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少年の思い込みである失恋



 嗅ぎ慣れた匂いでここは医務室なんだろうなってのはわかってた。

 起きましたーってカーテン開けなけりゃいけないのも、こんなとこで愚図ついてもしょうがねぇのもわかってた。

 けど、涙が止まんねえ。


「うぐっ……うー……っ、ぐぅううー……っ」


 ツーッて流れりゃいいのに頭ん中では『振られた! 振られてる! シェレアティアさんが好きなのはクオジドォール王太子殿下!!』って喧しく盛大に宣伝してっから悲しさ溢れて止まんないのよ。

 体重くて動けねえから汚い顔を拭けやしねぇ。

 涙なんて出るんだなオレ。

 失恋してたんだなオレ。

 オレ……雷は落とせるけどキランキランすらりんサラーな王子様にゃ逆立ちしたってなれないんだよなあ……。

 開き直るかァ、テオ・ソトドラム?

 鼻を啜って目をかっぴらき、根性でも動かない両手両足をデカく開いた気になった。


 ──うわぁーん! 振られたぁ! 泣いてやる! 泣いてやる!!


 駄々っ子もどきになってみたが、虚しさに襲われただけで終わった。

 ユミチカの家にいる子ってうわんうわん泣いてる子も多いしさ、スッキリするかなって思ったわけよ。

 男の最後のプライドが泣きじゃくるのは許さねぇの、ちっぽけだよなァホントによー。

 中途半端に大人になっちまった。

 くるくるとシェレアティアさんの姿が駆け巡ってどうすりゃいいのか啜り泣き続けてると、扉の音がして、続いて仕切りが開け放たれる。


「ソトドラムさん、起きたの?」

「せんせぇぃ……」


 図体デカくてゴツくて、星じゃなくて岩みてーなオレがぐずっぐすに泣いてるのを目撃しちまった医務室の主マリグレイス先生は、朗らかなおばあちゃん先生の笑顔で寄って来る。


「あらあら、どうしたの?」

「振られたあ……!」

「振られた? シェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカさんに?」

「あの子にはぁ! 好きなおとごがいでぇ……!! おぇの、しらゆり……オレの、お姫さま……うッグウ……」

「飴でもお食べなさい。ほら口開けて。元気が出るわよ」

「うぃっす……」


 白衣のポケットから取り出された瓶に入った、わりと大きめな飴玉を上から落とされる。

 下手すりゃ窒息するけどまあ魔力がなんかすんだろうって考えの先生はときどき雑だ。

 ん、この飴うめぇな、甘くておいしいや。

 オレはあの子に相応しくないまま一生終えるんだろうか、泣けてくんな、腹は空いてねぇけど鼻が痛ぇぜ。


「倒れる直前になにしてたか覚えてる?」

「多重魔術理論の実技で、雷落とした……」

「そう。よく無事だったわねぇ。ソトドラムさんに直撃したのよ。気絶だけで済むなんて奇跡なんだから」


 先生は傍に椅子を持ってきてオレを覗き込む。

 目尻に皺を寄せた笑顔を浮かべてる。


「おめでとう。魔力を自分で扱えるようになれたのね」

「おめでとうじゃねーっす……振られてるんだ……」

「まあ、それは置いときましょう」

「あっ! ペンダント!! 先生、ペンダント壊れてないっすよね?! シェレアティアさんからの!!」

「大丈夫よ、首にかかってるわ。先生中身見たいのよねー、開けてもいい?」

「ダメっす……オレの……オレのじゃないぃ……っ!!」

「はいはい、泣かないの。誰もあなたのお花を取らないわよ。涙拭いちゃうわねー」


 取るとか取られるとかの前にシェレアティアさんはクードが好きでぇ!!

