表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

嵐の前触れ



 どうやって帰ったのか頭の中に残ってなかった。

 記憶が曖昧だけどどうでもよかった。

 腹が空かねぇ、全身重くてだりぃんだ。脳が鉛になって外から延々叩かれてキンキン耳鳴りが治まらない。


「テオ、起きてるんだろう? 開けてくれないかい?」


 夕飯どきに呼びに来たステフに『いらねえ』って追い返したのは何時間前だ。めげずにまたドアをノックする同級生に視界が揺らいでシーツが歪む。

 一日になんもかんもありすぎた。詰まりすぎてて頭が痛てぇ。

 このままオレはあの子の顔も名前も消費して魔術を使っていくんだろうか。


 ──めんどくせぇなあ!


 ベッドの上で胡座を掻いた。

 習慣でかけている鍵はお客を中にいれようと勝手に外れて扉も開く。


「不貞腐れて寝てたの? 君は体が大きな子供だね」

「……なに」

「寮母さんが夜食を作ってくれたんだ。ここに置いとくよ。少しでも食べたほうがいい。ただでさえ君は食欲に鈍感なんだから」


 困ったときに頼りにされる友達はフードカバーを被せたトレーを置いた。机のスペース足りてねえ。夜食の量じゃない気がすんな。

 寮母さんは学園の教師を兼任してる寮長先生とは違って、より身近な気のいいおばちゃん。荷物の受け取りとか弁当とかを頼んだりするのもこの人でしょっちゅう世話になっている。

 弁当が足りてなかったって晩餐革命のあと謝ったら大慌てされちまったんだよな──あぁ、クソっ、負のグルグルが連鎖でズルズル胃を絞めてきやがる。


「今度は落ち込んでるの? 忙しいね」

「ちげーし」

「今夜は僕と話せて安心しただろう? 食欲も戻るさ」

「おまえ……ソレ、どっから来るんだよ」

「さあね。友情からじゃない?」


 次期寮監督生のステファン・グレグリーはさすがだな。そんじょそこらの野郎が言ったら総スカン食らう台詞をサラッと言いやがる。

 嫌味のベースが思いやりだから棘が丸いよなぁ、こういうヤツだから新入生のオレはカンメーを受けて覚えようとしたんだな。


 ──ステフにしませんか。クードよりお勧めだよ、いいヤツだし。


 罪悪感をテーマに彫刻でも掘るのかてめぇ、頭ハンマーでぶん殴るぞ。

 オレは先週まで飯のことしか考えてねぇ生活送って来たんですー! かわいい女の子が住むには掃除が足りてないんですぅー!

 クソッタレ。やっちまったモンは取り消せねえ。

 最後までオレに話しかけてくれたシェレアティアさんになんてことしちまったんだ。


「テオ、今は明日に備えてよく食べてよく寝るんだ。話は明日聞いてあげるから」

「おう……」

「君の取り柄は単純なところだよ。朝になったら直ってる」


 末っ子のステフを兄貴分にさせる幼稚さは爪の先くらいに潰して窓から捨ててぇ。

 謝る機会が訪れるかもわかんねえ人を悲しませた。たぶん泣かせた。

 単細胞で複雑な思考を読み取れねえから、あの子がいったいなにを言いたくてなにを覚えておいてほしかったのかオレにはちっともわかんねぇ。

 けど、激昂してたキミの教えはオレを導くんだ。オレは腹空かしちゃなんねーんだ。

 次会えたらなんて言おうか──会えるかな、会っても避けられるに決まってるよなあ!


「テオ! 食べるんだよ」


 おまえやっぱこの数日で母親化してるよな。周りで親切が流行ってんのかね。

 口を衝いてあんなこと言っちまったけどオレのほうがベッタベタに甘やかされてる。

 初恋の女の子よりだらしねえのって一生の恥だよな。オレがコイツやアイツみてーになれるのはいつだろうな?


