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ダポン軍の姿をウィルの目が捉えたのは、2人が見晴らしの良い場所で待ち始めてから丸一日たった頃だった。
「……見えました。偵察の報告通りの方角からこちらに向かってきています。数は……正確には分かりませんが、かなりの大軍勢ですね」
「やっと来たのね。ジャッジの受けた苦しみを何倍にもして返してやるわ!」
普段ならとっくに飽きてしまっているであろうラミィだが、今回ばかりはゲールに対する怒りが勝っているのであろう。冷めることのない怒りをやっとぶつける事ができると意気込んでいる。
もちろん、ラミィと同じかそれ以上に怒っているウィルも、努めて冷静に振る舞おうとしているが、その目には怒りの炎が静かに燃えている。
「それでは合図をよろしくおねがいします。その後は話し合った通りに」
「わかったわ。私が全員倒しちゃっても文句言わないでよね」
ラミィはそう言いながら、頭上に向かって火魔法を打ち上げる。ラミィの右手から放たれた大きな炎の塊は、目視できるギリギリの高さまで打ち上がると、破裂音を辺りに轟かせながら爆発した。
それはあらかじめイーサン達と決めていた開戦の合図だった。この合図を確認してから丸2日ウィルとラミィからの連絡がない場合、国を放棄して皆で逃げることになっている。もちろんその場合はジャッジも連れて逃げることになる。
ウィルとラミィは知らないが、イーサンとタゴサックは丸2日どころか何日でも2人が帰るのを待つつもりだった。もちろんジャッジの身の安全を確保したうえで、自分達も討ってでるくらいの覚悟を持っていた。
「じゃあ、私は魔車で背後に回るわ。アンタも死になさんなよ」
ラミィはそう言い残すと、事前に準備してあった魔車に乗り込み、あっという間にその姿を小さくしていった。
ウィルとラミィの考えた作戦とは、ダポン軍の後方からラミィが魔法を魔力の続く限り撃ち込み、ウィルは前方で逃げてくる敵を打ち倒す。という魚の追い込み漁のような極単純なものだ。
圧倒的や個の戦力が2つある場合のみ通用する様な、あまり参考にはならない作戦だが、それぞれが単独で戦うことを得意とするウィルとラミィにはピッタリの作戦だった。
「……さぁて。今日は手加減するつもりはないぞ。ジャッジ様を苦しめたその罪、死をもって償ってもらおうか」
ウィルはそう呟きながら両手に漆黒の剣を下げ、ゆっくりと1歩目を踏み出した。
「今の音はなんだ!?」
「……わかりません。すぐに確認させます」
もうすぐ到着するとの事で馬車を降り、馬に乗り換えようとしていたゲールは、突然辺りに響き渡った大きな破裂音をしっかりとその耳で捉えていた。
前方にはハートランド王国を囲む山々がその目で確認でき、このまままっすぐ進むと抜け道があるとの情報も得ていた。
そこにこの破裂音である。敵の罠か?とも考えたが、兵達が騒ぐ様子はなく被害もないようだ。とすると、軍内部での事故か…。
まぁいい。そこまで気にかける必要はないだろう。それより今は早くこの戦を終わらせて帰国しなくては。
などと考えながら、慣れない馬に助けを借りてやっと乗れた時だった。
「ほ、報告します!後方に突如少女か現れました!例の魔女だと思われ、先ほどの破裂音の原因もその魔女の放った魔法だと思われます!」
「なに!?後方だと?いつの間に…」
伝令兵の報告に狼狽える子飼いの指揮官。その横で同じように報告を聞いていたゲールは、小さく舌打ちをした。
……どうやら、従者の方を暗殺することにしたみたいだな。正体の分からない魔法というものは脅威だが、どうせたった1人で自暴自棄になった特攻のようなものだろう。
「……かまわん。まずはまずはその魔女とやらを排除しろ。そのあとでゆっくりとハートランド王国に攻めいれば良い」