 オレがこの世で一番尊敬してるのは──してたのはクリスティアーナ様だけど、信頼してるのはクードだ。アイツには敵わねえ、勝てるなんざ思っちゃねえ。

 お兄様(クード)が好きって言われたら、だよなー、としか思わねえよ。

 じゃねーと不敬罪どころの話じゃない。

 友達を恨みたくなんかないんだ。


「……どもっす」

「いいえ。まだ体動かないでしょうから先生とちょっとおしゃべりしてね。魔力制御できるようになったきっかけを教えてくれる?」

「えっと……丸、作ろうとして、魔力、球だから。でもグチャグチャでできなくて、広げて、パンみたいして、海になって……っ、ゆり──百合がたっててえ……!!」

「はー……あなた、説明うまくならないわねえ。でも、魔力の形が見えただけ上出来。グチャグチャしてたの、ソトドラムさんに似て無邪気な子だったんでしょうねえ」


 元気だけは人一倍だった。

 跳ねっ返りはシェレアティアさんだけでいいんだよ。

 ……なんで叶わない恋をしてるって意識が抜け落ちてたんだろ。見たくねーモンから顔を背けてたみてぇな、元から失恋してた事実を知らなかったような反応に寒気がするんだ。

 大丈夫だよな、オレ。やっぱどっかおかしいのかオレ?

 わかんねぇ、わかんねぇけど、キミの存在がオレを拾い上げてくれるんだ。


「オレの魔力、百合になりました」

「百合?」

「カサブランカ……ううっ、グググゥ……ッ」

「落ち着いて。はい、もう一個ねぇー。口開けて」

「んがあ」


 雛鳥よろしく口開けてまた飴を落としてもらう。

 溶けるの早すぎのコレ、さては普通の飴玉じゃねーな? 噛んでみるとすんげえ苦い汁が舌を侵食しやがった。

 まずい……なにもんだおめぇ。


「ソトドラムさんは自分の魔力と友達になれたと思う?」

「なったと、思う。それと、魔力核がたぶん治ったんじゃないかなって……百合が栓になってるっつーか……」

「……え? どういうこと──?」

「安定はしてねーっすけど穴が塞がった気がするんすよ。好きな子の花が助けてくれてる──オレ、一回しか会ってねえのにすんげえ好きになってるみてーっす」

「その百合を見つめていたいと望むとき、自分が静かになっている気がしない?」

「うん。凪いでく、って言うんすよね」


 オレのぶっ壊れてた魔力核の中心にある白百合を意識すると感情が追い払われる妙な予感がして、どこまでも波に連れられて遠く遠くへ行ってしまうような──ひとりきりでしかいられないオレを包むように透明で穏やかな絶望感で満たそうとするんだ。


 ──オレは、魔力と友達になるんだよ。


 失恋してるけど呼吸はしてる、涙は出てるけど血は巡ってる。

 思うだけなら自由なんだ。

 一年経てば同じ学園生って縁も切れちまうけど、告白してねーから仲直りすれば一生友達。

 見たい、シェレアティアさんに会いたい、見よう。

 ペンダントよ動けって鎖を浮かせる。蓋よ外れろって開かせると一輪の白百合が咲いた。

 オレの魔力のお花さんは蕾のまんまだけど、魔法ってこんなに簡単なんだな。


「やっぱりソトドラムさんは発動じゃなくて静観の子ね」

「せいかん?」

「魔術の展開方法は二種類あるんだけど覚えてる? 魔力を呼び起こす発動と、平伏させる静観の二つよ。『がんばれ、動け!』っていうのが発動でほとんどの子はこっち。魔力を自分の意思で光らせるから発動ね。だけどあなたは『おまえはおまえの働きをしろ』って見ているだけの人。魔力が自ら光りたいって仕向けるすごーく珍しいタイプよ」

