談話室の親睦
寮の門限は夕飯の五分前。
完全に間に合わなかったオレは時間どおりに帰ってこれなかった理由をバカ正直には書けなかった。
シェレアティアさんはああ言ったけどさ、オレだって自分で考える頭持ってんだよ。
んで、まあ、ウロウロ歩いたけど答えが出なくて、寮生のヤツらに教えを請うのもなんかヤで、飯終わりぐらいに帰寮した。
寮母さんにお小言貰って飯食ったあと、大体学年毎にメンバーが固まる談話室に向かう。
あーあーやっぱ聞かないといけない。
「よォ。何日連続反省文だよ」
トモルゥのからかいに鼻に皺を寄せ、「ちゃんと食べたんだろうね?」と飯確認係するステフに頷く。
卒業式は来週の真ん中で、終業式は週末。
すでに七年生は全員寮を出ていったからオレ達が最上級生になっている。
周りに年下の後輩とかいるのに聞くの、イヤなんだけどさあ……けどわかんないままにしてたらあの子怒るし。
ホンット仕方なく腕を組んだ。
「この中で女の子の気持ちがわかるヤツ手ぇ上げろ……」
「どったの? 修羅場?」
不機嫌真っ逆さまな声に周りのヤツらがイブカシゲな顔してる。
正面に座ってたお調子者でムードメーカーのコーリー・スピナーズが顔の前で手をひらひらさせやがる。
オレはどうやらガッと集中するときに魔術展開をしやすいらしく、意識を散漫にさせて危なくないようにしてくれるそうで……どーも! おちょくられてるわけじゃねーんだけどなんかヤだ。
実家からの差し入れっつー原色の菓子を向けてくるニコラウス・トモルゥを断って、無駄に咳払い。
「貴族の女の子が、誕生日会に男を呼ぶ意味って──」
質問しちまった。
自分で正解に辿り着けないオレは悔しくてぶすくれてた。
なのにしぃんと水を打ったように談話室は静かになって、隣に座ってる寮監督生に肩鷲掴みにされて混乱よ。
なんでコイツ急に泣き出したぁ? 『歓喜!!』って顔に書いてるけどどしたんだ……?
「テオッ──! おめでとう! おめでとう!!」
「よかったな」
「なんだよ~、デートして帰るの遅くなったんだ! お祝いしようよお祝い!!」
わいわい賑やかにされても困っちまって、一人マイペースに本を読んでいるセナソン・ミクスジャードに視線でヘルプを送る。
小さいのと小さいのと中くらいのがわいわいやってるから、まあまあデカいお前が止めてくれや。
しかしロン毛のミクスジャードは優雅に微笑むだけでまた本に戻りやがった。
なんだよおまえ──って、テーブルの上にお花が増えた。
「君も実にめでたいね、ソトドラム」
君もってなに。テーブルお祝い仕様に飾りつけやがって……なんだァてめぇ。
とくにステフの喜びようについてけなくて幼馴染みトリオで会話中のサミヤス・ロッテンヤンとフレドリック・サーマナに助けを求めても、フッってされるだけ。ふざけんなよ!?
もう、弱っちまって目を合わせてくんねえメルクル・ウッドに救援要請してると『あれ?』と驚いてる団栗眼とぶつかった。
「待って! ソトドラムくん、なにが『おめでとう』なのかわかってないみたい……」
だから最初からそう言ってるよな。
オレ悪くねーのに大興奮してた三人がすっと冷めて刺々しい目つきになりやがる。
「解散!!」
トモルゥの宣言にマジで席を立とうとするヤツ数名。
どうしたことだよ意味がわかんねえ。
「待ってくれ! 頼む! 本気でわかんないんだ……! いいとこの子の考えなんてオレにはぜんぜん……! オレどうすればいいんだよ……?!」
持って帰った招待状は机の上に置いてきた。
なんか軽々しく見せたくない気になっちまったからだ。
そういやオレ、昨日シェレアティアさんにハンカチ貰ったことも報告してねーや。
最近あの子に振り回されすぎててオレがオレらしくいられねーの。
「同世代の女性の意見が聞きたい──?」
「あぁ! でも……クリスティアーナ様に聞いてまた誤解招くのは……メルク?」
暗い顔をしたメルクは立ち上がると、オレの横に立って小声で呟いた。
知らないけど、姿を見たら内容を即座に理解した魔術展開。メルクのオレンジ色の魔力が手の平の上にちっちぇ小鳥さんをつくった。
リンクさせた魔術具を繋げて遠くにいても特定の人物と連絡を取れる通信手段だ──チュンチュンしててかわいいな~オイ。
「メルクル様!!」
小鳥さんから女の子の声がしたらビビるや。
小鳥さん大喜びしてぴよぴよしてらあ──癒やされるねぇ。
「メルクル様からわたしにご連絡をいただけるなんてっ──今日はなんていい日なのかしら! いかがなさいました? お声が聞けるだけでも嬉しいです!!」
「ボクの友人に今困り事があって……女性の意見をお聞きしたいんです」
「えっ……あぁ……そういう……」
おぉい!? おまっ、おまえ! その反応するかあ!?
