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少年の大いなる躍進



 食った食った、食っても食っても胸に空いた穴が塞がらない。

 シェレアティアさん晩飯食ったかな。

 また会いてぇ……クードとは本物の兄妹であってくれって思っちまうの情けねぇよな。


「ニコ、王国史入門貸して」

「ほいよ」


 慰めてくれとは言わねーよ、でもそこは一言ぐらいくれよ友達なら!

 ふよよん浮いて手元にやって来た教科書だけどさぁ、オレ、お勉強の気分じゃねーんですけど。

 まあお陰様でちったぁ元気になりましたけど! メソメソしてんのアホみてぇだしな!!

 つーか懐かしいな、今使ってんのに比べると薄かったんだな~。

 応用系の授業はあんま取ってないのに王国関係は徹底的に詰め込まれてるの、クリスティアーナ様のクードへの愛だよな、愛。

 早く万歳させてほしーぜ。


「僕はこれから事実しか言わない。でも君がどう捉えるかは君次第だ」

「おう……?」

「テオ、家系図の見方はわかるよね」

「そりゃ、まあ」


 ぺらぺらめくってページを開いたステフは、シフィロソキア王国の歴代国王の名前が縦に並んでいるページを示した。

 長ぇ、揃いも揃って全員名前が長ったらしいし、後ろにくっついてるの全部星か花の名前なんだと思うと字面だけできらっきらしいぜ。


「この中心に描かれているのが我が国で即位された国王の系譜だ。先代国王陛下、現国王陛下」

「クオジドォール王太子殿下」

「そう。直系の長子によって王位が受け継がれていくから、次に即位なさるのはクオジドォール王太子殿下だよ。王位継承権も殿下しかお持ちではない。でも、准王族の皆様にも権利があるのは覚えてるかな?」

「──たぶん」

「この脇に名前があんのが准王族な。王太子に万が一があったとき、暫定放棄してるこの人らが代わりに王様になる。単純に言っちまえば王位継承権第一位が王太子殿下で、第二位が王弟殿下で──おまえ、なんでそれで王国史の点数満点取れんだよ」


 ズルしてるからだよ。

 書き込みもたくさんしてるトモルゥには冗談でも言えずに黙りこくってると、ステフが「ここ見て」とクードと同じ高さのとこに描かれた四角を指した。

 あった。

 ふっつうにあったよシェレアティアさんの名前! 超長いお名前!!


「シェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカ殿下。君がお会いしたのは我が国で三指に入る高貴なお立場の女性だ」

「クードの……イトコ?」

「ハトコ。父さん母さんがきょうだいならイトコ、祖父さん祖母さんがきょうだいならハトコだ」

「ハトコ──」


 やっぱ貴族って周りに親戚だらけだな。

 オレは二度と忘れないように、シェレアティア・ルーゼンヴェルキスナールル・カサブランカさんの名前を繰り返してみる。声に出したらつっかえそうだけど覚えてぇんだ。


「クオジドォール王太子殿下には実の妹君はいらっしゃらないけど、妹のようにかわいがっていると公言されている方がいる。その方がシェレアティア殿下だよ。王太子殿下のお祖父様である先代国王陛下とシェレアティア殿下のお祖母様がご兄妹だから、お二人もご兄妹のようにお育ちになったそうだ。君が勘繰ってるような関係ではないと思う」

「え、なっ」

「殿下に嫉妬って身の程知らずも天上越えだな」

「そう……だよな」


 いやでもシェレアティアさんがクードを見てた顔は恋する乙女の表情ってやつなんだって!!

 オレは直前までクリスティアーナ様のお顔を目撃しちゃってたからな。間違いようがねーんだわ。

 両手に花かよあの野郎。

 でもしょうがねえよな、キランキラン王子様に赤ん坊の頃からかわいがられてたら──好きになっちまうよなぁ。


 ──シェレアティアさん。


 シェレアティア・ルルの『ルル』の言い方がかわいかったんだよなぁ。一音一音置いてくっての? 文字にするならルールーみたいな感じでさぁ。

 教科書にも名前が載ってる子。

 シェレアティアさん、プライドっつーか矜恃ってのが高い? 強い? まあとにかく自分の立場について真剣そうで家名がズラズラしてんのが偉いウチの国でも躊躇しないで名乗りそうな性格してた。誇らしく思ってそうだよ。

 言いたくないのを無理に聞き出そうなんて今もしないけどさ、舌は噛まないっしょキミ。身分差意識してほしくなかったから省略した? 貴族な時点でバリバリ身分差どでかいよ!


「なあ……ステフ」

「なんだい?」

「クリスティアーナ様とシェレアティアさんがイトコなのはホントなんだよな?」

「お母様同士が姉妹なんだよ」

「へえー!! てことは、クードとクリスティアーナ様も血繋がってんのか──?」

「遠縁ではあるけど珍しいことじゃないからね」


 まだ開いて持っててくれてる教科書を参考に血縁関係ってのを辿ってみるが、結局オレには遠い世界の話だな。

 オレの好きな子教科書に載ってる! 国王陛下と同じページに載ってる!!

