プロローグ
雨が、降っていた。
どこまでも重く、冷たく、鉄の屋根を叩く音が、鼓膜の奥にまで響く。
廃ビルの奥、割れた窓の隙間から、かすかな光が差していた。
銃声は、雷鳴に紛れた。
女が一人、倒れた。
胸元を赤く染め、ゆっくりと床に崩れ落ちる。
口元がかすかに動く。言葉にはならなかった。
もう一人の女は、その様子をただ見ていた。
驚きも悲鳴もない。
ただ、じっとその姿を見つめていた。
顔が、同じだった。
輪郭も、目のかたちも、唇の色も、何もかもが“そっくり”だった。
彼女はゆっくりと膝をつき、倒れた女にそっと触れる。
指先で頬をなぞり、まつげの長さを測るように。
まるで、“確認”しているようだった。
「……そう。これでいい」
言葉は吐息のように、ほとんど音にならなかった。
ふと目を上げたとき、割れた鏡の破片が視界に入る。
そこに映っていたのは、二人の女。
片方は、動かない。
もう片方は、まだ生きていた。
「こんな顔、私じゃなかったら使い道がない」
「でも……あの人が、この顔を見たら、きっと“彼女”だと思う」
誰のことを言っているのかは、わからなかった。
それは“彼女”自身も同じだったのかもしれない。
ガラスの破片に手を伸ばし、血を拭い、髪を撫でつける。
鏡に映る顔に、微笑みを浮かべる。
「私が、あなたになる。あなたの人生を、私が引き継ぐ。誰にも気づかれないように。ね?」
足元には、まだあたたかい血の海。
そしてその中に沈む、“もう一人の自分”。
誰が死に、誰が生きたのか。
それを知る者は、この世界にもういなかった。
雨音だけが、すべてを覆い隠していた。