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青年が好きな人と愛し合える未来



 学園校舎で一番背が高い時計塔の天辺、鐘の部分。

 こんなとこで勉強なんざ、バカは高いところがお好きらしーぜ。

 まあ単にここって眺めもいいし静かだし落ち着くんだよな。

 今夏休み中だけど定刻魔術で鳴る時刻は変わんない。今、丁度六時間目が終わったところだ。

 間近で音鳴ると耳痛いのは参るよなー。


「テオー! 手紙が届いたよー!」


 脳内丸出し自動筆記で書いた魔力核取扱い注意事項に赤入れてると、寮監督生の世話好きステフが下のほうから腕振ってる。

 オレ落ちるの大得意。

 チャラチャラ階段使ってらんねーし──てかここにはハシゴも掛かってねえーし、シュタッって格好よく着地した。


「はい、速達」

「サンキュ」


 悪いねー使いっ走りさせちまって。オレはおめーに見つかるとまた叱られるのが面倒だからコソコソしてんのにな!

 同時進行で複数のお勉強すんには魔術の複式展開が便利だが、体力も魔力も消耗早くて腹が減るわけ。コイツオレが腹減るの若干トラウマみてーなの。苦労かけたな。

 封筒裏返すとシェレアティアさん──じゃなくて彼女のお母さんからだった。

 あのお誕生日会から一週間以上経っている。クードからもクリスティアーナ様からも音沙汰なくって、心配しようにも会う気はなかなか芽生ず、オレはひたすら頭に知識をぶっ込んでた。

 焦ってる、わかってる、怖いこと考えねーようにしてる。

 楽なんだよ、頭に難しい資料仕入れてるときはあの子のことが思考から消える。

 けどユミチカの家で子どもと接してるとどうしたって今彼女がなにをしてるか思い詰めちまう。


「読みたくなったら読むといいよ」


 好きな子の家族からあんな物騒な顔で見られてめげちまってんのな。

 一途に彼女の回復をお待ち申し上げてたが、いざこうやってお届きあそばせたらビビんだぜ。

 封筒裏返したまま開けられないオレをステフは急かしたりしねえ。そうやって成長見守られてんのが最近いやに鬱陶しい。順調な子どもの成長らしいぜ。オレ来月一八なのにな……。


「なんて?」

「体調は順調に回復してるって。夏休みの間によければ遊びに来てくださいだとよ」


 家紋くっきりの封蝋に溜息ついて、便箋を中に戻す。

 ずっと身につけてたペンダントでやってた心の整理法ができなくて、わりとへこんでるままだった。

 あの子との繋がりってマジでなんだって話。

 あーめんどくせー!!

 このままもっかい上に戻ったら確実に門限破っちまうから部屋に戻ることにする。


 ──腹が鳴ったら睨まれた、いいだろ健康な証拠だろ!


「あそこからルーゼンヴェルキスナールル邸が見えるのかい?」

「いんや。……なあ、明日行ってもいいのかな」

「先方もそのつもりでいると思う。服はその制服でいいよ。礼服ほど格式はないけど学園生として王族の方々の前にも出られる格好だ」


 おまえホンット頭回るよ。

 やっぱ賢さは学校の成績だけじゃねえな。


「テオはまだ一度もシェレアティア殿下と結婚についてお話はしていないよね? 殿下の本音は殿下から聞くんだよ」


 彼女が誕生日会にオレを呼びたかった理由って、本人から直接聞いたんじゃない。

 けどまあ状況証拠はあるってかさ、オレとあの子の出会いは運命どころかガキの頃から仕組まれたモンで、あの子はオレのこと大嫌いで──今は、どうなんだろう。

 そういうの考えるのもだりぃんだよな、オレには恋愛向いてない。


「君が傷ついたこともきちんと話すんだよ」

「……うっす」


 一言褒められたかっただけなんだ。認めてもらいたいのはウソじゃねー。

 てめぇがしたことが間違いじゃなかったって信じたいんだ。


     §


 学園の制服って華やかさからかけ離れてる。

 黒・白・グレーで地味っつか暗い。夏服は上着がなくてベストだから白の面積広いけどな。

 ルーゼンヴェルキスナールル家の執事さんよかシンプルな格好で応接間までとっとこついていき、扉を開けてもらう。

 するとまあいきなり突っ込んでくる、お淑やかは見た目だけのじゃじゃ馬お姫様。


「テオさん……っ!!」


 お嬢様だろ、病み上がりだろ、走んなよ。

 女の子なんだから抱きつくなって、庶民だから腕回せないんだ。そのリボン身につけないでっつったのによぉ。

 ご家族様の前で抱きつき返せる根性はねーけど振り払うなんてもっての外だし、メソメソ悲しそうにされると胸が痛むし、この子の突っ走りが好きなんだなって実感してる。

 直立不動のオレだけど今日もちゃんと手袋してきた!

