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少年の新たなる一歩



 一晩、無駄に悩んでしまった。

 不意打ち食らって突然雷が落ちて来たらどうしようかとか、あれこれ夜中に考えちまった。

 授業を受けてても前の席に座ってる複数の後ろ姿にああだのこうだの唸り声を上げそうになったし、バッカじゃねーの、クードにまんまと踊らされてやんの。

 そんな、厄介事を持ち込んだ張本人のために一肌脱ごうとしてるオレは超いいヤツなんだろな。

 完璧王子が、友達が、じつはああ見えてガッツリ本気で悩んでるんだったら力になるかねぇ、世話になってるしなーって動いちまう。


「あのさ!」

「なんでしょう」


 午前に四回、午後に二回もある授業がやっとぜんぶ終わった。

 一日中タイミングを見計らい、最後の終礼が鳴って席を立ったその人を引き止める。

 今日もひときわきらびやかな金髪の、校内随一の美女。

 この学校に入って多数追加された褒め言葉のうち、お淑やかという表現が見事に当てはまるオレの憧れ、クリスティアーナ様。

 優雅に振り向き、微笑んでいる。

 神々しいお姿に言葉がすっ飛びそうになって、実際、オレは超失礼をかましてた。学園内ではお上品を心がけていたが所詮は付け焼き刃。

『なんでしょう』以降発言せずに視線だけで咎められている。

 床に額をこすりつけたくなってきた。テオ・ソトドラムは外面だけよくしようたって一生延々庶民風情だ。


「すいません、クリスティアーナ様。今少しいいですか?」

「ええ、構いませんよ。場所を変えましょうか?」

「いや、ここでいいです。聞きたい、ことが、あるだけなんで──」


 ご令嬢、特に婚約者がいる人とはふたりきりになるべからず。

 鉄の掟を守ろうとしたらさっそく失敗だよ。

 周囲にたんまり人いるじゃん。

 教室のド真ん中で恋愛意識調査おっぱじめるほど鋼の心臓してないんだわ。

 すまん、やっぱ専門外だよ。オレには荷が重かったよクード……動転してモゴモゴやらかして無礼千万じゃん。


「あーっと、そのおー……」

「殿下からの伝言ですか?」

「そうですそうです!! く──殿下が、クリスティアーナ様にお尋ねしたいことがあるそうで……ですが、えっと」

「わたくしが殿下に直接伺ったほうがよろしいでしょうね」

「はいっ──」


 すげえよ、さすがでございます、クリスティアーナ様。

 感激で泣きそうになる。クードの用件を完全に把握してらっしゃるに違いない。オレの捨て身の突撃が浮かばれる。

 幸せそうに伏せられた目がさ、長い睫毛が際立って、薔薇色の唇が艶やかで何人もぶっ倒れそうになっていた。

 前々からの疑問が晴れた気分だ。

 クリスティアーナ様は同い年じゃない。同じ人間ですらない。

 美という美の集合体だ。クリスティアーナ様といるとクードの人間味にホッとするもんな。


「テオさん。週末にわたくしと殿下の交歓会がもうけられているのですが、テオさんもいらっしゃいませんか?」

「コーカンカイ?」

「お茶会です」


 語彙が貧相すぎて情けなくなった一年生の終わり、なるべく難しい単語を交えて会話をしてほしいとふたりに頼んだ。

 嫌な顔一つせずに、聞き返しても噛み砕いて説明してくれる。

 持つべきは友だよな、クリスティアーナ様おひとりを友達カウントはしないがな。

 けどまあ、友達の婚約者だし間接的には友達なのか? いや、無理だ、友達っぽいなにかと呼んで差し支えない範囲でいたい。


「それ、オレが行ってもいいんですか?」

「ええ、ぜひいらしてください。お土産は不要ですよ。わたくしにおもてなしをさせてくださいな」


 思いつきにも即座にフォローを入れてくれる。そんなに顔に出てるもんなんかな。いやあ恥ずかしい。

 クード、おまえ、世界一幸せ者だよ。

 約束する。おまえ達のご成婚祝賀パレードは最前席で見られるように朝イチで並ぶからな。

