青年の類稀なる全力疾走
いっちにぃ、いっちにぃ、ジャンプジャンプジャンプ、オッケーイ。
シェレアティアさんを抱えたまんま準備運動。
足へっちゃらそうじゃん。大丈夫そうだな。
そりゃな、好きな子にいいとこ見せるとなったら張りきっちゃうよな。
腕の中の子はなにがあってもぜったいに落とさない。
落ちるのはオレだもんよ。
「じゃあ走ります」
「きゃあ──っ! テオさっ、速すぎませんこと!?」
「図体デカいからですかね? 大丈夫大丈夫!」
「テオさん、テオさん……!」
「オレの魔術展開は落下するときが一番安定するので、四階まで駆け上がって吹き抜けから飛び降りて西棟四階まで移動します」
「そのまま走っていくのではいけませんの?!」
「飛んだほうが早いんで」
舌噛むと危ないから黙っててほしいんだけどな。
所要時間は直線距離で走るのとそう変わんないから、キミに知ってもらいたくてオレは飛ぶよ。テオ・ソトドラムが自らの意思で魔術を扱うとこを感じてもらいたいんだ。
あと、キミがヘロヘロなほうが同情買えるってのもあるしさ。
授業中だから階段や廊下に人はまばら。追突しないようにときどき「通りまーす!」と声を張りながら、女の子一人抱えてあっという間に四階だ。
「着きました。大丈夫ですよ、キミがジッとしてたら安全だから」
ここでも軽く飛んで足首を意識する。
やっぱ、左足に制御具つけるべきだったかなあ。でもま、早く行こうや。
「んじゃ落ちますね──」
「お待ちなさい! 待って!!」
「──ん?」
「せめてこのシーツを外してくださいな……」
「ああ、はあ……けど、見えないほうが怖くないですよたぶん」
「自分がどこにいるかもわからないほうが怖いのです!」
それもそうか。
フードみてーにシーツを剥がすと、目を潤ませているシェレアティアさんのどアップ。
睨んできたが、すぐに視線を逸らされてしまう。
再会した日のように面白い顔してる。唇がもにゅもにゅしてて、隠れてない耳が温かそうだ。
オレの好きな子追跡の日々の記録なんだが、シェレアティアさん、髪型しょっちゅう変えてるんだよな。全部下ろしてたり全部上げてたり、リボンついてたりキラキラしてんのくっつけてたり。
目にも鮮やかーって感じで女の子。
オレ、このシンプルに頭の上半分結んでんのがかわいくて好きでさあ、クリスティアーナ様のお屋敷で直してきたときのやつ、やっぱこれがスッキリしてるけど可憐な感じでよく似合ってる。ステフは理解してないみたいだったから力説しちまったもんな。
てか近くでみるとすんげえなこの結び方。三つ編みっつーんだよな、凝ってるな~。自分でやってるわけじゃねーんだろうけど器用だよな、フルゥさんがしてんだろうか。朝何時に起きんだろ。
「じゃあ行きますね」
「──待って。テオさんは、本当にご自身で魔力制御をできるようになりましたのね?」
「自分のこと、好きになってきてるんで。魔力暴走ってのは自己肯定の気持ちが大事なんですよ」
「この、ルーゼンヴェルキスナールルのペンダント、重たくはないの?」
「重いのがいいんです。一生キミには返さない」
「なぜ」
「あのさあ……、遅刻してんだからさあ!」
話し合いよか連れてかせてくださいよ。
ここまでくるとキミもだいぶ頭固い鈍感さんじゃねーか?
普通によ、男が女のために走んのも渡されたモン大事に首からぶら提げてんのも、ちょっと理由考えればわかりそうなモンじゃん。
ぜんぜんまったくそういうの、オレだと思いつかないのかな。
オレは、今キミが腕の中にいること意識しないようにがんばってるよ。
「カサブランカの花が好きだからでいいでしょ。シェレアティアさん、まずは授業。そのあと!」
「……はい」
シェレアティアさん、ネクタイそう掴んじゃうのはよろしかないんですけど。
こちとらね、男の子なもんでね? ドキドキしちゃうと安定性が欠けるんだよ!