どー考えても恋する乙女の態度をぶった切るって、おまえに一体なにがあったよ!
いつもと正反対のジメジメネチネチしている様子に、ほら見ろ、おめぇの幼馴染みらも沈痛な面持ちってやつやってんぞ。
というかお相手さん、メルクを追いかけ回してるらしい女の子なんだろうけど……?
「テオ・ソトドラムさんとお話すればよろしいのでしょうか──?」
「ええ……」
「一旦、切りますね……わたしから繋ぎ直します」
あーあーあーあー、小鳥さん今にも泣きそうじゃん、鳥類に涙腺あんのかわかんねえけど。
非難ごうごうでメルクを睨む六年メンツだが、なんっかメルクもか弱い感じ。
けどそれはそれ、メルク、おまえ、今のはねーわ。
オレだってちゃんとわかるよ、女の子には優しくするもんだぜ。
手持ち無沙汰に待ってると、少ししてメルクが握り込んでいた拳の内側が光り、小鳥さんがテーブルの上をチュンチュン歩いてきた。
「お待たせをいたしました。カミラ・ルズフットと申します」
「テオ・ソトドラムです……」
がんばれオレ、周りから異様な目線が注がれてる中、がんばるんだぞオレ。
小鳥さんはさっきと違ってクリーム色で、慣れない女の子の魔力がしてるからソワソワしちまう。
「わたしでお力になれるといいのですが。シェレアティア殿下とのことですね?」
「あぁ、はい……お知り合い──ですか?」
「いくつか講義が重なっておりますのでお話をすることが何回か。わたしは一学年上ですから僭越ながらアドバイスなどもさせていただいております」
ハキハキ聞き取りやすい声の子だな。
落ち着いてて頭よさそうな感じ。女の子にしちゃちょいと声が低めか?
てか完全部外者の顔も知らねえ女の子にまで質問しなくちゃいけないことにガモガモしたくなって、話を切り出せずに小鳥さんと見つめ合ってしまう。
そうすっとな、隣から頼れる味方ステファン・グレグリーフォローしてくれるんだ。
「ルズフット嬢は生徒会役員をされているんだよ。大変優秀な女性で、女子寮では五年生ながらすでに寮監督生を務めている」
「へえ──才女なんですねぇ」
学園は男女比率四対一だから、女子寮の生徒はうちよりずっと少ないそうだ。
学園ってマジで勉強勉強七年間とことん勉強で、卒業後は働くこと前提にしてるフシあるし、女の子にはあんま人気ないんだって。
にしても寮監督生かぁ、マルキュリウス・ミランド先輩みてえな美形を想像しちまう。
ってポケポケしてると催促された。
「お聞きしたいことはなんでしょう?」
「シェレアティアさ──シェレアティア准王女殿下のお誕生日会に呼ばれました。その意味を友達に聞いてほしいと言われ、学友に相談したところ、メルクル・ウッドがあなたを紹介してくれたのです」
ステフは高得点くれるけど、正面の野郎どもが指でひっくい点数出している。
うっかり汚い言葉にならないようにゆっくりしゃべれっつったのおまえらじゃん。
「ソトドラム先輩は親に異性を紹介するという行為についてどんな印象をお持ちでしょうか? ご両親でなく、ご友人でも構いません」
「自分にとって特別な人を、知ってほしい、とか」
「えぇ。シェレアティア殿下も、ソトドラム先輩をご自身の大切なご家族に知ってほしいとお考えなのですよ」
トモルゥとスピナーズがウンウン頷いてるけど、それがどうしたってことでさあ。
だってシェレアティアさんのお祖母さんオレ知ってるっぽいし、紹介もなにもなくねーか?