 庶民でも泣いてる子の背中をポンポンくらいはしていいって実家で習ったんだ。


「オレ達もっと早く会ってれば、君が辛かった時間も短かったよな」


 キミのお兄様が『そうではなくて』ってオレを遮ろうとしてたのはお祖母様の後悔を気にしての発言だったらしーな。

 オレも気遣えっての。

 段取り踏まねーとあんなバカ精密作業できなかったし悔やまれたって困るって。でもかわいい孫娘を思う気持ちってのはオレにだって一応わかるさ。


「元気になった?」

「ええ……っ! あなたのおかげ!」

「そっか──よかったね」


 ぎゅむぎゅむ引っつかれるとオレ困っちゃうよ……部屋の奥からガッツリ見られてんじゃんキミの保護者によお!

 笑ってほしくて、くすんくすん泣き続けてる一五歳を高い高いしちまった。


「やっぱ軽いねキミ」

「重いよりはいいでしょう……!」


 結構結構、恥ずかしがる情緒は残ってたな。

 こっちが年上だしあやしてご機嫌取っとかねーと──クソっ、思ったより腰ほっそかったな、マジ怖ぇくらい華奢。でも顔色いいなっ、よーござんした!

 半ば連行される形で応接セットまで辿り着いたんだが、フェリチェスカ様始めお父様お母様の表情読めねえ~!

 このばあさん苦手。けどあちらさんにも立場があるし、とりあえずオレから謝罪かと思ったら強面のデカいお祖父様さんまで突撃してきた。


「よく来てくれた。ありがとう!! 孫娘を救ってくれてありがとう!!」


 ──大歓迎じゃん! 口々にようこそ言われるけどさ! もっとわかりやすく出迎えてくれ!


 当日諸事情により欠席してた人のほうが切り出しやすいってなんじゃそりゃ。背高い人だな、彫りが深くて鼻高くて目元はニコニコ。

 昔のこと──てめぇの親のこと考えちまうとどん詰りだからよ、水に流すためにも口を開いた。


『一つ確認です。お孫さんは俺の過去についてどこまで知ってますか?』


 ろくに国名すら言えなかった留学生の国の言葉をしれっと読めたんだ、やろうと思えば遥か遠方の北国の言語も話せるらしい。

 オレって便利だ。使いようによっては危険だよな。

 お祖父さんは目ぇかっぴらいて掴んでいた肩を離した。


『知られたくないことは、なにも』

『ならこのまま隠しておきましょう。無駄に悲しませる必要はないです』

『いいのかね?』

『いいです、オレはテオ・ソトドラムですから』


 ガッときてグッと握手されて、寒いとこの出身でも朗らかなんだなって偏見メガネをまた一個外す。

 そのまんま心底嬉しい~! みてーな故郷語りを聞いてると、隣に座ったお姫様が……なぁ近いって……ベストの裾引っ張ってくる。


「テオさんはお祖父様の国の言葉を知っていますの? 発音や文法が異なるようですけれど……」

「彼が話したのは、我が祖国の王家にのみ伝わる言葉だよ。故郷にいたときなら断頭台に送らなければならなかったが、内緒話をするには適しているね」


 彼女がお祖父ちゃんの国の言葉知ってるかはわかんなくてさ、この人にしか伝わらねー言語を、って指定したらきちんと答えてくれるオレの魔力。

 カラカラと笑って言われて怖ぇけど、いきなり暗号文ベラベラーってしても対処できるのがさすがだよなあ。


「内緒話とはなんですの? わたくしに隠し事ですか?」

「えーっと、持参金足りますかーって聞いたんですよ……」


 なあなあ親の前で密着してくんなよ!

