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俺とウィル、それに今日の仕事を終えたエマが食堂で話しながらラミィを待っていると、
「おまたせ。分かったわよ」
と言いながらラミィが自室からもどってきた。見た感じ手ぶらで、日記は持ってこなかったようだ。残念。
「それで?どこに住んでる人なんだ?」
ウィル達とも鍛冶の話をしていた俺は、改めてラミィに質問する。するとラミィは俺たちの隣のイスに腰かけながら、説明を始めた。
「実は私はその人達に会ったことも、その場所に行ったこともないのよ。大分昔にラーナが出会った人達らしいわ。……だから、今もその場所にいるかはわからないけど、それでもいい?」
ラミィは前置きのようにそう尋ねてきた。
俺がもちろんだと言う風に頷くと、再び説明を始める。
「わかったわ。その人達はゴーン族っている民族なの。大昔からサクラ山ていう火山の麓に住んでいるわ。場所はこの大陸の北の端みたいだからそんなに遠くはないわね。ラーナが出会った時はその鍛冶の技で希少な鉱石を加工してもらったらしいわ。……と、そんなもんかしら?後は実際会ってみないとわからないわね」
「わかった。ありがとうラミィ。そこまで分かれば十分だ」
……なるほど。目指すはそのサクラ山という場所みたいだな。ラミィの師匠であるラーナがいつ頃出会ったのか分からないが、昔からその場所に住んでいるなら、今も同じ場所で生活している可能性は高いだろう。
……ただ、そうなると愛着ある地を離れてこの国に引っ越してくれるかが心配だな。うーん。まぁとりあえず話してみてから考えるか。
俺はそう考え、同じように話を聞いていたウィルにもゴーン族に会いに行く考えを話した。
「私も一度会ってみるのがいいと思います。ジャッジ様の仰るようにゴーン族すべてがこの国に移住してくれるかは分かりませんが、数人でも来てくれればそれで十分だと思います」
「そうだな。愛着ある地があるってことは、そこが故郷ってことだからな。俺たちの我が儘でゴーン族の故郷を奪うわけにはいかないよな」
俺とウィルがそんな風に会話しながら、ゴーン族に会いに行くことに決まりそうだった時、これも隣で聞いていたエマが急に手を挙げて発言した。
「はい!私も行きます!」
「ん?エマ?どうした急に…」
俺が突然自己主張をしだしたエマに問いかけると、エマは当然のような顔で理由を話し出した。
「旅の間のジャッジ様のお世話を私がします!そのお役目だけは譲れません!それにいつもラミィ様ばかりお連れになってずるいです!」
「お、おぉ…。そ、そうか。じゃあ今回はエマに頼もうかな?」
俺はエマの勢いに押され、思わず今回の旅への同行を許してしまった。長旅になるかもしれないし、あとでイーサンやオリビアにも許可を取っておかないといけないな。それとフラーにも。
すると、それを聞いていたラミィも不満げに声を上げた。
「ちょっと!なんでこの女狐まで連れていくのよ!アンタの世話は私がいれば十分でしょ!?」
「い、いや、ラミィ。それはだな…」
と俺が睨み会う二人の女性に挟まれ、しどろもどろになりながらウィルに助けを求めようと、
「う、ウィル!助け………」
と、声を掛けるも、ほんの今さっきまでウィルが居た場所にはもう誰もいなかった。
「ちょっと!聞いてるの!?アンタも何か言いなさいよ!」
「ジャッジ様。女の嫉妬ほど醜いものはありませんね。その点私はジャッジ様が何人側室を持たれようと、何の嫉妬も致しませんよ。ジャッジ様からの一番の寵愛を受けるのは私と決まっていますから」
「な、なに言ってるのよ!この女狐!キィィーーッ!」
……うわぁ。これを俺が1人で鎮めるの?無理じゃない?
