魔王軍最弱のスライムですが、このたび“専用BGM”を貰えることになりました
魔王城にて、魔王の間にスライムが呼び出される。
「お呼びでしょうか、魔王様」
魔王が玉座に座っている。
角を生やし、鎧とマントを身につけ、魔族の王に相応しい風格を持つ巨漢であった。右手には酒の入ったブランデーグラスを持っている。
スライムの青いゼリー状の体も思わず震え上がる。
「スライムよ、お前も魔王軍に入って長い。そろそろBGMぐらい欲しかろう」
「BGMですか!? このボクに!?」
「うむ、というわけで魔族でも選りすぐりの演奏家たちを用意した。彼らは皆、戦闘はできないが楽器の演奏に長けた者たちだ」
玉座の横にはさまざまな形態の魔族が10人ほど立っていた。
「お前の好きなようにBGMを作り、彼らに演奏させるがよい」
「ありがとうございます! 必ずいいBGMを作ってみせます!」
スライムは演奏家たちとともに退場する。
ちなみにスライムは魔王軍の中でも最弱と呼べる存在であるが、魔王はなぜそんな魔物にBGMを与えることにしたのか。
答えは簡単、酔っ払っていたから。
酒でいい気分になっていた魔王は気まぐれでスライムに演奏家たちを使う権限をくれてやったに過ぎない。
明日になれば今日のことなど殆ど覚えていないに違いない。
***
スライムはさっそく作曲活動を始めた。
「う~ん、BGMか。どんな曲がいいかなぁ……」
あれこれと案を練る。
「ボクはスライムだから、やっぱり可愛らしい曲がいいのかなぁ……」
慌てて首を横に振る。ただし、首はないので気分だけ。
「いや、待て待て! そういう固定観念はよくないぞ。スライムのBGMが激しいロックでもいいじゃないか!」
脳はないが、脳裏にド派手なロックを思い浮かべるスライム。
「いっそお洒落なジャズって手も……」
手とは言っているが、スライムに手はない。
「荘厳なやつもいいかも! パイプオルガンとか使って、コーラスがかかるような……!」
まるで天使にでもなった気分で飛び跳ねるが、10センチほどしか跳べなかった。
「いやいや、もっと身の丈にあった……いや、ここは妥協せず……ヒップホップなんてどうだろ……民族音楽みたいなのとか……」
考えれば考えるほど袋小路に嵌まっていく。
「あ~、ダメだ! いい曲が思いつかない!」
スライムは演奏家たちに尋ねる。
「君たちも音楽をやってるなら、何かアドバイスをちょうだい!」
しかし、彼らは首を横に振る。
「我々は演奏が得意なのであって、作曲の方はちょっと……」
「ぐううっ……!」
魔王につけてもらった演奏家たちに頼ることはできそうにない。
スライムは追い詰められてしまう。
悩む。悩む。大いに悩む。
「せっかくのチャンス……何とかいい曲を!」
「あ~ダメだダメだ! こんなものパクリじゃないか!」
「なぜ音楽なんてものがこの世に存在するんだ。こんなものがなければボクは苦しまずに済んだのに」
試行錯誤し、食事をしている時も、水浴びしている時も、寝ている時にすらBGMのことを考える。
ノイローゼ寸前、いやすでにノイローゼになっていたのかもしれない。
だが、そんな極限の精神状態が、スライムの内に秘められた才能を解き放ち――爆発させた!