 うるうる見られるとオレ弱いからよお……なんとかどうにか興味の矛先を変えてやる。


「オレが貰った報奨金ってそのためにあるんだと思ってたけど、違った? ──違いました?」


 あのとんでもねぇ額の金は結婚支度金だろってのが同級生達の見立てだ。

 大金入り銀行口座通帳(ンなモン)を気軽に見せるなって怒られたけどよー、この子のお祖父さんトッツゥォロカ様もお父さんセイバリー様もそれなりに用意したそうじゃん。

 お婿に入るってそうらしいし、オレもかもーって思ってよー。


 ──一気に応接室が真っ暗沈痛って感じになったのどしたんだ?


「そのことですが……テオさん、無理なさらなくてもいいのよ……」

「無理?」

「わたくしとは──……わたくしの家はお嫌いでしょう? とくにお祖母様!! 無茶なことをさせて、あなたの学校生活を裏から操って、素直に感謝の言葉も述べられないような人なんて……っ」

「わたくし達は貴族の価値観で生きていますから、自由を謳歌したいソトドラムさんのお気持ちを汲むことができなかったわ」

「義務感で結婚することは君には辛いだろう。報奨金はソトドラムくんの自由に使うべきだと私達夫婦は思っているよ」


 あれ……? ありゃ……?

 オレ、先走ってただけ? いや違うよな、フェリチェスカ様の眉間にシワ寄ってんじゃん!

 えぇーと、親子三人勘違いしやすいさんなんだな……?

 どうしよ、お嬢さんをくださいって言えばいいのか? 貰ってもらわねーといけない立場なのに?


「ごめんなさいね、テオ・ソトドラムさん。孫娘二人に叱られて、わたくしは心がねじ曲がっていたと反省しているわ」

「どうかフェリチェスカの立場もわかってあげてほしい。私が言えることではないがね」


 うん、フェリチェスカ様の謝罪は便宜的だし、あなたが言うなはそれはそうっす。

 でもまぁ、お祖父さんお祖母さんは反対派じゃないんだな。

 オレが怖いとかで家の一員になってほしくねーんじゃなさそうだ。

 おおん……?


「お嬢さんにしたこと、間違ってましたかね……」

「そんなことないわ! とても感謝しているの……! だからこそ……」

「オレ褒めてもらえなくて拗ねてました──彼女の力になれたなら嬉しいですし、一生お傍にいるつもりです……」


 これがオレの精いっぱいだ! 王子様じゃねーんでな! 人目も憚らずに愛を謳ったりできねーの!

 精いっぱいの訴えをするとご納得いただけ──てない!

 むっすうって怒ってるキミ、どんな顔面しても不細工にならねーのすんげえや。……かわいい。


「おい……? どうした──?」

「あらあら……」


 肩にもたれてむくれてよォ、こちとらくまのぬいぐるみじゃねーんですけど?!

 キミレディーだろ一五になったんだろ、男に寄りかかるのはマジよくねーよ……?

 ドキドキしちゃうからホントにやめて……お母さんも止めましょうよ、よくねーですこれは!


「ティアは君からペンダントを返されたのがショックだったらしい」


 オレ無抵抗です安全ですの構えでネクタイいじられてると、ちょい顔伏せ気味のお父さんが説明してくれる。

 オイオイ……お父様落ち込んでんぞ、なんだよキミ甘えん坊大爆発中かぁ?

 しゃーないなぁ、もっかいくださいって頼むよ。

 オレとしちゃあキミの気持ちが知りたいんだけどな!


「また、身につけたいです。返してもらえますか?」

「よくってよ! わたくしがつけて差し上げます!」


 んーっ、かわいい!

 シェレアティアさん小生意気なとこがかわいいんだよなぁちくしょー……出現魔術で手の上に持ってきて得意げな顔するとこもすこぶるかわいくって参っちまうな!

