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雷と白百合の思春期のすれ違い



 朝起きてからろくに言葉を発せない。

 頭ン中がぐちゃぐちゃだ。

 週末のたった二日間だって、お呼ばれパーティーのために準備してた。

 冷静になれる時間がどこにあった?

 今もグワッときそうな熱を抑えるのに必死なんだ。


「冷却魔術かけてやろうか?」

「平気……」


 さんざんからかいやがったトモルゥが、最早茹でトマト男になってるテオ・ソトドラム(思春期ムッツリ野郎)に気を遣う。

 もう遅いんだよ、遅すぎるんだよ、オレの脳は今何色だ。

 二時間目からの登校で、できればあの子に会いたくないような、やっぱり会いたいような、悶々だ、悶々しながら歩いていたら視界に飛び込む綺麗な銀色。


「テオさん、おはようございます」


 ──なあ、なんでキミ、誕生日会にオレなんかを呼ぶんだよ!


 一足飛びにオトコノコになっちまって、シェレアティアさんの周りに白い百合が咲いてる幻を見ちまって、辛抱たまらず体内で魔力が循環した。


 ──オレは、この子が好きだ!!


「雷鳴、明白、拍動を抑えて沈黙せよ」


 ──好きで好きで好きでさあ!! なんでキミはそんなっ……そんな普通の顔ができるんだ!!


「抱けよ極寒、砕かれたまえ漂石、雲を割いた天に罰されよ」


 こんなのダメだってわかってる!! 雷に殺されないと気が済まない!!

 オレはオレはオレは……この子のお兄様の友達で……!

 落ちてこいよ稲妻ども。シェレアティアさん傷つけたらぶっ殺すぞ。

 痛みも絶望も全部てめぇに向けとけ、かかってこいや、シェレアティアさんはなんも悪くない、悪くない、なんも知らないほうがぜったいにいい。


「テオさん!? テオさんっ──テオさん!!!」

「下がってください……! ソトドラム! 落ち着け!!」


 大丈夫大丈夫、今感電して反省中。

 ぜんぜん平気、ちょおっとビリビリッとしてるだけで、オレの魔力優秀だから命の危険とかないんだよ。

 あ、泣かせちゃった……シェレアティアさん泣いてるじゃん。


 ──泣いてるキミも好きでさぁ! こういうのよくないと思うんだよね!!


 便利だよなオレの魔術、こうしろって思ったら全自動的に展開してくれんの。周囲にも地面にも損害与えないでオレの自制心を引きずり出してくれる。

 ようやく落ち着いてきたな──まだダメかもシェレアティアさんの顔見てるとダメかも──オラァ! もっと落ちてこい雷ぃ!!


 快晴の空に何度も稲光が走り、轟音が耳をつんざいた。

 オレの魔力は水に似ている、今のオレの体は熱を持つ。いっそ爆発しちゃったほうがいいんじゃないかと思うと雷がゴロピシャこっちに任せろって張りきるや。


「なにが起こってますの……テオさん! テオ・ソトドラム!! わたくしの声が聞こえていますか?!」


 トモルゥの制止を振りきってシェレアティアさんが飛び込んできた。

 小さい、細い体。

 ぽろっぽろこぼれてる涙と果物みてえな唇。


 ──なあオレ悪くない!


