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宿命の恋の予兆



 考えて、考えて考えて考えまくった。

 テオ・ソトドラムって案外、考え事するの得意かもってのは発見だった。

 今日なんのためにここに来たのか、理由はたくさんあるけど究極的には一つでしかない。


「妹君がお生まれになったこの良き日を、私テオ・ソトドラムは心よりお祝い申し上げます。ご家族の皆様の祝賀の席に参加できますことも恐悦至極に存じます」

「ありがとうございます。我が妹シェレアティアのために足をお運びくださり厚く御礼申し上げますわ」

「合ってました……?」

「ええ」


 難しいことぜんぶ抜きにしてさ、あの子が喜んでくれたらいいな──って思うの、惚れた弱みだぜ!

 兄貴に張り合ったのか家紋を堂々主張する馬車でお迎えに上がってくれちゃったシェレアティア殿下の考えなんてちーっともわからねーけど、大切な子の大切な日に家族以外で呼んでもらえたってのは嬉しいことなんだよな。

 お屋敷に辿り着いたらキビキビしたひげの男性に案内されて大広間へ。

 入室するとすぐにクリスティアーナ様が近寄ってきてくれたの、すんげえ命拾い。


「緊張なさっていますか?」

「かなり……。クードは……?」

「今は席を外しております。ティアとティアの家族ものちほど来ますわ」


 立食形式のカジュアルな会だ、招待状に来賓として国王陛下ご夫妻の記載がなかったことから相当こじんまりとした会だと寮生は『緊張無用』と口をそろえたが、人数まぁまぁいるし、皆様そろいもそろってロイヤル・オブ・ロイヤルなんだよなぁ……。


「今日は楽しめそうですか?」

「あぁ……まあ。なんていうか、確認したいことがいっぱいあるのでそれを聞きに来たっていうのはありますよ。でも一番はシェレアティアさんのお祝いです」

「ティアは、お優しい方と巡り逢えましたね」

「優しいかなあ……どうなんでしょう」


 思春期の混沌落雷事件で羞恥心大爆発を起こしたオレと、突っつき回して火種を撒いてしまったメルク以外の六年寮生は、新監督生から再び説教されて反省文を書かされた。

 まぁ、みんなさ、あの夜はテンションおかしかったんだと振り返る。

 トモルゥの恋人さんからのお手紙があって、メルクの婚約は危険信号で、そこにきてオレからの報告とプチ修羅場と祝勝会でぶち上がってさ。

 浮かれて浮かれて、オレに必要な知識つけてやらねーと、恋叶えるにはうんたらかんたらで責任感に悪ノリの相乗効果で──時間を空けるとただのバカ騒ぎだよなあ。

 でもオレはあのあとから一生懸命に拍車がかかった。

 シェレアティアさんを泣かせた馬の骨としてめいっぱい腹減りなんて思いつかないまでに考え込んだよ。

 けどさあ、複雑に悩んだってさあ、彼女はオレに来てほしがっててオレはそれに応えたいっつーシンプルな心のやり取りだけ明確になるわけで。

 なら来るさ。貯金使って超特急で服も新しく仕立てたんだぞ!


「やあテオ、よく来てくれた」

「ああ、招待ありがとう」


 クリスティアーナ様と談笑していると、今日は男前に髪を上げてるクードが颯爽と現れる。

 ありゃ、でも微妙にお疲れ顔だな。

 自然と握手を交わして、あれでもコイツホスト側じゃねーやと微妙な失敗に悩む。『我がロッテンヤン家の名誉にかけて』ってすんげえビシビシ指導してくれたのに、先生ー、すでに間違えました。