「……でも、振られた」

「そうなのかなあ。魔導士、まだ目指したいでしょう? 諦められるの?」

「諦めるのはあとでもできる。……魔導士になって貴族になれれば王太子殿下夫妻の友達でもいられるし、なれもんなら、目指してみたい気は一応はあるっす。けど……」

「今回の落雷でなれる確率は相当上がったんじゃないかなぁ。今緊急の職員会議が開かれてるの。テオ・ソトドラムを魔導士課程に推薦するかしないかって」


 マリグレイス先生はアホなオレでもついてけるように話してくれるから、ボッケボケな頭でも一年の学習範囲を記憶の引き出しから引っ張って来られた。

 天才に多いんだったかな、静観展開の人って。


 ──この国で初めて魔導士に認定されたタナ・ソトドラムも、確か。


 オレにあとからつけられた名前がなんで偉人と被ってんのかは知ったこっちゃねーけど、もう魔導士課程に間に合わないのは調べて調べて思い知ってる。


「研究なんてなんもしてません。四年生から始めてないと間に合わないのに」

「それは──あぁ、もう、泣かないの! 魔力核の再生は不可能と言われていた領域だからあなたもなんとかなっちゃうわよ。魔力と仲よくなろうって思えたソトドラムさんなら大丈夫」

「ならなぃー……!」

「はいはい、クッキー食べる?」

「腹減ってねーです」

「そう? そう……」


 いっつも腹を空かせてるオレの拒否に先生は落胆気味だ。面目ねえ。

 毎日毎日、食後すぐから微妙に腹が減り始めるんだよなオレ。目が覚めてからどんくらいだ? 朝飯パンパンにパン食って来たけどぜんっぜんなんともねーの。

 胸は穴が空いてんだけどな……ハッ。


「この飴一瓶ぜんぶ食べてね。先生近くにいるからなにかあったら呼んで」

「了解っす」


 カシャカシャ振られて──振られて……枕元に置かれた瓶にはあと十個ぐらいは入ってる。

 噛んで即効苦くて悶絶、舐めてゆっくり心身回復──どっちだ、オレ、飴舐めんの苦手なのによォ。

 体動かなくても自由自在にもの動かせんのは便利だな。コツは『てめぇが考えて動け』なのはどうかと思うんだけどな。


 えげつない苦味とえぐ味と格闘しながら噛んで噛んで噛みまくってると、オレは器用にもうとうと眠り始めてたらしい。

 椅子の脚が床に擦れる音に反応して瞼が開いた。


「あ、すまない、起こしてしまったね」

「──どちらさん?」

「ローウェルト・ヴィバーパス、前に君に服を貸した七年生」

「ああ! あんときはどうもです!!」

「いいよ、楽にして。具合が悪いんだろう? 無理をしてはいけないよ」

「いやー……さっきよかマシっす、体動くし。ホントにありがとうございました!」


 オレよりデケえ人は滅多にいない。

 けど、先輩は人のよさが滲み出てるから体格がいいんだなーって感想になる。ニュアンスだニュアンス。

 貴族さんだし洗練されてるから野暮ったさが皆無なんだな。姓が長いからわりといいとこの坊っちゃんなんだろうぜ。

 破かず服を返せたオレ、よくやった。


「で、えっと……先輩どしたんすか?」


 お礼状は書いてマルキュリウス・ミランド寮監督生に渡してある。

 初対面の先輩となに話すか迷うし、マリグレイス先生が仮にも寝込んでるオレに面会させてんのが疑問なんだよな。

 不可解で様子を窺ってると、差し出されたのは見慣れた輪っか。


「それ!」

「君の制御具だよね? 回収されてなかったから持って来てしまった」

「足につけてたやつです! スンマセン!!」


 ひぇー、なんてモン素手で運ばせてんだ。

 受け取って確認するとどれもヒビが入っていた。余波でやられちゃったんかな。

 教室で雷落としたけど弁償とかしなくていいんだよな? オレが引っ被った水は本を濡らさなかったしどの程度のデカさか知らねーけど見事にテオ・ソトドラムにだけ命中したんだろうし。

 屋根、天上、ついでに床とか周りの部屋とか、無事だよな……? 現場に踏み込むって先輩チャレンジャーだな。


「あの雷は君が落としたもので間違いないのかい?」

「そう、ですね」


 雷落ちろー! って意気込んだのは覚えてるしまず間違いなくオレがやったんだろうぜ。

 先輩は眉間に皺を寄せて視線を落とした。

 間抜けに寝てられねーしベッドに座って会話する。

 深刻そう?

