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若葉のお悩み



 この子ってなんだよバカ野郎。

 相手は妖精さんだぞキラキラピカピカフローラルなお姫様だぞ、一昨日来やがれコンチクショウ!


「表情が豊かな方ですのね」

「うぇ? 落ち着きないだけですよ……」


 感心したように言うからかえって落ち込む。

 シェレアティアさんからしたらオレは人生至上わりと上位に妙な生きものだろう。そりゃ普通に暮らしてれば遭遇しないよ。

 貴族のお嬢様って感情を顔に出せる生活送れないんだろうな。

 オレ見てて面白くて興味持ってくれんなら、ぞんぶんに観察くださいましな。

 開き直ったオレに瞳の色味が濃くなっていく。

 紫と青の中間くらいで、自分の中にこの綺麗さを表現する言葉がなかった。もっと勉強してりゃよかったな。


「テオさん、学習いたしませんの? わたくしもお手伝いしましょうか?」

「手伝い、ですか」


 デケぇ一人言聞かれてたしオレがお勉強したくねーってのもツツヌケだよな。

 でもさ、こんなでも一応二個年上なんすよね。手伝い、お手伝いかぁ。端からコイツにゃ読めねえ本だぜって思われてんのもキッツいなぁ。

 すこーし残ってたプライドもズタズタよ。


「わたくし一通り読んでいるのです。これらの蔵書はわたくしのために用意されたものですから」

「シェレアティアさんのため?」

「わたくしにも魔力暴走がありましたの」

「そうなんすか? 初めて会った!」


 だから器用にオレだけ濡らした水にも驚かなかったんだな。

 一気に親近感が湧くが、シェレアティアさんは目を伏せて指を握った。


「我が国は……とくに貴族階級にとって魔力暴走は家の恥なのです。皆必死に隠します」

「言っちゃって、よかったんですか?」

「お力になりたいのです。経験者の談がお役に立つと思いますの」


 振り絞るように言われて刷り込まれてきた教訓がようやく姿を現した。

 だからみんな隠せって言ったのだ。根強い偏見があるからだ。


 ──ひでえよクリスティアーナ様。


 こんなに心強い味方他にいなかったのかもしれません。

 でも妹さんの気持ちも考えてあげてほしかったです。初対面の野郎に言わせるのはどうなんすか。オレよりずっと大事な子でしょ。傷抉るようなことさせたくなかった。

 それと心配しましょうよ!

 物陰に護衛がいたとしてもですよ、見ず知らずの男と二人きりにさせんでください。


「不要ですか?」

「んなわけねーです!! 時間貰っちゃいますけどオレが読めそうな本選んでもらっていいですか?」

「ええ! お任せください!」

「へへへ、ホント、クリスティアーナ様ってフォロー手厚いですね!」

「……お姉様は素晴らしい方ですわよね」

「ホントに!」


 クリスティアーナ様のこと悪く思ったの初めてでさ、胃のもやつきと奥歯の軋みが不愉快だ。

 シェレアティアさん泣きそうだし無理して告白させたのが可哀想だった。

 辛そうなのは見てらんねえ、けど勇気出してくれたからには応えたい。

 オレもいいとこ見せてーの。笑ってほしいよキミにはさ。

 間近でデケえヤツが落ち込んでたらつられちまうよな、よっしゃいっちょがんばるぜ!


「お座りになりませんの?」

「そーですね! 横座りまーす……」

「そのように腰かけては落ちてしまいましてよ」

「ぶつからないか心配で」

「肘で押してしまってもテオさんの魔力はわたくしを弾き飛ばしません。自身を害ある生きものと恐れる必要がどこにあります」


 ふわっとしていた今までの雰囲気からいきなり伸びてきた鋭い剣先。

 数秒固まっていたかもしれない。

 息の仕方を取り戻すと座面の真ん中に体を置き直した。

『どうしましょう』みてーな瞳が新鮮で、高揚感と落ち着きをセットで寄越してきて頬の裏側がコチョコチョされる。

 かわいいにかっこいいの合わせ技だ。オレのこと見てくれてるのが伝わる。

 漠然と今までクリスティアーナ様みたいな子が気になるんだろうなって思ってた。

 他の誰とも似ていない、シェレアティア・ルル──シェレアティアさん!