 ところで、クリスティアーナ様は馬車で来てるけど学園からお屋敷まで歩いて行ける距離なんだろうか。


「気を張らずにいらしてくださいね」

「──ありがとうございます。楽しみにしてます」


 鞄から出された封筒を受け取る。

 触っただけで高級な紙だってわかるしなんか花の模様が入ってる。生の封蝋をまじまじと見てしまった。マジで雅びである。

 招待状まで用意してくれて、きっとどうやって訪問すればいいかも書いているはずだ。

 気配りの達人のクリスティアーナ・エディケープル・クレパスキュール様。

 そんな人が公衆の面前でわざわざ特別扱いする意図を、オレはどう解釈してどう受け入れればいいんだろうか。

 クードもクリスティアーナ様も、オレを身分度外視で友達として扱ってくれる。

 嬉しいけど、複雑だ。


「ごきげんよう」


 穏やかで優しい、厳しい未来の王妃様。周囲の反応など意に介さずお帰りになって行く。

 王太子殿下並びに殿下の婚約者様とのご学友期間もあと一年半。

 オレなりに王族と庶民のなんたるかを調べて、パンクしそうになって先生にも質問した。

 結果、わきまえるべきなんだと納得して昔と同じく地道に距離を開ける作戦に打って出た。

 自然のセツリってヤツじゃん?

 オレはふたり以外に会話できる相手はいないけど最初から割り切って付き合ってたし、時期が早まったんだと疎遠を決行した。

 バレて、却ってグイグイ来られるようになったけどな。逃げるなと釘を刺されてるし圧がやべえの。

 卒業したあとも今みたいに付き合ってくのはどうなんだよとは思うけど、クリスティアーナ様の悲しい顔は見たくもねーし、うん、そうだよ、まだあと一年以上ある。

 今はお茶会にありがたく参加させてもらえばいいんだ。

 ざわめきがやまない教室を出て足早に廊下を進んだ。

 土産はいらないって言われたし、着てける服だけ確保しよう。

 ここまでデカくなるのは想定外で体格に合うものを見繕うのも一苦労なんだが、そもそも貴族のお屋敷に着てけそうな上等なモンは持ち合わせがない。お呼ばれのスタンダードな知識もないし、明日クードに貸してもらえないか交渉すっか。


 ──アイツ、背はオレより低いのに脚長ぇんだよな。


 むくつけき男──クリスティアーナ様に無理くり頼んで品評してもらったんだぜ──を自覚しながら大股で校舎を出た。相変わらず女子生徒と後輩に怯えられ、ちょっぴりショックを受けている。

 昨夜はウロウロしまくったが今日は寄り道をしない。

 学園敷地内にある寮へ戻るには校門まで行って戻っての大きな半円を辿る必要がある。苔がない噴水がででんと立派に設置され、左右に分かれている通路も車道も、馬車で通学してる生徒用にかなり幅が広い。

 毎回毎回迂回しての遠回りで面倒なことこの上ないが、入学したばかりに生け垣ショートカットを選択したら尻が抜けなくなった失敗をもとに、大人しく正規のルートに甘んじている。


「ご苦労さんです」

「お疲れさん。おや、また背が伸びたんじゃないか?」

「一日二日で変わんないっすよ」


 小気味いい音を立てて薔薇を剪定していた職人のじいさんが、元庭荒らしに目を細めた。

 休日暇なときにふらりと世間話をしに行くがかなりの頑固者だ。横で眺めるぶんには文句はないが、人の仕事を奪っちゃいかんと追い払われたりも平気でする。今ではなかなかいい付き合いになっていた。

 虫食い跡のある葉が摘まれる。じいさんの丁寧な仕事ぶりに、手に職をつける重要性を噛みしめていた。


「どうした?」

「いや~……将来のことで悩んでんですよ。どこに就職したら稼げるんすかね?」

「そうか、あの悪戯小僧が進路を考える時期か。儂も老けるわけだな」


 目尻の皺がいい感じだ。オレが老けてもこうはいかない。

 手を止めずに精が出る。小ぶりの蕾が落とされてしまうのはどうにも慣れない。毎年豪勢に咲く薔薇には必要なんだそうだが、綺麗なものを見たい人間の身勝手のせいで理不尽だと感じてしまう。


