不器用者の反省会
大食堂までの道中で冷静になれた。
日に日に大人の階段上ってる感じがしてる。
寮の食堂と違って学園校舎内にある大食堂は全員同じ量を着席したら届けてくれる制度で、座る位置はどこだっていい。
周囲を見ても本人不在で最初から置かれている皿なんて一つもないから、クード王太子サマの特権階級具合がわかる。
ホールのほぼ中央、オレとクリスティアーナ様が横に並んで座り、未来の王太子妃様の前にトモルゥが陣取った。
これから説教が始まるんだぜ、ああやだやだ。
けどよ、純愛貫き真っ最中の婚約者持ちのありがたいお言葉ってヤツは噛み締めねえとなんねえのよ。
「テオ・ソトドラム。おまえが女性として愛してるのは、シェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカ嬢だな?」
「……そーだよ。オレがす……好きなのは、シェレアティアさんだよ」
普段ならシェレアティアさんのお姉様の前でンなこと聞くなよって咆えたいとこだ。
だがナイフとフォークを手に取らない男がさ、やけに大きく有無を言わさぬ声で言うわけ。
いいから復唱しろやボケって狙いを見抜けねーほどアホじゃねーんでな。
言ってやったよ! めちゃくちゃ恥ずかしー!
まだ本人にも言ってないんだぞ……?
「だよな。そうだよな。テオ・ソトドラムは準王女殿下を恋い慕ってるんだよな!」
お国柄放り投げてまでがんばってるなおまえ。
恋愛のあれこれを相談するのは親しい相手だけとかなんとか、じつはツツマシイ国民性だって言ってたのに体張ってくれちゃってよ。
郷に入っては郷に従うとか平然としてたおまえが眩しいぜ──すんげえ恥ずかしいぜっ!
ありがとよ、オレだってやってやらあ!
「シェレアティアさん、まだ勘違いしてるんでしょうかね? オレがクリスティアーナ様を尊敬してるのを、恋愛感情だってまだ誤解してんですかね?!」
「していますわね」
「そっすか……困っちまいますね!!」
あの子ホントに突っ走りたがりだよ、そこがかわいいんだけどマジで厄介。
人のこと言えないけどさあ、オレはキミが大切だから、やるときゃやるんだ自棄クソだぁ!
ジッと失礼な目をしてやがるトモルゥはクリスティアーナ様を見てる。
さらにダメ押し、もう一押し!
一発ぶち上げてくださいと目線で懇願すると、頬を染めてからいずれ国母になられる人も宣言された。
「わたくしは、王太子殿下と出会った四歳の頃より、クオジドォール様を心より愛しております」
「素晴らしいですね!!」
「王太子殿下もさぞやお喜びでしょうね」
「……そうだといいのですが」
「もうすんげえ狂喜乱舞ですよ!! オレもめちゃくちゃ嬉しいです!!」
「ありがとうございます──」
みんなで一致団結、シェレアティアさんの誤解を解くためやってやろうぜ茶番劇。
人の噂って怖ぇし強ぇから、羞恥心なんてとっぱらって告白大会するしかねぇのよ。
学園内では万人に平等の淑女であらせられるクリスティアーナ様の薔薇色のほっぺに周りの男どもがドギマギしてんのは、許せよクード、しゃあないんだ、しょうがないんだ、オレだってなあ! めっちゃくちゃ恥ずかしいんだぞなんだこの空間ふざけんなよクソッタレ。
おまえの妹さんの悲しい思い込みを解消するにはオレらが今ここで踏ん張るしかねえ。直接本人に言っても意固地になるなら周りを固めるんだっておまえ言ってたもんな、オレ忘れてなかったぞ! てめぇも褒めろよ!!