困ってると、小鳥さんが両方の羽でくちばし隠した。ちんまくてかわいいぃ~。
「貴族女性は異性を個人的に屋敷に招くことはいたしません。非常に親密な間柄であることを意味します」
「親密……?」
「殿下に、ソトドラムさんとの結婚のご意思があると考えて差し支えないでしょう」
「はぁあ!?」
驚きすぎて立ち上がって椅子ぶっ倒したオレは、思わずそのまま小鳥さん持ち上げちゃったよ。
ステフに一言制されてすぐ下ろしたけどな。
メルク……睨まないでくれや……。
「動揺させてしまい申しわけございません」
「いや……キミは悪くねーけど……は? 結婚?」
「だからめでてぇつってるんだよボケ」
「平民にこそそういう感覚があるんじゃないの?」
「ある……けど……」
辛辣な学友にこてんぱんにされてる先輩を不憫に思ってか、ルズフット嬢が「お話を続けても大丈夫ですか?」と気遣ってくれる。
優しい……この学園にいる女の子ってみんな優しいのなぁ──。
「本件に関しては殿下のご意思はもちろんのこと、殿下のご両親がご息女のお相手候補としてソトドラム先輩に面会してもよいと許可を下したことによってお屋敷への訪問が認められました。それも、お誕生日というとても特別な日です。当日のソトドラム先輩の振る舞いは、准王女殿下であられる御方の伴侶たり得るかの評価に直結します」
「でもオレ、庶民で……」
「学園の大変優秀な生徒でいらっしゃいますし、魔導士就任も有力視されております。なによりも、クオジドォール王太子殿下の無二のご親友でいらっしゃるではないですか。お兄様のお友達という条件は非常に強いものなのですよ」
「そうなんですか……?」
「はい。それにたとえソトドラム先輩が魔導士になれずとも、貴族の養子になることで婚姻は可能です」
「そうなんだ……」
結婚、結婚、結婚──シェレアティアさんと結婚とか。
貴族と富豪には結婚相手がいるんだろうけど、オレはどこのどいつかも不明の根無し草だ。
「一度も考えたことはございませんか?」
「…………はい」
「もしもシェレアティア殿下のお気持ちに一切応えるおつもりがないのでしたら、出席は辞退されたほうがよろしいでしょう」
ウソをついたら舌先から苦いものが広がった。
じわじわと蝕んでくる不快感に視界が暗くなりながら、あの子の笑顔がくるくる浮かぶ。
「甘い期待を持たせるのは、罪深いことです」
ぽつっとこぼされた声とともに、魔術具に満たされたメルクの魔力がぐらついた。
オレの視界に、高い位置で髪をくくってるすらっとした印象の女の子の姿が飛び込んできた。
「あっ──あえーっとぉ……、キミ、背、高いんだね……?」
「え……っ? きゃあぁっ……!」
「ごめんっ、ごめんごめんごめん! もう見えてない! 一瞬だったから!!」
「メーリー落ち着いて!」
「メルク、攻撃魔術は退寮処分だ──落ち着け、な」
「テオ! なんてことをしてるんだい!!」
「チラッと見えちゃったんだよ……! ごめんねっ……!!」
寝巻着じゃなくて制服着ててくれたのが不幸中の幸いかあ……?
いや、んなことねえ、メルクを魔術で拘束してる幼馴染み大好きコンビが睨んでくるし! わかってる! 事情は詳しくねえけどメルクの恋人さんにえらいことしちまった……!! 部屋にいたっぽい……うわあぁ!
ガチの敵意を向けてるメルクに混乱しながら、ごめんでもオレどうすればよかったんだ? 半分情緒不安定のおまえのせいじゃん!?
