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泣き止んだラミィは俺のことを指差して偉そうに宣言した。
「決めたわ!アンタのことはこの天才魔女のラミィちゃんが面倒みてあげる」
「お、おぉ。ありがとう?だがさっきも話したように、俺にはウィルという今までとてもよくしてくれた従者がいてだな…。」
「違う!別に一緒に暮らすとかそういうことじゃなくて、魔力の方よ!コントロールの仕方とか使い方とか」
なるほど、確かに魔力に関しては魔女であるラミィが専門家だろう。しかもラミィの話だとコンロールができるようになれば、体調も良くなるらしいし。それならば是非お願いしたい。
体調がよくなれば、ハートランド王国再興もグッと近づくことになるだろう。しかも、しかもだ。魔法なんか使えるようになった日には、前より豊かな国を作ることもできるかもしれない。あー早く帰ってウィルにこのことを伝えたい。きっとウィルも手放しで喜んでくれるに違いない。と、考え、
「ま、まぁ別にアンタがどうしてもって言うんなら、い、一緒にく、くらし……」
「是非お願いします!」
俺が決意を伝えようと大きな声でそう言うと、ラミィはなんか喋っていたようで、ビクッと跳び跳ねた。
「ん?なんか話していたか?」
俺が尋ねるとラミィはしどろもどろで返事した。
「な、なんでもないわよ!」
「そうか?ならいいが。とにかく俺に魔力のコントロールを教えてくれ。頼む」
再度俺が頼むと、ラミィはなにかを取り繕うように急に腕組みをして、偉そうに俺に話した。
「そこまで頼まれちゃ仕方ないわね。この不世出の天才魔女ラミィちゃんに任せなさい」
…さっきよりなんか増えてるな。このタイプはあんまり調子にのせるとあとが大変そうだ。これから付き合っていくだろうし、今後は気を付けようと心に刻む。
「あぁ、よろしく頼む。とりあえず今日のところは家に帰してくれないか?」
偉そうにしているラミィにそう頼んでみる。
「そうね。そのウィルとか言う従者も心配してるかもしれないわね。ちょっと待ってなさい。転移石を取ってくるわ」
そう言うとラミィは奥の部屋に行って、転移石を二つ持って戻ってくるなり俺に命令した。
「さ、外に出るわよ。付いてきなさい」
ラミィに付いて家の外に出ると、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。ラミィの家の他にはこのあたりは誰も住んでしないのか、なんの明かりも見えない。まさに漆黒というにふさわしい暗闇だった。
家の明かりでギリギリ足元が見えるあたりでラミィが立ち止まる。
「このあたりでいいわね。ほら、もっとこっちに来なさい。いくわよ」
ここに転移してきたときと同じように、ラミィが転移石を足元に投げつける。再び現れた穴に今度はさっきよりは思いきりよく、しかし目を閉じて飛び込む。
足元にしっかりと地面の感覚を感じてから、目を開けるとあの路地裏だった。
―――それから遡ること3時間程前
道場での指導を終え、家に帰りついたウィルは激しく狼狽していた。ジャッジがまだ帰っていなかったのだ。
「ジャッジ様!どこにおられるのです!ジャッジ様!」
家中をくまなく探したがその姿はない。二人で暮らすにはちょうどいいくらいの、たいして広い家ではないためすぐに探し終えた。普段から気さくに声をかけてくれる隣の家に住む老夫婦にも聞いてみたが、今日はみていないと言う。
「まさか!散歩の途中で急に体調が悪化し、倒れているのでは!?」
そう思い付いたウィルは、風のような速さで道場の前の道を走り出した。ジャッジが散歩しそうな所をものすごいスピードで、なおかつその動体視力でくまなく探したが手がかりすら見つからない。
道場で指導しているときも前の道をジャッジが通れば気付くはずだ。なら、道場よりこちらのどこかにいるに違いない。と、考えたウィルは、まだまばらだが人の姿のある噴水広場にいる人に聞いてみることにした。
「すいません、人を探しているのですが…」
「あら、道場のウィルさんじゃないか。なんだってあんたのあの病弱の主人が?みてないねぇ」
繁盛している剣術道場の主であるウィルは、知名度も高くほとんどの人が協力的に答えてくれた。だが、なかなか有力な目撃情報はない。
何人に話を聞いただろうか。気付けばあたりは夜になる一歩手前の暗さになっていた。そのとき大分前に話を聞いた女性がウィルのもとに走って戻ってきた。確か子供を道場に預けてくれている女性だ。
「はぁ、はぁ、ウィル様!昼間ここで屋台を開いていた人が、ジャッジ様をみかけたと言っています!」
「ほんとですか!?それでどっちに行ったと言っていましたか?」
そう聞いたウィルは、女性の両肩をガシッと掴み問いかけた。
わざわざウィルの為に聞き込んでくれたらしい。息も絶え絶えで汗だくだ。ジャッジだけでなく、ウィルも様付けなのはウィルのファンの一人だろう。
「あぁ、ウィル様がこんなにも情熱的に…。しかし私は夫も子供もいる身。いけません…ウィル様…。でもそこまでおっしゃるなら…」
「どっちに、どっちに行ったのです!?」
夢見心地でわけの分からないことを話す女性など意に介さず、ウィルはさらに女性に問いかける。
「え、えぇ。なんでもしばらく少女と話したあと、向こうの路地裏の方に一緒に歩いて行ったそうです。」
「とても助かりました!ありがとうございます。このお礼はいずれ必ず!」
女性の言葉が終わるやいなや、ウィルはお礼を言い、ジャッジが向かったと言う路地裏に向けて走り出した。
「お礼ですか?そ、それなら一緒にお食事でも…。いや、でも私は夫も子供もいる身……」
女性はウィルが去ったあとも、それに気付かずクネクネしているが、とっくにウィルはその場を去っている。
駆け出したウィルは、周りに細心の注意を払いながらジャッジの痕跡を探していた。
「それにしても少女と一緒とはいったい?」
ジャッジも健全な男性だ。もちろん女性に興味はあるだろう。しかし、少女に興味があるというのはちょっと違う気がする。もしそうなら、きっとその少女に騙されているに違いない。
「ジャッジ様!今助けに行きます!」
勝手に色々と勘違いしながら、ウィルは路地裏に向かい走り続けた。
路地裏に到着したウィルだが、ジャッジも少女の姿もそこにはない。路地裏のため街灯もなく夕暮れの薄暗い中、目を凝らすと路地の奥に複数の人影がみえる。
「ジャッジ様!ジャッジ様ですか!?」
話しかけるも返答はない。仕方がないので人影に近づいていくと、
シュッ!!
鋭い音とともに細長い棒のようなものを、ウィルに向かい投擲してきた。ウィルはそれを首を少し傾けただけで躱す。細長い棒はどうやら結構鋭かったらしく、ウィルの後ろにある壁に突き刺さった。
「チッ!邪魔が入ったか。おい!ずらかるぞ」
棒を投げてきた人影は、仲間らしき者たちと共に路地裏から逃げ出そうとする。その際大きな袋を担いでいる人影がひとつあるのをウィルは見逃さなかった。
「待てっ!おい!待てと言っているだろうが!」
きっとやつらがジャッジ様をさらった犯人に違いない。あの袋はちょうど人ひとり入るくらいだった。ジャッジ様、すぐに助けに行きます!ウィルはそう思いすぐに後を追う。