 背後に回ってお花ルンルンで鎖つけてくれるからマジでもうこの子の犬でもよくなってきちまうぜ……。


「雷を落とさないのだね?」


 残念そうにトッツゥォロカ様に言われちまった。

 いや、あれは落としたくて落としてんじゃねーんです。べつにオレ落雷体質でもねーんだよな。


「フィキディテートがあなたの雷は感情の発露、あるいは言語の一種であると言っていたわ。通常の天候操作魔術と異なるそうなの」

「テオさんは雷がお好きだから新しく発明したのかしら」

「雷が好きなんて珍しい方……」


 ルーゼンヴェルキスナールル家の女性達の会話に、オレは間抜けに止まっちまった。

 コイツ珍獣~って口振りの先代当主が、とてもじゃねーけど主犯とは思えねえ引き方してるし、シェレアティアさんも仕込み側じゃねーのね?

 待ってくれ……ちゃあんと不確かを解明しようや。


「雷……、フェリチェスカ様が王太子殿下に指示して魔導士閣下に落とさせたんじゃないんですか? 閣下でなくべつの人でも」

「なにを仰っているの?」

「天候を操作できるほどの魔力量の持ち主はフィキディテートしか心当たりがないわね」

「クオジドォールくんはどうだい?」

「お兄様ができるようになっていたらぜったいにわたくし達に自慢していましてよ!」


 王家ともフランクなのなー。

 それほど対等とも言えるお立場の家ってこった。まあ、今、おうちだしな……?

 バックンバックン事実に到達、てめぇが降らせてたことも考えてたさ。

 けどよお、なんでこの子に会ったときに雷落ちたかって話になりゃ──。


「ティアに一目惚れをしたのね」


 ドストレートに言わんでくださいお祖母様ぁ……!!

 シェレアティアさんもカッチコチになってるし! 大人達全員『あらあら』『おやおや』顔だしよぉ!

 事実だけどさあ! 本人目の前!!


「よき方角へとあなたを導くのがクオジドォールの楽しみなのね。あの子はあなたがお気に入りだから」

「一目惚れって……」

「オレ……思い込みの激しさは天下一品で……クードに運命の人に出会ったら雷が鳴るって聞かされてたんです……」

「運命──」


 ある意味キミとオレは運命なんだろうけど、暴露されたくなかったなー!

 だってよ、現状、シェレアティアさんからはとてつもなくオレを拒みにくいぜ? 結婚したくねーって思いながらおうちの義務で婿取りすんだろ?

 オレ達、お友達だ。お友達なんだよ。

 片方ホの字だったらやってらんねーだろ。


「ティア。私達がいると積もる話もできないだろうからお庭をご案内しなさい」

「はいお祖父様。テオさん! 行きましょう!」


 へーへー、お手々繋がれたら行きますよ……キミ、魔力核が小さくなったぶん幼児返りしてねーか?

 ん? そういう副作用があんのか……?

 ちょっくら確認させてもらえないっすかね──。


「あれ、外そっちじゃないよ?」

「いいからいらして」


 小癪! むかつく! やっべぇかわいい!

 ちょーっと顔赤らんでるとことかコショコショされちまうんだけど、体調のせいじゃねーだろうな? キミの魔力核をいじくった者としちゃ術後の回復に注視したいや。

 誰か記録取ってくれてねーかな? クードが取っててくれてそうだな。

 ったく困った子だなってワンちゃんの散歩してやってたが、ある部屋の前に来るともうダメダメ。

 空気中の残留魔力量からして、ここ、キミの部屋!!


「入れないからな……」

「入ってちょうだい」

「シェレアティアさん!!」


 いい加減にしろよわがまま妖精姫!

 キミなぁ──ハイハイわかったから引っ張んなよ!

 町走ってる馬車のほうがお行儀いいぞ──。

 渋々私室に拉致されたオレは、明るい笑顔から一転心許ない子どもの泣き顔をされたらどうすりゃいいのかわからない。


「わたくしはここで人生を諦めていましたけれど、あなたが治してくれたからもう大丈夫。……でも今また、また新しい不安があるのよ」

「なにが不安? 体調? 魔術展開はできてたよ!」

「テオさんが遠くにいってしまいそうだわ。わたくしから離れてしまうの──?」

「行かないし、主治医的にも伴侶的にも、お傍にいるから……。キミが望むならだけど」


 オレは望むけどキミが望まないようだから言わねーよ!