「迂闊に近づくなっ……!!」

「テオさん──?」

「キミはオレより弱くてちっちゃいんだから……! なにされるかわかんねーぞ!?」


 肩を掴んで引き剥がすと、真ん丸な目が落ちそうになってる。

 キミさぁマジさぁオレを安全な男だと思ってるだろ。大好きなお兄様とお姉様のご学友だもんな、同じ魔力暴走持ちっつー仲間意識もあるんだろうぜ。

 ふざけんなよオレはただの庶民だ。

 軽く押すだけで足元がふらついて、簡単に近づいたキミが悪い。

 お友達さんに支えられた彼女は信じられないものを見るように呆然としている。


「ティア様! しっかりなさって!」

「准王女殿下、今はお立ち去りください。君、連れていってあげてくれ」

「わかりました……!」


 なんでそんな真っ赤になって小刻みに震えてんだよ。眺めてっとグツグツしそうで顔を背けた。銀色の魔力の砂粒が視界を過ってような気がして、瞼を閉じる。


「ティア様、参りましょう」

「先輩方──、ごきげんよう」


 お姫様を守るように寄り添う女の子、近現代王国史で待ってた子だ。

 もうちゃんとお友達できてすごいよキミ。

 うん、キミに近づくべきはいいとこのお嬢様であるべきでさ。お友達ってのは同性の、自分と近い身分のヤツが普通だって男子寮のヤツら言ってたし。


「おおぅっ……!?」

「うぇ──っ」


 キミの傍にいていい男は王子様だけ、って切なくなってたらその王子様がご登場とともにオレとトモルゥを地に伏せさせる。

 モロ足払いされたがふわりと魔力で落下防止したオレとは違い、トモルゥはどべしゃってずっこけさせられた。

 怒れる王太子殿下に、オレは言い訳せずに向き合った。


「テオ、我が妹に恥をかかせないでほしいな。ニコラも、君がいてこの不始末、許されることではないよ」


 オレが咄嗟に口にしてしまった発言の意図を、多くの人間は理解してるだろう。

 そして庶民から準王女殿下への不敬でよこしまな下心が、彼女の立場を危うくさせてしまうかもしれない。

 わかってる、オレはあの子に相応しくない。

 だけどどうしておまえはオレ達を引き合わせたんだ。国王陛下もおまえの妹さんとこの家も、なに考えてるのかわかりたくねーよ。

 ホントは知りたい、知りたい知りたい知りたい!

 けどそれ以上に怖いんだ。いつから、どこから、わからないことが多すぎた。知ってしまったことがありすぎた。


「殿下──、お顔が笑っておいでですわよ」

「こんなに楽しいイベントはそうないからね」


 クードの後ろから顔を覗かせたクリスティアーナ様は今日も優雅に微笑まれていて、さっきまで冷酷無残だった野郎はほくほく顔でオレに手を伸ばす。

 引っ張られて立ち上がり、続いてトモルゥも引き起こされる。ゴメン、おまえ完全にとばっちりだな……。


「テオ。面白いことがあったそうだね」

「──黙秘」


 情報の筒抜け具合に今さら驚いたりしねえ。

 代わる代わる教わった貴族の常識やら男の常識やらがポンポコ上がってきそうで魔術の水を浴びる。

 すみませんクリスティアーナ様、驚かせてしまいました。……オレは妹さんにとって危険人物です。

 遠巻きに囲んでるギャラリーなんてものともしない王子様はニヤニヤ不気味面。婚約者様が若干引いてるぞてめぇ。


「テオさんの様子がおかしいです。トモルゥさん、なにをなさったというのですか……?」

「純粋培養育ちに男のたしなみの伝授を少々……」


“たしなみ”の一単語に入る膨大な情報量に爆散したいオレは、授業に遅れないように無言で懐中時計を取り出す。ふよふよ浮かぶ鞄を引っ掴んだらダッシュしたいがそれはできない。

 オレだってなあ、プライドがある。

 恥ずかしいですぅここにいられませぇ~んって走って逃げたりしねーのよ。

 適度に高身長で婚約者様との身長バランスもいい、なんでも持ってる王子様が卑屈な庶民に許しを与える。


「テオ・ソトドラム。私の妹は君からの贈りものを非常に楽しみにしている」

「贈れない……渡せない!」

「渡すのだ。私が許可をしている。ティアの期待を裏切るつもりかい?」


 コイツが男から女の子にリボンを渡す意味を知らなかったはずがない。

 文具はいいモン使ってるし長い髪の女の子は髪飾りをたくさん持ってても困らないって言った。毎朝楽しくなるだろう、リボンはとくに自由度があっていいっつってたから間違いない。

