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ダポン軍の後方でラミィが大暴れしているその頃、ウィルはゆっくりと目の前に広がる大軍に向かい、その歩を進めていた。
ウィルから見える景色には横幅いっぱいにダポン軍が見え、壮観ともいえる眺めだった。
そして、先ほどからそのずっと後ろ、ダポン軍の最後尾と思える場所で、赤かったり青かったりする光がウィルの常人離れした視力で確認できている。
……あれは、おそらくラミィ殿が魔法を放っている光だろう。今回はいつになく怒っていたからな…。私がいなくてもダポン軍を全滅させそうな勢いだな。
などと思いながらウィルはその足を止めた。
「……この辺りでいいだろう。あまり出すぎて抜け道に入られるのは困るからな」
ウィルがそう言いながら足を止めたのは、ハートランド王国に抜ける抜け道を背にして、ちょうど平らな地面がすぼまろうとしている場所だった。
この場所ならば、戦いやすい場所の確保はできるし、相手がいくら大軍だろうと精々100程度しか入ってはこれない。1対100ならば、ウィルにとっては大した問題ではないのだ。
ウィルがここで待つ。と決めてからしばらくするとダポン軍に動きがあった。全体がウィルの背後にある抜け道に向かうように、少しずつ縦長になりながら前進してきたのだ。
そして、ある程度の距離まで近づくと、ウィルが仁王立ちで待つ姿に気付いたのか、最前線に偵察兵と思われる兵が単独で現れ、そしてすぐに下がっていった。
「な、なに!?男が一人で待ち構えていただと?」
伝令兵の報告を受けたゲールは、まさかという可能性に思い当たり驚きを隠せなかった。
……ま、まさか例の従者じゃないのか?あの黒装束の男は暗殺をしくじったのか?……いや、そうじゃない可能性も十分ある。自棄になった仲間の一人かもしれないじゃないか。
ゲールは脳内で必死に仮説を立てては否定して、また仮説を立ててを繰り返していた。そして、例の従者はもう死んでいるはず、という希望的結論に達したゲールは、
「……かまわん。最初の命令通り突入しろ。男一人など踏み潰してしまえ!」
と、伝令兵を通じて全軍に命令を下すと、自らは一番安全と思われる軍のど真ん中あたりに陣取る事に決め、馬の頭を回してイエスマンの指揮官とともに下がり始めた。
後方からは絶え間なく魔女による魔法が降り注ぎ続けており、前方には正体不明の敵がいる。確実に身の安全を確保するにはそうするしかない。
「……大丈夫。きっと大丈夫なはずだ…」
ゲールの胸のうちは不安で押し潰されそうだった。
ウィルが待ち受ける場所に向け、やっとダポン軍は前進を始めたようだ。
偵察兵らしき姿が消えてからしばらくすると、騎兵の部隊が最前線に現れ突撃の構えを見せていた。
「なるほど。私一人など騎兵で押し潰せということか…。そう易々とやられはしないがな」
ウィルもその時に備えて剣を構える。両手に漆黒の剣を持ち仁王立ちで構えるウィルの姿は、少しでも剣に通じる者が見ればその隙の無さに驚くだろう。ゆったりとしてリラックスしているように見えるが、どんな動きにも対応できるように準備されているのだ。
そんな準備万端のウィルに向かい、ついにダポン軍は動き始めた。
「プォ~!」
という進軍ラッパが辺りに鳴り響くと、
「おぉー!!」
と、鬨の声を上げて前線の兵が走り始めた。
先頭を走るのはもちろん騎兵だ。鉄と思われる重装備で全身を覆い隠した騎兵が、長い槍をわきに抱えながら突っ込んでくる。その数はパッと見ても100はいるだろう。
「やっと私の出番だな。ラミィ殿に負けないようにしなくては。……それに何よりジャッジ様を傷つけた罪、その命で償ってもらおう!」
