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第五話 漏洩

一変してしまうエイジを取り巻く環境、しかし雲行きは怪しくてーー。


 スキルという新しい力を僕らが手にしてからはや10年。

 最初にスキルやスキルオーブについての知識を人類にもたらしたのは、新たに人類の隣人となった異界人、その中でも『天使族』という異界の支配階級のヒトたちだったらしい。


 なぜ天使がスキルを人類に伝えたのかと言うと、それは当時の時勢について触れないといけないので今は割愛するとして、ともかく人類は突如スキルという正体不明の力を得た。

 間違いなくスキルは便利ではある、だけど理屈の分からない力というのは恐ろしい。

 そんなわけで異界人の協力を得てまずはスキルの調査と研究が始められた。


 その研究成果の一部が攻撃スキル、治癒スキル、技能スキルの三区分だったりーー『ティア』という10段階からなるスキルのランク付けだったりする。


 ティアは効力・効率・範囲・汎用性・稀少性の五つの評価項目からなり、現在確認されているスキルは全てこの評価項目に基づいたティア付けをされてギルドのアーカイブに記録されている。

 だからアーカイブを照会すれば自分のスキルのティアがすぐに分かるというわけだ。


 たとえば僕の憧れの上級探索者、バルカイン・ロゥの雷槌(トールハンマー)は堂々のティア10。

 超レアで超強い、最強スキルの一角。

 難関ダンジョンの最奥に潜む巨大なドラゴンすら雷槌の一撃にはひとたまりもないし、もしも街中で発動しようものなら戦略破壊兵器にもひけを取らない威力を誇るとかなんとか。


 他だと手近なところで金城が使っていた発火(パイロキネシス)ならティア5。

 丁度ティアの真ん中で、雷槌と比べればさすがに格落ち感は否めないけどそこそこレアでそこそこ強い、まあまあ当たりな部類のスキルと言っていいと思う。


 とまあ、まだまだスキルについて解明出来ていない部分は多いけれど、ある程度の体系化に人類は成功を修めたわけだ。

 ……ただ、どうしても常識では測れない例外というのも存在するようで。



 それはこの10年間ーーいやスキルを持つ異界人への調査を含めても歴史上で六例しか認定されていない一にして全(オンリーワン)


 千を超える種類のスキルがアーカイブに記録され、その全てに複数名のスキル保持者(スキルユーザー)が存在すると確認されている中で、唯一例外的に同じスキル発現した者がおらず、ティアによるランク付けからも特例で除外された全にして一(ロンリーワン)


 人類の叡智では解明出来ず、知見を求められた天使族すらもが匙を投げたという世界のバグ、存在しないはずのもの(アンノウン)



 それこそが『ユニークスキル』。



 誰もが憧れてやまない、一説では異界の神の権能の一部がスキル化したものとも言われる究極のスキルだ。

 かくいう僕もユニークスキルに目覚めたらいいなぁ、なんて淡い期待を持っていなかったかと聞かれれば嘘になる。

 ユニークスキルのスキルユーザーには一国の首相や大統領とだって対等に張り合う傑物もいるくらいだし、孤児院の一つや二つ立て直すのなんてわけないだろう。

 それほど強大な力を彼らは持っているのだ。




 ……で。

 こうして長々と語って来たのは、いわゆる現実逃避ってやつで。



「これは大変なことですよ久我様。現在日本にはユニークスキルを持つ人物は存在しません。ユニークスキルを持つスキルユーザー個人がGDP(国内総生産)に与える影響は全体の10%以上に相当すると言われていますから、我が国のみならず世界中の国々が貴方を取り込もうと動くでしょう。なので出来る限り早く『鑑定魔法』による認定を済ませて身の回りの安全を確保してしまうのが理想ですが、おそらくは時間の問題。どこから情報が洩れるか定かではありません。ですので今から私の言う取りに行動してください。まずはーー」