 クオジドォール・ロゼフディロール・ポラリス、てめぇはなにを望んでやがる。


「テオ・ソトドラムさん!!」

「はいっ!」

「わたくしの声が聞こえておりますか? 講義以外での魔術展開は、なるべくしてはいけませんわよ」

「はい……」

「週末に多くのことがあったのですね。わたくしは殿方ではないので貴族男性のたしなみの本については伝聞でしか知りません。けれどあの本の一番の教えは数多の情報に惑わされるのではなく、目の前にいる女性本人を見つめて己の思考で考えるべきというものだそうです」


 オレの魔力暴走がどんだけ不良で危なっかしくても、クリスティアーナ様は真っ直ぐ目を合わせて笑いかけてくれた。

 落ち着いて、大丈夫です、そうやっていつもオレが困ってるときに助けてくれる。


「貴族の慣習や既存の常識に従うよりも己自身で選ぶことを学ぶためにあるのだとか。テオさん、プレゼントは真心です。あなたがティアに贈りものをしたいと思ってくださった、その気持ちが大切ですわ」

「なぜ教えてしまうのだ」

「面白がるのは悪趣味です」


 オレはまたまた元女神様現友達に手を差し伸べられ、ちょいと気まずくて情けない気持ちになりながらも薔薇の慈愛に救われる。

 あのままだったらオレ、この国で二番目に偉い男に魔術ぶちかましてたんだろうな。友達じゃいられなくなってた。バッサリ切って捨てられてる王太子、ざまぁみやがれ。


「殿下から用意された品を聞いております。恥じることも恐れることもありません」

「ありがとう、ございます」

「いいのですよ。テオさん、トモルゥさん、講義に遅れてしまいますから向かわれてくださいな。それに殿下も、お暇でないのでしょうからお急ぎくださいませ。それではわたくしはこれで、ごきげんよう」


 婚約者をついでにして、クリスティアーナ様は金色の髪を輝かせて立ち去っていく。

 後をノコノコついてく殿下は、へっ、無様!


「とりあえずおまえは医務室行っとけ」

「おう」


 いつもより距離を空けて、ビビリながらも心配してくれるトモルゥ、おめぇいいヤツだ。

 誰が純粋培養だよもっかい転んでもっかいステフに絞られとけ。


     §


 そんなわけで昼休み。

 オレは様子見ってことで緊急停止剤で三コマぶん丸々眠らされててお目覚めしたばっかだぜ。

 べつに、どこで会うとか約束してなくて、合わせる顔もなくて裏庭のガゼボ付近のベンチに向かっちまう。ここ、シェレアティアさんのお気に入りの場所だ。

 足音がしてハッと視線を向けると、見知った二人のおでましだった。


「やあ、ソトドラムくん」

「ヴィバーパス先輩……ミランド先輩も」


 先輩の声かけに即立ち上がると、厳しいけど優しい前寮監督生は眼鏡の奥の目を細めた。こういうのもちゃんと週末に徹底的に復習させられたんだわ。役に立ってるよ、癪だけどな。

 前任がいると後任がやりづらいと卒業前に寮を出たマルキュリウス・ミランド先輩と、多重魔術理論の授業で雷落としたときに知り合ったローウェルト・ヴィバーパス先輩から「座るといい」「無理をしないで」と着席を促される。

 いいのかな、じつはまだ魔力がやさぐれてて不安定なの、気づいてもらえたんだろうか。

 普通にちゃんと、質問される。


「今朝の雷は君が落としたものだったのかな?」


 どうにもヴィバーパス先輩はオレの落雷を縁起のいいモンだと思ってるようだ。

 そういうのじゃねえし、案じられるとお年頃野郎の暴走がぶり返しそうで羞恥心に目と鼻が刺激された。

 でも二人は年上だから、片方はオレよりでっけぇ人だから、素直に弱音を吐くことができた。


「オレ、シェレアティアさん──シェレアティア準王女殿下に編入祝いを用意してしまったんです。でもその品がかなり意味深だって寮で教わって……登校してきたとき彼女と鉢合わせしてパニックになって、雷落としました」