 そんな男の配慮っつーモンを、すーぐキミは物理的距離で縮めてきやがる。


「おい……」

「人の心は不思議なものね。憐れみをかけた少年はわたくしの伴侶の候補で、わたくしの命を救ってくださった神様は、優しいばかりに思考が偏っているの」


 女の子ってさ、服いっぱい持ってんのかな。

 リボンとドレスの色おんなじじゃん。オレの魔力の色だよ、やめてよそういうの──諦めきれなくなる。


「また激しい思い込みをされているみたい。感情が表に出やすい方ね」

「……褒めてくださいよ」

「わたくし、あなたのことが本当に大嫌いでしたけれど、今もそうだと誤解しているの?」


 簡単に抱きついてるわけじゃねーことは、その耳でやっとわかったよ。

 今日も凝った髪型ですね。

 魔力とはちょっと違う、より輝く白銀。

 そんな爪先立ちでぷるぷるしなくていいから。肩軽く押して膝を曲げる。無作法ですけど許してください。


「いつ、オレが許嫁みたいなのだって知ったんですか?」

「これをあなたにお渡しするまえの晩よ。お兄様から渡された絶縁状に王家紋章の印が押されていましたの。それ見て、ふと、なぜあのような平民に我がルーゼンヴェルキスナールル家の家紋を与えることがまかり通るのかと気づきました。お祖父様の独断だとは考えにくく、お祖母様に詰め寄り、それで……」

「よく捨てなかったね」


 このペンダント、この子が持ってるのもしんどかっただろうにな。

 簡単に手放せねえ代物なんだろうぜ紋章入りの品ってのは。


「お兄様に押しつけました」

「絶縁中なのに?」

「ええそうよ、わたくしわがままだもの。テオ・ソトドラムよりもわたくしに相応しい相手、この装飾具に見合う男性を見つけてくださいと頼みました」


 すでに採掘が禁止されている鉱石を加工してつくられてる大変貴重な一品だそうで、オレとしちゃ当時八歳から一〇歳ぐらいだったはずの兄貴に同情しちまうね。

 妹にでけえ頼み事されたからオレに親切にしてたかぁ? 王子様直々の教育係ってそういう──妹大好きかよお兄サマ。


「わたくし結婚は悪しき慣習だと思っておりました。お兄様も昔はお姉様を何度も泣かせて……貴族の結婚に涙はつきものですし、わたくしは己の立場をよくわかっておりましたけれども、あなたなんかにと思うと、生まれた意味を、考えて……」

「クリスティアーナ様が、キミを抱っこして泣いたって」

「……手を取り合うお二人がわたくしの憧れでしたから、昔こそ落胆と、絶望がありました」


 クードは生まれたときから数ヶ月早く生まれてるクリスティアーナ様との結婚が持ち上がってて、反発心旺盛に四年以上会うことを拒否してたらしい──あの純愛野郎が隠しやがってた後悔の過去だ。

 お姫様生まれのキミも嫌だったよな。

 貴族流に言うなら結婚と恋は別ものだし、恋してる風に振る舞うのが夫婦のあるべき姿なんだ。

 けどな、オレもあの二人を見て憧れがある。


「けれど──」

「嫌なら婿になんてならない。恋のない結婚はしたくはないよ。オレは、キミに惚れてるから」

「わたくしを愛しているのね」

「うん、そうだよ」


 恋から愛に変えてきたなこの子。

 違いをよく知らねーよ? 女の子はそっちのほうが嬉しいの?

 満足そうだからいっかー。

 キミに振り回されんの、オレ好きだし。


「あなたの発言からわたくし充分に知っていましてよ。でも……急に態度が変わってしまうし、厳しくなって、素っ気なくなったわ。そこにきてお祖母様方のご無礼があって……もう会ってくれないかと思いました」


 キミお祖母様にもガンガン言うね。

 つか、バレバレでしたか! そりゃそうだ、雷落としたりしてたもんよ……。

 で、肝心の、キミはどうなの?


「わたくしは準王族、気位が高いの」

「知ってますよ」


 プライド高くて努力家で、高慢ちきで自信がない、変な子。

 男心ってのにうといんだろうお姫様は、オレの手を取ると意味深に微笑んで手袋外しやがった。


「まだ気づきませんの? 淑女はみだりに殿方に触れさせませんわ。こうしたら──わたくしの想いが伝わって?」


 ぴとって顔にくっつけるんじゃねえ!

 なにやってんだ! お父さんが泣くぞ!