 弱ったなぁ、寝起きでうまいこと話せる自信がねーぞオレ。


「私は以前からマルキュリウスに君と話す時間を設けてほしいと相談していた。毎回断られていたけどね」

「オレに用があったんすか?」

「それを……魔力暴走児養護院(ユミチカの家)で手に入る薬と制御具を横流ししてほしかったんだ」


 口が歪に上がった自己嫌悪の笑顔を浮かべ、拳は強く握られている。

 何回も見てきた。よく知ってるやこの表情。

 この人、魔力暴走持ちが身内にいるんだ。

 自分が代わってやりたい、救ってやれない悔しさを、オレは羨ましいって眺めてた。

 そっか……ただの親切じゃなかったんだ。なんつーかこれが一番ショックだよ。


「私の末の弟は六歳になる。魔力消耗性を患って一年が経過した。でもなあ……、母が当家の恥だからと家に閉じ込めて医師に診せないから本当に魔力暴走かは不明なんだ。だが、断定してもいい症状が出てから一年が経ってしまった。私は弟を救いたい」

「……そういうこと言われてもぜったいに渡さないようにって言われてるんです。ちっちゃい子が使うにはオレが持ってるのは強すぎると思うし……すいません」

「いいんだ、わかっている。気に病ませてしまってすまないね」

「いやっ! 弟を心配する兄貴の気持ちはオレでもなんとなくはわかるから! だから、言います。半年切ってるなら早いとこ専門の医者に連れてってあげてください。貴族の常識ってよく知らねーけど、どーしようもなく腹が減ってんのは辛いっす……そこは庶民もおんなじだから! 空腹感で頭狂いそうになるのはむちゃくちゃ辛い。お兄ちゃんが助けてあげてください」


 なんで一年半なのか解明されていない。一年半未満で魔力核が破損してしまうことだってあり得る。

 オレも役に立ちたい、治してやりたい、ちっちぇ子供が辛いのはイヤだ。

 って、ここまで行くのは踏み込みすぎかあ?

 でもよォ、辛いんだよ腹減ってんのは。六歳の子が腹空かせて泣いてるって考えただけで無性に“自分を使いたくなる”。

 オレは八歳のときに魔力暴走になった。

 そのあとも空腹のせいか記憶が飛び飛びで学園に来るまでどんなガキだったかよく覚えてねー。

 オレより十歳も下の子が自分じゃどうにもなんねー苦境に立たされてるとかたまんねーよ。

 先輩の家は貴族だから飢えるこたァねーだろう。でもよ、そんな家の子ばっかじゃねーだろ。たらふく食っても満たされないのは拷問だ。そんなの許されていいことじゃねえ。

 子供には元気でいてほしい。オレみてぇになる子は減ってってくれ。


「もし必要ならオレがユミチカの家まで担ぎ込みます。侵入の魔術とか今なら使えると思うし」

「いいや、気持ちだけいただこう。私がまず話を聞きに行き適切な処置を検討したい。退路を断つために君に宣言したかったんだ。非常事態に利用して申し訳ない」

「いや、べつに。頭上げてくださいよ。先輩には恩があるんでこんくらい有効活用してください」


 他人を利用してでも弟が元気になるならいいじゃねーか。そういう気概はあったほうがいいし、そんだけ貴族って魔力暴走を忌避してんだなーって気の毒に思っちまう。

 利用するとかしないとか善意の裏を読むとか読まないとか、精神年齢いつでも赤ちゃんじゃいられねーわな。

 オレはこんなの山ほど乗り越えてこそクードの友達って胸張れるんだろうよ。

 この胸に白百合を抱いている限り、無学な不届き者ではいられないのだ。

 お、なんかオレ頭よくなってる気がするな!


