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第三話 自分の心に従って

氷川さんの趣味はコーヒー豆を挽くことです。


 タブレットと睨めっこしながらうんうん捻っていると、対面に座っていた氷川さんがふと口を開いた。


「お悩みのようですね、久我様」

「あ。す、すみません時間かけちゃって。迷惑でしたよね」


 てっきり早く決めろと催促されてたかと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。


「いえ皆様そうなされますのでお気に為さらずに」

「そうなんですか?」

「率直に申し上げて是という答えがない問題ですから。どのオーブを選んでも一長一短がありますし、なによりどんなスキルが発現するのかは分かりません。まさに神のみぞ知るといったところでしょうか」

「神のみぞ知る……」


 たしかに言われてみればそうだ。

 あれこれ悩むのが無駄とまでは言わないけど、結局は発現したスキル次第で前提は簡単に覆ってしまうわけで。


 例えばスキルを発動するには精神エネルギーを消費するけど、この消費量はスキルごとの範囲や効力に比例する。

 ようするに拳銃とロケットランチャーみたいなもので、威力は低い代わりに連発できるスキルと威力は高いけど一発で打ちきりのスキルがあるってイメージをしてもらえれば分かりやすいと思う。

 当然それぞれの強みも弱味も違うから、ダンジョン内での立ち回りからしてまるっと方針を変えなくちゃいけない。

 前提が覆るってのはそういうことだ。


 そんなことを考えたら余計に分からなくなって頭が沸騰しそうになった。

 そんな僕を見兼ねてか、氷川さんは一度カウンターを離れるとお盆にティーカップを二つ乗せて戻ってきた。


「お口に合うかは分かりませんが、よろしければどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 ちょうど喉も乾いていたのでありがたく口を付けると、ひんやりとした程よくほろ苦い液体が喉の奥へと抜けていく。


「アイスコーヒー?」

「今日は暑いですから。冷たい飲み物の方が良いかと思いまして」

「なるほど」


 コーヒーって苦いだけの飲み物ってイメージで普段は飲まないんだけど……でもこのアイスコーヒーは不思議と美味しく感じた。

 氷川さんがコーヒーを淹れるのが上手いのか、それとも良い豆を使っているのかな?

