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キンッ!ガッ!!
ウィルは残りわずかとなったダポン軍を殲滅している途中で、飛び出してきた一人の兵と剣を交えていた。
男の振る大きな斧を剣で受け、その勢いを利用するように一回転すると、ウィルは男の右脇腹に鋭い斬撃を放つ。
男は斧の柄の部分でそれを受け、その衝撃でたたらを踏むように後ろに下がるが、すぐに体勢を立て直し再び斧を殴るように振り下ろしてくる。
そんな風にもう10合以上二人は攻防を繰り返していた。
ここまでウィルの攻撃を防ぎきった者は今までいない。ほとんどの兵は一撃でその命を散らす中、この斧の男だけはなんと反撃までしてくるのだ。
「なかなかやるな」
そう言いながら男の斧を涼しい顔で受けると、右足で前蹴りを放ち男を吹き飛ばす。
「ゲホッ!ゲホッ!……よ、よく言うぜ。汗ひとつかいてないくせに。…ゴフッ!」
蹴り飛ばされた男は、なんとか立ち上がったがその口からは血が溢れている。今のウィルの前蹴りで内蔵をやられたのかもしれない。
それでもまだ前に出ようと、斧を杖のように支えにして一歩ずつ歩き始めた。
「……惜しいな。きっとまだ強くなるだろう。お前のような強い男が、なぜゲールのような卑劣な男に付き従う?」
その姿を見たウィルがそう問いかけると、男は足を止めウィルの顔を見上げると口を開いた。
「…ゲール?あんなやつは関係ねぇ。俺は強いやつと戦えるっていうからついてきたんだ!ダポン共和国じゃもう何年も戦争なんてないからな。少数民族なんかに興味はないが、ジャッド族は強いらしいと聞いてな。……まぁ、お前みたいな化け物がいるとは聞いてなかったがな」
そう話す男は、満身創痍にも関わらずニヤリと笑みを浮かべている。
「…そうか。お前とは違う場所で出会えたなら語り合うこともできたかもしれないな。きっとジャッド族とも気が合っただろう。……しかし、ジャッジ様を傷つけたゲールに与した以上、許すわけにはいかん!」
そう話すと、ウィルは今日始めて剣を両手で握った。そして剣を左脇に構えた姿勢で、腰を深く落とすと下半身に力を溜める。
ウィルの姿を見た男もふらつく体で斧を抱え上げると、とても怪我人とは思えない力で走りながらその斧を振り下ろした。
男の振り下ろした斧がウィルの頭に触れた、と思った瞬間、ウィルは下半身に溜めた力を前方への推進力に変え、左脇に構えた剣を振り抜きながら爆発的な速さで男の脇を通り抜けた。
おそらく斧の男にも、まわりにいたダポン兵にもウィルの動きは見えていなかっただろう。まさに刹那の出来事だった。
「……こ、これじゃ敵わねぇや」
そう一言言うと、男は前のめりに倒れこんだ。
地面に斧を持つ上半身が先に着き、遅れるように下半身が倒れる男は上下で両断されていた。
「……さて。残りを片付けるか」
ウィルは再び剣をもう一本抜いて両手持ちになると、周りでウィルと男の一騎討ちを見ていた兵達の元に飛び込んでいく。
先程の男とは違い、ウィルの一振であっけなくやられていくダポン兵達。やや物足りなさを感じながらも、ウィルはペースを落とすことなく兵を倒し続けていく。
早朝に始まった2対3万という、冗談としか思えない戦いが終わったのはその日の夕方だった。
勝者はもちろんウィルとラミィ2人のハートランド王国軍であり、敗北したダポン共和国軍の数少ない生き残りは敗走した。
戦場となった荒野はオレンジ色の夕日に照らされて赤く染まっている。そこに横たわる夥しい数のダポン兵の死体も、夕日なのか流れ出た自らの血液なのか判別がつかないが真っ赤に照らされ、まるで赤い絨毯に寝そべっているようだ。
ウィルとラミィは勝利を確信したあと、合流して今はゲールらしき死体を探していた。
「……まったく。アンタが無茶苦茶するからどれがゲールか分からないじゃない!」