 いいのか? いいか、お兄様だし。


「いかがでした?」

「難しいかもしれないね」

「なにか、トラブルですか……?」


 小声で尋ねられてるクードはあきれ気味。

 平等を心がけるクリスティアーナ様が三人でいるときこんな感じで話すのは緊急事態だって六年間の付き合いで知ってるんだ。

 パーティーまえに主役や主催の不在。

 どっかから嫌な予感をかき集めようとしちまうオレに、クードは給仕から飲みものを受け取る。


「ティアと、クリスティナのお祖父様がパーティーへの出席を拒否されているのだ。よそ者が来てしまったからね。かわいい孫娘についてしまった虫を見たくないそうだよ」

「殿下! どうしてあなたはそうやっていつもテオさんを困らせるのです!」

「このくらい乗り越えてくれなければ我が妹には不適格だろう?」

「テオさん、殿下の意地悪に耳を傾けないでください」

「意地悪ではない。愛の試練と言うべきものだな」


 俺を挟んで喧嘩しないでほしいなー。

 つか、まぁ、うん──、覚悟はしとけって言われてたし、あんなかわいい女の子だぜ、お祖父さん、面白くねえよな。

 ペンダントに触れて平常心。

 シェレアティアさんのお祖父さんには会ってみたかったけど無理なのかー……彼女の髪は外国から婿入りしたお祖父さん譲りだって聞いてたからどういう人か興味あったんだけどさ。

 今日のためにオレはイチから王国史を学び直してきた。王家のロゼフディロールより準王族のルーゼンヴェルキスナールルのほうが家族名が長い意味もきちんと改めて学んできた。国外の王家から伴侶を迎えるときだけ例外的に、敬意を表して下に置かない配慮をして特別枠の分家にすんだとか。貴族の感覚わかんねーってなりながら、知識は叩き込んできたんだ。

 一方的に知ってて、お国柄デカくてゴツい人って聞いててお勝手親近感あったからショックだな……。


「気にされないでくださいね。この御方は昔から本当に性格がひねくれておりますのよ。わたくしも何度泣かされてきたことか」

「その話は──」


 ──は?


「クード、どういうことだ? クリスティアーナ様いじめてたのか? あァ? いくらおまえでも許さねえぞ」

「テオ、祝いの席で喧嘩はご法度だ」


 王太子をガン睨みしたオレは、遠くのほうから向けられてる視線に勘づいて踏み込んだ右足を元に戻した。

 顔は友達の方向にしつつ魔術で周囲の状況を偵察──うおお、国王陛下っぽい人がこっち見てるし、給仕係の一部がおっかない顔してるう!!

 掴みかからなくてよかったねオレ……。


「今は、泣かせたりしてねーよな?」

「この国一番の仲睦まじい婚約者同士だよ。ね、クリスティナ」

「クオジドォール様がそう仰るなら、そうなのでしょうね」


 ひゅう! ヒュゥ〰〰!!

 いやあー、お手々取ってチュッとかすんのマジ似合うね王子様。

 てめぇ好きな子触りたい族か。気持ちはわかる、うん、見せつけないでほしいけどな! でもクリスティアーナ様が幸せならオレも嬉しい!!

 そっから始まる、殿下による殿下のための婚約者様大好き宣言を聞いてたら、もう一人この場に殿下が増えてオレビックリ。


「クーが子どもらしい顔をしている。珍しいね」

「叔父上」

「彼を紹介してくれないかい?」


 叔父貴様だ……例の、勝手に怪しいおまじないかける犯人にでっち上げられてたクードの叔父貴様、もとい、第七代魔導士様!!

 金の長髪に片眼鏡の、年齢より若く見える魔導士閣下は最近オレの中でとくに熱い有名人。


「テオ、この御方は私の父上の弟君であられる、フィキディテート・ロゼフディロール・カノープス様だ」

「お初にお目にかかります、王弟殿下。テオ・ソトドラムです」

「私の次代の魔導士くんだね。初めまして」

「初めまして……っ、光栄です、閣下!」


 握手、しちゃった、わー!!

 オレこの人が書いた論文何本も読んでさあ! 王家の秘密そこまで出しちゃっていいのっつー情報に驚愕しながらわくわくしたもんよ。人はなぜ言葉を扱うのかっつーのを学園時代から追求してて、古語研究と古代魔術の復元にかける情熱がすんごい人なんだ。

 オレ、この人が提唱する複式展開型全自動学習(バカの勉強法)にマジ感謝してる。魔力消費えげつないけど時間がねえときに超便利。

 クードを『クー』ってべらぼうにガキンチョ扱いする魔導士閣下も加わって昔話を聞かせてもらってると、入り口とは違ういかにも“ご入場用”ってとこから壮年の男性が入ってきた。


「ティアのお父様です」


 一気に緊張してまいりました──!