「六年生が羽目を外したか」

「毎年恒例行事のようだね。ソトドラムくん、学友をあまり責めてはいけないよ。彼らは君の味方になりたくて、一緒にふざけてみたかったんだろう」


 悪気はあっただろうけど敵意はなかったのは知ってるさ。

 ステフ(ガキの保護者)が退散して、男子寮らしい会話ってのがされただけだ。

 オレがそういうのまったく耐性がなかったから過剰反応してるのも頭では処理できてる。

 けどもう、みっともなくて彼女とどう会話したらいいのか──手遅れだろうか。


「準王女殿下は贈りもののことはご存知なのか?」

「はい……王太子殿下が話してます」

「楽しみにされているだろうね。渡したいと思えなくなってしまったかい?」

「……意味まんまに取られるのか、取られないのか、単純にお祝いってだけに思われるのか……考えれば考えるほど複雑です。オレはあの子のこと、あの子とおんなじようには見てないんで」


 軽々しく上目遣いするし適切な距離を踏み越えてくるし、テオさんテオさんってピーチクパーチク、あの子、自分のおかわいい面の威力マジでわかってない。

 こうやって改めて彼女を女の子じゃなくて女性だと意識してる自分がマジきめぇ。

 シェレアティアさん一四歳だぞ、来週でも一五歳だぞ、あんなに──。


「ソトドラムの胸に咲く白百合は、高潔でありながら無邪気に奔放に君を惑わすのだな」


 ミランド先輩の言葉に同意できずにペンダントを握りしめる。

 固く目をつむった奥で青白い魔力が凪いでくれるのを待ってから息を短く吐いた。


「オレのことよりも、ヴィバーパス先輩の末の弟さんは?」

「今週の半分をユミチカの家で過ごしているよ。以前君と話したあと院長先生と面会をしてね、母を脅してしまったが──治療を受けられるようになったんだ。ありがとう、本当に感謝しているよ」

「いえ。よかったです。あ……でも、脅すって?」

「少し、就職先を変えると言っただけだよ。気にしないで」


 兄貴格好いいな。先輩長男なんだっけ、家継がないでやる仕事ってでかいんだろうな。

 家族名からもわかるとおりすんげえいいとこの坊ちゃんの覚悟で救われた弟さんがいるんだ。よかったなって胸を撫で下ろす。

 いろいろ立て込んでてしばらく魔力暴走児養護院(実家)に帰ってないけど、挨拶くらい行ってくるかなあ。さっきの雷オレが発生元かもって不安だろうし。


「ソトドラム、今時間はあるか?」

「はい、いいですよ」

「君は卒業研究は進学研究と兼ねて天候操作魔術の論文を書くそうだが、私が聞いた話と事実は同じだろうか?」

「そうですけど──」

「君の話と齟齬があるな、ローウェルト」


 整った面を険しくするミランド先輩に、ヴィバーパス先輩は思案して、人好きのする笑みを浮かべた。若干困惑隠せてないけど。


「先日クオジドォール王太子殿下にお声をかけていただいたんだ。君が始める研究プロジェクトに私の弟も参加してほしいと。詳細を聞きたかったが、君は聞かされていないのだね」


 またかよ、まただよアイツの先回り。

 信頼されてない、バカにされてる、いつまで経ってもガキ扱い!!


「殿下はずいぶんと誤った教育をしているようだな」

「笑い事ではないよマルキュリウス。私は殿下の気持ちが痛いほどよくわかる」

「オレはっ──同い年です!」

「ソトドラム、すまなかった、発言を訂正する。王太子殿下は友人思いなだけだ」


 自分の体の年齢と、本来あるべき心情と、オレがこうでありたいっつー理想とかいっぱいがしっちゃかめっちゃかで情緒が不均等で水面がずっと揺れている。

 グッと奥歯を噛み締めると、さらさらと流れる銀の砂粒を捉えて勢いよく振り向いた。


 ──シェレアティアさん!! オレの女王陛下!!


