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ラミィがいなくなってもう3日が過ぎた。
もちろん思い付く場所は全て探した。ラミィの自宅やファイスの街にも転移石で行き、隅々まで探したが結局ラミィは見つからなかった。
突然の家出でラミィは着替えなどを持っていった形跡はなく、まさかこんなに長い期間いなくなるとは思っていなかった俺は、もう気が気じゃなく何も手につかない状態になっていた。
「……ッジ様、ジャッジ様!聞いておられますか?」
「……ん?あ、あぁ。聞いてる。…で?何の話だっけ?」
「……はぁ。ソバの収穫祭の話です。私の方でタゴサックと話を詰めておきます」
「わかった。頼んだ。…………はぁ」
「………………」
我が国初のソバの大規模収穫を前にして、収穫祭を行おうという話になっており、ウィルは時期や規模などを俺に確認したかったと思うのだが、俺がこんな調子なので諦めたようだ。
このままではいけないと俺も分かっている。……分かっているが、ラミィがいなくなってからラミィのことしか考えられないのだ。皆を導く王としては失格だろう。
「ジャッジ様。やはりラミィ殿を探しに行かれた方がよろしいかと思います。このままではジャッジ様までダメになってしまいそうで私も心配です」
ウィルはそういって俺を後押ししてくれる。その気持ちはうれしいのだが、正直もう考え付く場所は全て探して探す場所がないのだ。
俺は最近癖になっているため息を深くひとつつくと、重い口を開いた。
「……そうだよな。俺もそうしたいんだけど、もう探す場所がないんだ。ラミィの行きそうな場所は全部探したんだよ」
「確かにこの3日間私もご一緒しましたが…。どこかお二人だけの想い出の場所等はありませんか?お忘れになっていたりしませんか?」
「…………二人だけの想い出か」
ウィルの言葉に俺が思い付くのは、初めてラミィの過去を知った海岸や、夜景を眺めたファイスの城壁。初めてラミィに会った噴水広場などだが、もちろん既に探し回った後だ。
魔車やヒコウキーはそのままだったから、転移石を使わないとなるとあまり遠くへは行っていないはずだ。一応国内もイーサン主導で兵を総動員して探してもらったが、痕跡すら見つけることはできなかった。さすがに俺の私的な事情で何日も兵を動かすのは悪いので、既にラミィ捜索は打ち切られている。
……後は俺とラミィしか知らないような想い出の場所か。転移石や魔車を使わないとなると、国内かその周辺か…。ラミィと行った場所、ラミィと行った場所……。
……………………魚釣り?そうだ!滝壺はまだ行ってない!
そう思い付いた俺は、ボーッと座っていた玉座から急いで立ち上がるとウィルに声をかけて走り出した。
「ウィル!思い付いた場所にちょっと行ってくるよ!国内だから護衛は必要ない。夕方には必ず戻るから心配しないでくれ!」
「わかりました。お気をつけて」
珍しくついていくと言い出さず俺を送り出してくれたウィルに見送られ、俺は館を飛び出した。
この国に帰ってきた当初、貴重な食料確保として魚釣りは俺とラミィの仕事だった。3日と空けずに二人で釣りに行った滝壺だが、その場所は俺とラミィ以外知らないはずだ。いや、正確に言えばフラーも知っているはずだが、フラーは今回の捜索には基本的に関わっていないので探してはいないと思う。
俺は街を抜け、ンダ族が働く畑を遠くに見ながら山に入る。もう少ししたら見えてくる沢に沿って進めば滝壺に着く。
あの頃はこの道をラミィと色んな話をしながら通ったな。魔法の話だとか俺の小さかった頃の話、ラミィとラーナの思い出も沢山聞かせてもらった。
………そう言えば俺が10歳くらいのときに父上と喧嘩して家出した話も話したな。あの時は一人で滝壺にいる所に父上が迎えにきてくれたんだった。もう暗くなっていたのに、護衛もつけずたった一人で国王である父上が俺を見つけ出してくれた。
確か原因は街の友達には母親がいるのに、俺にはどうして父上しかいないのか。と、父上を問い詰めたことだったはずだ。今思えばバカな事で家出したものだ。父上も相当困った事だろう。
月明かりに照らされた滝壺の下で、国王である父上は頭を下げて俺に謝ってくれた。もしかしたら、敢えて一人で俺を見つけに来てくれたのかもしれない。俺には出来すぎた父親だった。
………まさかラミィはその時の話を覚えていて…。いや、まさかな。
過去を思い出しながら早足で歩く俺の目の前に、滝壺がその姿を現してきた。最近まとまった雨が降っていないから、滝は水の量も少なく周辺は静かなものだ。
「………いたな」
俺とラミィがいつも日向ぼっこしながら釣りをしていた岩の近くに、ラミィの魔法のテントが見えた。どうやらこの場所で正解だったようだ。
俺はほっとしながら更に歩みを速める。そして案の定と言うべきか、いつもの指定席の岩の上で釣竿を握るラミィの姿を見つけた。
たった3日しか経っていないのに、俺にはその姿がとても懐かしく思えた。国民が増え、やらなければならないことの増えた今も十分楽しいが、ラミィとウィルとたった3人でなんとか暮らしていた頃も幸せだった。
俺はラミィのすぐ後ろまで近付くと、ラミィを驚かせないように気を付けながらゆっくりと隣に腰かける。
「………!?」
ラミィは突然現れた俺にびっくりしたようだったが、まだ怒っているのか声を掛けてくるとこはない。
「ラミィ。すまなかった」
俺はラミィの垂らす釣糸の先で揺れるウキを見ながら静かに謝る。
ラミィは俺の言葉を聞いてもしばらく反応しなかったが、俺が水面のウキが川の流れで僅かに動く様子を見つめていると、ようやく言葉を発した。
「…………エマをお嫁さんにするの?」
やはり、ラミィは俺がエマにプロポーズをしていたと思っているみたいだ。決して俺の方を見ようとはせず、ウキを見つめたままラミィは静かに聞いてきた。こんな風に一人で3日も過ごしてきたのだろうか。
「私が子供を産めないから?」
続けてラミィが口にした言葉は、きっと魔女として生きるラミィにとってはずっと気になっていた問題だろう。子供を産めば自らは死ぬ。しかし、俺は一応国王だ。跡継ぎは必要になる。そうなると魔女である自分は王妃となるのは無理なのではないか?……と。
俺はなんと返したものかしばらく考えていたが、あの夜から長いこと待たせていた答えを出すのは今しかないと決心した。
「……ラミィ。まず始めに伝えなきゃいけないのは、この前お前が見たのはプロポーズの場面じゃないってことだ。あれはサニーから買った指輪を、普段の感謝の意味をこめてエマにプレゼントしていただけだ。あの格好は確かにまずかったが、正直俺にもなんであんな格好になったかはわからないんだ。勘違いさせてごめんな」
俺が言い訳にしか聞こえない言葉をいくら並べても、ラミィには届かないかもしれない。それでも俺は真実を話すしかない。あとはラミィが俺の事を信じてくれるのを祈るだけだ。
俺が話し終わっても、ラミィの視線は変わらずウキを見つめたままだ。だが、ウキの動きはさっきまでとは違い、明らかに魚がつついていると思われる動きをしているがラミィに竿を上げて合わせる様子はない。
きっとラミィの中では葛藤しているのだろう。俺を信じたい気持ちと、どう見ても他の女にプロポーズしていた俺の姿がちらついているのかもしれない。
そんなラミィの胸中を想像しながらも、俺は更に言葉を続けた。