その夜、ハートランド王国の国王が住む館には、女性の金切り声が響き渡っていたという。
「ウィル~。なんで昨日は助けてくれなかったんだよ。大変だったんだぞ、あの後」
俺は翌日の朝、朝食の場に現れたウィルに文句をつけていた。
昨夜は風呂上がりのフラーがたまたま通りかかってくれたから収まったようなもので、俺だけではどうにもならなかったに違いない。
あの二人も俺が倒れている間は仲良くやってたらしいのに、どうしていつも喧嘩しちゃうのかな?女心は難しいなぁ。
「え?そんなことがありましたか?私は部屋で休んでいたので気付きませんでした」
なんて、ウィルはとぼけているがコイツは確信犯に違いない。いつもあんな場面になると、決まってウィルはいなくなる。
きっと剣の達人ならではの察知方法でもあるんだ。いつもなら真っ先に俺を守ってくれるのに、女性絡みの時だけは真っ先に放り出すんだからな。
「……ま、まぁいい。そういえばラミィがその旅に関係する事で、見せたい物があるって言ってたぞ。朝食が終わったら庭に来いってさ」
「わかりました。お供します」
ラミィはその見せたい物を準備すると言って、早めに朝食を食べたみたいだ。
結局昨夜はフラーにみんなで叱られて、みんな仲良く旅に出ることになった。エマはご機嫌だったし、ラミィにはまたデートの約束をさせられた。
……今度は甘いものの店は1軒だけにしてもらおう。
朝食を終えた俺たちが庭に出ると、ラミィは直径5メートル程の、円型の不思議な形をした何かの側で待っていた。
「遅かったわね。どう?すごいでしょ!?」
ラミィはその円型の何かを手で指し示しながら自慢気に胸を張っている。例のラミィが自慢をするときのラミィポーズだ。これが出る時はラミィが大体ご機嫌な時だ。
「……えーと。それは何?」
俺とウィルにはラミィが自慢するそれが何か分からずポカンとしていたが、いくら見ても分からないものは分からないので、意を決して俺はラミィに尋ねた。
俺の言葉を聞いたラミィは、自分が何も説明していなかったのを思い出したのか、少し恥ずかしそうに「コホンッ」と、ひとつ咳払いをすると説明を始めた。
「これは私が苦労の末に開発した空飛ぶ乗り物よ。どう?驚いた?」
「なんだって!?飛ぶ?これが?」
ラミィの言葉に本当に驚いた俺。
そう言われて改めて観察するが、丸く厚みがある物体は羽根もなければ車輪もない。例えるなら、露天風呂からお湯を抜いてそのまま持ってきた様だ。
周りには転落防止の為なのか、柵のようなものがあるが装飾品といえばそれくらいだ。材質は鉄に見える。
「本当に苦労したのよ。ここまで漕ぎ着けるのに何ヵ月かかったことか…。ほら!アンタ達、もっと私を褒め称えてもいいのよ!」
またラミィポーズを繰り出しながらそう話すラミィ。
「そう言われてもなぁ。本当に飛ぶのか?これ」
「バカねぇ。私が今まで間違ったこと言ったことある?ちょっとそこで見てなさい」
そう言うと、今まで何度も間違ったことを言ってきた自称天才美人魔女は、その物体の上に乗ると足元をなにやらいじくり始めた。
俺も気になって背伸びするようにラミィの様子を覗き込むと、床部分にある蓋を開けてその中身をいじっているようだ。
そして、その蓋の下から船にある操舵輪のような物を引っ張り出すと、それを握り俺たちに向かって口を開いた。
「これが運転用のハンドルよ。さぁ、行くわよ!よく見てなさい!」
ラミィがそう言いながらハンドルに付いた突起を押すと、フワッと音もなく円型の露天風呂は地面から離れた。
物体自体も結構重量がありそうだし、ラミィも上に乗っているというのに、まるでその重さを感じていないかのような動きだ。
「どう?まだまだこんなもんじゃないわよ」
驚く俺たちに向かい悪戯っ子のような表情でそう言うと、ラミィは更に手元を操作して高度を上げた。
みるみる高度を上げるラミィを乗せた物体は、館の屋根ほどの高さまで上がると今度は前に進み始めた。
そして、しばらく前進すると方向を変え、横に進んだの思ったら今度は反対に、と正に縦横無尽に俺たちの頭の上を飛び回っている。
「ほぁ~。すごいなぁ。見てるかウィル」
「……はい。これはすごい物を作りましたね」
俺とウィルは、そうやってラミィが楽しそうに空を飛び回るのを時間を忘れて眺めていた。