「……これだ!」
スライムが叫ぶ。
「フンフフ~ン……フフフフフ~ン……」
頭の中に浮かんだリズムを実際に声に出してみる。
そして――
「忘れないうちにメモしないと!」
手足のない体で器用にペンを操り、浮かんだ曲を楽譜にしていく。
一心不乱に書き上げた時、スライムの心は達成感で満ちていた。
「これがボクのBGMだ!!!」
***
さっそくスライムは演奏家たちに楽譜を渡す。
しかし、彼らは顔をしかめる。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「なんだい?」
「なんですか、このイカれた楽譜は……! こんな速さでピアノを弾くなんて無理ですよ……!」
他の者も文句を言い始める。
「こんな曲、できるわけがない!」
「指がおかしくなってしまう!」
「いい曲かもしれませんが、これはちょっと……肺活量が持たない……」
あらゆる曲、あらゆる楽器に対応できるはずの演奏家たちが難色を示す。
スライムの生み出した曲はあまりにも難度が高すぎた。
不満を漏らす演奏家たちにスライムは――
「諦めるのかね?」
「え……」
「君たちは選りすぐりの演奏家だと聞いた。なのにちょっと楽譜を見ただけで、匙を投げてしまうのかね?」
「いや、それは……」
なぜか口調まで変わっているスライムの迫力に、演奏家たちは圧倒される。
「ボクはね、この世に演奏のできない曲など存在しないと思っている。たとえどんなに理不尽に、不可能に見える曲でも、それは奏でることができる曲なのだ。まして、魔族最高峰の演奏技術を持つ君たちなら、ボクの楽譜を音として具現化することができると信じている!」
熱弁を振るうスライム。
演奏家たちにはまるでスライムが、カールを巻いたカツラを被っているような偉大な音楽家に見えた。
「や……やります!」
「やらせて下さい!」
「絶対演奏してやらぁ!」
スライムの指揮の元、猛特訓が始まる。
「ダメだダメだ、テンポが遅い!」
「もっと情熱的に! 心は演奏にそのまま出るぞ!」
「全然ダメ! やり直し!」
スライムの求める水準は厳しかったが、演奏家たちもくじけなかった。
この異常な難度の曲を絶対演奏できるようになってやる、と必死に食らいついた。
そして、ついに――
「みんな、ありがとう……完成だ!」
スライムの楽譜通りの完璧な曲が仕上がった。
皆で手と手を取り合い、喜び合う。スライムには手がないので体を伸ばして手の代わりにする。
スライムの“専用BGM”――めでたく完成である。
***
時を同じくして、魔族と人類の抗争が本格的に始まった。
力や魔力に優れる魔族が最初は優勢であったが、人類サイドは“勇者”の称号を持つ若者を旗印に掲げる。
勇者率いる勇者パーティーの実力は凄まじく、魔族相手に連戦連勝。幹部クラスの魔族すら倒されてしまう。
魔王城にて、魔王は頭を抱える。
「くそう、勇者どもめ、なんという強さだ……」
部下が新たな報告を持ってくる。
「魔王様、ダークデビルも勇者に敗れたとの報告が……!」
「なんだと!? おのれえ……!」
魔王は玉座から立ち上がる。
「大至急、会議を始める! 勇者について本気で対策せねば、魔族の命運は尽きるぞ!」
この一喝で魔王軍上層部は慌ただしく動き出す。
もちろん、その中にスライムはいないし、彼らにとってスライムのことなど記憶の彼方であった。
***
快進撃を続ける勇者パーティー。今日は森の中を歩いている。
そんな勇者たちの前に一匹のスライムが立ちはだかった。
「勇者たち! このボクが相手だ!」
勇ましく登場したが、勇者たちはきょとんとしてしまう。
「……スライム?」
黒髪でブラウンの瞳を持つ勇者は首を傾げる。
「なんで今更こんな奴が? ただのザコじゃねえか!」
赤髪の戦士は豪快に笑う。
「こんなの一発で倒せるわよ!」
マントをつけた女魔法使いは高飛車な態度だ。
「皆さん、どんなに弱い相手でも油断なさいませんように」
僧衣を着た女僧侶は仲間をなだめる。
幾多の魔族、魔物を屠ってきた四人組にも、スライムは怯まない。
「お前たちはボクが倒す!」
勇者はため息をつく。
「威勢はいいが、はっきりいってお前なんか相手にもならないぞ」
「それはどうかな?」