「ソトドラムくん……!」
「先輩方、わたしは大丈夫です。ご質問にお答えしましょう。わたしは学園の女生徒の中で最も背が高いです──醜いほどに」
「いくつ?」
「バカっ!」
おう、ステフに叱責されてもやめる気はねーぞ。
前のちいせぇの二人から蹴られてもだ。
なんとなくわかったぜー、メルクのコンプレックスの意味がな──マジでくだらねえ。
「どんくらい?」
「五フィート一〇インチ……」
「なあんだ! オレが女になったときよりぜんぜんちっちゃいよ!」
笑い飛ばして、目ん玉かっぴらいてる友達のまえであっけらかんと言ってやる。
「このまえ魔力暴走で女になっちゃったんですけどねー、身長ほぼ変わんなくって。オレ六フィート四インチ。女になってもほぼ縮んでなかったんだ。大丈夫、キミよりデカい女がここにいますよ」
「ソトドラム先輩は男性ではありませんか──」
「まぁそうだけど。ぜったいキミのほうが女の子らしくてすてきだよ」
婚約者がいる令嬢を褒めてはいけないルールをガン無視してやった。
てめぇの背が伸びなかったことでこの子を責めてたりしたんだろボケが。
メルクル・ウッドさんよぉ……女の子泣かすクソ野郎は牛の肥溜めを寝床にさせろって町のオッチャン言ってたぞ。
こっちは座っててソッチは立ってて、あんま視線の位置変わんねえ男を正面に見据える。
喧嘩売ってやる、買え。
「なんなら並んでみます? オレと──」
「カミラ様……!! ソトドラムくんには会わないで!」
よっし釣れたあ!
簡単にいきすぎて悪役の面落とさないように、ふてぶてしく口角吊り上げる。
小鳥さんが羽ばたいて、メルクの伸ばした手の上に止まった──いよぉっしっ!
「今、ボクは、友人に向けてはいけない憎悪を抱いています。あなたにまで……」
「メルクル様……」
「明日! お会いすることはできますか!? これまで何年も待たせてしまったけれど! ……もうボクはあなたより背が高い男にはなれないけれど! あなたが他の男性と並び立つ姿を考えたくないんです!!」
「背が低いからなんだというのですか……っ! わたしにとってあなたが一番……!」
マジで詳細不明なんだけどまあオレよくやったよな、周りのヤツらもおんなじ気持ち!
ああぁ、まだだ、まだだぜ、クールを気取れよ、無表情は得意なんだぜ……。
「どうして今、あなたが目の前にいらっしゃらないのでしょう」
「カミラちゃん──これ以上他の者にあなたの愛らしい声を聞かせたくないから、また、あとでいいかな」
「ええ──ええ」
「名残惜しいけど、また明日」
メルクが小鳥ちゃんにチューしやがったああ!
「よっしゃあぁああ!!」
「いやったぁああ──!!」
「ソトドラム! ソトドラム!! でかした!! でかしたこの野郎!」
「大金星だよテオ!!」
「おうよ! やったなメルク!!」
トモルゥとスピナーズは拳を突き合わせ、オレは背中を叩いて賞賛してくれる友達と喜び合い、メルクの背をはしゃいだあまりに思いっきりぶっ飛ばしてしまった。
ま、幼馴染みがフォローしてるし大丈夫大丈夫。
さすがのミクスジャードも嬉しそうに栞を挟んで、花を増やしてる。
「ようやくだねウッド」
「寛大なカミラ嬢に感謝しないとな」
「祝福は明日以降にするが、ひとまず、よかったなメル」
「うん──」
そういや今夜はロッテンヤンいるから六年勢揃いじゃん。
よかったなあメルク、決定的瞬間友達見守っててもらってよぉ~。つーかメルって……ステフのへんてこりんなあだ名よりはマシかあ?
マジおめでとうなぁ──。
「ソトドラムくん」
「うぉっ──!」
肩にパンチされて驚いた。
メルク~、おまえ超晴れ晴れしてるぅ~!
「感謝してる。けれど、淑女に対して許されざる蛮行を認めるわけにはいかないんだ」
「ごめん。代わりに謝罪してくれるか?」
「いいよ。明日ばかりは会わせるわけにはいかないけれど、今度紹介させてほしい」
「おう! おめっとさん!」
ぞんぶんにニコニコするしかねーなあこりゃあ!
てことで超盛り上がってパーティー会場になった談話室、ステフが仕切り直してメルクとカミラ嬢のこれまでを説明してくれた。
なるほどなあ、小さい頃からカミラ嬢はメルク一筋で、でもメルクは身長がいっつも好きな子よりチビで。
“恥をかかせる”からいずれ結ぶ予定だった婚約をお断りして学園に逃げ込み、毎年学年末、てめぇの背丈が思い人より低いことを理由に一途なアタックを拒んでたらしい。
いいじゃんな、好き合ってれば身長差なんて。
「納得いかないって顔してるねー。貴族男は見栄えが大事なんだよ。女性は踵の高い靴を履くから、背が高いってだけでモテるんだ。なあー?」
メルクの次に小柄なスピナーズは、長身組だが女の子にモテそうかっつーと微妙そうなミクスジャードにニヤッてる。
着道楽優男の目線がオレに向いて、オレはどこ見りゃいいのか迷ってステフを見ちまう。うんうんと頷かれた。オレはべつにモテてねーけど、ステフ……おまえマジでオレの保護者だぜ。フッ……。
すると、どうしたオラ、テーブル対角線上のロッテンヤンまでフッてすんの! どしたよおまえ!!