 年下だからとか貴族だからとかじゃなくて純粋に人として尊敬するし、それに引き換えオレってどうなのって引け目を感じる。


「……オレ行儀がはちゃめちゃで、話しててカチンときたら言ってください。なるべく直します」

「取り繕う暇は勉学にかけてください。自然体で接してくださいな。それに、礼儀作法はこれまで習う機会が訪れなかっただけではないのですか? 魔術大学校にはそういった講義はないと聞いております」

「そうですね、魔術とか歴史とかそういう授業ばっかです。でもクー……殿下の話をまじめに聞いたり、クリスティアーナ様みたいな綺麗なしゃべり方を真似してればこうはならないです。庶民てったって気をつけてれば違います」

「行わなかったこと、知らなかったことを恥じ入るのは向上心が芽吹いた証拠です。今さらだと諦めるのではなく今から変えようと努めるのです。遅すぎるということはありません」


 見た目妖精さんなキミは、気を抜くと眼差しが鋭くなりがちなのな。

 気にしてんのかな。

 直そうとするのは勿体ねえよ、かわいくって凛々しいって最強なんだよ。

 惚れる、惚れたわ、惚れてるわー、こんなのますます好きになっちゃうじゃん。


「生意気でした」

「いや、さすがクリスティアーナ様のイトコさんです。めっちゃしっかりして──大変しっかりされていて!」

「二人きりのときはそのままの口調でいてくださいな」

「じゃあ、このまま……このままじゃよくないっすよ!!」

「いいのです。わたくししか聞いていませんもの」

「そうですけど──なんですか?」

「いいえ」


 なになに貴族の女の子って笑うとみんな耳くすぐったくなる声すんの? それともここの姉妹の特殊技能? かゆいぜ、頬肉やべえぜ、体の内側から回転加えらて跳ねちまう。

 長い睫毛がまばたきのたんびに重なって、下唇の形に視線を逸らした。


「……なにか、あります? 気になるんですけど」

「捉え方を変えてみましたの。テオさんの賛辞はとても素直ですのね」

「どういう──いいっすいいっすもう、勉強勉強!!」


 この容姿でじつはおてんばさんだったりすんのかな、あーキミをどんどん知りたくなってる!

 でもべつの学校確定っぽいな~そうだよな妖精みたいな子が入学してきたらぜってぇ噂になってるし、一回くらいはすれ違ってたはずだもんな。

 オレ来年の夏には卒業だぜ、シェレアティアさんと学園生活送りたかったよ。

 不まじめ野郎と違ってまじめな先生が真っ先に山から取ったのは、他と比較してかなり薄いものだった。

 それはまさかの、クード直筆の単語集である。変化球かよ、こういうの作るのクリスティアーナ様じゃないの? 共同作業ってヤツか、おまえ星になって毎晩このお屋敷に来てたりすんのかよ。

 未来の国王夫妻の仲が極めて良好で一国民としちゃあ大満足だが、シェレアティアさんは眉根を寄せて厳しい顔つきになっている。


「なんか変なこと書いてました?」

「確認をしたいのですが……テオさんは、なにをどこまでご存知なのでしょう?」

「なにを、どこまで?」

「クオジドォール王太子殿下とはよくご歓談なさるのですよね。殿下から魔力暴走の話を聞いたことはございますか?」

「んー──今めっちゃ頭ひねって思い出してんですけど、アイツから特別なんか言われたのって、魔力暴走持ちだってのを話すなってのと制御具は見えないとこにしとけってくらいです。ユミチカの家の先生達も学園の先生もそうでした」

「わたくし、重要な点を見落としていましたわね。テオさん。空腹になるのが早いと感じることはありませんか? 寮のお食事以外で毎日──召し上がっている飲みものなどはございますか?」

「早いっつーかいつもだいたい腹減ってます。もう食えねえってなっても一時間くらいしたらなんか食いたくなりますね。寮の食事、弁当以外で特別なものはないです。そうだ、殿下と仲よくなったのオレが腹空かせて倒れてたとこを助けてもらったからなんですよ。ときどき殿下に呼ばれて執務室で昼を一緒に取ってます。図体デカいと食うモンも多くて困るんですよね!」


 学園で生き倒れてた生徒を拾った王子サマは、限界まで腹が減ったら執務室に来いって助けてくれてる。んな毎日通いつめるのも悪いし空腹を紛らわす方法を編み出しつつ、週末に食いだめしてどうしてもダメになったら駆け込んでいる。

