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第六話 天使

ユニークスキルのスキルユーザー候補としてギルドに留め置かれるエイジ。

そんなエイジの前に現れたのはーー。


「くああああ~っ…ふぅ。暇だなぁ、いつまでギルドに居ればいいんだろ」


 来賓室に半ば幽閉されることもう二時間以上。

 もう日が回りそうだし、なにより退屈過ぎてさっきから欠伸が止まらない。

 まあ幽閉とは言ってもトイレに行くのとかは自由だ。お腹が空いたら店屋物を頼んでくれたし、部屋の中にはおやつや飲み物も完備されている。

 だから待遇自体には文句ないんだけど、けど家には帰してはもらえなかった。

 どうやらギルドはまだ僕を留めておかないといけない事情があるみたいだ。


 とりあえずスマホでも弄って時間を潰そうと思ったけど、今までろくに関わったことのない中学のクラスメイトや小学校の時の同級生なんかからひっきりなしに連絡が来てて、いちいち相手を確かめるのも面倒だったからすぐに電源を落してしまった。

 一応孤児院には心配しないよう連絡を入れたからそれはいいとして、結局のとこ問題なのは退屈ってこと。

 カメラに囲まれてフラッシュを焚かれるのはご免だったけど、こうして箱詰めされたままってのも中々メンタルに来るものがある。


「さて。ただあの方のことですから、より自分の功績を広く喧伝出来るような『仕掛け』があるのでしょう」


 僕が家に帰れないということは、自動的に僕のお世話係のような役目を押し付けられてしまった氷川さんもまだ一緒にいる。

 ピシッとした受付嬢の制服には皺一つないけれど、その表情には少しだけ疲れが滲み出ている気がした。


「なるほどね、その餌役が僕と。けど仕掛けって例えばどんな?」

「それはきっと見ていれば分かると思いますよ」


 僕の質問に氷川さんは来賓室に備え付けられているテレビを指差した。彼女はずっとテレビの前に陣取って情報収集をしていたのだ。

 画面には僕もよく見る夜のニュース番組が放送枠を延長して流れている。


「ニュースONEですか? スタジオであーでもないこーでもないって話してるだけじゃ」


 ここだけじゃなく他のチャネルもユニークスキルの話題ばっかりで変わり映えしないもんだから、僕は早々に見るのを止めていた。


「いえ、番組自体ではなく中継の映像の方です。そろそろ到着するのではないかと」

「到着するって一体誰が」

「確証はありませんが、おそらくーー」


 その続きは氷川さんに教えてもらうまでもなく、すぐに分かった。

 スタジオがにわかにざわついて右上にワイプされていた中継画面の方がメインに切り替わったかと思えば、ギルドの正面玄関前に停められた黒塗りの高級車が映し出された。


『見えますでしょうか! 午後11時54分、ギルドの敷地内に車両が数台入って来ました。物々しい警備ですっ、車に乗っているのは政府関係者かと思われます。あっ、扉が開きました! 誰か降りて来るようです!』


 SPに手を引かれたその人物の姿がカメラに収まった瞬間、現場のレポーターだけでなくスタジオのコメンテーター達も、そしてテレビを見ている僕も言葉を失っていた。

 ()()があまりにも美しくて、あまりにも非現実的だったから。



 黄金を鋳溶かしたような、闇夜に輝く金糸の髪。


 空の青さを封じ込めたような、美しい碧眼。


 鼻筋はすっと伸びて、まるで人間とは思えないほどに恐ろしく整っている容姿。


 そして何よりも目を引くのが、彼女の背中に生えている()()()()だった。



「ーー天使だ」


 図らずも正解を言い当てた僕は、カメラに向かってにこやかに手を振る彼女から目を離せずにただ呆然とテレビを見つめていた。




 ***




「十二翼が一翼、ラグナ・ハーゼリオンが長子、ミルルカと申します。皆さんどうぞよろしくお願いしますね♪」


 ぺこり、と頭を下げて愛想よく微笑んだ彼女に会議室の中がざわついた。

 内訳としては彼女ーーミルルカ・ハーゼリオンの可憐さに魅了された人が半分、もう半分は想像してたよりずっと親しみやすい雰囲気の少女に戸惑ってる感じ。

 ちなみに僕はというと前者と後者どっちもだった。


 だって天使、天使だよ?