「それだけか?」

「それだけだけど」

「恋の悩みがあるんだろう?」

「えっ──」

「当たりか」


 情報網どうなってんだよ。クード、おまえ、友達の個人情報大事にしろよ。

 教師王子様間が筒抜けでも王子様庭師間も直通なのはいかがなもんか。


「おまえさん、昨夜この庭を歩き回っとったんだろう?」

「うぇ、そこまで広まってんのかよ」

「いいや。今朝、落としものがあったら届けてほしいと頼まれたんだ。おまえさんが夜遅くまで探していたからきっと大切なものなんだろうとな」

「──え?」

「いい友達じゃないか」

「オレ、寮に友達はいねーよ」

「まあそう言うな」


 夕飯に間に合わなかったオレを気にしてた人がいんのか。

 知らないところで自分を気にかけてる人がいるのはおかしな気持ちだ。

 押し黙ってしまうと、一転してじいさんが人の悪い笑みを浮かべた。


「しかしなあ、おまえさんは必死に探すようなもんを持っとらんだろう? 大方やあっと異性に興味を持ったのかと笑ったもんだ」

「……そんなんじゃねーし」

「おまえさん、形に似合わずうぶだなあ」

「うっせーよ……」


 鎌かけやがったなクソジジイ。

 反発したくても図星を突かれて口ごもってしまう。

 ニヤニヤしてくれたらいいものを、孫の成長を見届ける祖父の眼差しなんてモンをされたらどうすりゃいいんだ。

 そのとおりだよ、ホント、そのとおりだ。

 大事にしてるものはない。持たないようにしてる。

 誰かを好きになったら、世界にひとりだけ好きになっちゃたりしたらさ、その人がとんでもなく大事になるだろ?

 そういうのはさ、オレ、適性ねーんだ。


「テオ」

「なあ、じいさん……」

「なんだ?」

「こういう──花とか、宝石とか、そういうのを贈りたいって思う相手ができたら恋なのか?」


 教室で同級生達が話してた。

 婚約者からまた同じものが届いたとか、許嫁に好きな菓子をあげたら喜んだとか、当たり前のように将来結婚する相手との関係を話題にしていた。

 庶民には縁遠い世界だが貴族には義務でもあるわけだ。見せかけでも友好的意思表示。

 何重にも隔てた安全地帯で傍観を決め込んでたら急に運命の恋なんて予言されるし、平然としてられる人生経験は積んでないんだよなあ。

 こっちは今持ってるモンのほとんどが条件期限つきだって了解してんだ。

 なのに、オレは、未来の恋とやらに耽りたくなってしまったのだ。

 王子サマの思うつぼだ。ざまあねえな。

 クードにはホントの未来が見えてんだろうか。内容は知りたくねぇ。


「恋だけとは言い切れんな。おまえさんの友達に欲しいものがあって、それが珍しいものだとしよう。偶然手に入れたら友達にあげようと思うだろう?」

「うん──」

「花でも宝石でも、ものじゃなくても同じことだ。おまえさんが誰かのためになにかをしたいと思うとき、そこには必ず相手への好意があるんだ。そのすべてがすべて、恋とは限らんよ」