 つーか、ギリ防いだけど雷落ちるからやめてくれ! 顔向けできねえ……!


「テオ・ソトドラムさん。わたくしシェレアティア・ルル・カサブランカはあなたをお慕いしております」

「オレもです……あの、手袋返してください……」

「シーツだったりハンカチだったり、わたくしの立場を重んじてくださるのね」

「キミだけじゃなくて、女の子に軽々しく触らないだけです」

「律儀な方」


 オレだってよお、人並みに、恋人ができたら~とか考えてたさ!

 けどそれは庶民の基準で、こんな立派なお屋敷で暮らしてる子とは理想と現実ぜんぜんちげーの。

 だってぜったい弁当なんて作らねーだろシェレアティアさんは!

 目の前の子が多少の期待してることぐれー把握してんだ! 待ってる! 見りゃわかる! 立場が! 許さない! だけだ!!

 スイマセン〰〰!

 オレは庶民なんすよ、一度どっしり建てちまった身分の壁を飄々と超えられねーんです。

 魔力核のお花さんは忠誠心とかで咲いちまったんだろうからこれからとことん難儀だろーぜ……。

 間違ってもキミのお兄様みたいな真似はできなくて、シェレアティアさんは拗ねたようにソファにぽすんと座る。

 お隣ならまあ、喜んで。


 ──くっつくな! 距離が近え!


「あなたの功績を広げるために、わたくしの魔力暴走を公表することになりました」

「え……?」

「時系列を修正するなど一部詳細は伏せますが、ルーゼンヴェルキスナールル家は嫡子の命を救ったテオ・ソトドラム氏に多大な恩義を感じ、彼が魔導士に就任した暁には婿に迎えることも発表します」


 ボケ野郎!

 この子の甘えは不安の裏返しなんじゃねーか!

 見ろよ! 心細そうだろ、そりゃそうだ、貴族にとって魔力暴走は家の恥で──ましてや彼女は準王族だ。

 オレのためってそんな、無理させたくねーのに、オレが動揺しちまったからキミは誇り高い女王陛下の顔つきで落ち着いて話すのだ。


「わたくしが一番この役目に適しているのです。王家を継ぐ王太子ではない、王族準王族の未成年はわたくしのみ。シェレアティアはこの国で二番目に高貴な子どもでしてよ。わたくしの内情を公開すれば治療を受けられる子どもが必ず増えます。あなたの夢のお役にも立てるはずですわ」

「無理してない?」

「していません。テオさん、なぜそこまでするのかと無粋なことは仰らないでね。あなたがわたくしにしてくださったことは大変大きなことなのよ」


 キミですら魔力暴走のせいで悪いように言われたりするんだろうか。

 統計的にも体験談的にも魔力制御不能に悩まされるのは魔力持ちみんな通る道なんだそうだし、そっから辛いの長引いちゃう子が悪く言われる筋合いはねーよな。


「お姫様も魔導士様も元魔力暴走児だというなら、悪しきものという認識も変えられるわ」

「変える。必ず変えてみせる。難治性魔力欠乏症の難治のとこ失くしてやる」

「ええ。テオさんならできます。その日が一日でも早く訪れるように我がルーゼンヴェルキスナールル家は援助を惜しみませんし、特例を認める絶対的な御方にご協力をいただきます」

「………国王陛下?」

「あなたは進学のための論文に無駄な時間を使う必要はありません。陛下からの勅令として魔術大学校在学中から大学院魔導士課程の研究も並行して行います。小父様はあなたの才能を非常に高く評価されていて、特例中の特例で一年卒業を早めてもいいと──」

「やだ!!」

「ええ! ですから、通常の講義で取得する単位は必要最低限に抑え、卒業研究は免除、その代わり一一月から六月までにユミチカの家で魔力消耗症の子どもの治療チームの指揮を執ることになります」


 えらく早いな計画が──アイツか、アイツしかいないな。そうかパパにまでゴリ押ししたかてめぇ。

 ま、正当な評価だっつーつもりで、喜んでやらせてもらうぞ。


「王太子殿下にとってテオさんはよきお友達であり、最高傑作です。あなたという才能を伸ばしたくて仕方がないんだわ。お忙しいのに折衝も自ら行って──、あの方なりのテオさんの肯定の仕方なのでしょうね」