 これでおめでたい想像してられるほどご機嫌なオツムじゃねーんでな、オレは諦めるのが一番だと悟っちまったってわけさ。

 でも、会いたい。今すぐ会いたい! 昨日会えて今日会えなかったら明日には会いてーよ!!

 なんであのときのオレシェレアティアさんのこと見られなかったんだ? モヤモヤしすぎて声も聞きたくなくてよぉ……聞きてーじゃん! 聞きたいんだよバカ野郎!!

 謝るにしたって身分が足りない。どーすんだよこれ。


「愉快な面してんな」

「うっせえ。失恋の傷に塩まぶすんじゃねえよ」

「ルーゼンヴェルキスナールル嬢、おまえにルルって名乗ったんだろ? まだ勝負ついてねーってか始まってすらなくねーか? こんだけ知れ渡ってる有名人がひょっこり居合わせた程度の庶民相手に誤魔化す理由がどっかにあると思うんだけど」

「気を遣わせないようにだろ。そんくらいわかるよ」

「おまえ貴族の令嬢の時点で誰だろうと挙動不審になるじゃねーか。大好きなクリスティアーナ様相手でも赤くなったり青くなったりやかましいし。喜べソトドラム。おまえ、叶う恋してんだぜ」

「やめるんだ」

「のし上がれよ、おまえには才能があるだろう?」

「ニコ!! からかわないであげて。希望を持たせたら可哀想だ」


 静かに首を振るステフは、今までにない目でオレを見ていた。

 鈍いオレでも気づいちまうよ。憐れまれてる。

 友達からそんな目で見られんのは辛いって初めて知った。


「シェレアティア殿下の婚約は公表こそされていないけど内定している人はいるだろう。僕らがお会いしたいと望んでいい方ではないんだよ」

「ステフでもダメなのか?」

「王位継承権を暫定放棄されている准王族の方々は社交の場や公式行事にも出席されないのが慣例だ。君がシェレアティア殿下にお会いしたのはただの偶然。期待をするだけ無駄だ」

「……そうなんだろうな」


 なんでも解決ステファン・グレグリーが白旗を挙げさせる。

 そこまで前途多難な恋だったんだな。わかってたけどさ、まぁあのお屋敷にいた時点で遥か上にいる人なのだけは予想してたけど、そんなにか、そうなんだ。

 王族の家系図見るよりステフに却下されたことのほうが重い事実となっている。

 テオ・ソトドラムは諦めてばっかの人生積んで、なにを楽しんでくんだかね。

 あんな子もう会えないよ。


「ソトドラムの親って両方平民か?」

「あぁ、そう、うん」

「今の時点じゃ無鉄砲だし非常識。ステフがド反対すんのも当たり前。でもな、おまえは才能使って上いきゃいい。簡単だろ?」

「君が学園に来た理由がどうであれ、人の恋愛事情に口を挟むのはどうかと思うよ」

「おまえに言われたかねーよ。コイツな、初恋の姉ちゃんを金持ちのジジイに取られてから歪んじまってんの。真に受けんなよ」

「そんなことはない。でもテオには今日ここで挫けてもらわなければならないんだ」


 ステフ、やっぱおまえの様子おかしいや。

 さっきまで人の恋がどうたらこうたら叫んでたし、昨日も初恋はいい思い出とか言ってなかった? めっちゃ意見する気満々だろうが。

 さっきよりオレ戸惑ってるんだけどどうしたもんかね。友達のお節介が変な角度になっちまってるよ。

 夜中魘されてた原因は知らねえ、シェレアティアさんが理由かもしんねぇ。けど、淡~く夢見るだけでもダメって、今日こてんぱんに潰されろってそりゃちょっと情け容赦ないんじゃね? なにがおまえをそこまでさせるんだ。

 クードがなんか吹き込んだ? それとも貴族の掟的に譲っちゃならねーモンがあんのか?

 わっかんねえよオレ貴族じゃねーし!


「君の初恋は決して叶うことはない。諦める覚悟がついたとき、君はどうなるか──大切なものを擲ってしまうのではないかと危惧している」

「へこむくらい許してほしいんだけど……なぁ、ステフ、クードからなんか聞いたんだよな? オレの……」

「俺の初恋の話は聞いてくれねーの?」

「……今関係あんの?」

「ないけど」

「んじゃまた今度な」

「そ、じゃあ出てってくれ。俺は二人と違って必死に勉強しねーとなんねーからな」


 一年生のときに作らされた勉強表が貼ってある机に着いて、トモルゥからの『邪魔だから消えろ』の圧に屈してすごすごと部屋を後にするしかなかった。

 追い出されてさぁ、このあとステフとどうやって仲よくご挨拶しろっての?