魔力、魔力サンよお、ワキワキ浮かれてんじゃねえぞクソボケが。シェレアティアさん抱えてんのに万が一があったらてめぇの息の根止めてやる。
オレの魔術は静観展開、魔力を平伏させててめぇの動きを監視する。
あと、どうしたって抱き上げてる子の動きは追ってしまう。
「掴まるならもっとしっかり掴まってください」
「こうですか?」
「…………今度、キミのお父さんとお母さんに謝ります」
どうして! どうして抱きつくみたいに腕回すんだこのお姫様!?
その位置からだと覆い被さってるみてぇで──顔に当たるからぁ…………。
未婚の貴族の女の子になにさせてんだ不届き者が。
もうとっとと飛ぶしかねえ。
「動かないでね」
脚を引き寄せて背中に腕も回して木っ端微塵にならないように固定する。手すりの前に仮想の跳躍台を用意して全速力で駆け出して、突っ切った。
空間が歪んでトンッと爪先が下りたのは、お目当ての西棟四階で一番広いホールの前。
王国近現代史の教室って毎年ここでやるんだよなあ。先生のお気に入りってとこか。
「着きましたよ」
「一瞬ですのね……」
目をパチパチさせて驚いてんのが最高にかわいいんだが、難所はここからだ。
「そりゃ入れないよな。──一八分遅刻か」
先に扉に向かったが案の定施錠中で、懐中時計で時刻を確認すればまあ納得。
遅刻者を入室させないために先生の裁量で閉め出すルールがある。早い先生だと一分待ってくれないが、サルセス先生は基本の五分、掛け忘れなんてのはしない人だな。
「そろそろ下ろしていただけると」
「ふう──失礼します!!」
シェレアティアさんは巻き込まれた可哀想な後輩で、オレは嫌われ者の先輩で、今日だけお姫様配達人。
左足に解錠魔術を這わせてガラス窓がついてる木製の扉を足蹴した。
轟音が鳴り響いて、あぁ、うん、本来とは逆方向に開いちゃったけどたぶん、たぶん大丈夫──後ろでシュルシュル修復魔術がかかってるしな。
宝物を抱えたまま、侵入者、入室成功。
「また君かね、テオ・ソトドラム」
「すいません! シェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカさんはボクが怪我したせいで医務室に付き添ってくれたので遅刻しました!」
床にそっと下ろしてシーツを回収し、跳ねちゃってる髪を迷ってから直させてもらい、やっぱり迷ってから背中を押した。
ごめん今だけ触れるの許して。
「この子はまったく悪くないです。授業受けさせてあげてください」
「ルーゼンヴェルキスナールル。君は本講義の受講生ではない。他の学生の邪魔をする権利は与えられておらん」
「はい、承知しております。誠に申し訳ございません。もし可能であれば先生のご厚意によって別途受験できました期末試験の解説をお聞かせ願えませんでしょうか」
あ、そっかそっかそっか、受講生と聴講生って立場違うんだっけ。
にしてもマジ? 単位になんないのに試験受けたの? そんなヤツいんの? ここにいんのか!
すんげえなあーオイ、どこまで詰め込んでんだこの子。課題だけじゃなく期末試験まで背負っちゃってさあ……?