 まただ、またキミが傷ついてるところを目撃しても手出しができない。

 先輩二人は胸に手を当てて頭を下げていた。王族と準王族に対する礼法を流れるような仕草で取っている。でくの坊はベンチからわずかに浮いただけの滑稽な所作だ。

 迷って、でもきっと倣ったほうがいい。

 二人と同じように頭を下げると、シェレアティアさんの魔力──違う、魔力核を守ってた残骸がまたもや散った。


(おもて)を上げていいわ。ここは学校内ですから形式に則った儀礼は結構よ」


 先輩らの行動が本来正しくあるべき姿なら、オレはなんてバカな態度ばっか取ってたんだろう。

 準王女殿下は形のいい眉を顰め、まだ立礼を解かない先輩達に不遜に言い放つ。


「お名乗りなさい」

「七年生、マルキュリウス・ミランドと申します」

「同じく七年、ローウェルト・ヴィバーパスです」

「ローウェルトさん。あなたとは挨拶をしたことがあってよ。覚えていらっしゃらないの?」

「大変失礼をいたしました」


 腹立たしげに彼女は目つきを鋭くし、深々と頭を垂れる男に忌々しげに嘆息した。

 知り合い──?

 シェレアティアさんの、クードじゃない男の知り合い……。


「二人とも、テオ・ソトドラムと話がしたいから退席してちょうだい」

「かしこまりました」

「失礼いたします」


 こっちには目もくれずにこの場をあとにした先輩達。

 シェレアティアさんはぷすんっと子どもっぽくほっぺを膨らましてる。


「なんなのでしょうね、なにを考えているのだか」

「……ヴィバーパス先輩とお知り合いなんですか」

「ローウェルト様は我が国の宰相のご令孫でいらっしゃって、小さい頃に何度か顔を合わせておりますのよ。ミランド様は先代の寮監督生なのですわよね?」


 グレグリー様の前任の、という発言にすらカチンとくるオレは一体どんな面の皮だ。

 貴族同士が家族名に様つけるとか嬢つけるとかよくあることで、彼女が立場を抜きにして相手に敬意を表してるのぐれー聞いてりゃわかる。

 この子の口からべつの男の名前が出たり、オレにはしない呼び方すんのが気に食わないだけだ。

 最初はテオ様って、この子、言ってた。


「キミ……ホントに偉いんだね」

「校内であそこまでするのはかえって慇懃だと思いますけれどね」


 絞り出した皮肉(言いわけ)にシェレアティアさんはツンと拗ねて、一歩、オレに近寄った。

 無意識に後退していたオレに、彼女の青紫色の──ラピスラズリって石よりもっとずっと澄んでる瞳が悲しんでいる。


「わたくしは准王族ですから、彼らが先に話しかけることは許されません、わたくしが許可を与えなければ名乗ることすらできません。目を合わせてもいけないの」


 そんなこと言われたら視線を上げられない。

 オレの女王陛下、オレの妖精さん、オレが初めて好きになった子。

 なんでキミは親御さんにオレを会わそうとしてるんだ。

 オレなんかを紹介したってキミが得することなんて一つもないのに、オレ達どうして親しくしてるの?


「テオさん、テオさんは気になさらないで。わたくし達……──お友達、でしょう?」

「友達も、やめたほうが。私は失言ばかりしますし」

「今朝の言葉は聞かなかったことにして差し上げますからっ!! 座っても、よろしくて? あなたも隣に着いてください……」


 断れたら楽なんだ、オレはまたとんでもねぇやらかしをしてしまいそうで、ベンチの端に強ばったまんま座るしかない。

 キミは女の子。オレ男。知ってたはずなのにマジでキミオレよりだいぶちっせぇの。

 あぁあぁあぁあぁ、意識しないようにすると余計しちゃうし! 匂いとか感じ取ろうと魔術展開しそうになるし!!!

 オレは変態か! 変態だよ! この子お姫様! お姫様なんだぞ!?


「編入のお祝いは、いただけるのかしら……?」

「……どうぞ」


 ちょうどオレらの間に置かれていた鞄から包みを出すと、どうにもムズムズしちまってぶっきら棒に片手で渡した。

 礼儀大失格!!