「まあ、立ちはだかるなら斬るのみだ」
勇者が剣を構える。
その瞬間、スライムは体を上手く動かしてパチンと音を鳴らす。
「BGMスタート!」
合図に合わせ、近くに潜んでいた演奏家たちが楽器を鳴らし始める。
むろん、苦心の末完成させた“スライム専用BGM”である。
「なんだ、この曲は……!」
勇者は目を見開く。
スライムのBGMはあまりにもリズムがよく、あまりにも荘厳で、それでいてどこか親しみもあり、豪壮でもあり繊細でもあり……という具合に、筆舌に尽くしがたいほどに素晴らしい曲であった。演奏家たちは訓練の成果を完璧に発揮している。
勇者たちも思わず聞き惚れてしまう。
だが、今は戦闘中である。
「てやっ!」
スライムが勇者に体当たりを食らわす。
「ぐっ!?」
多少のダメージは入る。
「やりやがったな、この野郎!」
すかさず戦士が斬りかかるが――
「あっ、いっとくけどこのBGMはボク専用だからね。ボクを倒したら二度と聴けないよ」
「なにぃ……!?」
スライムを確実に倒せる一太刀を躊躇してしまう。
このBGMはこのスライムと戦う時にだけかかる曲。聴けるチャンスは一度きり。このスライムを倒してしまったら二度と聴けない。それはあまりにも惜しい。惜しすぎる。もっと味わいたい。
となると、勇者パーティーの思考は自然とこうなる。
(スライムはいつでも一撃で倒せる。だからだらだら戦って戦闘を長引かせよう。曲に飽きたら、スライムを倒せばいい)
こうして勇者たちはスライムを倒さないように、ようするに“舐めプ”をしつつ、戦いを続ける。
だが、BGMが本当に素晴らしいので、なかなかスライムにトドメを刺せない。いつまでも聴いていたい衝動に駆られる。
「えいっ! えいっ! えいっ!」
その間にもスライムは懸命に体当たりを繰り返す。勇者や戦士はもちろん、魔法使いや僧侶にすら大したダメージは与えられない。
だが、ダメージは“ゼロ”ではない――
こんなグダグダな戦いが一時間は続いただろうか。
勇者は膝をつく。
「……ぐっ!?」
「おい、どうした!」と戦士。
「いつの間にか、ダメージが溜まって……!」
スライムの体当たりは、勇者パーティーに着実にダメージを蓄積させていた。
まるで、水滴が石を穿つように。
とはいえ、今すぐ命の危険になるほどの負傷でもない。すぐ回復すれば済む話である。
「回復してくれ!」
勇者が僧侶に命じた直後――
「指揮者台風!!!」
スライムは超高速で指揮をするような動作をし、その勢いで渦を巻く強風を発生させる。
BGMを作る過程で、スライムが密かに開発していた大技であった。
体を酷使するので使えるのはせいぜい一日一回、しかもその威力は万全の勇者パーティーを倒せるほどのものではない。
しかし、グダグダ戦闘で体力を消耗していた勇者パーティーであれば――
「ぐあああああっ……!!!」
ギリギリ“倒せる”という威力であった。
スライムの見極めは完璧だった。
勇者パーティー四人は風で吹き飛ばされ、地面に倒れる。
演奏を終えた指揮者のように丁寧にお辞儀をするスライムを見て、勇者がつぶやく。
「ま、まさか……スライムに……やられる、なんて……」
そのまま勇者はガクリと意識を失った。
スライムはいつからこの作戦を思いついたのだろうか。
演奏家たちによってBGMが完成した時、もしかすると、あの時に自然と頭に思い浮かんでいたのかもしれない。
スライムは長時間BGMを演奏し続けた仲間たちに心から礼を言った。
「みんな、ありがとう!」
***
後日、スライムは勇者を倒したことを報告する。
もちろん、魔王は玉座から跳び上がらん勢いで驚いていた。
「なんだと!? お前が勇者を倒した!?」
「はいっ!」
「ど、どうやって……!?」
「魔王様から頂いた“専用BGM”のおかげですよ」
「へ……?」
魔王はすでにそのことを全く覚えていなかった。
「魔王様、音楽ってすごい力を秘めてますね!」
「う、うん、そうだね……」
唖然とした顔でうなずく魔王。
この後、打倒勇者の手柄によってスライムが魔王軍大幹部に出世したことは言うまでもない。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。