 アイツなぁ、いい感じに大量の飯用意してんのマジ怖ぇの。

 オレが一回で食う量とシェレアティアさんの一日のお食事量がおんなじくらいか? シェレアティアさんどんくらい食べるんだろ、好きな料理あんのかな。


「なぜ……?」

「燃費が悪いんすかね」

「魔術大学校を卒業されてからも殿下のご指示を仰ぐのですか?」

「就職口がどこになるかはわかんないですけど、アイツが言うことは間違いないんで勧められた職場に行きたいと思ってます。まあ……魔力暴走治ったらただの人になっちまいそうですけど」


 魔力暴走が治まるってことはクード達との縁も切れるって意味なんかなやっぱ。

 そりゃちょっと辛いけど収まるとこにってヤツだよな。

 庶民中の庶民の生き方に染まってくテオ・ソトドラムは王族との交流もなくなってく。難しいな、どんな生き方すればいんだろ。

 一人センチメンタルかましてたらシェレアティアさんは横で真っ青になって血の気が引いていた。

 触っちゃなんねえ、もしかしたら魔力暴走がぶり返してるのかもしれねえ。隣側の拳を握って背中を屈めた。


「シェレアティアさん、顔色が悪くなってます。誰か呼んできますか?」

「いいえ──」

「心配です、外に誰かいますよね?」

「待ってください!!」


 貴族の女の人にはオレが想像できない辛い世界があるんだろう。

 傷つけたくない一心で立ち上がったが、唇を噛んだ女の子に強く見上げられる。


「魔力暴走がどういった症状か、まったく聞いていないのですね?」

「聞いたような……ないような? シェレアティアさん、オレ行かないよ。座って話すから、ね、ホラ座った! 話聞きます、ちゃんと答えます。急がないから……、ゆっくりしゃべってください」