 オレはっ……女の子にプレゼント渡すの、初めてだ。


「ここで開けてもよろしいでしょうか?」

「お作法はどうしたんすか」

「いいのです!」


 その場で開封しないのが慎みだそうだぜ、ガサガサ包装紙を開けるシェレアティアさんに、ドキドキドキドキ……心臓の音がしゃらくせえ。

 白いお手々が淡い水色の髪飾りを取った。

 女の子の制服は全体的に黒っぽいし、少しでも明るい気分になれるかな──とか理由をでっちあげて選んだ、光沢のあるレースがついたリボン。

 貴女の心を縛りたい、貴女が心を開くべきは私だけ──未来のオレは、キミの手を取れる男になれるんだろうか。


「綺麗な色ですわね──」


 キミはオレの魔力の色は見えてるんだろうか、見えてないんだろうか。

 相手の魔力を正確に認識できるのも才能の一種らしいぜ。オレはごく最近他人のモンを百発百中で判別できるらしいと談話室の交流で知った。

 それさあ、オレの魔力の色なんだよな。オレさあ! 独占欲強かったみたいなんだよな!!


 ──シェレアティアさん。オレにだけ笑って。


 願望は形になる。

 肉体の主であるテオ・ソトドラムの要求に呼応して魔力は従う。

 魔力核の中心にある白百合が遂に花開いた。

 彼女の淑やかな指にこの魔力の色を映したリボンが結ばれる姿は、最たる望みを自覚させてしまう。

 ひらひらと翅を広げる蝶々が、強く強く訴える。

 この子の手を取るべきは誰なのか、夢を鮮やかに主張する。


「──これではわたくし、人前に立てませんわね……」


 長い睫毛を伏せて、シェレアティアさんはオレを一目見て、しゅるりとリボンを外してしまった。

 丁寧に畳まれて箱に戻されたオレの本心と相反する魔力核。

 あぁそうだよ男としてキミの隣にいたいけど、オレはキミといると自分を信じられなくなるから近くにいたくない。

 こんな汚れててドロドロの恋なんて、綺麗なキミにはぶつけたくない。

 キミは本当に美しいオレの大事な人。

 気づいてしまった“当たりまえの感情”がキミという女性を損なってしまわないかを恐れている。


「そのリボン、目の届かないところにしまってください。二度と身に着けないでください」

「なぜ?」

「できたら、捨ててください」

「どうしてそんな酷いことを言うの? テオさん……? 黙っていてはわからないわ!」

「ぜんぶ、理由が言えるわけじゃないんですよ」

「言いなさい!!」

「キミの格が下がる」


 考えて考えて考えてさあ!

 キミはこの国でも五本の指に入るほど高貴な身分の女性でさあ!

 オレが伴侶? ふざけんなよ、こっちは親にだって捨てられて本名すら定かじゃねえ庶民もド庶民だ、ちったあ魔力が多いくらいで他に取り柄なんてぜんぜんない、ただデカくてゴツくて強欲なだけの教養のない不届き者だ!

 オレといたら、キミ、悪く言われるんだろ。

 後輩だって言ってたぜ、シェレアティア殿下のお取り巻きには庶民嫌いも多いってさあ……!

 住んでる! 世界が! 違うんだよ!!


「テオさん……そんな悲しいことを言わないで」

「事実です、シェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカ準王女殿下」


 笑っててほしい子を激しく苦しませて、なにお可哀想ぶってんだよふざけんなボケカス。

 どうして魔力核の百合が咲いちまったんだ。

 キミにとって、涙を浮かべれば許してくれるって、そういう、安心できる男だと思われてるのが悔しいんだ。

 オレは優しい男じゃありません。


「お祖母様があなたにお会いするのを楽しみにしていますの。必ず来て」


 ペンダントを掴む。これ以上、キミが綺麗だって知りたくない。

 もしオレ達の出会いも結婚も大人が仕組んだことだったらさ、キミのこれまでのどれが本物でどれが偽物かまで考えてしまう。

 貴族は愛情がなくても夫婦になれるそうですね。

 オレに持ってる感情は、友情ですか、憎しみですか、諦めですか?


「わたくしといるのは辛いの──?」

「これを、持ってていいのか迷ってる」

「どうか、手放さないでいて……ルーゼンヴェルキスナールル家は、テオ・ソトドラムさんを歓迎いたします。来てくださいますわよね」


 好きな子にそこまで言われて断れないよ。

 オレは、キミと恋がしたかったんだね。


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