ハラハラするけどオレがくちばし挟んだら二人そろって追い出されちまう。
大丈夫大丈夫、ほらー、がんばってる子には先生優しいもん。溜息をついてサルセス先生は「席に着きなさい」とシェレアティアさんを促してくれるし、教室の後ろで突っ立ってる六年生には超厳しい。
「ソトドラム、出ていきなさい」
「はい! 大変失礼しました! ……って、あ、シェレアティアさん、鞄! 鞄は!?」
「わたし! わたしが持ってます!! ティア様の鞄!!」
「お友達が持ってたんだ! よかったね!」
「……はい」
静かに空いてる席に向かってく後ろ姿を引き留めてしまったら、手ぶらの準王女様ではなくその横にいた女の子が勢いよく答えてくれた。
ホッと一安心だが、やべぇ、先生怒髪天を衝くだな、雷落ちるわ。
「──ソトドラム」
「あとで、反省文提出にいきます……失礼しました」
圧倒的にオレが悪い。
好きな子を間に合わせたいって騒ぐのはまじめに授業を受けてる子の学習を妨げていい理由にはならない。
本当に最初、一年生のとき、クリスティアーナ様に教わった。皆平等に学ぶ権利を与えられ、人を妨げてはならない責任も同時に負うってな。
すごすご退室して大反省。シーツを小さくまとめて小脇に抱える。
「やっちまった」
はあ……、やっちまった。
やっぱオレ、王子様とかにはなれねーガサツ野郎だ。
せめてさ、扉はさ、足じゃなくて手で開けようや。最後にこっちをチラって見たときのシェレアティアさんの顔が“恥”って感じでさ、粗忽な先輩に家紋入りのアクセサリーあげちゃって後悔してるよな。
あー、憂鬱。
誰かに絡まれるまえにとっとと寮に戻ることにした。
§
机の上の最新の研究論文に集中できずに、ベッドでゴロゴロ暇を持てあましてる夕方。
もうな、噂で持ちきりってヤツよ。
オレがシェレアティアさんを担いで走って授業に乱入したの、寮中に知れ渡ってるから廊下も歩けない。
無駄に魔法でペンダント浮かして開いて精神統一してっけど、すーぐ恥ずかしくなってジタバタしちまうし、かと思ったら考え込んじまう。
──オレってあの子のなんなんだろう。
いい先輩にはなれそうにねーし、頼りになる相談相手でもねーよな。
シェレアティアさんは魔力がないですわ~みたいなことこぼしてたけど、普通にあるよな銀色の。魔力がないなら魔力暴走にはならないわけだし、でも魔力があったら魔術学校に入るのは義務なんだ。
あの子がまえに通ってたのはグランウェルン女学院の魔術科。詳しくはねーけど新しく創設した科ってとこが重要くせえんだよな。
「知りたいと思って、どんどん知ってって……」
あの子の地位にピッタリ合う男が現れたとき、オレってどうなっちまうんだろう。
貴族はほぼ政略結婚。今のシェレアティアさんには婚約者はいないらしい。けど、まあ、学園を卒業したら遅かれ早かれ相手はできる。
オレが魔導士になるのはいつだ? ちゃんとランドルーヴェ魔術大学院魔導士課程に進める見込みがあるのか? 先生の評価は真っ二つなのに?
ずっと俯いてる蕾のカサブランカ、オレの魔力核の穿孔を塞いでくれた新たなる芯。
咲いてほしいなって小さな肖像画を見つめているとドアがノックされる。
「ソトドラム、サミヤス・ロッテンヤンだ」
「うぇっ……、ロッテンヤンくん?」
ぽすんとペンダントが落ちて、オレは急いで跳ね起き扉を開ける。
おうおうすんげえ無愛想な面してやがる同級生が、皺の寄ってる制服に眉を顰めてる。
オレとはぜんぜん話さねーヤツがどうしたってんだ。
「なに?」
「寮の前にシェレアティア準王女殿下がいらしている」
「は? えっ……、ここ、男子寮だぞ?」
「至急敷地内から移動していただくんだ」
「わかった、すぐ行く」