「オレ、まだシェレアティアさんに、あの子が書き込みしてる本借りられてなくて……クードが、本人が渡すからって。頼んだら貸してもらえますかね?」
「大張りきりで持ってきますわ」
「そうですか……よかったです」
やべえやべえ暑っついねえ。
もうなんだかんだで夏だもんな。
滑り込みセーフで編入してきたシェレアティアさんは夏生まれらしいんだな。あの子、見た目だけなら春とか冬っぽいのにな。
そこまで空腹にならねえオレも妙に教師みてぇな面してやがるトモルゥに耐えかねて、やっぱ量は少ないよなって食事を味わう。
静かにスープを召し上がってた完璧レディー様は、ふと疑問に思ったかのように尋ねてきた。
「テオさんがシェレアティアを慕わしいと思うようになったきっかけはなんでしたの?」
優しいお姉ちゃんの目してるけど、これはあれだ、恋バナってヤツだ。
トモルゥ、素知らぬ顔して隣の同級生と談笑してんじゃねえよ、助けろよ! 何重苦の羞恥に追いやられてんだオレ!
「最初は、ですね……かわいいなと思って……顔が」
「まあ……」
すいませんすいません、いやでもそんくれえシェレアティアさんの容姿ドンピシャでして!
つーかむしろあの子の可憐さにグラつかねえ男がいるのかって話でよお。
……いるな。いるいる。執務室で今頃ステフと作戦会議してるこの国でかなり偉いヤツはぜんぜんそういうのなさそうだ。
運命の相手の予言に踊らされてんのはさすがに恥ずかしいしアイツのデマだから、そこをうまーく隠してお姉様にアピールする。
「ちゃらんぽらんな俺を真っ直ぐ見てくれてズバズバ言いたいこと言って、心配して泣いてくれるし笑ってくれるし、すんげえかわいい子だと思ってます」
「見た目も性格も好ましいと思ってくださっているのですね」
「オレの魔力核の再生の話、クリスティアーナ様にしましたよね。なんつか、あの子がいる世界で生きてたいなって思うんです」
「出会うべくして出会った二人なのですね」
「そっすかねえ……?」
どうだろうな。
だってあの子は、ああいうすごい子が好きになるのって、やっぱ王子様なんだしさ。
「エディケープル嬢、一つ確認をさせてください」
「なんでしょうトモルゥさん」
「クオジドォールさんとルーゼンヴェルキスナールル嬢は、ご兄妹ですよね」
「そうですわよ」
「コイツ、下衆の勘繰りをしていますよ。あなたの婚約者に、ルーゼンヴェルキスナールル嬢が懸想してるって。どう思います?」
「……非常に、不愉快です」
え、なにその超絶冷たい顔。辛辣超えたなんかやんべえ眼差しに身の置き所がないんだけど。
急に冷やかになったクリスティアーナ様は、溜息をつかれてから子どもに言い聞かせるみたいに丁寧に話し出した。
「殿下とティアは実の兄妹のような関係でしてよ。貴族のいとこ間の繋がりはテオさんが想像する以上に深いものなのです」
「でも……」
「殿下のことですからテオさんが思い違いをされてしまうような行動を取られたのでしょう。けれどあの子の名誉のためにわたくしが断言いたします。シェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカは従姉の婚約者に想いを寄せる愚か者ではございません」
二人とも、シェレアティアさんのフルネームよく噛まずに言えるよな。
なんつか、言葉を尽くしてもらってもまだやっぱり疑ってて、変なところに気を取られちまう。
「ソトドラムは兄弟姉妹がいないから感覚がわかんねえんだろうけど、正直、仮定だけでもマジ気色悪いしおまえを心底軽蔑しちまう」
「え?」
「俺にも女きょうだいがいる。姉貴と妹とそういう想像されんのは生理的に無理だ。鳥肌立つし金輪際おまえと会話したくなくなるくれー最悪」
苦虫を噛み潰しましたって面してるトモルゥに同意して頷くクリスティアーナ様。
そこまで? そこまでなの?