「アイツ過保護ですよね」

「魔力暴走児相手への心得よ。否定せずに褒めて伸ばすの」


 そういう点じゃクードはシェレアティアさんへの態度は赤点だな。妹さんこそ優しくしろって。

 いや、実の妹並みの対応だから雑なのか──絶縁状の有効期限どんくらいだったんだろうなあ。


「フィキディテート閣下があなたの相談役を引き受けてくださるそうです。実質的な指導員で後ろ盾ですね。貴重な人材を妬み嫉みで潰されてなるものかと息巻いておいででしたよ」

「その代わり、オレも実験に使われるんですかね?」

「さあ──あなたはこれから忙しくなるのだから、お暇になったら付き合って差し上げて」


 シェレアティアさんだって一回くらいは魔導士憧れたりしただろう。

 五歳んとき絶望してずっとこの部屋で寝たきりで、そこから踏ん張ってきた。

 彼女はもう、腹減って眠れねーとかないだろうし後悔が詰まった夢を見ることもない。

 魔力暴走児養護院(オレの実家)には親元に帰れない子が何人もいる。

 察しのいい妖精さんがペンダントに触れた。


「テオさんは特別よ。けれどわたくしはあなたの特別だからもっとすごいの」

「あぁ……」

「帰りたそうな顔をしているわ」

「自分でもビックリなんだけど、勉強するの好きになったんだ。人の役に立てるのが嬉しい。ごめん、できれば今すぐプロジェクトの調整に入りたい。三ヶ月後なんてすぐだ」

「よくてよ、わたくしにもあなたより優先すべきものがたくさんあるわ」


 お茶して帰れよバカ野郎、シェレアティアさんがオレにしたい話ワイワイ聞きゃあいいだろう、それが男のたしなみってもんだぜ?

 けど──、悠長してらんねーや。

 ドアからちゃんと帰るためにはしっかり伝えておかないとな。

 手袋してきて大正解!!


「どのくらい待っててくれますか? フィキディテート閣下が魔導士になったのは四五歳のときです。そこまで待たせられません、女の子には結婚適齢期がある。何年、オレのこと待っててくれますか」

「魔術大学校を卒業して、三〇年までなら……」

「長い!!」


 ほっぺた染められて可憐な反応されると帰りたくなくなるけどさあ!

 二つの心の相容れなさが突拍子もないことさせねーように、期限切って約束していく。

 オレが魔導士になったら結婚しましょう──魔導士にならねーと結婚できない。


「就任は、皆様早くても四〇代半ばですわよ」

「待てないよ!! オレは自分から抱きしめることも手を繋ぐこともできないんですよ!?」

「握ってるではありませんか!!」

「素手じゃないからセーフなんです! 卒業が一八だろ……、即一九になって──オレが二九、キミが二七になる年までには魔導士になります!」

「早すぎます!」

「遅すぎるよ!!」


 こちとら思春期真っ盛り、しかしだ友達の妹さんだ、下手こきゃ全員絶縁で最悪体から首が外れる。

 合法的にお姫様を手に入れたきゃな、手柄を立ててナンボだぜ!


「バンバン功績立てるんでなるべく早く迎えにいきます。魔力核再生法を確立できたらぜったいなれる! なれないとおかしい、だからなる! 目標は卒業三年以内です」

「傲慢な方。わたくし達とてもよく似ているわ──」


 …………なんでお目々閉じるのキミ、積極的だね?!

 いやっ、まぁ、ハンカチを手首の代わりに鞄に巻くような子は押して押すタイプなんだろうけど……。

 あれ、『次に会う日までわたくしの涙はあなたしか拭えないから早く会いにきて♡』っつー催促なんだぜ!! んでよお、装飾品送るのは『キミにはキミの楽しみがあるから問題ないさ』っつーお断り!

 どうするよ……一回触ったら我慢できなくね?!


「わたくししかいないのだから遠慮をしないで、テオ・ソトドラム」


 ──オレからできんのはほっぺまでですすみません。その唇は最長四年間お預けだぜ……!


 不満そうにすんなよお姫様、あーあー、見ない見ない、キミは恨み辛みも含めて人生の半分以上オレのこと考えててくれてるけどっ! オレは初恋四ヶ月生のひよこなんですキミよりすくすくデカいけどヒヨコ!