「ユミチカの家は本人でない者が行っても平気かな?」

「親だけ来るとかよくありましたよ。ホントに酷い子は預かりになってたけど通う子も多かったし、大抵は数回でいなくなりました。オレは──」

「二人ともー、お話するなら奥の面談室使ってちょうだい。そこは急病者用よ」

「あっ、はーい!」

「ソトドラムさん、飴ぜんぶ舐めたー?」

「まだっすー、一気に噛んじゃっていいっすか?」

「我慢できるならいいわよ」

「へーい」


 覚悟決めまして、ガリッボリッカジィッ──!

 まずい……まずい……いい薬が苦いのは古い常識だったんじゃねーのかよ。口の中に恐らく良薬が充満して気合いで飲み込んだ。

 これはいい薬、これはいい薬、飴なんて方便な今俺に必要なお薬サマ。


「顔色がみるみる内によくなった。ずいぶん強い薬剤なんだね……」


 先輩はオレがストップをかけたことに安心してるっぽい。

 だろーだろー、難治性魔力欠乏症で飲むモンってのはとにかく魔力増強剤とかそういうのらしい。だから飲みすぎると肉体のほうが先にヤバくなるわけ。魔力核が膨張すんのかね、想像も怖ぇーよ。

 ご納得いただけてなによりっす。

 てなわけで場所を移動する。

 先生からお手製のクッキーを貰って立ち食いする。先輩は断ったから二枚貰った。


「仲いいんだね」

「常連っすから」


 昔に比べりゃ回数は減ったが、低学年のときなんかは日に何回も怪我の治療してもらっていた。入学してから三つに増えた輪っかの更新頻度がハンパなかったなぁあの頃は。

 医務室の奥の壁と同色の白いドアを開けると、ちんまりした部屋に続いてて窓はなぜかステンドグラス。教会かっての。


「ここはオレも入ったの初めてです。──外界遮断、遮音、記録術の妨害、自白強要術及び強要剤の無効化」


 席に着いても腕を伸ばせば扉を押せる狭さは掃除用具置き場とかそんな窮屈さで密談用って場所だわな。

 ん、ちげーの? 壁から伝わるのは『私の広さは変化自在です』らしい。へえー、オレらに合わせて狭くしてんの、なんで?


「すごいね、展開しなくてもわかるのかい?」

「ぽいなってだけっす……ここ、すげえ特殊仕様みてーで」

「へえ──解析──本当だ、可変なんだね」


 おお、かっけえ、正統派魔術展開発動型だ! 魔力ピッカン光ったんだろうなー。

 それに比べりゃオレなんて魔術が流れてるって感じ取った瞬間に情報で溺れるとこだったさ。

 今までそっぽ向いてたから過剰に親密さ演出してんのかねオレの魔力クン。健気なヤツだなぁおめえ……。


 ──魔力は己のものであると心得よ。


 一旦話は片づいてるし他にどう会話を展開していくか悩んでいる先輩に、オレは口を開いていた。


「魔力は主である魔力核保有者の忠実なる僕です。私の経験則ですが主に信用されていない魔力は歪んでしまいます。魔力暴走は両親から受け継いだ素質も大きな要因ですが、自他からの不満、あるいは過剰な期待などの感情面から引き起こされる場合がほとんどです。ごく僅かな期間で治まる子供と長期化してしまう子供で最も異なる点は自己肯定感でしょう。自己肯定感の低い子供は魔力暴走によって自己否定が加速して病状が深刻化する悪循環に陥るのです」

「ソトドラムくん、君!!」

「はい!」

「──魔術を、今」

「使ってないっすよ」

「自覚がないんだね……? 制御具の予備は持ってるかい? 直ちに着用するんだ」

「あの……いつもならネクタイの中に入ってるんすけど、今日は実習があるから昔のしてて」


 鞄の中だと咄嗟に取り出せないことがあるからネクタイに隠してあるんだ。オレが裁縫してるわけじゃねーのよ、寮母さんに頼んでる。

 オレの制御具が特注なのはこのギミックにあるんだ。ひねって二重にできるコンパクト設計。開くと固ぇのに折り曲げようとすると柔軟なんだ。

 マジで高えんだろうぜ。製作者は天才なんだろうな。

 高が三つ、去れど三つ。

 足に制御具してねー解放感はなかなかいいモンだけどヴィバーパス先輩はすんげえマジな形相だ。


「ソトドラムくん。私は素人で制御具のなんたるかを理解してはいない。だが君には不可欠なものだと感じている。以前の魔術展開中の君とは様子が明らかに異なっている。末恐ろしいモノを見てしまった心地にさせられているんだ」