「わたくしが校内でこの表情になってしまう胸中を察してくださるとありがたいですわ」
優雅で華麗な至上の美人が眉を顰めている顔に思わず感心しちまったよ。
そんなにか、いやなんかもうスイマセン、オレ、口滑らせなくてマジでよかったし、一応確認しとこうそうしよう。
「たとえばですよ。シェレアティアさんに『クードのこと好きなんですか?』って聞いたらどうなってました?」
「取り繕うことができずに侮蔑の表情をしてしまったあとに、幼少期の頃から今日に至るまでの王太子殿下の言動を懇切丁寧に解説し始めるかと思います」
「あ~……、了解です。べつの屋敷で暮らしてても家族ってことですね?」
「そのとおりです。理解していただけたようで安心しましたわ」
命拾いしたもんだぜ。
すげえ形相でネチネチ説明する様子が簡単に思い浮かんで、ひとまずクードに当たり散らしたモンを回収しようって気になった。
けどよ、アイツ、ここぞとばかりにあの子を慰めるわ王子様のキスするわでオレを慌てさせやがったんだよ。
オレとシェレアティアさんの仲違いモドキ、ほぼアイツのせいじゃねーか。
「あっ、あの、ソトドラムくん!」
「ほいなんすか」
通学組の同級生名前は不明くんに声をかけられて視線を向けると、オレが首から提げているペンダントを見てから意気込んで質問してきた。
「君の失恋は誤解だったわけだけど」
「あぁ、うん」
「なぜ、失恋したと自覚していたわりには胸に咲いた百合の花は枯れなかったのかな?」
オレがあったことまんま寮で話してっから噂が広まってく。ズタボロになった魔力核が新しくなってることもみんな知ってるし、魔力消耗症からの難治性魔力欠乏症を克服できたのがシェレアティアさんが好きだからっつー理由なのもほぼほぼ知られてる。んで、失恋のショックで雷落としたのも有名なんだ。
恥ずかしいヤツだなオレ。
けど、あの子が好きなことは誇らしいんだなこれが。
「咲いてはないんだ、蕾のままで……。お花にならなくていいと思ってるから枯れないんだと思う」
「ソトドラム、諦めるのか?」
「諦めてるっていうか、オレ今庶民だし、あの子をどうとか言える立場じゃないんだよ。けど、もしオレが魔導士になれたら──シェレアティアさんに跪きたい。オレもちゃんと相手を決めたぜ」
生涯を誓う人は一人に決めるものだと婚約者持ちの男が言った。
クリスティアーナ様は俺の恩人でさ、女神だったんだ。けどクードには普通の女の人でそういうとこにホッとする。役に立ちたいって思うけど一生とかもうつかないかもしんねえ。
だけどあの子は違う。シェレアティアさんは違う。
本当は隣に立ちたい、まだそこまで図々しくはなれないけど、魔導士になったら誰にも文句は言わせない。
「オレはシェレアティアさんを俺だけの女王陛下だと思ってる。あの子が他の男のものになったって、夫がいたって……失恋したって、俺の命はあの子が望んでくれてテオ・ソトドラムになったんだ。だからオレは魔力暴走を治す。卒業後もあの子を真正面から見上げるだけの権利は勝ち取る。好きとか恋とかよりまえに、あの子に感謝してるから──この国八人目の魔導士になる」
魔導士課程の研究、オレが今から準備できるものを先生に何度も聞きに行っている。
それなのによお、だあれもこれっていうモン教えてくんねえの。
研究って自分の中の意欲らしいんだわ。
どうするよ、魔力暴走に関する専門書は読み続けてるけど、じゃあちょっくら人体実験かますかっててめぇの魔力に圧かけたらたぶんシェレアティアさん泣くじゃん。
他人の魔力核に触れるってのは禁忌らしいからユミチカの家で子どもの世話とかもできねえし、治療行為したら捕まるんだもんなあ。
「情熱的ですのね──」
「なにがです?」
「ソトドラムくんが魔導士になった暁には、この歴史的瞬間を語らせてもらうね。感動の愛の告白だったよ」
「コイツは貴族の流儀知らねえだけだから。それに知った言葉使いたがりでさあ」
「なんなんだよ!? 愛の告白はしてねーよ?!」
おうおうどうしたどうした、なんで周りの人達ほんのりてれてるわけ?