 僕の発現した図画工作スキルが、氷川さん曰くそのユニークスキルってやつらしいんだけどーー流石に夢だよね、これって。




 ***




 結論から言うと夢じゃあなかった。

 しかも最悪なことに僕の身を案じてくれた氷川さんの行動も残念ながら徒労に終わった。

 なんでと言うと、氷川さんが上に提出した僕の報告書に目を通したギルドマスターが勝手にマスコミに情報をリークしやがったからだ。


「いやぁ実に目出度いことです! 我が国初のユニークスキルユーザー、それがこの万梯(ばんだい)ギルド支部から生まれるとは! わたしもギルドマスターとして鼻が高いです」

「なるほど~。……今回の発見にはギルドマスターの貢献も大きいと聞きましたが?」

「ハハッ、貢献などと大げさものではないですよ。まあしかし久我くんのスキルが普通のスキルではないと気付けたのは、わたしが探索者として活動していた時の経験が活きていた部分もあるかもしれませんな! ハッハッハッ!」


 ……あんまり初対面の人を悪くは言いたくないけど、その無能なギルドマスターがこの人だ。

 禿げ上がった頭にでっぷりとしたお腹は一目で日頃の不摂生が見て取れる。

 それにマイクを向けている女性アナウンサーの胸元にチラチラ目を向けてるあたり、性格面も問題アリかもしれない。

 そもそも何でさも自分の手柄みたいに話してるんだろこの人。

 僕に色々とアドバイスをしてくれたのも、図画工作スキルが普通のスキルじゃないって気付いたのは全部氷川さんなのに。


「久我くん久我くん、さっきからだんまりしてどうかしたのかな? ほらメディアの方々がこうしていらっしゃってるんだから、もっとサービスをしないと。笑顔だよ笑顔」

「は、はぁ……」


 いやそんな急に話を振られても。こっちはただの中学生なわけでカメラ慣れとかしてないんですけど。

 それに氷川さんも後でどういう切り取り方をされるから分かったものじゃないから、発言には気を付けた方が良いって言ってたし。


 それにしても学校帰りにギルドに足を運んでもうどれだけ経ったのか。

 窓ガラスの外はもうどっぷりと日が暮れてすっかり夜だ。

 こうしてたくさんの取材陣とカメラに囲まれて、眩しいフラッシュを焚かれながら何時間も質疑応答をされ続けてると正直しんどくなってきた。


(早く孤児院(いえ)に帰りたい……)


 そんな僕の心の内を悟ってくれたのか、それともただの偶然なのか。

 僕の背後に控えていた氷川さんがギルドマスターにそっと耳打ちした。


「ギルドマスター。少々よろしいですが?」

「……氷川くんか。どうしかしたのか、見ての通りわたしはいま取材中だぞ。緊急の用件でなければ後に、」

「久我様がお疲れのようなのです。一度退席していただいた方がよろしいかと思いまして」


 明らかに鬱陶しがっている様子のギルドマスターだったけど、僕の名前が出た途端に態度を一変させた。


「むっ。それはいかん! すぐに来賓室にお連れして休んで貰え。この場はわたしがなんとか繋いでおこう。……え~、皆さま。大変残念なお知らせなのですがーー」


 僕の身を案じて、というよりは大事なユニークスキルのスキルユーザーに臍を曲げられては敵わないという意図が透けていたけど、この際どっちでもいい。

 氷川さんに背を押されて会見場を後にすると、今度はギルド職員の好奇に満ちた視線に晒されてうんざりとする。

 それも流石に来賓室の中までは付いて来ず、ようやく僕はひと心地つくことができた。


「ふいぃ~、やっと休めるぅ」


 残業上がりのサラリーマンのようにへろへろになった僕をソファーのスプリングが優しく受け止める。

 おお、ちょっとびっくりするくらいふかふか。来賓室っても随分といいソファー使ってるなぁ。

 他の内装もやたら豪華だし、ギルドって政府が出資してる半官半民の第三セクターじゃなかったっけ?


