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マイノリティ  作者: 胸毛モジャ夫
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「う、ウィル殿まで!お二人ともどうなされたのですか!?」



ラミィに続きウィルまでもそれに同調するようなことを言い出し、2人して明らかに普段とは様子が違う。

こんな2人を見たことのなかったイーサン、タゴサック、エマの3人は狼狽えてしまっている。


そんな3人の方をまっすぐ見つめ、ウィルは口を開いた。



「……私は、この中の誰よりも長くジャッジ様のお側で過ごしてきました。理不尽な侵攻でこの国を追われ、お父上を亡くした悲しみに浸る時間さえ与えられなかったあの時からずっと」



3人の方を見ながらも、ウィルのその目は遠い日の出来事を思い起こすように、はるか彼方を見ているようにエマには思えた。



「ラミィ殿に出会うまでは、ご自身の体調が思わしくないにも関わらず、口を開けば私や街の住人の心配ばかりされていました。そんなお優しいジャッジ様が、一番生き生きと楽しそうに過ごされる様になったのは、皆さんがこの国に暮らし始めてからです」



今度はしっかりと3人の目をみながらそう話すウィル。


そして、ウィルはジャッジの方を振り返り更に話を続けた。



「……やっと、……やっと夢が叶い、これからジャッジ様とハートランド王国の新しい歴史が始まろうとしているこの大事な時に!こんな卑怯な手段で命を狙う者どもを許すわけにはいかない!」



そう言うとウィルは再び3人の方を振り返った。


その表情は怒りを抑えた普段のウィルと変わりないものだったが、その目を見たエマにはもう何を言ってもウィルを止められないのが分かった。

そのくらい固い決意を秘めた目をウィルはしていた。



同じようにイーサンとタゴサックもウィルの固い決意を感じたのだろう。諦めたように2人で視線を交わし合うと、



「……わかりました。ジャッジ様のことは私達に任せてください。決して何人たりとも近づけることはしません。兵達には抜け道を守ってもらうことにしましょう」


「我が儘言ってすみません」



と、イーサンが代表して返事をした。




こうして、新生ハートランド王国初の防衛戦は、ウィルとラミィという、ハートランド王国の誇る2大戦力のみで迎え撃つことが決まった。









「……しかし、アンタもなかなか頑固ね。私1人でもなんとかなったのに」


「ラミィ殿1人に任せたとなると、目覚めた後ジャッジ様に叱られてしまいます。それに私も今回のゲールの取った手段は許せなかったので」



ハートランド王国を囲む山々を抜ける、抜け道を駆け足で移動しながらウィルとラミィは会話していた。


あの後、集まった兵達に作戦変更を伝えたり、自らの準備を入念に行っていたら出発が遅くなったのだ。

当初早朝に出発する予定だったはずが、すっかり日は昇りきっている。


本日ゲール率いるダポン共和国軍が到着するかは分からないが、いつきてもいいように出陣を早めておいたのが幸いした形になった。


入念に準備したラミィは、いつもと変わらないお気に入りの青いワンピース姿に、マジックバッグを肩から掛けている。この中にはお手製の魔力回復薬が大量に入っている。


そんな一見普段着のラミィと反対に、ウィルはラミィ特製の木製鎧に、漆黒の剣を2つ腰に下げている。この剣もラミィ特製の謎の鉱石を加工したものだ。今回のような多数を相手にする戦闘でその真価を発揮すると、ウィルは使い慣れた剣よりこちらを選んだ。




「ジャッジはあと2、3日は目覚めないでしょうね。その間に戦いが終わっていればびっくりするでしょうね」



今から2対3万という常識では考えられない戦いに挑むというのに、ラミィは呑気にそんなことを話している。

それを聞くウィルも大して気負っている風ではない。



「ハハハ。ジャッジ様の驚く顔が楽しみです。……そういえば、ラミィ殿は何故毒矢に撃たれても平気だったのですか?」



昨夜はジャッジが倒れたことでそれどころではなかった為気にもならなかったが、よく考えたら不思議だとウィルは質問した。



「あぁ。それなら私の着ていたパジャマのおかげよ。あのパジャマには風の魔法が常に発動するように細工してあるの。優しく触るぶんには何の問題もないけど、私を傷つけようとする物は弾かれるわ。まぁ剣とかあんまり重いものには効果ないんだけどね。アンタにもひとつ作ってあげましょうか?どんな柄にする?うさぎ?猫?」