意味わからん、なんなんだ周囲の反応、ちょっと心配だよ。
つか、今の反逆罪適応発言か? クードより現国王陛下よりも女王に相応しいとかなんちゃら言ったらやべえのかな。
「時が経つのは早いものですね──テオさんが立派に成長なさって」
「ご苦労も多かったんでしょうね」
「相応にありましたけれど──、シェレアティアの姉として、テオさんの友人として、こんなにも胸が震えた日はございません」
「ぜひ、二人の門出に当たってはこの脳天気バカの発言を知らしめてください」
「おめでとう、ソトドラムくん。お兄様とお姉様が王太子ご夫妻だなんてやはり君はすごい人だ」
ああうん、どうもな。
オレはすっかり置いてきぼりだし君の名前もぼんやりだけど、クリスティアーナ様が素の乙女顔されてるからよしとするよ、っとによお。
「このお話はわたくしから殿下にお伝えしなければなりませんわね。トモルゥさん、殿下の執務室にご一緒していただいてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「やっと行く気になったんですか、クリスティアーナ様!」
「ええ!」
『政務の邪魔をしに来てほしい』なんて誘い方するから、まじめなクリスティアーナ様は約六年間一度たりともクード専用室に行ったことがないんだそうだ。
どうしても来てくれないと嘆いていたからめんどくせえ大半で一応慰めてやっていたが、ここに来て初めてクリスティアーナ様が乗り気だぜ。
てことは、あそこにオレの保護者トップフォーが集結すんのか。
嫌だ行かねえ! 行きたくねえ!! 授業ないけど行ってたまるか。
どうすっかな。校内案内受けてるシェレアティアさん探しにいくかな。
しかし問題なのは、直接対決で問題解決に突っ込むと泥沼確定な点だ。
「雷落とすのは楽なのにな……」
「お姫様の犬のテオ・ソトドラムさんよォ」
「あァ?」
いきなり吹っかけてきやがるトモルゥは、自分の胸を指さして、オレのカサブランカの絵画が入ったペンダントを示した。
「その家紋入りの宝飾具、数日で用意できる代物じゃねえぞ。箱も年期が入ってたし相当まえから用意されてたのは間違いない。おまえ、記憶を失うまえに」
「トモルゥさん……、それ以上は口になさらないでくださいな。シェレアティアから話すことです」
「承知しました。黙ります」
なになに今度は険悪になんの?
人付き合いって難しいのな、オレ一応もうすぐ一八なんだけどそこんところ勉強中なもんでクリスティアーナ様が厳しい声で言葉を遮る意図が掴めないんだよなあ。
「言い争いをしているわけではありませんよ。あの子には複雑な事情が多く、これ以上の誤解を防ぐためにもティアのことはティア本人に聞いてほしいのです」
「俺からは注意喚起な。今すぐ問い詰めに行くのはやめとけよ」
「なんで!」
「今おまえはスッキリしてるかもしんないけどルーゼンヴェルキスナールル嬢の内心は嵐ど真ん中だ。おまえは殿下が学園に登校し始めてから、とにかく、とにかく、当たって砕けろ」
「砕けたくねえんだけど」
超お嬢様とぺーぺー庶民だから振られるってのもオコガましいんだけとさあ!
そういうこと言わないでほしいぜ、オレだいぶ繊細らしいぞ……?
「めげずにぶつかって振られに行くしかねえんだよ。てめぇの魔力核の話もぜんぶしろ。でも聞きたくないって態度を取られたら必ず引け」
「強情な子なのでそれしかないでしょうね。押して、引いて、という恋の作法があると聞きます。ティアはテオさんがそのペンダントを外さない限りあなたを諦めないでしょうから──よろしく頼みますわね」
頼まれちゃったけど、なに頼まれたのかわかんねえです、ハイ。
情緒まだ五歳児程度、七歳には育ってるかもしんねえオレにはハードル高すぎないですか?
駆け引きしろって? ぜったい無理じゃん!
クードにいい土産ができたって執務室に向かう友達の背中に、やっぱオレ振られるの辛いとは言えなかった。