シェレアティアさん、女子寮は反対側です、校舎挟んで南側が男子寮、北側が女子寮なんです。こっちはね、女の子来ちゃいけないんすよ。
どうしたってあの子も問題児なんだな。
こうしちゃいられねえ、急げ、急げ。
窓から飛び降りるのは簡単だけど、一日で二枚も反省文は書きたくないから早歩きでとっとこ建物から出る。
遠巻きに男どもが眺めてる先に、ぽつんとか弱い女の子がいて妙にカチンときた。
「シェレアティアさん、ダメだよここ来ちゃ!」
「──申しわけありません」
オレ、やっぱ、女の子との接し方がど下手クソ。
周りを男が物珍しげに取り囲んでるとこに怒って駆けつけたら萎縮させるし恥かかせるだろ。
なんで俯かせちゃうんだよオレ……誇り高いキミはあらゆる視線を受けても顔を上げてられる子なのにさ、オレのせいで自信失くさせんのは間違いだ。
「授業のあと、話すって約束してたね。ごめん、向こう行こう」
先を歩いて寮から離れる。
先導すんのって生意気なんだろうか、日が暮れ始めた庭園で手を引くことなんざできないから、とにかく人目がつかないとこを目指した。
「ここら辺で、いっかな──」
「テオさん、本日はありがとうございました。サルセス先生には五年生から改めて講義を受けるように言っていただきました。大変感謝しております」
「……そうだよ! 近現代史、五年からだよね──?」
「空き時間がないように全コマ聴講しておりますから、まだ履修学年になっていない講義も多々あるのです」
「なんでぇー? 休憩も大事だよ? どうしてそんな」
「劣等生のわたくしにも意欲だけはあると認めていただきたいからです」
「んー……! 先輩からするととっても心配だ。ダメだよ、無理しちゃダメだって」
劣等生って、キミ、授業の内容自体がわかるなら頭が悪いわけじゃないんだろ。
学園生になりたかったキミは、どうしてそうも自分を追い込むんだ?
「テオさん、わたくしの体調については問題ございません。魔力暴走は克服しております」
「……うん、キミはそう言ってるし、キミのお兄さんお姉さんが学園編入を断固阻止してないってことで大丈夫なんだろうけどさ──」
キミの魔力を模倣したんだからちゃんと存在してるシェレアティアさんの魔力。
雪の粒をまとった白銀の百合の花びらの色をしててとても綺麗だった。キミの髪の色だった。
「わたくしを気にかけてくださいますのね」
「そりゃね。クリスティアーナ様のイトコだからじゃないよ。キミだから。これだけは覚えててほしいな……キミだから力になりたいしキミだから助けになりたい」
とっとと告白しちゃえばいいんだよ、んで、振られちまえ。
それができたら苦労はしないんだな!!
「テオさん──わたくし、酷い思い違いをしていましたのよ……」
「思い違い?」
「同級生の皆さんはテオさんは怖い方だと仰っていました。笑顔のない方だと。魔術を操っているときのあなたは無表情ですものね、下級生には近寄りがたいのでしょうが──」
「オレ、そうなの!?」
「ご自覚がないというのは本当でしたのね。ええ、ですから魔力制御ができていなかった時期のあなたは、往々にして怖い顔をなさっていたのです」
へー! マジかあ!
魔力を無意識に垂れ流してるときがデフォルトなんだから、会話でもしてねえとオレは常時無表情だったのかもな。デカくてゴツくて未来の王様と王妃様としかしゃべんない学年主席の真顔か……陰険そのものじゃん。
実際話した人が驚くよなそりゃ。
「テオさんの口調や微笑みが、皆さん、とても衝撃だったようです。わたくしには、特別なのだと──」
「あ……まあ、はい、特別っすね……」
なにこれぇ、つられる!
どしたのどしたのシェレアティアさん、夕焼けのせいだよね顔が赤いの。
えぇーバカな先輩が誤解するからその顔やめてほしいっすね!