「いや。ラミィ殿にやられた死体の方が酷いですよ。……ほら、これなんか黒焦げで顔も判別できません」
ウィルとラミィは、さっきから死体をひっくり返してはゲールらしき人物を探しているのだが、自分達がしたこととは言え綺麗な死体はほとんどなく、ゲール探しは難航していた。
そもそもゲールの顔を知らない二人は、衣装や鎧から見つけようとしているのだが、未だに士官らしき死体はひとつだけしか見つかっていない。それもウィルが首を跳ねたであろう者であり、首から上は行方不明だ。
「……困りましたね。ジャッジ様はゲールを亡き者にしろと仰っていたんですが」
ウィルは、まだ毒に倒れる前にジャッジが話していた内容を思い出しながらそうラミィに話しかける。
「……うーん。私だって見つけたいわよ。でもこの惨状じゃ無理じゃない?結局それはトルスの希望でしょ?私達がそこまでしてあげる必要ないじゃない」
ラミィはさすがに疲れたのか、ゲール探しを早々に切り上げて早く帰りたい様子だ。
ウィル自身も疲れは感じている。あれだけの大立ち回りを演じたのだ、疲れてないはずがない。
どうしようかと、しばらく顎に手を当てて考えていたウィルだったが、
「……わかりました。今日のところは諦めて館に帰りましょう。皆にもこの勝利を伝えなければならないでしょう。それにジャッジ様がお目覚めになっているかもしれません」
と、今日のゲール捜索中止を告げた。
それを聞いたラミィは、
「そうね!もう目が覚めているかもしれないわ!そうと決まればさっさと帰って、アイツに私達の活躍を自慢するわよ!ほら!早く!」
と、ウィルを急かしながら自分はさっさと抜け道に向かって歩いて行ってしまった。
ウィルとラミィが重い体をひきずるように、連れだって抜け道を抜け、街の入り口から入った時だった。
「ウィル殿!ラミィ様!」
と、広場の奥からイーサンが駆け寄ってきた。
その体は鎧姿のままだが、腕など複数の場所に包帯が巻いてある。
「よかった!お二人ともご無事だったのですね」
「えぇ。なんとかラミィ殿と協力して撃退しました。この通り2人とも無事です。……それより、イーサン殿その傷は?」
「……撃退って。アンタのは殲滅の間違いでしょ?」
ダポン軍を撃退したことをイーサンに告げるウィル。それよりも心配なのはイーサンの傷だ。まさかこの街まで敵が侵入してきたのか?と、ウィルは案じていた。
ウィルの質問を聞いたイーサンは、腕に巻かれた包帯に目をやると、苦笑いしながら恥ずかしそうに口を開いた。
「いやぁ、お恥ずかしい。ウィル殿とラミィ様が行かれた後、私達もダポン軍の別動隊と思われる部隊と交戦したのですが、たった500程の数の相手に手傷を負わされてしまいました」
「な、なんと!ここまで侵入してきた敵がいたのですか!?……やはりイーサン殿達に留守を任せて正解でしたね。それで?ジャッジ様のお加減は?お目覚めになりましたか?」
敵が侵入したと聞いて少し焦りはしたが、イーサン達ジャッド族がいたなら大丈夫だろうと思い直したウィルは、一番気にかかっていたジャッジの事を尋ねる。
イーサンはその言葉を聞いた途端、少し驚いたような表情をしたあと申し訳なさそうに額に皺を寄せ、ゆっくりと口を開いた。
「……まだお目覚めにはなっていません。呼吸は大分落ち着かれているのですが、昨日お二人が出て行かれてからお変わりはないです」
「……そうですか。私達もひとまずジャッジ様の元に向かいましょう。ジャッジ様に勝利をご報告しなければなりません」
「そうね。私が手でも握ればすぐにアイツも目覚めるわよ」
そう言い合うとウィル達はジャッジが眠る館に向かって歩きだした。
体は疲れているのだが、大切な主であるジャッジと、その主が愛するこの国を守ることが出来た充実感をウィルは感じていた。