プロローグ
プロローグは元々想定していなかったのですが、現状6話まで書いてもまだダンジョンに潜れる段階まで話が進んでおらず、『ダンジョン物』として本作を考えていたのにこれだと本末転倒じゃないかということでダンジョンアタックのシーンとして追加してみることにしました。
時系列的には(想定している範囲だと)10話以降の視点になります。
そこは薄暗い穴蔵だった。
じめじめとした粘つく空気で満たされた、せいぜい大人が三人も並べばそれでいっぱいになってしまうくらい窮屈な空間。
等間隔で設置された頼りない松明の灯りだけが頼りで、どこまで続いているのかも分からない。
一歩踏み出す度にカツン、カツンという足音が壁面に反響し、先の見えない穴の奥からは肉食獣の唸り声にも似た不気味な音が鳴り響いていた。
風鳴りの仕業かとも思ったけど油断はできない。
なぜならここはダンジョンの中なんだから。
「ーー来る」
前方から微かに足音が聞こえた気がして、僕は立ち止まると構えていた武器を闇の中へと向けた。
それは上下に滑車が取り付けられた、いわゆるコンパウンドボウと呼ばれる弓だ。
コンパクトで取り回しが良くそれでいて高い威力と精度を期待出来る、僕手製の自慢の弓。
こっちも手製の矢をつがえると、キリキリと限界まで弦を引き絞る。
そのまま待つ。
待つ。
ひたすら待つ。
滑車を搭載したおかげで弦を引くのに必要な筋力はかなり軽減出来てるけど、張りつめたまま保持し続けるの中々に骨が折れる。
弓を持つ手が悲鳴を上げて全身から汗が噴き出した。
一度構えを解いてもいいんじゃないかーーそう自分の心の甘えが囁いてくるけど、それでも待って待って待って待って、ようやくソイツは姿を現した。
「グギャアアアアアゥ!!」
こっちを見つけて雄叫びを上げる醜悪な化け物。
ゴブリン。
その化け物を端的に言い表すならまさしくそれしかない。
人間の子供くらいの背丈で赤茶けた肌に粗末な腰簑だけを身に纏い、手には石を棒に括り付けただけの粗雑な手斧を持っている。
ゲームならゴブリンなんて序盤に出てくるモンスターでしかんく、恐るるに足りない雑魚敵の代表格だけど。
ただこれはゲームじゃない。
まごうことなき現実なんだ。
「フーッ。……落ち着け、落ち着けっ、落ち着けッ。大丈夫っ、僕なら殺れる。さっきも殺れたろ!」
もしあの石斧をまともに喰らったら?
大怪我は避けられないだろうし、当たりどころによっては死んでしまう可能性もーーそんな最悪の未来を予想して震える身体を必死に鼓舞してゴブリンに弓を向けたけど、震えのせいで中々狙いが上手く定まらない。
「グギャ? グギャギャギャギャッ!」
目の前でただ怯える僕がゴブリンにはさぞ滑稽に映ったのだろう。
ゲラゲラと嘲るような嗤い声を上げながらゆったりと距離を詰めてくる。
まるでお前なんて恐れるまでもないと言わんばかりに。
「っ! ……あんまり僕を舐めるなッ!」
モンスターごときに馬鹿にされた、そのことへの怒りが僕の身体から震えを消し去った。
バシュ、と放たれた一矢は油断しきっていたゴブリンの脳天に飛来しーー
「ゴヒュッ!? グガッ、ァ……………」
あっさりと後頭部まで貫通してその命を奪い去っていた。
「へっ、ざまあみろっての」
なーんてさっきの醜態はなかったことにしてカッコつけてはみたけど、結局ゴブリンなんてこの程度の敵ってことだ。
その証拠にゴブリンの死体が突如としてダンジョン床の中に沈んでいくと、後に残されていたのは小指の爪ほどの大きさの魔石だけだった。
魔石の大きさはモンスターの強さに依存するけど、ゴブリンの魔石はギルドの査定でも最低価格で千円にも満たない。
つまりそれが僕が賭けた命の値段ってわけだ。
「まあ成果がないよりはマシってね」
それでも塵も積もればなんとやらとも言うし一応ポーチに仕舞っておく。
ポーチの中にはもう一つゴブリンの魔石が入っていて、いま倒したのでようやく二匹目だった。
ゴブリンなんてパーティーを組めば十匹単位の群れでも楽々蹴散らせるし、攻撃スキルがあればそれこそハエを叩くよりも簡単に始末できる。
そんな雑魚一匹相手に弓を使って安全な距離から攻撃しないと倒せない自分に思わず呆れてしまうけど。
(それでも通用してる。この弓とスキルがあれば、僕でもモンスターを倒せるんだ)
ぐっと握りしめた愛弓にたしかな手応えを感じた僕は、全てが始まったあの日のことを思い出していたーー。
作者の宮前さくらです。
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