「………い、いや。私は遠慮しておきます」



ラミィは好意で言ってくれているのだろうが、さすがに40の男がうさぎや猫の寝巻きを着るわけにはいかない。

……しかし、ジャッジ様にはいいかもしれない。この際柄は我慢して頂いて、身の安全の為にお勧めしようか。




そんな風に現在の状況にそぐわない、呑気とも言える会話を繰り広げながら走る2人は、ついに抜け道を抜け開けた場所まで辿り着いた。




「こっちの方向であってたのよね?間違いってことはない?」


「確かにこの方向であってます。偵察兵の情報ではあと2日ということでしたから、まだ時間がかかるのでしょう」



2人がどれだけ周りを見回しても、敵兵どころか人っ子一人見当たらない。ウィルの並外れた視力で目を凝らしても見えないのだから、相当遠くにいるのだろう。



「どうする?魔車でダポン軍のいるところまで迎え撃ちに行く?私はそれでもいいわよ」



そう提案するラミィ。今回はかなり好戦的だ。



「いや、やめておきましょう。別動隊がいて別の抜け道からも攻め込んでくる可能性もあります。そうなったときに私達2人が国から遠く離れているのは致命的です。待ち遠しいでしょうが、ここで待ちましょう」



そう言うと、少しでも見晴らしの良い場所は無いかと、ウィルはまわりを見渡し始めた。



「……アンタ意外と冷静なのね。安心したわ」


「そうですか?」



ラミィはやれやれといった仕草をしたあと、長丁場になると踏んでいるのかマジックバッグからテーブルと椅子を取り出すと、それに腰掛けクッキーを食べ始めた。



「まぁ、アンタも座りなさい。今日だけは特別に私と二人きりでお茶を飲んでもいいわよ。アンタの主人には内緒にしとくことね。きっと嫉妬して意地悪されるわよ」


「…………」



ジャッジはそんなことでは嫉妬しないと思う。とは言えず。ウィルは黙ってラミィの勧めてくれた椅子に座った。










ウィルとラミィが何もない荒野でお茶とクッキーを楽しんでいるとは夢にも思わないゲールは、もう2週間以上も続く馬車での移動にうんざりしていた。



「……まだ着かないのか?」


「もうすぐのはずです。明日にはハートランド王国に攻め入ることができるでしょう」


「やっとか…。まったくこの大事な時期にこんなに長く国を空けることになるとは…」


「ご心配無く。ハートランド王国討伐の成果を持ち帰れば、きっと民衆もゲール様支持で盛り上がるはずです」


「……そうだといいがな」



馬車の中でゲールを相手に機嫌を取っているのは、ゲール子飼いの軍人である。各方面に金をばら撒き、一軍を率いるにまで出世させたゲール肝いりの彼を、ゲールは今回の指揮官に命じていた。


もう何度繰り返したか分からない会話に終止符をうち、馬車の窓の外を流れるほとんど変わり映えしない景色に目をやりながら、ゲールは出陣前夜に執務室を訪れた黒衣装の男のことを考えていた。


あの男が約束通りに暗殺を実行していれば、今ごろジャッジ王と従者か魔女のどちらかは、既に命を落としているだろう。


そうなれば、今回の戦いは楽なものになるに違いない。もしかするとハートランド王国自体を滅亡させることになるかもしれない。それも仕方ない事だとゲールは考えていた。



「………頼むぞ」


「えっ?なにか仰いましたか?」



ゲールはぼそっとそう呟くと、子飼いの軍人の発言に気がつかなかったかのように、ゆっくりとその目を閉じた。

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