。
「……そうか。小娘と話せるのも今日で最後か」
「ふふっ、やっぱりアリスも私がいなくなると寂しいんだね」
「ばっ、ち、違わい! 別に小娘がいないから寂しいとかでは……」
慌てて羽をバサバサとさせながら騒ぐ。やっぱりかわいいな、アリスは。
小屋の隣にある、丸太で作られた椅子を取り出すとアリスの隣に座った。薄暗い空を見上げながら呟くように話しかける。
「新しい学校で友達、できるかな」
「小娘ならすぐにできるだろ」
「でも私人見知りだもん。話せないよ~」
「はっ、これだから人間は。オスはメスを自分のモノにするために身体を大きく見せたり、戦ったり、追いかけたり、求愛行動をしてるんだぞ?」
「クジャクカブトムシハトに言われたくないなぁ。私人間だもん。でもそれって全部求愛行動なんでしょ? 友達はいないの?」
「うぐっ……生き物は皆生存本能のため、友達なんぞより異性を求めてんだよ」
思ってたより核心を突いてしまったらしい。
そっかぁ、友達より恋人かぁ。
「なんか、悲しい生き方だね」
「……小娘はそう思うのか。悪くはないと、思うけどな」
なんだかアリスの横顔が凛々しく見えてしまう。
と、ポケットに入れていたスマホがアラームを鳴らし始めた。
「四時10分前」
「腹時計もそれぐらいだ。離れとけよ」
言われたとおり少し離れる。立ち上がるとアリスは息を吸いおもむろに鳴き始めた。
「――コッケコッコー!!」
翼をはためかせながら元気に鳴いている。
なんだか今日はいつもより長く感じる。そんな気がした。ひとしきり鳴き終わるとまた座った。
「お? 帰らないのか?」
「言ったでしょ、今日はアリスとたくさん話すんだって。まだまだ話したいことたくさんあるんだからね」
そう言ってアリスを見つめる。アリスはなぜかやれやれと言った感じでため息を付いていた。