 なんか思い出させたのか? 貴族の子が魔力暴走あったってオレの何倍も何倍も辛かったはずだ。

 オレは一回しか人に怪我させてねえし記憶もねーが、その一回の“誰かに怪我をさせた凶器みたいな自分”が自分の価値だと思ってる。

 いっぱい苦しい思いをしてた女の子にどう接すりゃいいかわかんねーよ。


「ここを読んでください、魔力暴走の定義です」


 他とは離れて一冊だけ置かれていた本を取り、ページの波打っている箇所を指さした。

 ここの文章は誰かが──シェレアティアさんが繰り返し読んだんだろう。開きぐせがついている。

 キミの持ちものだってなんとなく感じ取っている。


「魔力暴走の定義……」


 読めない。入ってこない。緊張してんのか目が文字を上滑りしている。

 涙の跡があんだよ。

 まだ小さいシェレアティアさんが泣きながらこれ読んだのかって想像するだけでオレはもうぜんぜんダメだ、扉が閉じたみたいになんも入ってこなくなる。


「一つに、食事量が適切であるにも関わらず激しい飢餓感に襲われる症状を指す。食べても食べても満足感が持続しないという意味です」

「腹減ってるのがそうなんですか?」

「えぇ……ニつに、記憶の保持が困難であり、他者への認識に著しい欠落が認められる状態を指す。これは人の外見や名前を覚えにくいという大きな特徴です」

「へぇ、めっちゃ当てはまりますね。そうなんだ」

「これら二点の特徴に加えて無意識下の魔術展開が頻発することを魔力暴走……魔力消耗症と呼びます。単なる制御不能を指す言葉ではないのです」


 唇の端だけで笑ってて痛々しかった。

 なにも知らない男に一から説明しなくちゃいけないキミは、なにか悪いことをしたんだろうか。


「暴走という単語が一人歩きしてわかりにくくなっていますが、主症状は魔力の異常消費です。常時魔術を使えるように消耗し続けていますの……器から液体が漏れるように」

「常時ってことは休む暇もなく垂れ流してるってことか。んじゃまあ腹減りますね。オレ今まで意識してなかったっすけど、魔力暴走って病気みたいなモンなんですか?」

「我が国では疾患と認められていましてよ。七歳までなら自然治癒が見込めますが、テオさんは一七です。専門的な治療がなければ命に関わります」

「いのち──」

「今の話すべて初めて聞いたと仰るの? なぜご自身の不調の原因を知らされていないのです!」


 そう言われちゃってもな、関心なかったって言うのかな。

 腹が減りやすくてもの覚え悪くてもなんとか来ちゃったし、魔力なんて嫌いだってことくらいしか考えたこともなかったよ。


「誰からもこの説明を受けていませんか? 本当に? 投薬は? お薬を一切処方されておりませんの?」

「飲んでないですね。さすがにこんな重要なこと忘れないと思うんで聞いてもないです」

「なんてこと……」


 なんでシェレアティアさんがそこまで悲しむのかがわからない。

 オレはたくさん食わねえとフラフラになるし記憶力も杜撰だけどキミを苦しめることはないと思うんだ。ホント言っちゃ悪いけどキミはそこまでオレに関係ないよ。

 自分と切り離さないと痛くなるだろ、昔の傷が刺激されたっていいことないから関わんないほうがいいんじゃないか?

 心配しなくていいって言えねえ。


「なにも説明を受けていないのならば、魔力暴走の完治で魔力は失われないことも、ご存知ないのですね」

「──初めて聞きました」

「どうして誰もテオさんに正しい知識を告げなかったのでしょう。状況を把握できていれば苦しみも和らいでいたかもしれませんのに。生活の上での困難も……」

「そうですかね? オレは──違うな。周りもそうだと思ってたから言わなかったんですよ」


 シェレアティアさんは正義感も強くて魔力がある自分に誇りを持ってんだ。んで、失いたかったヤツの気持ちはわかんない。

 貴族は魔術が得意で当たりまえみたいなとこあるみてーだし価値観の違いだ。

 なんだろこのちょっと寂しい気持ち。


「わたくし、お姉様にテオさんのお話をたくさんせがんでいましたの」

「そうなんすか?」

「そのとき違和感を覚えるべきでした」


 難しい顔をしたあと、シェレアティアさんは目を閉じて表情をくるっと変えた。

 項垂れていた花が咲き直したみたいな姿にボンヤリと、切り替えが上手い子なんだなって感想を持った。


「魔力暴走はその者が持つ可能性を示唆しています。未来から借りている力だとわたくしは習いましてよ」

「──へえ! そうなんだ」

「テオさんが望む魔術と縁のない暮らしは望むべくもありません……そういった事実からもあなたを遠ざけたユミチカの家の人々や教員、お姉様もお兄様も不誠実だとわたくしは批難します。しかしテオさんはそうは捉えていないようですわね」

「んー……それが優しさだったんですよ。きっとね」

「優しさ?」

「腹が減るのも人の顔が覚えらんないのも魔力暴走のせい。でも治しても大嫌いな魔力は失えない。それって辛いっす。オレは友達怪我させちゃったせいで親に捨てられてるし八歳までの記憶もありません。投げやりになってたけど、いつか魔力は捨てられるって信じてました。そんなオレだから言えなかったんでしょ」


 初めて見る顔のヤツが学園入学の直前に訪ねてきた。何度も何度も謝られて宝物の本をくれたけど、オレはソイツの名前も忘れちまったんだ。

 ホントのこと知ったら食べんのやめそうじゃん。したら生きていけねーな。


「わたくし、考えが至りませんでした」

「え、なんで泣く? なんで泣くの? えー、シェレアティアさん、泣かないでくださいよ。オレ大丈夫なんですって」

「わたくしにも……そういう、ときが、ありましたのに。なんと無恥な」

「キミは乗り越えて、オレは治そうって決めた。それでいいんだよ。今があるからさ!」


 女の子泣かしちまった、ホントにシクシクって泣くんだな。

 クリスティアーナ様と別方向にストイックだぜ。オレよりなんでも知ってそうなのに無知ってさあ。

 正直こんなことで泣かれて面倒くせえってなっちゃって、大変だなってオレのが申しわけねーです。

 だけどこれ以上涙を落とさないようにしてるところにグッときてるよ。

 ゴメン。キミの痛みの根本も知りたくなってる。


「お許しにならないで」

「怒ってないから許すも許さないもなあ。キミは自分を追い詰めすぎだよ。昔そんなに辛いことがあったのかな。オレはないから、わからなくてごめん」

「なぜあなたが謝罪なさるの?」

「オレといると嫌な感覚が戻ってきたりしてないかな? キミにそんな顔させたくないんだよ」


 貴族の女の子には触っちゃなんねーし、シェレアティアさんオレより二つ下ってことはレディーなわけだろ。ユミチカの家で見た泣いてる子の頭を撫でるとかちょろっと憧れるけどよぉ、やったらオレ捕まるかもしんねえわ。