そう気合いを入れたウィルは、目の前まで迫った騎馬兵が槍を繰り出すの姿を冷静にその目で捉えると、ひょいと軽い動作で跳び上がり簡単に槍を躱すと、そのまま騎馬兵の首を斬り落とした。
勢いよく走る騎馬と胴体から空中に置き去りにされた首が地面に落ちるより早く、ウィルは次の騎馬に向けて向き直る。
そして、二人目の騎馬兵を上半身と下半身に真っ二つに斬り分け、三人目には二人目の騎馬兵が持っていた槍を腹部に突き刺した。
「こっちの方が早いかもしれないな」
槍を掴んだ手を見ながらそう呟いたウィルは、残りの騎馬兵からは槍を集めるべく、仕留める時には槍を持つ腕ごと斬り落としていった。
あっという間に第一陣の騎馬兵を全て葬り去ったウィルは、付近に散らばる槍を拾い集めていた。
その槍を掴んだままの手はよほどきつく握りしめていたのだろう、腕だけになった後も槍からはがすのに苦労するほどだった。
ダポン軍は第二陣を送り込むこと無く、こちらの様子を伺っている。まさかこんなに早く第一陣が全滅するとは考えていなかったのだろう。
そんなダポン軍の様子などお構いなしに、ウィルは集め終わった80程の槍を足元に置くとまとめて3本手に持った。
「そんなに近くでボーッとしてていいのか?こっちには飛び道具もあるんだぞ?」
聞こえているとは思っていないがそう呟くと、ウィルは手に持った槍の1つを振りかぶると、前方のダポン軍目掛けて放り投げた。
ウィルの手から放たれた槍は、ものすごい速さで飛んでいく。普通槍を遠くに投げて使用する場合は、どうしても放物線を描くように斜め上に投げるものだが、ウィルの投げた槍は真っ直ぐ直線的にダポン軍に向かって飛んでいく。
そして、あっという間に前線の兵まで到達した槍は、
ビュッ!
という風切り音とともに、まとめて五人ほどの兵を串刺しにしつつもその勢いは落ちず、串団子のようになった兵ごと後方に吹き飛ばした。
「……えっ?」
串刺しにされた同僚のすぐ隣にいた兵は、何が起きたかわからないままその場に突っ立っていた。
悲鳴の聞こえた後ろを振り返ると、串団子兵の一番上で目を見開く同僚と目が合った。その目には既に生気はなく、目が合ったという言い方は正しくないのだろうが、大きく見開かれた両目からは助けてくれと言われているような気がした。
すぐに目を逸らし、その目から逃げるように再び前方に向き直った兵を待っていたのは、高速で飛来する槍とそれに貫かれて串団子兵になる自分という現実だった。
「これはなかなか良いな。大して力もいらないし、まとめて複数の敵を倒すのに適している。あそこまで密集してくれていたら外す方が難しいというものだ」
と、投げ槍の戦果に満足した様子のウィルは、取り合えず残りの槍も投げきることにしたらしい。次々に槍を手に取ると、軽い感じでドンドン投げ込んでいく。
たまったもんじゃないのは投げ込まれるダポン軍だ。元々自分達の武器であったはずの槍が、敵の手に渡った途端恐ろしい兵器となって襲いかかってくるのだ。
1本の槍で平均5名ほどが串刺しにされ、巻き添えまで含めれば6~7名程がやられていく。しかも、こちらから敵に反撃する手段はないときている。
このまま敵の槍が尽きるのを待つしかないのか…。と、前線の部隊長は考え、自らが率いる兵には槍から身を隠すように地面にうつ伏せになるよう命じ、自らも腹這い状態で様子を伺うことにした。
ダポン軍の前線では絶えず悲鳴がこだまし、どうにか槍から逃げようと腹這いになる兵も多かった。それでも飛来する槍の犠牲者は刻一刻と増え続け、ウィルが全ての槍を投げ終わったときには、その被害は500を超えていた。