「質問は一個までね。なに?」

「おまえ、叶わない恋ってしたことあるか?」

「あるよ。僕の初恋は婚約者がいた女性だったから。三歳のときだったかな」

「ませてたんだな」

「だろう? でもいい思い出だ。じゃあ、また明日ね」


 ──いい思い出か。オレの記憶は、どこへ行く? 残るよな?


 喧嘩きっかけで記憶を弾き飛ばした失敗がある。あの子に嫌われたーって癇癪起こすのはガキなんだよ。

 考えるのをやめてとにかく食おう。

 スパイスが効いてる肉を頬張り煮た野菜を咀嚼して温かいスープをかっ込んだ。

 すげぇ、適量だ。感動する。

 こっから一時間で腹が減るのが魔力暴走。シェレアティアさんがひもじい思いをしない家の子でよかったんだよ。癇癪持ちじゃねーって癇癪起こしてた難解なキミにまた会いたい。

 まだ枯れてない薔薇。お花を枕の傍に置くといい夢見られるって聞いたが、なんか違くて一輪挿しごと元の位置に戻しておく。

 見た目妖精さんのかわいい子を好きになったけど、キラキラっつーかギラギラだ。可憐なのに逞しいが先に来る。


「謝りたいって思うのはいいのかな。明日聞くかあ……」


 腹が満たされ顔を洗ったテオ・ソトドラム(色気より食い気十七歳)の顔は帰って来たときよりはまともになってそうだった。

 とっととベッドに入ったが天上を見ながら寝つけない。

 ここは王立の学園、魔術大学校。

 生徒総数は校舎の規模に比べりゃ少ないが十一歳から同じ年代のヤツらが学びたくて集ってる。

 比較対象をわざわざ捜したりしなかった。周りはみんなオレよりできるヤツ。貴族、金持ち、庶民を視界に入れたくなさそうなヤツら。

 ひとりひとりを見る機会ができてきて、同い年のヤツらの生態も観察するようになってきた。

 寮の友達と恋の話をしたのは初めてだったな。

 ステフですら初恋は叶わなかったんだ。ならオレもしょうがねーのかなって納得したい。

 感傷的になるにはオレは見た目に難ありなんだ。

 でもよぉ、同じ気持ちなんですよ、摘み取りたくないんですね。

 覚えておくって大事だぜ。人間関係基本のキ──。


「……朝どころか昼じゃねえかよ」


 いやぁ寝たって清々しい朝を迎えるはずだったオレは、目を開けたときの部屋の明るさに跳ね起きた。

 カーテンは閉めてあったが太陽光は容赦なく通過する。規則正しい習慣は身についていたはずだぞ、イレギュラーにはとことん弱かったみてぇだけどな。


「授業……っ! 試験は、来週か、ハァ……」


 王太子殿下にテオ・ソトドラムくん今日はお休みってお知らせされて面倒見られるのは懲り懲りだ。

 一回休んでも学期内に何度かある試験をパスしてりゃ単位は取れるし進級もできる。

 心機一転授業もちゃんと聞こうぜ優等生──は初回から予定倒れになっちまった。

 気張んなよ、てか? やる気は削がないでほしかったかな。


「あ~あ……」


 ここで『どうしてステフ起こしてくんなかったんだよ!』って八つ当たりしたらとことんお子ちゃまだかんな。

 しょうがねぇから顔洗って厨房に行くか。

 時計の針は午後の授業ニコマ目の途中。夕飯には早いが腹ペコなんだ。あんなに心配してくれた。オレは腹空かせないで生きてくんだ。


「ソトドラム、起きているか?」

「はーい? 誰ですー?」

「マルキュリウス・ミランドだ」

「監督生!? ちょーっと待っててください……!!」


 寮生の中でいっちばん偉い人にえれぇ態度取っちまったなあ!

 シャツのボタンを一番上まで留めてタイを締める。髪が短えと触る手間がないのはいいよな。

 休日はともかく平日は制服でしか移動禁止だし着崩したら評価が下がる。周りを不快にさせないのが大事なのよって寮母さんも言ってた。オレ、覚えてることもある。よかったな!