 難しいなどうしろってんだ。


「シェレアティアさん……笑ってもらっていいですか?」

「わたくし笑うのは不得手ですの」

「んなことねーよ!! ねーです、にこってすりゃ解決します」

「解決とは、なにが解決しますの?」

「なんだろ。オレが安心するだけですね」

「まあ──不安を抱かれるよりも、喜んでいただきたいです」


 この心臓がきゅううんってすんのなに。

 笑った、今のもっかい見てぇ。

 オレ欲張りだ、戸惑ってるシェレアティアさんから目が離せない。


「そうも見つめられていると……」

「見てねーと一瞬で終わるかもだし」

「意地悪ですのね」

「意地悪でしたか!?」


 意地悪イコール嫌われる。

 学園に通ってないシェレアティアさんにはここでしか会えないだろう。

 お姉様のクリスティアーナ様とたぶん話の流れ的にお兄様ってのはクードだろ、あの二人に阻止されたら一生会えなくなる。

 ここはバカ素直にやってやろうぜ悪い印象よりアホな印象重ねてこーぜ。


「意地悪のつもりはなかったんです。オレがキミを見てたかっただけで、見逃したくない気持ちが強いんだ」

「申しわけありません──うまくできませんの」

「いや……いいです、ハイ、オレもスイマセンでした」


 恋ってこんなやべえ感情まで生み出すのかよ危険思考だ。

 かわいい子にちょっかいかけていいのはなあ、恋人か夫婦って決まってんだぜ。町の食堂のおっさんが語ってたかんな!

 首まで赤くなってる、耳もデコも真っ赤になってんのかな、見てえ、見てえよ。

 そう思っちゃうとな、風が吹くんだよ、なあオレに都合がいい魔力暴走、未来のオレはなんつー悪癖持ちだ。


「なにをなさるの!!」

「スイマセン……!」

「故意ではないのでしょう、けれど、いけませんのよ」

「ホントすいません!!」


 わざとじゃねーって一応許してくれるの優しすぎない?

 前髪を巻き上げたオレから隠れるように直している姿に動悸がヤバいのなんのって。

 制御具ぶっ壊れないでくれよ。割れると皮膚も裂けるから借りものの服が汚れちゃって弁償代でオレの週末の飯代が飛んじまう。


「今日はめいっぱい制御具つけてるんですけど、もっと強いのしたほうがいいんですかねえ?」

「複数個つけると効果が相殺されてしまいますわよ。これも聞いていませんの?」

「マジ? ですか?」

「どうしてご存知ないのです? ユミチカの家の者が伝えていないはずがないのですが……初めから覚える意志がなかったのですわね?」

「そうだと思いますね……」


 支給されてるモンをとりあえず身につけてはいるけど、詳しい使い方とか説明できるかって聞かれたらできねーな。

 しょっちゅう壊して医務室のマリグレイス先生に治療してもらってたけど、片足に何個もつけてもとくに注意されなかった。学園の先生が知らないってあり得ないだろ。


 ──オレに知識をつけたくなかったクード(おまえ)の本心がわかんねえ。


 疑い始めるときりがねえな。アイツは正しい、それをオレは基準にしてきた。

 信じられないようにするのが狙いなのかもしんねぇな、あの腹ん中何色王太子サマは。

 親鳥が作った寝心地いい餌場から巣立ちのときが来たのかねぇ。


「今は努力なさるおつもりがあるのですよね?」

「完全に治したいです! 魔力がなくならないならそれはそれで進路も広がりますし! 未来のオレでも国の役に立てる方法を持てるんなら学生のうちに治します」

「ご卒業まで約一年──そうだわ、わたくしが読んでいた教本を取って参ります。時間がかかりますからその間にお茶を用意させますわね」

「ここにないんですか?」

「小さな子どもでも読めるものから始めます。平易な文章で退屈になるかもしれませんが一から学ぶことで理解が格段に早くなりましてよ。魔力暴走がどのような状態か、テオさんご自身の了得が治療の第一歩となるのです」