 諦めは美徳ではないと諭されても忠告はいつも横切ってばっかだった。

 初めて、深いとこまで刺さってしまった。

 オレ、当たり前がしたかったんだな。一応、持ちつ持たれつの友達もいるしな。

 だけどさあ、友情はともかく恋愛はハードル高くねえ? 恋人のいる学園生活は送れねーよ。相手可哀想じゃん、卒業後に期待ってとこだな。


「一本持ってくかい?」

「いいよ。オレの部屋に飾るのも勿体ないし」

「ほれ、持ってきな」


 断ってんのに渡して来んじゃん。

 可憐な花とド庶民ナンバーワンなオレの組み合わせ、想像したくねーな。

 こういうのはかわいい子が鑑賞してこそだろうに、オレじゃ宝の持ち腐れだ。

 でも受け取ったからには飾っとこう。

 棘を取られた一本の薔薇はちっこいけど逞しい。

 すでに開きかけなせっかちさが気に入った。元気がいいのはいいこった。周りよりちょっと早く咲いちまったんだな。


「な、なあ。こんな感じの子とオレって……ナシ、今の聞かなかった──」

「釣り合うんじゃないか?」

「いいよお世辞は……」

「おまえさんがいいって言う奇特な子もどこかにはおるじゃろうて。だが、おまえさんは口も悪いし目つきも悪いし図体もでかい。性根ぐらい真っ直ぐなままでおらんとな」


 小っ恥ずかしい世迷い言を口走ったのに、当然のように返される。

 付き合いも長くなると判定が甘くなんだろう。ダメ出しの多さにホッとするってどんなリョーケンだ。

 長居しても邪魔になっちまう。

 早く水をやんないとなんねーし、細っこい茎を折らないようなつまみ方を試行錯誤しながら再び歩き出す。

 誰かの思惑がどうであれ、こんなふうに柔らかでふわふわしてる子が現れてくんないかと高望みも逸り出す。

 感化されてんな。単純だよなあ。──オレ、純情なんだな。

 植物を育てたことはないが青々とした緑の匂いは結構好きだし花って香りがいいんだよな。窓辺にでも飾るかな。


「やべ……花瓶持ってねぇ……」


 比較的品行方正に歩いてたのにうっかり落とし穴にはまってしまった。

 引き返すにしてもじいさんは花瓶なんて持って来てないだろうし、そもそも手入れの仕方も聞いちゃいない。


「戻るか……?」


 だが、図書室に切り花の指南書はない気がする。

 誰かに聞くのが早いし、咲いてて数日だろうから誰かに借りるほうが早い。

 ピンチのときこそ人付き合いが重要だって気づかされるよな。

 備品のティーカップに入るまで短く切ってしまおうか、いや、専用の鋏もないし一晩経たずに枯れちまうかもしんねえ。

 どうするか──葉っぱを毟ったら長持ちすんのか? ぜんぜんわかんねえ。


「テオ・ソトドラムくん。どうしたんだい?」

「花瓶!」

「花瓶?」


 寮を目の前にまたもウダウダしてたら、顔と名前だけ知ってる同級生に声をかけられた。

 天の助けだとついつい単語で縋ったが、ステファン・グレグリーくんはやはり親切な表情を崩さない。

 こうやってさ、入学したての頃も話しかけてくれたんだよな。やっぱいい人だ。


「悪い、慌ててた。花瓶貸してくれないかな? これ、そこで庭師のじいさんに貰ったんだけど、オレ、ボク、花瓶持ってなくて……」

「いいよ、一輪挿しでいいかな? 園芸用の鋏は持ってるかい? よければそれも貸すよ」

「いいの──?」

「もちろん。困ったときはお互い様だよ」


 親切の前に空前絶後とかつけないとまずいな。お互い様になるのを待つのは人間性が腐ってるしさ。

 グレグリーくんがいる効果は抜群だ。寮内で顔を合わせる人からの挨拶が引っ切りなしだ。

 手間取らせんのもアレだし早歩きが習慣だったが、オレも隣のお手本に倣ってなんとか会釈する。珍獣と遭遇したような顔をされるのが新鮮だ。

 六年生のフロアまで階段を上がる道すがら、ここぞとばかりに質問してもフレンドリーに答えてくれる。

 貴族だから偉いは偉いんだろうけどさ、将来ぜってえ偉い人になるよ。


「グレグリーくん……婚約者か恋人いるのかい?」

「いいや。僕は三男だから兄上達が決まってからだよ。いきなりどうしたの?」


 驚きながらもやはり理由を返してくれる。

 グレグリーくん、親切どころの騒ぎじゃないな。

 困ったことがあったらステファン・グレグリーを頼るといいと風の噂で聞いていたが、今まさに、盛大に頷いて大喝采を贈りたい。

 ま、オレには恋愛相談なんて土台無理だったけどな!

 やっちまったよ。

 俯いちまうオレに情けをくれるグレグリーくんも、漏れなく同い年じゃねーんだわ。


「家の方針によってそれぞれだろうけど、グレグリー家は基本上から順番だね。僕の兄はふたりとも仕事が生き甲斐になってしまっているから母上がとてもヤキモキしているよ。僕に婚約者ができるのはずっと先かもしれないね」