 やべえよ、クオジドォールくん四歳の成長聞いてほのぼのしてたのがすっ飛んでいきやがった。

 あんま似てねえっぽいけど、穏やかそうないい人って感じする。

 拡声魔術がかかってる百合の花で飾られたスタンドの前に立つと、シェレアティアさんお父様さん、不意にグッと顔を顰めた。


「皆様大変お待たせいたしました。本日は我が娘シェレアティアの誕生祝いの会にご出席をたまわり誠にありがとうございます。ティアが本日一五歳を迎えられましたことは、ひとえに、皆様の温かいお力添えがあればこそと厚く御礼申し上げます」


 泣きそうだ、パパさん。

 それに、横にいるお兄さんお姉さんに親戚の小父さんも。

 やっぱり──、オレは、今日ここに呼ばれた意味に力んでしまう。


「ルーゼンヴェルキスナールル当主ユーフィリナと、次期当主にして我が愛しい娘シェレアティアが入場いたします。温かい拍手でお迎えください」


 友達から聞いてたお誕生日会とは進行も雰囲気も重みも違う。オレは目を凝らして扉のほうを注視する。


「テオ、拍手だよ」


 手を握りこんでいたオレは魔力が荒れ狂わないように平常心だと心がけた。

 なのに──、オレの初恋の女の子がお母さんにエスコートされて入場した姿に撃ち抜かれてしまった。


 ──オレの! 妖精さん!!


「おぐっ……おおう……うげっ……!」

「テオっ」

「テオさん!」

「国王陛下の御前だ、止まってもらうよ」


 おうおうおう……っ、これ、キッツ!!

 雷ドピシャンさせたオレが悪いよ! 悪いけど!!

 緊急停止剤仕込んでる手袋嵌めた手に魔力核ブン掴まれる感覚にやべえ跪きかけた。

 シェレアティアさんに無様なとこ見せられないから耐えたけど! なにそれぇ! その魔術具オレ対策ですかそうですかあ!!

 やーべ、やーべ、シェレアティアさん口覆って泣きそうじゃん!! 本日の主役を悲しませてる!!

 違うんだよ、違うんですよ、キミがあんまりにも眩しかっただけなんですっ!!


「テオ、いけるね?」


 おー……平気だぜぇ、虫は虫けららしく虫の息でなんとかできらあ!

 この胸のカサブランカに誓って逃げたりなんかするもんか。

 クードが不信感天井超えのルーゼンヴェルキスナールルさん家のご両親に合図を送り、顔面蒼白の女の子に微笑みかける。


「ティア。お誕生日おめでとう。また一段とすてきなレディーになったね」

「ありがとう、ございます……」

「テオ・ソトドラムは君の姿が衝撃的で思わず雷が出てしまったようだ。彼は動揺すると落雷させてしまう体質だから。なあテオ?」


『あなたは無事なの? お体は無事なのですか?』と涙で潤んでいる瞳に、大丈夫だよって、ここでスマートに言わなきゃ男が廃る。

 あぁっ、でもでもでもよォ──美人すぎるう~!!


「あ……あまりにも、き、綺麗で……ビックリした」


 白いドレスのお姫様。

 えぇー……なんでこの子こんな美人なの、まえまであんなにかわいかったじゃん!

 かわいいけど! すんげえとってもかわいいけど! 今日はすごく綺麗だ……雷落ちるほど綺麗だ。

 言えよ、さらに褒めろやゴラ、お兄様もお父様お母様も納得の賛辞を並べろや、いけっ!


「は、初めて会ったとき、妖精さんみたいだって、思ったけど──今日……女神みたいですね」

「ありがとうございます……」


 あんま嬉しそうじゃない、って、あっ、やっちまった、二番煎じぃ~?!

 そうだよオレいつも女神はクリスティアーナ様だって!

 なんて言えばよかった?! 女王陛下!? すぐ近くに国王陛下がいるっていうのに!!


「おめでとう……ございます」


 頭下げてすごすご持ち場に引き返す。

 違うよキミが一番綺麗でかわいくってさあ! 失敗……大失敗……!

 おかしくなりかけた会場の空気を凛とした挨拶で変えたシェレアティアさんお母様さんの話を遠くに聞いて、まずは国王陛下方からご挨拶していく様子を眺めてる。

 心の中じゃベソベソ泣いてやがるぜ、うわぁ……!


「失敗ではないよ、テオ。いいインパクトになったじゃないか」

「そうですわテオさん、そんなお顔なさらないで」


 励ましが、辛い……っ!!