「感じがいい先輩だとは思われてなかったでしょうけど、今日のアレで、多少の親しみは持ってもらえたんですかね……?」
「わたくしの鞄を持ってきてくださったお友達が、ぜひ一度お話ししてみたいと仰っていましたわ」
「そっかー! って、あの子も聴講生だったんですか?」
「いいえ……巻き込んでしまいましたの」
「あ……お礼、ちゃんとできました?」
「はい──」
周囲に上級生しかいないのにシェレアティアさんのためにスタンバイしてたんかあの子。度胸あんな。
うんうん、でもね、やっぱそうなんだよ。
応援したくなるんだよキミみたいな子はさ。
準王族とか王太子殿下の妹とか関係なしにさ、がんばってるもん。
「笑顔が憎い方ですのねあなたは」
「どういうことです?」
「──魔力核がカサブランカの花で再生したというのは本当ですの?」
「ああ、まあ、穴は塞がってますよ。だから腹減りは止まってます。キミのお花が栓してくれたんです」
突拍子もねえなあ。
まあいいけど、モジモジされるとオレらいい感じなのかもとかつけ上がっちゃうから勘弁してほしいんですけどね!
「薔薇でなくてよかったのですか?」
「いいんです! オレはキミのお兄様と友達です。それに薔薇の品種ってなんにも知らなくて。クリスティアーナっていうお花もクレパスキュールってお花も何色か知りません。けど、百合は、自分で調べました。カサブランカ、好きですよ……」
うぉお、言っちまった、あくまでお花の話ですよ~ってノリで言っちまったぜこんちくしょう!
大丈夫大丈夫この子だいぶ鈍いからぜんぜん気づかない。
平気平気オレが動揺してるだけで、シェレアティアさんの耳とかデコが真っ赤に見えるのは誤認識処理だ!
オレの肩にまで届かない身長の子が俯くとつむじしか見えねえの。ふるふる震えてんのも恥ずかしがってるからなのか? そうやってオレが都合よく受け取ってるだけなんだろうぜ。
──かわいいね、キミ。あー、やば、ちょっと触りたくなっちゃうよ。
「シェレアティアさん、ハンカチ持ってるかな。貸して」
「なにを?」
「オレは庶民なんでキミの手を取れません。でもね、今なら誰も見てないし言えるかなーって」
オレは王子様にも騎士にもなれねえけどなれそうなモンはありましてね。
だからこれは予行練習ってことで、キミの手をハンカチで包んで跪いた。
「テオさん──っ」
「キミに感謝してます。ありがとう。キミに会えたから夢ができた、生きる理由ができた、やりたいことが見つかった。友達にバカな心配かけない人生が送れそうです。キミのお兄様お姉様とも大人になっても交流が持てると思う。ぜんぶキミのおかげだ」
「違います、テオさんの努力の成果です」
「うん、まあそれもあるんだけど、キミがオレに言ってくれた言葉一つ一つが大事なことだなって改めて思ってさ。ちゃんと言っておきたいから。編入おめでとうシェレアティアさん! オレ、決めましたよ。魔導士になります!」
そういやキミにちゃんと宣言できてなかったから言っとくね。
オレは気分爽快で誇らしい気持ちだが、シェレアティアさんは陰から見てた儚い微笑みを浮かべている。
……なんで?
「魔導士になったら叙勲を受けて貴族になりますわね」
「ですね。成り上がりは、好きじゃないですか?」
「そんなことありません! あなたは……ソトドラムの名を持つ方ですから」
シェレアティアさんは、オレの話をどこまで聞いてるんだろう。
記憶を吹っ飛ばして八歳で魔力暴走児養護院に保護されたのは話したけど、タナ・ソトドラムとは縁もゆかりもないっぽいってのは言ってないんだっけ?
クードの関係者が噂されるような勘違いするのも考えにくいし、オレってマジでどうしてソトドラムなんだろう。
「お立ちになって」
「あぁ、うん……」
「テオさん。どうして魔導士になりたいのですか?」
真剣に見上げてくる瞳にオレは笑ってしまう。
『わたしのために?』みたいな顔してる。そう見ようとしてるオレってすんげえバカなのな。
六割キミが理由だけど、一〇〇パーオレのわがままだ。
「魔力暴走で苦しむ子どもがいなくなるように、腹減って辛い思いをする子をなくしたいからです。それと、元魔力暴走持ちが魔導士になったら、貴族の偏見もちょっとはよくなるかもしれないし」
「わたくしに、跪きたいというのは本当でして──?」
「はい。一生」
「意味がわかっていて仰っているのではなさそうですね。そそっかしい方……」
意味? キミに忠誠誓うって話じゃないの? 他になんか意味あるの?