「婚約者、欲しいのかい?」

「どうだろう──殿下とクリスティアーナ様、おふたりを見ていると憧れてしまうよね」

「だよな!! オレもさ! そうなんだよな……」


 尻すぼみになっていくのがますます恥ずかしい。

 大声にわずかに肩を上げていたグレグリーくんは、オレが親指と薬指で摘まんでる薔薇に視線を落とした。


「ソトドラムくんは話すと印象が変わるね。……寮生活に不便はないかい? すまない、これまで配慮に欠けていたよね」

「いや、オレが避けてただけだから。これのおかげで助けてもらえたし、庭師のじいさんに感謝しないとな」


 受け取った流れの詳細は省いたが、オレがコイツを長持ちさせたいのをつっかえながら話せたら、たくさんの知識やコツを教えてくれた。

 六年生もあと数ヶ月で終わる。最終学年を控えた今、無性に勿体ないことをしていたと後悔を覚えた。


「先入観とはかなしいものだね」

「先入観メガネ同士、うまくやってこーぜ」

「ソトドラムくん、部屋では眼鏡をかけてるのかい?」


 謝られる立場じゃないし、謝るのもヘンかもしれない。

 妙に気恥ずかしくて茶化してみたが、半引きこもりにウィットに富んだジョークなんて大層な真似はできなかった。

 伝わらねえ。

 オレの表現力不足か? グレグリーくんがわりと鈍い系?

「僕も本を読むときかけてるんだよ」と続けられたら曖昧に濁すしかなかった。

 だが、これこそ、ここががんばりどきって合図なんだろう。

 繊細な銀細工の細い花瓶に箱入りの鋏を貸してくれた親切な同級生。

 オレ、後悔すんのに慣れてねーんだ。今まで必要としなかったからさ。

 人相最悪になってんのか、なかなか立ち去らない不審者に困惑している、させてる。

 テオ・ソトドラム史上、超踏ん張った。

 迷惑になってもさ、これがなんかの思し召しなら乗っかってみたいじゃん。


「ステファンくん!」

「ステフでいいよ。テオ、今日は食堂に来るんだよ」

「ああ、うん……これ、あんがとな」

「どういたしまして」


 ああ、神様よ。いるかわかんねーけどどっかにいそうな神様よ。

 ステフをグレグリー家の三男にしたこと、世のご婦人に恨まれても知らねーぞ。貴族の女の子には結婚適齢期ってのがあるらしいじゃん。その采配、間違ってくれんなよ頼むから。失敗しやがったら足蹴の輪に加わんのも上等だからな。

 クードにはクリスティアーナ様と末永く幸せになってほしい。

 ステフにもいい嫁さんが来てほしい。

 んじゃあ、オレは?


「いや、いや……」


 おいおいおいおい、調子に乗んなって。

 いや、でも、あれだよ、昨日これまでにあった友情が深まって、ソイツの婚約者様からはお茶に誘われるくらいにいい関係が築けてて、ついに今日、おかしな予言もしてこない恋愛相談しても誠実に聞いてくれそうな友達ができていた。

 明日にはオレにも運命の出会いが来るんじゃね?

 今が四月で、秋には七年生。

 学園最後の一年、婚約者は無理でも恋人と過ごせるかもしんないのか?

 オレが? このオレが?

 まさかまさか、ウソ言うなって。

 いや、でも、でもさあ、オレだってかわいい女の子と弁当食ったり休みの日に買い物行きたいんだって。──ああ夢だよ、妄想だ。想像するだけなら自由じゃん!


「そ、ソトドラム先輩、いかがされましたか……?」

「お、お疲れ様です……」

「はい、お疲れ様です──」

「すんません、通りますよね!」

「失礼します──」


 鋏、剥き出しじゃなくて大正解だよステフ。

 頭ン中春爛漫で廊下の中央で突っ立ってた厄介な男に、たびたび寮内で鉢合わせしては小さく悲鳴を上げる小柄な後輩がぺこぺこ頭を下げながら過ぎて行く。


 ──いや、うまくいきすぎてて怖えーわ。


 運命の出会いは来月でいいや。夏でもいいか。雷のシーズンは先だしな。

 もうちっと今あるありがたみを受け取っとくのがいいかもな。

 そんでさ、この子いいなーって思う子が現れたとしてさ。

 稲妻走んなくても、予言がウソでもべつにいいよ。この薔薇みたいな子じゃなくてもさ、オレのこと知っていてほしいって子がいてくれたらいいな。


 ──なんてな、なーんてな!!


 集団生活の基本のキ、自分の世話は自分でしたまえ。

 寮母さんにバケツを借りるだろ、夕飯たんまり食うだろ、そのあと談話室に立ち寄ってみるぞ。誰かひとりには話しかけてみるんだ。

 今晩は冷水を被り続けたっていい。明日の朝溌剌としてられる自信があるのだ。


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