ゲールがそう伝令兵に命令すると、今まで直接ゲールから命令を受けたことはなかった伝令兵は困惑したように、指揮官とゲールを見比べている。
それを見た指揮官も慌てて、付け足すように指示を出す。
「ゲール様の仰る通りにしろ」
「はっ!」
伝令兵がその場を去った後、ゲールは魔女を生け捕りにしろと命じた方がよかったか?その方が国内での宣伝に使えるのではないか?などと考えるほどまだ余裕だった。
ダポン軍の後方で魔車から降りたラミィは、しばらく自分をアピールするかのようにその場でなにもせずに佇んでいた。
「……そろそろ私に気付いたかしら?多分もうゲールにも報告がいってる頃だと思うんだけど」
などと、独り言を話しながらダポン軍の方を見つめていると、
突如ラミィから近い位置にいるダポン軍の後方の兵達が、一斉にラミィの方を向き直った。
そして、号令とともにこちらに向けて進軍してくる様子が伺える。
「どうやら気付いたみたいね。あー怖い怖い。私みたいに可憐な女の子相手に、大の男が寄ってたかって何しようってのかしら」
迫りくるダポン軍を前にして、そう言いながらもラミィには少しも恐怖を感じている様子はない。
それどころか、その表情は笑みを浮かべておりどこか嬉しそうでもある。
「待ち焦がれたわ…。早く、もっと早く寄ってきなさい。……………消し炭にしてやるから!」
ラミィの表情が獰猛な笑みへと変わり、それも徐々に怒りを浮かべた表情に変わっていく。
そして、ダポン軍の先頭がラミィが考える魔法の有効射程距離に入った時、ゆっくりとラミィが両手を前に突き出した。
その体内では、相手からは見えないであろうが魔力の渦が目まぐるしい速さで循環している。いつものラミィよりも輝きを増しているようにも感じられる。どうやら魔力は感情にも比例するようだ。
「今ならアイツにも負けない位の魔法が撃てそうね。それじゃ、まずは足止めをさせてもらおうかしら。………地割れ!」
ラミィがそう言いながら魔力を放出すると、ラミィとダポン軍とのちょうど中間あたりの地面が、ピシッという音をたて始めた。
その音は徐々に左右に広がっていき、次第にゴゴゴコ、という地鳴りの様な音に変わっていった。
そして、一部の地面に穴が空いたのをきっかけにして、左右に大きく地面が割けていく。その幅は飛び越えるには少し広く、多くの兵達は足を止めざるをえなかった。
運が悪かったのは先頭付近にいた兵だ。自らの足元の地面が突然割れるとは夢にも思わなかったに違いない。後ろに下がろうにも後続の兵が邪魔になり、戻るに戻れない兵達は叫び声を上げながら底の見えない奈落へと落ちていった。
ラミィの開けた裂け目は幅1キロ程はあるだろうか、回り込むようにラミィに迫るには遠すぎるはずだ。
「……さて。まずはこれで安心ね。あとはこっちが一方的に攻める番よ!」
ラミィは今度は自らの足元の地面を隆起させ、ダポン軍の多くを見渡せる高さまで自分の位置を引き上げた。
地上の兵達はなにやら梯子のようなものを準備しているようだ。組み合わせて裂け目を渡ろうとでもしているのだろうか。
そんなことお構いなしにラミィは再び両手に魔力を集めている。
「最初は燃えてもらおうかしら。………ヘルファイア!いや、メガヘルファイア!」
そう言うと、その両手から巨大な炎の塊を何発も撃ち出す。
ラミィの両手から放たれた巨大な炎の塊は、ダポン軍の兵達が密集する場所に着弾すると、ボンッ!という音を立てて破裂するように、辺り一面に炎で出来た赤い花を咲かせた。
炎の塊1つで、少なくとも数十人の兵が火だるまになり悶え苦しんでいる。
そんな塊がドンドン飛んでくるのだ、ダポン兵にとってはたまったもんじゃない。
阿鼻叫喚の叫び声を上げながら、後方に逃げようとする兵が続出した。しかし、後ろからは前進しようとする兵が押し寄せてくる。
結果その場に留まるしかなく、むしろ前進しようとする兵に押されて、また地獄のような場所にもどるしかないという状態だった。