「ソトドラム。君は上背のある女性をどう捉える」
「普通に、背高い」
「ああ。君の感覚のように若い貴族男性も然程気にはしない。しかし我が国において背の高い女性は酷評されてしまう」
「なんでぇ!」
「昔からそうとされる常識が更新されないんだ」
主役席のメルクが俯いて、その両脇を固めてる幼馴染みズの眼鏡担当サーマナが解説に入る。
「メルクはルズフット家が娘に対して相応しい縁談相手を用意できなかったと酷評されるのを恐れた。しかし世間はウッド家を蔑み憐れむものだ。息子を立てられない器量の悪い女性しか選べなかったと」
「最低だ!! 背ぇ高かろうが低かろうが、大事なのは本人の資質だ!」
「しがらみも多く、体面を気にする。テオ、貴族って面倒なんだよ。一筋縄ではいかないし単純でもいられない。君が想像するよりずっと窮屈だ。 だからこそ、かな。女性の親は非常に厳しい目線で男性を判断する。自分の子どもが少ない自由の中で幸せになれるようにね。僕達がテオにおめでとうと言ったのは、そういう認める認めないの段取りのようなものをつねづね意識しているからなんだ」
「メルクは、親に反対されてんの……?」
「いいや、ボクの父とカミラ様のお父様が親友だから皆気にしていないんだ。でもボクが……ウッド家のほうが格が低いものだから気にしてしまって」
家族名が長いほうが偉いとか、おうちに呼ぶのも許可制だとか、貴族マジでルールが多い。
大変なんだなって思ってしまったオレは、ぽややん系だと思ってたヤツの革命を目の当たりにする。
「ボクは彼女を拒絶ばかりして、カミラ様──カミラちゃんは長身になってしまったことに苦しみ、自分ばかりを責めた。彼女は本当に美しい人なんだよ、ボクには勿体ない人なんだ──見た目が釣り合わないのはもうしょうがない。本当に、身長がなんだって言うんだろうね。カミラちゃんがボクを好きでいてくれて、ボクは彼女を愛してる。これが人生で最初で最後の恋なんだからボクが幸せにするんだ」
「──いいな……」
「偉そうなこと言っても、明日泣かせてしまうだろうけどね。でもぜったいに、笑顔にするんだ」
愛されて、愛してて、自信を持ってるヤツってピカピカ光ってる。
羨ましいし、オレもそんなふうになれたらって──身のほど知らずもはなはだしいぜ。
「ソトドラムのとこはもっと大変だよな、身分差」
速攻で刺してくるおまえは敵かよ味方かよトモルゥ。
ミクスジャードも短い茎のふわふわしたお花を手にして楽しげにくるくる回す。
「身分違いの恋をする場合、通常諦めるべきは下の者だね?」
「まぁなぁ? 大事に育てられてきた子を自分のとこまで落として、一生不自由なく幸せにできんのかって話で──ソトドラムはお姫様とどうなるか……」
なになになに、その思わせぶりな感じ。
六年が集まってる卓の雰囲気ガラッと変わるじゃん。
お隣のステフは、あれ、なんで立ち上がるんだ?
「僕は明日早いから抜けさせてもらうよ。メルーも、カミラ嬢が待っているから行かないと」
「あんまり、からかわないであげてね」
あれ、行っちゃうの?
六年生の良心がゴソッと退席して──ヤな予感~!
「優等生退場~!」
トモルゥてめぇ、やっぱオレの成績根に持ってんな!?
イイ面した野郎どもが空いた席を詰めていき、椅子も動いて、ニヤニヤと取り囲まれてしまう。
てか、クール系美形のサーマナとロッテンヤンまでこっち所属なの!?
「おまえもとうとうわかってきたみてーだし、こっからはソトドラムの勉強の時間だな?」
「勉強……?」
「私達は同級生なのに就学前の子ども相手に訓練をしていたからね。パーティー二回戦だよソトドラム」
花がポンッと弾けて分厚い辞書みてぇになった。
本日の功労賞だよオレぇ、なにされんだよ帰りてぇ~……。
「なあなあテオ、シェレアティア殿下にプレゼントってなに用意したの?」
「えっ、リボン……」
歓声上げるな貴族! 指笛吹くな富豪!