 ツンっと尖らせた唇と、でも吊り上がってはいねー目で睨まれて、シェレアティアさんは部屋の奥、ベッドの支柱のとこまでオレを引きずる。

 もう抵抗はしねーし、なにがあるかは予見できてた。


「この転移陣から行けるわ。お兄様がお姉様のお屋敷でお待ちよ」


 準王族のお姫様の部屋からイトコのお姉さんちに繋がってるのは、なにも脱走用ってだけじゃねーんだろうな。緊急事態の避難用だ、この子はそれだけこの国にとっても家族にとっても大事な存在。

 他国と違ってシフィロソキアの王族は人数が少ない。側妃とか第二夫人とかそういう制度を五代まえの時代にやめてるし、兄弟姉妹が多いとそれだけ争いが増えるってんで先代国王が王族は子どもは一人であるべきとかって言っちゃってさー。

 先細りじゃんってガキでもわかるんだけど…………そのうち王国でもなくなるのかも。

 なんにせよオレにとって一番高貴な女性は目の前の彼女だ。オレの白百合、女王陛下。


「キミのこと大事だよ、最優先にできないだけだ」

「あなたがお茶を飲んで帰ると言ったら怒ったところでしたわ。責任感の強い殿方こそわたくしに相応しくてよ」

「お互い、いい夏休みにしましょう……ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 背、キミ伸びないよねきっと。魔力核の長期的な抑圧は肉体の成長にも影響があるんだろうな。

 オレからしてないからいいんだよ、オレはしゃがんだだけだ。許嫁様がキスしてくれただけ──頬だからいいだろ、ありにしてくれ! お清い交際いたしますけど二人っきりのときには軽いスキンシップくれーは許してほしい。

 キミがいるから夢に向かってがんばれる。

 今はまだキミのお願いに従ってる体でいさせてほしい。


 ──早く、欲しいモンぜんぶ手に入れよう。


 エディケープル家王都邸宅の図書館の二階に魔術紋をくぐり抜けて降り立ったオレは、階段を降りて長テーブルで待つ二人に手を振った。


「どうも、こんにちはー」

「ティアが今頃泣いているかもしれないのに、君はずいぶんと晴れやかだね」

「泣かないよシェレアティアさんは。プンプン怒って夏休みの予定を見直すだろ。あの子が来てくれたらうちの実家も心強いな」


 ここで出会った女の子に恋をした。

 キミはオレとの二度目の初対面のとき、どんなことを思ったのかな。

 人生なにがあるかわかんないね。


「クリスティアーナ様! ご心配おかけしました!」

「お元気になられましたね」

「はい! とっても!」


 昔話をしてくれたオレの元女神様。その高潔な慈悲の心から面倒を見てくれてたと思ったら、ホントは違ったんだって。先生に頼まれてたんだって!

 オレがちゃんとフルネーム覚えてた二人は一年生のとき連携してオレが学園を飛び出さないように助けてくれた。寮暮らしのオレには逃げ場が重要だってステフは不干渉を決め、立場上生徒指導がしやすいクリスティアーナ様が表立って導いてくれた。貴族苦手魔力嫌いでピリピリしてたクソガキを遠くから近くから二人が支えてくれた。

 爺さんになってテオ・ソトドラムの一生みてーな本を書く機会があったら、ぜってー恩人として名前を載せるんだ!

 でもコイツ、クードは恩人って呼ぶには利害関係が目立つし保護者面しやがるからな。

 だからやっぱみんな友達だ!


「てめぇコソコソいっつも裏で動き回りやがって。計画立てんのはオレじゃないと意味ないだろ?」

「企画を持ち込むのは私でもいいのだよ。シフィロソキア王国王太子だからこそ用意できるものがある。未来の第八代魔導士テオ・ソトドラムよ、我が国の発展に貢献してくれたまえ」


 おうよ!

 テオ・ソトドラム(大忙し純情野郎)は恋に友情に勉強に、楽しく青春謳歌してくぜ。

 んでもって、卒業してもよろしくな。


ご閲覧ありがとうございました

テオ・ソトドラムから見た話はこれにておしまいです

あと1話、ヒロイン・シェレアティア視点でエピローグが続きます

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