「どう変わりました? オレ魔術使ってるときどうなってるんすか!」

「指摘されたことはない? 殿下にも?」

「はい!!」

「──残念だけど、殿下がお告げになっていない事項を私が勝手に言うことはできないよ」


 ケチケチしないで教えてほしいのにクードはテオ・ソトドラム(授業中居眠り野郎)の保護者に認定されている。

 殿下がしてるかしてないかが一つの基準になってるわけだ。

 貴族さんはそりゃ従うわな。

 その点シェレアティアさん反抗するわ意見するわブチギレるわですごかった……ううぅっ。


「アイツ気づくの楽しみにしてるっぽいですよ」

「ならばなおさら私が話すことではないかな。君の性格を知っていると意外性があるからね。僕も君が魔力欠乏症だと知る前は魔術展開中の君が基本だと思っていたんだよ」

「そんなあからさまっすか」

「君の意中の女性はその高低差に夢中になるだ……ソトドラムくん?!」

「ふら」

「ふら? どうして泣いてるんだい? マリグレイス先生を……!」

「オレ、振られたんす……失恋中っす。俺の好きな子には好きな人がいるんです」


 ペンダントを掴んで心を慰める。

 キミが誰を好きでもオレがキミを尊敬してることとキミに恩義を感じてることと、キミに釣り合う男になりたいと思ってしまったことは揺るがないんだ。


 ──私の手の届かない高嶺の花、我が高潔の白百合。


 咲かないままでいいからオレの中心にいてくれと願ってる。

 たった一日、それも短い時間しか会ったことがない女の子にさあ、どーしてここまで入れ込んでるかね。

 笑ってるとこもかわいくて好きだけどさ、凛々しいとこに惹かれたんだよなぁ──キミの誇り高い芯の強さに惚れたんだ。


 跪いていたい。

 例えキミが違うヤツを好きでも、キミが誰かの伴侶になっても、オレの真ん中にいてほしい。


「君の好きな女性というと、シェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカ殿下だよね……?」

「……ぁい」

「それ、身につけているのは、シェレアティア殿下からいただいたものではなかったのかい?」

「そーすけど」

「ルーゼンヴェルキスナールル家の家紋が入っているし、中にはカサブランカの花が描かれているんだろう? ずいぶんとご執心なんだと微笑ましく感じていたが」

「しゅーしん?」

「大丈夫だよ、シェレアティア殿下も編入間近だそうだし、あと一年と少々の学園生活をふたりで実りある青春にするといい」

「いや、だから!」

「大丈夫大丈夫! 君はどうやら思い込みが激しいようだからね、先輩からのアドバイスとして『失恋はしていない』と覚えておくといいよ」


 だーかーらー、したんだよ! シェレアティアさんはお兄様がお好きなんだって!!

 これをくれたのだって仲直りの印以上の望みなんてないんだろう。

 ある意味じゃあオレは信用されてる。

“同志”だからなオレ達。

 やっとオレが好きなのはクリスティアーナ様じゃないって浸透してきたのに当のご本人様が誤解したままご一緒学園生活スタートだ。

 泣けてくるよな、あのじゃじゃ馬プリンセスぜってー人の話聞かないぜ。


「オレ、ホントに失恋したんです」

「そうか。けれど君の心には白百合がある。諦めるのは早いからね。──私は今日の講義はもうないからこの足でユミチカの家に行くつもりだが、ソトドラムくんはここでめいっぱい叫んでみるといい」