 苦味自体はちゃんとあるけどクドくはないっていうか、さっぱりとした後味だけ残してすっと胃の腑まで落ちていく。


「お味はいかがですか?」

「すっごく美味しいです。こんなに美味しいコーヒー人生ではじめて飲みましたよ!」

「それは良かった」


 ……あ、笑った。


 すぐに無表情に戻っちゃったけど、でもたしかにクスリと微笑んだ彼女の笑顔を僕は見逃さなかった。

 わざわざそれを本人に指摘するのは野暮だし止めといたけど。


 平日の明るい時間帯だからかギルドのロビーには人の姿はほとんど見当たらない。

 どこからか聴こえて来るカチコチと鳴る置時計の針の音が穏やかでゆったりとした時間を演出する中、僕らは会話もなくコーヒーを啜る。

 すっと喉を抜けていくアイスコーヒーの清涼感が心地いい……けど氷川さん的には不満が残る出来みたいだ。


「ふむ、70点といったところですね」

「そうなんですか? こんなに美味しいのに」

「本当はお茶請けの甘さに合わせてドリップしたのですよ。……なのですけど、買い置きしておいた分が何故かどこにも見当たらず」

「ああそういう」


 間違えてか勝手にか、どちらにしろ誰かが食べちゃってたと。

 でもま、僕としてはそこまでもてなして貰わなくてもこれ一杯で十分お釣りがくるんだけど。

 ひんやりとしたコーヒーのおかげかさっきまで頭の中でぐるぐるしてた熱も気付けば引いてるし。


「なのでお茶請け代わりと言ってはなんですが、一つ小話などはいかがでしょう」

「小話ですか?」

「はい。私が今まで見聞きしてきた探索者に纏わる話を少しばかり。……もちろん久我様に興味がおありなら、ですが。」

「聞きたい、聞きたいです! お願いします!」


 ネットや本で調べた知識ばかりの僕からしたら、現役受付嬢の目線で語ってくれる探索者の話は貴重そのものだ。聞かないって選択肢はない。

 それに個人的に気になるからってのもある。

 僕だって男なわけで探索者の冒険譚は大好物だ。

 小さい頃はよく孤児院のシスターに有名な探索者をモデルした絵本を読んでもらったっけ……懐かしいなぁ。


「では僭越ながら、この一杯分だけお時間を頂戴させていただきます」


 そんなわけで内心ワクワクで待っていると、氷川さんはソーサーに飲みかけのカップを置いて話し始めた。


「ときに久我様はバルカイン・ロゥという名前に聞き覚えはありますか?」

「バルカイン……それってあの『雷槌の』バルカインですか!?」

「はい、その彼です。数多のダンジョンを踏破した上級探索者であり、上級探索者のみで結成されたクラン、黄金三角(エルドラド)のクランマスター。欧州では広く名が知られている探索者ではありますが、久我様はよくご存じでしたね」


 バルカイン・ロゥ。

 あまり聞き馴染みがない名前なのは彼が外国人どころかこの世界の人間ではないからだ。

 10年前、突如として僕らの世界と一つに溶け合った異世界。

 バルカインは彼らが『アサイラム』と呼んでいるその世界に生まれた異界人なのだから。


「お世話になってる孤児院に異界人のシスターがいるんです。その人が教えてくれて」

「ああなるほど、そういう事情でしたか」


 そのシスターというのは小さい頃に僕に絵本を読んでくれた彼女のことだ。

 バルカイン・ロゥと言えば彼女の故郷(異界の方だ)でも有名な探索者らしくて、なにを隠そうその絵本のモデルになってるのもバルカインだった。

 だから耳にタコが出来るくらい何度も何度も絵本を読んでもらった僕は自然とバルカインについて詳しくなってたってわけ。

 そんな僕の憧れの探索者であるバルカインの名前がまさかこんなところで出てくるなんて。


「バルカイン氏には有名なエピソードが幾つもありますが、彼を語る上でとくに欠かせないのは『五つの石約』でしょうか」


 その話も絵本で読んだ記憶がある。

 まだ少年だったバルカインの故郷をモンスターの群れが襲って絶対絶命の危機に瀕した時、突如バルカインの前に現れた怪しげな老人が現れる。

 老人はバルカインの前に五つの力を秘めた宝石、スキルオーブを並べてこう言うのだ。


『この中の一つをお前にくれてやろう。この石に秘められた強大な力を使えばお前の家族も友人も助けられるかも知れない。……ただし五つの石の内、四つは外れで一つだけが当たりだ。選べるのは一度きり。さあどうするね?』


 大いに悩むバルカインだったが、老人が仕掛けた罠を見破って見事に正解のスキルオーブを引き当て、彼の二つ名でもあるスキルに目覚めてモンスターを打ち倒し故郷を救う。

 絵本だとたしかこんなストーリーだったはずだ。


「そこまで知っているなら話は早いですね。五つの石が偽物だと見抜いたバルカイン氏は老人が本物のスキルオーブを隠し持っている言い当てる。おそらく久我様の読んだ絵本ではこういう展開になるのではないですか?」

「そうですそうです! それでバルカインは『雷槌』のスキルに目覚めるんですよね!」

「いえ、実はこの話は事実と異なります」


 ……はい?


「往々にして創作の世界では()()脚色がされるのはよくあることらしく。実際には老人が差し出したのは五つとも本物のスキルオーブで、バルカイン氏が勘でたまたま選んだ石から発現したのが『雷槌』だった、というのが真実のようです」

「えぇ!? ……それってホントの話なんですか? なんか浪漫がないって言うか」

「間違ってはいないと思いますよ。以前本人にそう言われましたから」

「へぇ~本人に。……本人ッ!!?」


 え、待ってじゃあ氷川さんってバルカインと知り合いなの?