ロッテンヤンはぱらぱらと魔法で大辞典のページをめくる。
「王太子殿下は完全に遊んでいるんだな」
「遊ぶ……? てかそれなに?」
「貴族男の本棚に必ず一冊立ってる本だよ。名づけて、男のたしなみ」
「注文がうるさい女性に対していかに機嫌を損ねないかを学ぶためにあるものだ。女心の複雑さと面倒さが非常によくわかる」
スピナーズが格好つけて言って、外国出身のトモルゥ以外みんな頷く。
えっ、てかサーマナ口悪! 優等生フェイスのくせに人の期待を裏切るなよ!
「お貴族様の抽象的な愛情表現にげんなりするぞー、これがリボンに込められた意味らしいぜ」
「絵じゃん」
「こっから読み解かないとなんだよねー」
「絵じゃん!」
複数ページにわたって『リボン』ってタイトルついてるけど、マジで絵、絵ばっか。
しかも男と女が向かい合ってるやつから、朝っぽい空だったり夜の水辺っぽかったり、リボン描かれてねえ。
そういやミクスジャード今日は髪リボンで結んでるな──って、あぁもう! なんなんだよこの時間!!
「直接的に説明すんのは品がないつってこうなってるらしいぜ」
「社交性を持って、同性間で知識を共有する重要性も説いてるんだ。貴族男は情報戦だからねー」
「想像力や柔軟性も培われるよ」
「君は准王女殿下にそのペンダントを贈られたそうだが、他になにか受け取ったりしていないのか?」
今までガチンコに避けやがってたロッテンヤンからフレンドリーに接されるのわりと嬉しいんだぜ、なのによお、言いたくねえ、言いたくねえけどさっさとゲロってお部屋に戻らせてもらいたい。
なんかここの空間怖ぇもん!
「ハンカチなら貰ったことあるけど──」
「ハンカチぃ~!」
「熱烈ぅ~!」
「殿下は情熱的な女性なのだな。ハンカチはこの章だ」
「昔刺繍入りのハンカチーフを貰った日を思い出すね」
「極彩色のあれか。力作だったが今は使わなくなったな?」
「端が綻んでしまってね、今は大切に飾っているよ」
ワイワイ盛り上がってハンカチのイメージ図をご参考くださいされちまうが、いややっぱ絵だしわかんねーよ。
おまえら貴族の頭どうなってんの……?
トモルゥてめぇを留学生っつーことで臨時の助っ人にしておきたいが、いけるか? 無理か? どっち?
「女性からハンカチを贈られて装飾品を返すって、不正解じゃなかったか?」
「絶対禁止」
「誤りだな」
「失礼に値する」
「男としてあってはならないね」
「あ……そうなん……?」
「リボンは『あなたの心を縛りたい、心を開いていいのは私だけ』って意味だけど──」
「ほよっ!? はっ? へ!? はい!?」
「おまえ独占欲強いの?」
「強くねーよ……っ!」
クードと選んだんですけどお!?
アイツが連れてってくれた店の奥のお部屋で、すんげえギンミしたんですけどお……っ!
あんのバカ兄貴!!
「おや、そのぶんだとハンカチーフの意味は知っていそうだね。なぜハンカチーフに装飾品を──」
「いいっ、聞かない! 口閉じろ!」
キラキラどころかギラギラしてんのはオレの勘違いじゃねーよなァ、恋のお話してる雰囲気じゃねーぞ!?
ミクスジャードって見るからに女の子慣れしてる感じだし、なんか存在が卑猥に思えてきた!
トモルゥもお国柄はどうしたてめぇ……オレだいぶ泣きそうだよ……!
スピナーズがこの手の話題好きそうなのはぽいけどよ、大人っぽいサーマナとか神経質なロッテンヤンまで恋のお話すんの? マジ? なんで? なんでだよ!
「テオ・ソトドラム。僕達貴族男性が女性に贈りものをする際には、どのように解釈されるかまでを考えて品物を用意する。なぜだと思う? 考えてみろ」
「わからねぇ……」
「自分の子を産んでくれる相手に礼節を尽くすためだ」
吹き出しちゃったじゃねーかよクソ野郎……!!