 公金の使われ方を訝しみつつも、その柔らかさの虜になっていた僕なのだが。

 ふと氷川さんが黙ったまま立ちっぱなしでいることに気が付いた。


「氷川さん座らないんですか? ほら一緒に座りましょうよ、別に誰か見てるわけでもないんだし」

「いえ私は……」


 僕の受付を担当してしまったせいで彼女もこんな時間まで付き合わせてしまっていた。

 だからせめて少しだけでも休むように促したんだけど、氷川さんは頑としてソファーに腰を下ろそうとはしなかった。

 どころかむしろ意を決した表情で僕に向き直ると、深々と頭を下げた。


「大変申し訳ありませんでした、久我様。今回の件、すべて私の落ち度です」


 え? え? なんの話?


「情報が洩れていた件です。もう少し私が気を配っていたらこんなことには」

「いやそれは氷川さんのせいじゃなくてあのギルドマスターのせいじゃ、」

「いえ私の責任です。あの方の性格を考えれば、久我様のことを知ればこうして自分の功績としてアピールするために利用するのは予想が出来たはずなのに」


 なるほどね、つまり普段からそれくらいろくでもない人だったと。

 そういう人だと分かってて報告書を上げての今だから、氷川さんが責任を感じてしまうのもまあ分からなくはない。


「私の考えが至らなかったせいで、久我様に大変ご迷惑をーー」

「待った。それ以上は言っちゃ駄目です」


 けどそれで氷川さんが僕に謝る必要ないはずだ。

 だって悪いのは彼女じゃなくてあのおっさん(ギルドマスター)なんだから。


「まあ、そりゃ本音を言えばせめて学校の人たちには隠しておきたかったですけど」


 元々僕はスキルを覚えて探索者になってもそのことをクラスメイトに教えるつもりなかった。

 スキルのティアにもよるけど、中学生でスキルユーザーの子なんて早々いないからいらない注目を浴びてしまう。それなら卒業するまでだんまりを決め込んでいた方が僕的にはトラブルも起きないしメリットの方が大きいので。


 だけど、きっと今頃お茶の間では新たに登場したユニークスキルとそのスキルユーザーのニュースで持ち切りだろう。

 もしかしたら孤児院の方にも取材陣が押しかけてるかもしれない。僕のプライバシーなんて考えもしないで。

 

 明日学校行ったら面倒なことになるんだろうなぁ……けど、だとしても。


「僕なら大丈夫ですよ、どうせいつかはバレてたでしょうし。それに周りから変な目で見られるのも慣れてるんで、孤児ですから」

「久我様……」

「だから氷川さんは責任なんて感じないでください。むしろ氷川さんの功績をあのおっさんが横取りしてたことの方が僕、許せないんですけど?」


 そう言って片目を瞑ってみせると、氷川さんは呆気に取られたような顔をして、それからふんわりと笑ったのだった。


「強いですね、貴方は。そしてとても優しい。バルカイン氏のように物語で語られる英雄のようです」

「……よしてくださいよ、僕はそんなんじゃないですって」


 たしかに小さい頃は英雄になりたいなんて思ったりもしてたけど。

 正面切って言われるとこっ恥かしいもんだな。


「それよりあのおっさんに一泡吹かせる方法一緒に考えましょ。ユニークスキルのスキルユーザーになったらどうにか出来ると思うんですよね~。氷川さんいいアイデアとかありません?」

「……そうですね。それならまずはギルド本部の監査部にーー」


 ほってた顔の熱を誤魔化すためと、あとは単純に私怨から僕は悪だくみに興じるのだった。




※探索者ギルドが半官半民の組織なのは、元々が異界側の職業組合的組織だったのを人類側が資金や人材を流入して拡大させたからという背景があったりします。




作者の宮前さくらです。


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