「叫ぶ?」


 人を叫んでるのがデフォルトだと思わないでほしいんだがオレの奇行は有名だ。

 帰ってから叫ぶより騒音対策完璧なここで憂さ晴らししろってか。

 憂さじゃねーし。ちょっと、かなり、すんげえ、落ち込んでるだけだ。


「君の意思を汲んでこの部屋はこの姿を取っているようだよ。極端に狭く薄暗い。君は失恋したという事実をここにしまってから寮に帰りたいんじゃないかな?」

「それじゃあまた同じことの繰り返しだ。オレは魘された理由に蓋してたんだ。失恋したって二週間してから思い出した!!」

「誤認識処理があったんだね?」

「ご……昔なんかで習いましたよね?」

「魔力の有無に関わらず我々人は真実の上に自分が求める事実を創り上げてしまうことがよくあるんだ。偽りを正しいと思い込んでしまうんだよ。魔術がその状態に磨きをかけているのが、誤認識処理」

「オレ、ずっとそれでした……」

「今君が強い不安を感じているのは自分の認識能力に自信がないからかな? 自分の記憶にウソが紛れていて自身の不確かさを恐れてしまっているのか──うん、ここでシェレアティア殿下がどれだけ好きか、その感情がどれほど大事か叫んでから帰りなさい。友達のことも憚らずに口にするといい」

「っす……」


 一歳違うだけでこんな違うモンなんだなぁ、ま、当たり前だけど学園にいる人ほぼ全員賢いんだしな。先輩は下にきょうだい何人もいる兄貴様だしな。

 モヤモヤしてるのを抱えたまんま寮に戻ったら目敏いヤツらにはバレちまう。

 ただでさえ雷落として医務室に運ばれてるんだ、ステフの胃に穴が開くような心配かけたくねーよ、アイツ恋愛に関しちゃ相当やべぇ誤解で突っ走るしさ。

 先輩は「また話をしよう」と言って部屋を出て行った。

 途端に、より狭くより暗い、独りぼっちの空間で塞ぎ込んでいく。


 ──オレがシェレアティアさんを好きな気持ちと、オレがクードを友達だって思ってる気持ちは別ものなんだ。


 息を吸え、息を吐け。

 大きく息を吸い込んで、オレはありったけの音量で宣言した。


「シェレアティアさん! 好きだー!! 白百合様ー!! キミが好きだ、すっげえ好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだー!! 妖精みたいにかわいいとこに一目惚れしたけどー! オレを心配して泣いてくれた優しいとこも! 厳しいとこも! 気が強くて真っ直ぐ自分で立とうとするとこが、ホントにホントに大好きなんだッ! 恋人にも夫にもなれなくていい! なろうなんざ許されねえ!! お友達として一生キミを支えたい──!!」


 相手は准王族、将来しっかり身分が合ってる男と結婚すんだろ。

 いやー、辛いね!!

 心臓掻き毟りたいけどさァ! キミが由緒正しいお姫様でオレがかなり有力な魔術師、魔導士になれるなら──下心ミエミエでもキミに忠誠を誓えるんだ。顔を上げずに跪いていられる。


「オレは! キミがクードを好きでもいいと思ってる! 応援はしねーけど! 応援は死んでもしねーけどォー!! クリスティアーナ様の恋を応援してるんだ。そこはぜったい譲らないよ」


 あの人はオレにとって救いの女神で、友達だ。ここでできた初めての友達、オレをいつでも優しく見守ってくれてる友達。

 クオジドォール王太子殿下万歳、クリスティアーナ王太子妃殿下万歳がオレの夢。

 譲れっこねぇんだわ。


「クード。おまえなら妹分の気持ちくらいわかってんだよな。よその男との仲後押しすんなよ。シェレアティアさんの気持ち考えたことあんのかよ。一発殴らせろやこの野郎ー!!」


 オレはここを卒業しても友達と友達でいたい。

 テオ・ソトドラムでいたい。

 サヨナラしないぜオレの初恋。

 シェレアティアさんはオレの可能性に気づかせてくれた。

 兵器よりパン屋よりオレに向いてる仕事があるって、キミの涙が教えてくれた。


 部屋から出るときオレは一つ希望を見出し、職員室へと迷わず向かった。


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