 世界でも五本の指に入るっていう探索者の頂点中の頂点でもある()()バルカインと!?


「彼が来日してこちらの支部が管理しているダンジョンに潜った際、私が受付を担当していたというだけの話ですよ。個人的に親しい間柄かと聞かれればそうではないですし」


 はえー、そうだったのか。

 バルカインほどの有名探索者が地元に来たならもっとニュースとかになっててもいいはずのに全くもって初耳だった。


「それよりもこの話、久我様と共通点があるとは思いませんか」

「共通点ですか? 僕とバルカインに?」

「というより今の久我様の抱えている悩みと、と表現した方が正確でしょうか」


 どういうことだろう。

 僕の悩みと、五つの石約に共通すること……あ、もしかして。


「その顔は気付かれたようですね。そう、バルカイン氏ですらスキルオーブを選ぶ際は苦悩した末、天に運を任せたそうです。つまりは()()()()()()なのですよ」

「あのバルカインが……」


 その事実は僕にとって衝撃だった。

 スキルオーブからどんなスキルが発現するのかはランダムだと知識として理解はしている。

 だけどなんとなくバルカインみたいな有名人は僕みたいなモブと違って、その力を手に入れるべくして手に入れたのだと思っていた。

 僕みたいみっともなく悩んだりなんてしないだろうって。


「なにが正解かなんて誰にも分かるはずがないんです。なにせスキルオーブが何故スキルを目覚めさせる力を持っているのか、一体誰がオーブを作ったのか、何一つ分からないまま私たちはこの力に縋っているのですから。ですからどうか久我様の心に従って決めてください。きっとそうするのが一番『正しい』のだと、私はそう思います」


 そう締めくくった氷川さんに背中を押されるように、僕はカウンターに置かれたタブレットに向き直った。

 赤、緑、青、三色の宝石たち。

 さっきはスキルの特徴ばかりに目がいっていたけれどーー


(同じ色の括りの中でも、色んな形のオーブがあるんだな)


 宝石の画像を一つ一つ見ながら上から下までスクロールする。

 三色にざっくり大別はしていても、その色の中で様々な濃度や色合いがあるように形状もまたそれぞれに違っている。

 そもそも氷川さんも言ってたように攻撃スキル、治癒スキル、技能スキルっていう組み分け自体人間が勝手に作っただけで、この石を創造した何者かはそんなこと決めてなかったのかも知れない。


 円形の宝石、四角い宝石、三角の宝石、筒状の宝石。

 幾つものキラキラと輝く宝石たちを、スキルを付与するアイテムとしてでなくただ純粋に鑑賞物として眺めていたその時、


(ーーこの石、良いかも)


 僕の琴線にとある宝石が触れた。

 それは燃えるような濃い赤色をしつつも少しだけ青みを含んだようなバイカラーの菱形の石だった。

 青色も混じってるけどメインは赤色だから秘めているのは攻撃スキルだろう。前後の石も赤色だから間違いない。


 さて、どうするか。


 安定を求めるなら頼れる仲間を探して後衛でヒーラーやサポーターをする方が安全マージンは確保出来る。

 でもそもそもパーティーメンバーの見通しが立ってないし、何よりダンジョンに潜って得たお金もパーティーで頭割りになる。それじゃあ孤児院を立て直すだけのお金を稼ぐのに一体どれだけの年数がかかるか分からない。

 期限まで一年しか時間はないんだ、危険ではあるけど僕の夢を叶えるには単独攻略(ソロ)しかない。

 そう考えた時選べる選択肢は一つだ。

 それに氷川さんも言ってたじゃないか、僕の心に従えって。



「すみません、この石をください」



 後になってこの時のことを思い返す度にいつも思う。

 この石を僕が手に入れたのは、きっと運命だったんだって。


作者の宮前さくらです。


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