 あぁ、もう、さっきの感覚忘れないように魔力核で遊んどこう…………。


「おやおや」

「おきゅっ!?」


 自分でてめぇの臓器直に触んのはこういう感触~ってイメージ図素手の実際グローブつきで触診ごっこしてたらいきなり緊急停止剤食らわせられる。

 締められた鳥みてぇな声を出したオレに、犯人の魔導士閣下はじつに楽しそうだぜ。


「この感覚をよく覚えておくといい。我が国でこの手袋を扱えるのはごく限られた者だけだよ」

「閣下、先ほどからなにをなさっていますの──?」

「魔力核への直接的な干渉だ。このモノクルで一時的にソトドラムくんの魔力核を見られるようにしている」

「そのような危ないこと……!!」

「彼は感覚派のようだし体験してもらうのが一番いい」


 魔力核に直接触れるのは禁忌。

 魔力を保有してる人全員持ってる胃とか心臓とかと同じ臓器は、壊れたら体内の魔力が制御できなくなってしまう重要なパーツでそんな簡単に触っちゃダメなヤツ。

 わざわざ魔導士閣下が制御役を買って出てるところにも、この会の本気が伺える。


「閣下、やり返していいですか」

「構わないよ」


 甥だからクードが叔父貴さんに似てるんだよな。

 なんの変哲もねえけどサイズはピッタリのホワイトグローブ装着のまま、お目当ての臓器、魔力核に集中する。不思議なもんでさ、コイツってね、人によってついてる位置が違うんだよね。


「へぇえー、閣下も昔魔力消耗症だったんですか、五二日間」

「あぁ……よく知ってるね……?」


 なんか、ベラベラ教えてくれるんす。

『どうもこんにちは!』って挨拶したらさ、フィキディテート閣下が大好きな魔力の総本山がうちの子すごいんだぜ語りを始めて止まらねーの。

 へえ~、ほーん、うんうん、お兄さんに敵わなくって……うん、うん──ほほっ!


「閣下、最近飲んでる滋養の酒、成分が体に合ってないそうです。あと、そろそろ魔力回復が追いつかないので全自動学習法やめてくださいって言ってます」

「クー! 彼という才能をなぜ私に教えなかった! テオ・ソトドラムは他者の魔力と会話ができるのかい!? 声が聞こえる? それとも文字で認識してるのかい?!」

「私も初めて知りました……。テオ、君の成長はめざましく、恐ろしくなってきているよ──」


 初めて見るや、クードのドン引き。

 大歓喜直後に今すぐ測定装置にかけられないことにショックを受ける閣下に、オレもなんて言ったらいいか……。

 制御具はこれまでどおり三つつけてるし、白い石の転送機能は停止してるけど赤い石でデータ収集はしてるからそれでいいんかなぁ。

 いつもは傍若無人で悠長な王太子殿下が叔父貴さんに焦りながらどうどうしてて笑えてると、クリスティアーナ様に、あ、お久しぶりですなフルゥさんが声かけてる。


「テオさん、お祖母様がお呼びです」


 内容はまったくの予想外。

 ぴしゃんって鳴りそうだったから魔力核ふんじばっておく。

 お祖母様って──お祖母様って、ついに……!


「わたくしの母の実母であり、シェレアティアのお母様のお母様、初代ルーゼンヴェルキスナールル家当主のフェリチェスカ・ルーゼンヴェルキスナールル・ファレノプシス様です」


 存じておりますともお!

 先導されて向かうオレ、今の気分は処刑前の罪人に近いや。

 もちっとなー、パーティー気軽に楽しめると思ったんだけどよぉ……へっ、無理だったぜ。

 会場の端のほう、テーブルなども置かれていないスペースに車椅子。白髪になってる髪をまとめてる、目つきの鋭い老婦人が真正面から品定めしてくる。

 えっと、えっと、頭下げる? 立ち止まる? 名乗るのは許可が出てからだっけ!?


「テオ・ソトドラムさんをお連れしました」

「ありがとう。下がってちょうだい」


 行かないでクリスティアーナ様ぁ……!!

 心はもう泣きべそったれで立礼しているが、いつまで経っても声がかからねえ!!

 なに、間違えた? 目まで閉じないんだっけ、離れすぎてる?!