「ごめん。言いすぎたね」

「ああ……いや」

「殿下から君について聞かされたことはないよ。でも僕らは──貴族だから。知ってはいるんだ、それがどういうものなのかも。でも君が話したくないなら無理に聞き出さないし詮索もしないと約束するよ。君がとても忘れっぽくって物事を勘違いして覚えてしまう人なことに変わりないからね。君は君だ」

「ステフ──!」

「でも、ニコにはずるいって言われるかも」


 鍵までは掛けられていなかったドアを開けるステフの奇妙な行動のせいで、オレは感激してからのへこむタイミングを逃してしまった。

 マジおまえ今日どうした。

 隙間空けてトモルゥに聞かせるみたいに中に向かって話してやがる。


「ニコ、結婚を約束した女性がいるんだけど、お相手のご両親が厳しい人で商人の息子だからっていう理由で反対されてしまってるんだ」

「そうなのか」

「うん。それで、商人の息子だから魔力を測定できる機会があって──学園を卒業したら」

「よ、悪いななんか」

「明日までの課題がまだ終わってねーんだよ! 終いにしてくれ! 頼むから今日はもう御役御免だ!!」


 ありゃりゃ結構切羽詰まった顔してるぜ。

 コイツじつは努力家みてーだし留学生だし、もしかしたらオレが勉強するより厄介な問題抱えてんのかもねぇ。

 けど燃え上がってる友達同士のバトル。

 最近交友関係始めたばっかのオレはろくな発言ができない。余計に油を注いじまう、けどな、卒業に人生かかってる男の邪魔なんざできねーぜ。


「ステフ──」

「さっきまで話したがってたのにおかしいね?」

「人のお勉強の邪魔すんのが恩人への礼儀か? あァ? いいかソトドラム、ステフに恋愛相談だけはやめとけよ。俺の貴重な時間割いてやったのもコイツがこの手の勘だけ外しまくるポンコツなせいだ」

「そう──あ、いや……」

「マジで言い合いすんのもよそでやってくれ。頼むから!」

「……君との喧嘩、今すぐ買うけど」


 わぉ、ステフへの恋愛相談って禁止レベルだったんじゃん。人は見た目に寄らねぇなー。

 どれが禁句だったんかな、やっぱ初恋のお姉さんの話かな。

 トモルゥは図太そうな見た目まんまだけど相談にも乗ってくれたし超面倒見いい友達で、ステフは来期寮監督生にあるまじき人相してる。さっさと部屋に入れとかねーと、オレにだってそんくらいできらあ!


「なあ!! 明日オレ初めての大食堂だろ? 飯食いながらトモルゥの話聞かせてもらおうぜ! てことで! 邪魔したな」

「……夜分に失礼したね」

「おう」


 ここにいるヤツらってみんないい子だよな~お育ちいいからな~……コンプレックスオレも刺激されまくってる。

 礼儀レッスンが始まる前に打ち明けたい、自分から言う、明日の朝飯んときでいっかな。

 そしたら噂が即刻流れて、明日の昼食堂では『テオ・ソトドラム(成績優秀者)はイカサマ魔力暴走野郎』って事実がフルされる。

 クリスティアーナ様にも迷惑かけないし、逆にオレが迷惑かけっぱなしだったっていう証明になる。一石二鳥は堅い。


「テオ──殿下から伝言。『有言実行』だそうだよ」

「どういうこと?」

「さあ。楽しそうにされていたから悪いことではないと思うけど。じゃあまた明日。今日は、よく寝れるといいね」

「──おう」


 クードが楽しそうにしてるときはあんまよろしくねーときなんだけど、それを言うのもなんだかな。

 王子サマ、あんまオレ以外のヤツらと青春してねーんだよな。立場って難しいって考えさせられちまう。

 ステフも今日は疲れてるみたいだし、のし上がり方も明日にするか。

 可能性は捨てたくない。あのクードが目指すべきだって言った魔導士が怪しいって踏んでんだ。


 ──今夜もキミは夢を見て、どんな気持ちになるんだろう。


 期待は持ちすぎないほうがいい、つーか、ぶっちゃけ期待しかない感じに盛り上がりそうになるから押さえて抑え込んでふん縛って制御しとかねーと暴れ馬だぜ。

 シェレアティアさんの本心がどこにあるのかなにを考えてるのか、全部わかんなくたっていい。

 キミがオレを励ましてくれたことだけで充分なくらいだ。

 初めて持った食品をおいしく調理できる才能がある未来のオレは、きっと乗り越えられたんじゃないかな。シェレアティアさんの真っ直ぐな言葉が胸に響いたから、数年老けてる自分に希望を持つことができるんだ。


 ──ありがとう、オレ、謝るだけじゃなくてシェレアティアさんにお礼が言いたい。


 ひとりきりの部屋は静かで、自分が魘されてた名残のようなものはない。

 王国史入門の教科書を開いて好きな子の名前を書き写した。

 前向きにやってこうって思えるだけでテオ・ソトドラムにとっちゃ進歩も進歩の大進歩。

 キミのこと思い出せる。キミと話した内容も大体覚えてる。

 魘されたってキミを忘れなかった。


「一個ずつ解決してこーぜ」


 オレは前を見る。転ぶくらい前を見ろ。

 そして食費に消えていた小遣いを貯めて、カサブランカの花の絵を買いに行きたい。


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