真顔で言うなよゴラァ! イトコの姉ちゃんに言いつけるぞボケナス・ロッテンヤン!
「恥ずかしがることじゃなくってさ。貴族の結婚ってつまりそういうことなの」
「子を成し家を繁栄させることが我々貴族の家に生まれたものの使命だからね」
「いやっ……オレ達……」
「俺達一七だぜ。うちの国は二一が成人だけど、シフィロソキアは一八だろ?」
「でもさあ……!!」
それってそれって、シェレアティアさんがオレの赤ん坊……ボケボケボケボケ!
てめぇらも!! 貴族のボンボンのくせにっ!! 顔面クソ熱い……真っ赤になるとバカどもにガキンチョ~ってされちまう。
パンク寸前で頭抱えるオレを、サーマナが淡々と、強烈に冷やした。
「貴族の婚姻は政略的意味合いが強いからこそ、相手への愛情を形として示せるかも教養の一つだ。君の信じる女神の教えは恋愛によって結ばれるべきと告げるのだろうが、大半の貴族はそうではない。恋愛感情を抱かない相手と伴侶になるべきと教育される。君にわかりやすく言うならば、これは双方の恋愛感情を誤認識処理させるための手引き書だ」
「余計わかりづらいって! 貴族ってのは愛してもない相手と結婚できる。んでも恋はしたいからこれで恋愛ごっこを学ぶんだ。プレゼントの意味はどう~とかアホみてぇだろ?」
「そんなこと……」
外国から来てるトモルゥは平民で、たぶんオレと感覚が一番近い。
ぶっちゃけアホみてぇだと思うけど、ハンカチをくれたときのシェレアティアさんをバカになんかできねーし、あの子の涙を拭うのはオレがいい。
「ソトドラム、おまえ常識ズレてるからよーく覚えとけ。貴族の結婚は義務だ」
「義務……」
「准王女殿下の思惑はわかんねーよ? けど、純粋な好意だけじゃないってのは頭に入れとけ」
シェレアティアさんとオレは、お友達。
オレが誕生日会に行かないって言ったらどうなるんだ?
義務、シェレアティアさんがオレに優しくしてくれるのは義務? 兄貴の友達だから親しくしてる?
──あの子のことがわからない。
「まじめな話、いつまでも幼児の感性じゃいられないぞ。てめぇもそのうち恋だの愛だのがどういうモンか知ってく。けど、そういう話はクオジドォールさんはしないだろうし、堅物ステフもぜってぇしない」
「免疫はつけておくべきだよね。あと、先入観も取っ払うべきだ」
「王侯貴族の常識と君の価値観は異なっている。ソトドラム、シェレアティア准王女殿下を恋い慕っているのならば、貴族を目指すのであれば、その流儀も把握しておくべきだと思わないか?」
「そうかもしれないけど……」
いやに真剣だなロッテンヤン……おまえに頼みたいのは行儀作法だけなんだぜ……?
なんだよ──マジでこれからなんの話するご予定?
恋バナっつーか猥談っつーか、貴族のたしなみって、つまりなに……!?
「君がいつまでもそんなでは殿下に恥をかかせてしまうぞ」
「それはやだっ!」
「ならば、我々の授業を受けるな?」
なにこれいじめ? いじめだよな?
部屋に戻りたい!! ……でも、シェレアティアさんに恥をかかせたくない。
どうせアナタにはわからないからって、最初っから諦めてほしくない。
あー、助けてくれステフぅ…………おう、そーいうことかよてめぇ? 苦手分野だからって一抜けしやがったな……!!
「おーい、そこの後輩達ー! 興味あるならおいでー! 朝まで天才で遊ばない?」
「ここにいるヤツ全員婚約者いるからアドバイスできるぜ、来ていいぞー!」
「トモルゥにはいないだろう?」
「マーヤから手紙来たんだからいる!!」
「えっ、聞いてない!」
「今日届いたんだ!! それでみんなで集まってたんだぜ! 今日はめでたい祭りだな!」
え~……その話は聞きてえよトモルゥ……。
でも率先して生け贄にはなりたくねえし、だけど後輩に『おめでとうございます』って言われたら逃げられねえし──あ、フレディとサミィに頷かれちまった。
「おっしゃあ──お貴族様のルール覚えてやる!」
その夜、晩飯の話題以上にランドルーヴェ魔術大学校男子寮談話室はハイテンションだった。