「顔を上げて。その儀礼は王族と準王族の未婚女性へと向けるものですよ」

「あっ……すみません……」

「落ち着きなさいな。名前を教えてちょうだい」

「テオ・ソトドラムです……」

「テオさん。フェリチェスカよ。お会いできて嬉しいわ」


 思ってたより気さくな人だな。

 そう、笑った顔は優しい感じ。

 シェレアティアさんもさー、素のお顔は整いすぎてるせいか冷ややかな印象もあるし、怒ってるときは眦吊り上がるんだよな。

 似てる、お祖母さんと孫娘だから似てるのは当たりまえ、だけど知ってるやこの人。

 懐かしい──、たぶんどっかで覚えてる。


「今まで、会ったことありますか?」

「思い出したの……?」

「記憶の蓋が開くって、こういう……? オレに名前をくれたの、あなたですよね?」


『あなたはテオ・ソトドラムよ』と言った人。

 魔力暴走によって保持できない記憶は、でも、内側から完全になくなるわけじゃない。

 あ、でもこれ、鍵かけられてやがるな。緩んだからハッキリわかるや。

 オレの記憶がないの、人為的だ。

 最終関門お祖母様の前に運ばれてきた椅子に腰掛け、緑色の強い光にひるまずに、かすかに音が漏れる程度の消音魔術を展開させる。

 和やかなパーティーに物騒なノイズはいらないだろう。


「本日のご招待を受けてから、シェレアティア準王女殿下のご家族の皆様が集まる日に呼ばれた意味を考えていました。あなたが、ここまで来る道を整えたんですね」

「えぇ、そうですよ。テオさんはあらゆる計画をクオジドォールが立てていたと思っていたようですが、あの子はあなたと同い年、子どもです。わたくしが主導しました。あの子はよく働く兵隊さんよ」

「なぜ平民の私に初代魔導士の家族名(ソトドラム)なんて」

「あなたが我が国にとって非常に有用な存在であるからです。貴重な天然資源と言ったところかしら。しかしわたくしの夫と娘婿は、あなたという突出した才能を無駄に枯渇させようとしましたの。ですからわたくしが名をつけて保護しました」


 ほーん、ほーん、ほーん!

 このお祖母ちゃん、きっとじつのお祖母ちゃんよりクードに似てるぜ?

 もうな、人を人と見てねえときの口調がまんまだもん!

 でも、そういう人に限って頭ン中は慈しみに溢れてたりするわけでさ。

 謝られたくないからさっさと話進めよっと。


「傷ついたりしないので真実が知りたいです。元の自分には興味がありませんし、オレをうまく使ってくれるあなたに子細をご説明いただきたいです」

「詳しく話して記憶が戻られては困ります」

「私は、親に捨てられたのですか? 捨てさせたのですか? それだけはお答え願いたい」

「引き離されたのです。……あなたのご両親は小さな農村のご出身で、自分の名を書くことはできても法律用語で書かれた契約書を読むことはできなかったでしょう。貴族が連れてきた役人が口述した内容が書面と異なっていても『御子息は安全に暮らせる』という言葉を信じ、国に預けました」


 はぁーん、詐欺か、誘拐だ。

 オレもバカ中のバカじゃねーんで天候操作魔術の学術書と王国史を同時に文字として脳に直接ぶち込みながら、ユミチカの家の院長先生が毎年国に上げてる報告書や魔力暴走によって引き起こる問題についてのレポートを読み漁っていた。自分のことがどっかに書いてないかなって、じつは本当は、オレっていい身分の生まれなんじゃないかなとか思いながら。

 準王族主導の犯罪なら、証拠なんて残ってねーんだろうな。


「人の親でありながら身内かわいさにまだ八歳の子どもの未来を歪めた。わたくしはあなたにタナ・ソトドラムの加護があることを願って新たな名を授けました。けれどこれもただの建前よ。わたくしも孫娘がかわいかっただけでした」


 うーん、やっぱまどろこっしいよな貴族の話し方。

 魔力消耗症自体はまあよくあることなんだ。けど、コイツがまあ一年半ドッタンバッタン大騒ぎして魔力核を損傷させてしまうのが大問題。

 体内を血液や酸素と同じように巡る魔力とはべつに、魔力核内の空洞にも魔力ってのは一定数溜め込んどかねえとならねえ。本来しとしとに潤ってないといけない部分なんだが、穴が空くと枯れ始めちゃって魔力制御ができなくなる。内部崩壊の始まりだな。