「なんでしょう!」

「礼状はまだ書いていないようだな」

「あっ……スイマセン」

「書いたら渡してくれ」

「はい!!」

「室内に入るぞ」

「はあ」


 会話は談話室で行い原則個人の部屋への立ち入り禁止。

 そう習ったのにしれーっと寮監督生入って来て困ってるんですけど。


「トラブルを防ぐ目的で個人間の行き来は禁止としているが、暗黙の了解がある。他の六年生に聞いていないのか?」

「はい……」

「そうか。疑問が浮かんだら積極的に質問していきなさい。君だけで抱え込んでも解は出ないからな」

「そうっすね──それ、なんすか?」


 監督生が小脇に抱えているのはラブリーにラッピングされた包みだった。ファンから貰ったのかな。置いて来いよおいおい。

 クリスティアーナ様を華やかで麗しい美貌って言うなら、この人は鋭利な刃物みたいで中身も厳格派だ。

 送り元の子には悪いけど超似合わねぇ。


「君に渡してほしいと預かった」

「オレ──? 誰からです?」

「言ってくれるなと頼まれている」

「はあ」


 匿名希望サンからの贈り物を、この人がわざわざ持って来たと。

 えぇ~寮監督生をパシリに使える人って誰だよソイツ。


「不審物の可能性もある。私が開封するぞ」

「どうぞ……」


 律儀だな。勝手に開けてしまうのは託した相手に悪いけど、中身が問題になるなら自分の責任にするってことだよな。

 ひぇ~ステフおまえ来年から大変じゃん、つーかそろそろ引き継ぎだっけ。

 薔薇だけ置いてある勉強した形跡まっさらな机に包み紙とかリボンとかが広げられた。

 表紙に絵が描いてある本って学園じゃ滅多に見ないな。

 監督生はパララとめくって内容を確認している。オレは部屋の主なのに手持ち無沙汰だ。


「なんの本ですかそれ?」

「贈り主は誤認しているようだ」

「は?」

「これは私から返却しておく。手間を取らせてしまったな」


 無表情で包装を集めて潰して本を脇に抱え直す寮監督生、マジでこの人なにしに来たの?

 え、てか、誤認ってなんだよ。

 この人の性格からしてさー、贈り主が嫌がらせしてるとかはなさそうなんだよな。たぶん下級生に押しつけられてしょうがなくのパターンだろ。

 一年とか二年のときって高等部の先輩は体もでけぇし雰囲気あるしで、自分から話しかけたり頼み事したりって無理だったよな~。

 大変なんだな寮生の代表って。

 けど貰う権利はオレにある。内容教えてくれたっていいじゃないっすかね。


「ソトドラム。君は暫し苦難に苛まれるだろう」

「苦難、ですか?」

「ひとりで悩まず信頼の置ける者に相談しなさい。私が在学しているのは半年もないが遠慮せずに声をかけなさい。卒業するまでは座を退いても寮監督生だ」

「はいっ」

「すまなかったな」

「いえ、そんな! 服貸してくれた人への礼状、晩飯後に渡しに行きますんで!!」


 含み持たせる言い方ってよぉ、オレには解読できねぇの。

 モヤモヤ抱えさせて一番聞きたいこと遮って帰ってったな寮監督生。こっちの疑問解消させないで優位に立ち続けていなくなるの、顔のいい人の特権かよ。クリスティアーナ様のお優しさが身に沁みるぜ。

 クリスティアーナ様は丁寧に順序立てて教えてくれるし躓いたら確認してくれるし、案じてくれるんだよ、それがオレでもよくわかる。


「飯──果物くらい貰えるかな?」


 本を届けてくれるなら、書き込みがある子供用の教本が欲しかった。

 一個ずつなんとかしてくしかない。お兄様はともかく、お姉様に事情を話してもう一回、話せる機会を作ってもらう──勝ち取るんだ。

 オレはオレができることを積み重ねてキミに会うよ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