あぁもうオレの目誤認識処理がはかどってる! シェレアティアさんを恋する乙女みたいな感じに映すなよー!
緩衝材に使わせてもらったハンカチを撫でる姿、ほんっとうに白百合様だよなあ。
肌が白いから顔赤らめてるとグッときてやべえ。夕焼け、ありがとう、いい記念だよ……。
「貴婦人からハンカチーフを贈られる意味はご存知?」
「知らないです」
「わたくしの涙を拭えるのはあなただけ──という意味ですわ」
「へえー! そういや贈りものにもいちいち意味があるんですってね。貴族って大変だ」
「その貴族になりたいのではなくて?」
「まあ、そうっすけど、オレは誰かにプレゼント贈ることはないでしょうから。貰うこともなさそうですし!」
シフィロソキア王国はな、みだりに男女間で贈りものはしねーのよ?
とくに王侯貴族は家族か夫婦か婚約者じゃねーと物々交換しないんだ。オレはどこまで行っても独身だろうし恋人は研究になってくんだろうしさ、これはああだのあれはこうだのと細けえ意味を考えながらプレゼント考える手間は発生しないだろうな。
「あきれた方! 朴念仁は流行りませんことよ!」
「すいません……?」
いきなりプンプン怒ってハンカチ握りしめて、どうしちゃったんだよオイ。
やーっぱこの子癇癪持ちだな。
「嘆かわしい……」
「すいませんって」
「わたくしの不機嫌の理由もわからないのでしょうね! もうっ……。まあいいですわ。テオさんの魔導士課程に進むための研究課題を教えてくださったら許してあげましてよ」
「えっとぉ……それは目下調整中というか……」
「なにも準備していませんの!?」
「いやその、してはいるんですけど」
「まさか、性別転換のご研究で進学するおつもり?」
「違います、違います違います! あれはなんていうか──マジで大失敗しただけです!!」
やーっぱバレてるし!
バレてないほうがおかしいけど、それじゃねえから、それはアクシデントなだけでして──でもま、対象者の魔力核を模倣して創る複製魔力核で教えるコントロール方ってのはいい感じに使えそうなんだよなあ。ユミチカの家で実習させてもらえるかな。
「ねえテオさん──ああいう女性がお好み?」
「いえぜんぜん」
てめぇが女になった姿が理想なわけねーじゃん。
ていうかキミがお好みでしてよ。
シェレアティアさんさあ、自分の顔面の強さと我の強さわかってねーよね。オレ、キミのくせの強さだいぶ好きだよ。
「これ以上ぬか喜びしたくありませんからわたくし帰りますわね」
「はぁ、わかりました」
「明日必ずお兄様をお訪ねになって。お兄様ならなにかしらの手筈を整えておいでですわ」
「はい……て、なに? ハンカチ洗って返せばいいの?」
「受け取りなさい、テオ・ソトドラム」
突きつけられた純白のハンカチ。シェレアティアさん風に言うならハンカチーフ。
どーして受け取れって言われてんだろ。
そういうのよくないと思うけどな。
オレ、キミの兄貴じゃないし、キミが結婚する日が来たとき持ってられなくなっちまう。
「貰えません」
「そのペンダントを差し上げた意義とわたくしの心を、よくよくお考えになって。そして来るべき日に思い返してくださいませね」
「シェレアティアさん!」
「ごきげんよう」
強引に渡して去ってくのなキミは。
やっぱ、わがまま言って高慢ちきしてるほうがか細いのより最高に似合うや。
大事にしますよ、女王陛下。
そしてな、人の振り見て我が振り直せ。オレも大概突っ走るとこなるべく早く直します。
キミに頼ってもらえるような大人の男になりますね。