 オレ、花瓶に注がれるお水の代わりとして捕獲されたってこった。シェレアティアさんの魔力消耗症が自然治癒したら万事解決、されなかったら代わりに底が突くまで井戸になれっつー、搾取される可哀想な子ども。

 顔も覚えてねえ肉親に、情なんてのはもうねーよ。

 魔力核が再生したときにオレはシェレアティア・ルル・カサブランカさんのものになりたいと望んだ。今はちゃんとぜんぶ、キミのお名前呼べるんだ。


「こんな者達と縁戚になるのは嫌ね」

「感謝してますよ──オレに、好きな子の役に立たせてくれます。本当に聞きたいこといっぱいあるんですけど、これ、このペンダント、昔から用意されてたんだとしたら──どっからが仕込みですか?」


 オレを魔力タンクとして扱うだけなら学園に入れて目立たせるなんてしないほうがよかったし、王太子殿下や未来のお后様の手厚いサポートもいらなかっただろう。

“魔力がたんまりあるだけ”って認識はオレの自己防衛本能か? さっき、クード、ビビってたし。

 なぜオレの周りにはあんなに親切な二人がいたのか──考えれば今までの“常識”が覆る。


「あなたの利用価値は無限の広がりです。自分の意思で定住する居場所を決められる年齢になっても我が国に留まっていただきたかったの」

「クオジドォール王太子殿下もクリスティアーナ様も、シェレアティアさんも、みんな……あなたの思うままに動いてたんですね。オレのご機嫌取るために」

「クオジドォールは入学前に伝えましたが、クリスティナにはしばらく経ってからよ。あなたとて駒にすぎませんが最低限の人間の尊厳は守らせていただきました。なにかご不満があって?」


 ふへっ、こりゃー兵器発言まで知られてんぞ。若気の至りってヤツだったんです。

 他国に渡すのが惜しい“資源”ですかー、あー怖い怖い。

 オレのために準備された友達。

 実験のために八年前から食事方針を変えた学園寮。

 お国のために庶民に差し出される貴族の家の女の子。


「立場のある人って、大変なんですね」


 自分の中の感情と、口に出す言葉と、やるべき行動がぜんぶバラバラでも役割や義務を果たさなくちゃいけない。

 シェレアティアさん、いつから知ってました? 憐れんでたガキと結婚させられるかもしれないって知ったから、キミ、自分に価値を認められなくなっちゃったのかな。

 お祖母さんの顔見りゃオレはちゃんとわかるよ、この人がなにを一番大事にしてるか。

 王家の人だってさー、人間だ。


 ──手袋の中に海を広げて、ひっくり返して、ちゃぽん!!


 国家転覆、狙ってやるぜ。

 ルーゼンヴェルキスナールル前ご当主様誘拐犯は、失恋を知った空間に足をつけていた。

 人を招待したのは初めてだ。空と魔力と恋心しかない場所だから密談には打ってつけ。

 こっからはもっともっと、聞かれちゃいけない話をしよう。


「ここはオレの魔力核の中だと思ってください。たぶん、足動きます。御手をどうぞ」

「ティアに、怒られてしまうわね」


 手を差し出すとフェリチェスカ様は戸惑いを顔に出さずにゆっくりと立ち上がり、自分の力で地を踏みしめてることに息を呑んでいた。


「オレの魔力核穿孔を塞いだ白百合、見てくれませんか?」

「えぇ……案内してちょうだい」


 取り急ぎ習った女性のエスコート方を実践しながら、前と背丈は同じだが上向きに花開いてる白銀のカサブランカを見てもらう。

 この人、俺の名づけ親なんだし──、あぁ、喜んでくれた。


「美しいわ。テオさんにはわたくしの孫娘がこんなにも生き生きと見えているのね」


 泣きそうでもあった。

 シェレアティアさんのお父さんがしてた顔もこんなだった。


「フェリチェスカ様。オレに対する一番の望みはなんですか? シェレアティアさんと結婚させて資源を確保することでも魔力暴走治療に貢献することでもないですよね。なんで、大事な孫娘危険に晒してまでオレに接触させたんですか? それが一番不可解で納得がいきません」