 そりゃ神話とか聖書に登場する『天使』そのものではないけど、天使って種族名で背中に羽が生えてるわけだし。


 それに10年前、異界が転移してきた影響で起きた世界規模の大災害ーー『神災』に被災した僕にとって、天使族は命の恩人でもある。

 あの日ダンジョンから溢れたモンスターが父さんや母さんを殺した悪夢のような光景の中、天使たちが異界人の戦士を率いて助けてくれた姿を今でも鮮明に覚えている。

 だから僕にとっては空想の存在に過ぎない天使様(役立たず)より、天使族の方がよっぽど本物の天使なわけで。


「貴方がユニークスキルに目覚めたという人ですか。聞いてはいたけど随分お若いんですね~、わたしの弟よりも年下かも。今日はよろしくお願いします」


 その天使がいま、僕の目の前にいた。


「は、はじめましてミルルカ様。ぼ、ぼぼぼくは久我エイジって言いますっ。どうぞ、よろしくお願いします!」


 思わずどもってしまったのは多めに見て欲しい。

 僕にとって憧れの探索者がバルカイン・ロゥなら、天使は崇拝対象みたいなものなのだ。

 それがこんな近くにいて、あまつさえ話かけてくれるなんて冷静でいられるはずがない。


「ふふっ、そんなに緊張しないで。ほら深呼吸深呼吸~♪」

「え? あえ、えっと、、ひっひっふー。ひっひっふー」

「あらら、それだと赤ちゃんを産んじゃいますね~。ううん……もしかしてわたし怖がられちゃってたりします? 大丈夫ですよ~、異界人だからって取って食べちゃったりはしませんからね」


 ……後でこの会話を思い返すと、それは『異界人は人間を食べる』なんていう馬鹿な主張を広めようとしている異界人排斥論者を揶揄したのではなく、たんに僕の緊張を解すためのちょっとしたブラックジョークだったんだと思う。

 だから適当に笑っとけばよかったものを、緊張していた僕は馬鹿正直に返してしまった。


「はぁ。僕はあんまり脂肪がないんでミルルカ様が食べても美味しくないと思いますが。それに異界人の知り合いもいるんで始めからそんな心配はしてませんけど」

「え……?」


 彼女は何を言われたのか分からないという顔で瞼を瞬かせると、少し遅れてから噴き出すように笑った。


「……あはははっ! けっこう面白い人なんですね、エイジさんって。わたし貴方のこと気に入っちゃいました♪ そうだっ、様付けなんてしなくていいから『ミルルカ』って呼んでください」


 意外にも天使のお姫様にとって僕の返事はウケがよかったらしい。

 一体どこを気に入られれたのかはよく分からないけど、まあ嫌われるよりはずっといいか。


「いや、流石にいきなり呼び捨てはちょっと」

「……呼んでくれないんですか?」

「う゛っ」


 ぐふっ! 心臓にダメージが……!!


 天使の名に恥じない超絶美少女が上目遣い&ウルウル目でお願いしてくるとか反則過ぎでしょ。

 こんなん天使どころかむしろ小悪魔じゃんか。

 ここまでされたら僕には断る選択肢なんてあるわけなくて。


「じゃ、じゃあその、ミルルカ……さん」

「ええ~? 『さん』もいらないのに」

「勘弁してくださいよぅ、これ以上は僕の心臓が持たないんでっ」

「ううん。……なら仕方ありませんね、それで妥協してあげます。でもいつかはミルルカって呼ばせてみせますからね。覚悟しておいてくださいエイジくん♪」


 はぁ。生きた心地がしなかった。

 ていうかふと思ったけど、『いつか』ってまた今度があるみたいな言い方じゃないか?


 ……いやいや、まさかね。




 いつだったかネットで「ファーストネームで呼び合うと円滑なコミュニケーションが取れるようになる」とかいう記事を見かけた記憶があるけど、これが当たっているのか単純に緊張が解けたのか定かじゃないが、僕はだんだんミルルカさんと自然に話せるようなってきた。

 彼女が意外と庶民的で話題が合ったのもあって取り留めない話題で盛りあがっていたのだけど、そこに誰かが声をかけて来た。


「ハッハッハッ、異界の姫と未来の英雄。実に絵になる組み合わせですなぁ! ()()わたしがミルルカ様をお呼びしたのは間違っていなかったようだ!」


 うげ。

 出たよこの人。


 取材陣を後ろに引き連れて現れたギルドマスターは、ここぞとばかりに僕らとそれを引き合わせた自分を同じ画角に収めさせてアピールしていた。

 どうも上手く使われちゃったみたいで複雑な気持ち。

 まあでも、それだけが目的ってわけでもなかったみたいで。


「それよりもミルルカ様、そろそろ鑑定の方をお願いできますかな。メディアの方々も結果が知りたくてもう待ち切れないようですので」

「ああ、そうでした! エイジくんとおしゃべりするのが楽しくってすっかり忘れちゃっていました」


 なにもギルドマスターはなんの理由もなしに天使であるミルルカさんをギルド支部まで呼びつけたわけじゃなかった。

 そもそもそんな理由じゃ天使は動かせない。

 少なくともいち探索者ギルドの支部長の立場じゃまず無理だ。


「ごめんなさいエイジくんも。わたしって楽しくなるとつい周りが見えなくなっちゃって~」

「いや僕もミルルカさんと話せて光栄だったので。……ところで、あの痛かったりとかはしないんですよね?」

「ふふっ、大丈夫ですよ。ただわたしに心を開いてくれていた方が効きが良いというのはありますけど。実はそれもあってエイジくんと話をしてたので~す。……三分の一くらいは」


 じゃあ三分の二はただの趣味じゃん、とは言わないでおくとして、ミルルカさんがこの場にいる理由。

 それは僕が目覚めた図画工作スキルがユニークスキルか否か、その判断を下せるのが彼女ーーというより『天使』にしか出来ないからだった。





作者の宮前さくらです。


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