 やーっぱ姉妹だなあ、クリスティアーナ様にもさあよく言われたんだよ『基礎からしっかり積み重ねていきましょう』って。

 授業内容も真剣に聞けって注意されてたんだけどよぉ、初等部の終わりには頭素通りして三年からはすっからかんだ。目と耳が遮断してやがる。

 基礎大事、基本が大事、オレとキミの関係も積み重ねていけんのかな──なんてな。


「オレもついて行きましょうか?」

「ここでわたくしをお待ちになっていて」


 階段を上がる姿は可憐な妖精さんでもあり、高貴な女王様みたいな風情だった。

 間違いなくシェレアティアさんは貴族の中でも偉いほうの家の人だ。貴族の間に階級差はないって聞いてるけど、ルルが家族の名前の省略形ならそのあとについてるのは花の名前だろ。花の名前がある女性はかなりいいとこの人だって知ってる。

 ちゃんと覚えたいし知っていきたいよキミのこと。


「テオ・ソトドラム様。喫茶室へご案内します」


 急に現れた女の人はお姉さんっつーか穏やかそうなおばさんで、二階を気にしているオレを温かく見守ってくれてんの。

 んな寂しそうな顔してんのかな、オレもビックリなんだけど短い時間でも姿が見えなくて胸が苦しくなっている。


「転移陣で移動なさっておりますからすぐにお戻りになりますよ」

「イトコ同士の家ってそこまで仲いいんですね」

「シェレアティアお嬢様が安全にお屋敷から移動できる場所として指定しているのですよ」

「へえ~! あ、シェレアティアさんの侍女さんなんですか?」

「フルゥと申します。どうぞこちらに」


 図書室内に飲み食い専用部屋を作るって一日籠もるのに向いてるな。

 想像よりこじんまりしていた部屋にはケーキスタンドが準備されていて、名前忘れちまったロッテンヤンくんのイトコの侍女さんと同じ服着てる女の人がお茶を淹れ始める。

 フルゥさんの服は黒じゃなくて深緑だしエプロンは着けてない。一括りに侍女さんって呼んでるけど役割違うんだったか。

 なあなあぜんぜん覚えてねーし覚えらんねーのってマジで大変じゃん、よくこれまでオレやってこれたな。


「フルゥさん、オレ紅茶苦手で砂糖よん……三杯入れるんですけど、シェレアティアさんに言わないでもらっていいですか?」

「かしこまりました」

「──殿下とクリスティアーナ様のお茶会はどうですか? 雷めっちゃ鳴っちゃってましたけどうまくいってますよね?」

「ええ──」

「あと一応聞いておきたいんですけど、シェレアティアさん人間ですよね? 人間ぽくない見た目してるから心配になって……人間だってわかってます、すんません変なこと言って」

「いいえ。こちらもお嬢様には内密にしておきますね」


 ベラベラしゃべるほうが恥ずかしいっての。

 場所を自由に行ったり来たりできちゃうなんてやっぱシェレアティアさん妖精さん疑惑が浮上してきやがるから一応な、一応。

 恋の話聞いちゃったーみてぇな反応されてオレこれからどうやってここにいよう。

 湯気が立ってるカップを出されて、割らない割らないと頭で繰り返しながら恐る恐る手に持った。


「おいしいですね」


 砂糖の味で誤魔化されてるのか初めて紅茶をうまいと思った。

 お茶のマナーだけはな、座る立つ歩くしゃべるは絶望的なのにお茶してる間のマナーだけはいいって寮生に褒められた。

 クード、おまえの教えがオレを助ける。

 どこまで操ってんだよ王太子様。てめぇ人のお節介するより婚約者を大事にしろや。してんのか、してるからやってんのか、オレどこまでお星様の手の平の上。

 おまえには世話になってるし魔力暴走治っても役に立てそうでホッとしてるよ。

 初恋一日目にして情報過多なんだけどシェレアティアさんが戻ってきたら叔父貴さん、偉大な魔術師が結婚してるかしてないかだけさり気なく聞いとこう。

 呪いより恋っていいよなって純粋な気持ちで願われていたいんだ。

 じゃねーとアイツをぶん殴る。どうやったって茶々入れてきそうだけどよぉ、人の恋路を面白がんな。

 叶うか実るか持ってていいかは置いといて、今日初めて見つけた気持ちを静かに大事に育てていきたい。


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