「おわかりでしょう? もう時間がないのよ」


 魔力核に穴が空いても修復なんてされない。

 魔力核は臓器の一つで、魔力暴走児のそれは未熟なことがほとんどだ。それがぐらつかねえように回らねえように揺れねえようにガッチガチに固めたら、動いてるのが自然なモンの持ち主に反動が出る。

 要するにだ、シェレアティアさんは長くない。

 難治性魔力欠乏症で最も長く生きられた子どもは一七歳一〇ヶ月のテオ・ソトドラム(無尽蔵魔力の例外)で──平均は一二歳六ヶ月だった。

 ドーピングにドーピングを重ねて、薬を使って動きそのものを止めることで魔力流出は防げるけど、強い薬を使い続けてたら今度は肉体が耐えきれなくなっている。

 あの砂粒みたいに散ってたのは、魔力核の周りにへばりついていた盾のカス。


「このお誕生日会……仰々しいと思われたでしょう? わたくし達家族は毎年この日を恐れてしまうわ。あと何回、ティアの笑顔を見られるのかしらと。わたくしはクオジドォールと、あなたを観測している研究所の人間と連携しながら、つねに迷っていました。……そうしている間にも時は残酷に過ぎてゆき、とうとうシェレアティアが学園に入りたいと訴えるようになると──テオ・ソトドラムという青年に賭けるべきだとクオジドォールとクリスティナが言ったのです」

「それだけじゃないはずだ」

「最期に神様(恩人)に会いたいと孫娘に言われた気持ちがあなたにわかって?」


 運命の恋より過激で深刻じゃねえかよバカ野郎。

 妹さんの命預ける気になれるほどオレを信じてくれんのはありがてーけどさ、気に食わねーよ、オレはただの人間だ!!


 ──あの子が好きなだけだ。


 助けたいのも、あの子に笑っててほしいのも、単に好きだからだよ惚れたからだよ。

 どこに滅私奉公の塊みてえな海男がいるってんだ!

 オレは! ただ! 恋してるだけ!!


「我が孫娘シェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカを救ってください、第八代魔導士様」

「まだ魔術師です──手荒なやり方になるかもしれませんけど、お任せください」

「全責任はわたくしが負いますから、あなたは全力を尽くしなさい」


 すでに契約書も用意してると微笑まれる元王女様。あぁそうっすか準備がよろしいこってなあ!

 足を振り上げて踵で水を切ると、空間はまた、豪勢なお屋敷の広間に戻ってる。

 不自然に停滞しなかったから周囲にもバレてない。

 だがフェリチェスカ様ご所望の品、オレにシェレアティアさんの治療を命じる指示書が運ばれてくりゃあ異様な雰囲気は優雅に談笑していたあの子の元にも届いてしまう。


「お祖母様──? なにをなさっていますの? テオさんになにを読ませているんですか?」


 物々しいけど内容はシンプルだよ。

 必ず救え、失敗しても糾弾しない──以上。

 オレ……わりと緊張しいなんだけど、ンなこと言ってらんねーな。


「シェレアティア準王女殿下、ここにお座りください」

「テオさんっ!」

「こちらに」


 バックンバックンしちゃってるう! 口から心臓飛び出そうぅ……!

 でもよお、オレがバタバタしてたらこの子が不安になっちまう。

 冷静に、静かになれ。波一つ立たない湖のように静かであれ。

 海はやだ、海にはなれない、心広くねーもん、余裕なんかねえ。

 お祖母様の有無を言わさぬ視線で椅子に座っちゃくれたが、この子はじゃじゃ馬プリンセス。


「いやよ……テオさん……。テオ・ソトドラム! わたくしを見て!」

「おいっ……! 引っ張らないで──、危ないよ?」

「危なくはないわ! テオさんだもの!!」


 ハァー! キミ、ちょっとお口閉じててほしいんだけど~?!

 ペンダントぐいぐいしないんだよ、オレ犬じゃねえっての、キミの忠犬にはなれそうにねーんだわ。

 なりたいのは、今は──お医者さんかな。


「キミ、長生きしたいよね? 魔力核再生しよう。オレからの誕生日プレゼントだ」


 ちょっくら治してやっからよ、惚れてくれると嬉しいです。

 オレね、どーしてもね、キミに好きになってほしいんだ。


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