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自慢気に両手を広げたままのポーズで、俺の方を見つめている。ドヤ顔のままな所をみるとなんか反応してあげたほうがよさそうだ。
「あぁ、立派な家だな」
「でしょー!この家を建てるのは苦労したのよ。さぁ、中に入るわよ。あぁ、入って右に曲がったとこにリビングがあるから、そこに座って待ってて。お茶でも淹れてあげるわ」
そう言うと少女はさっさと家に入ってしまった。なんとも忙しないし自分勝手なやつだ。こいつ友達いないだろうなと思うが、よく考えたら俺にもいなかった。
少女がいなくなったあと周りをじっくりと眺めてみる。どうやらここは深い森の中のようだ。今いるファイスの街や、ハートランド王国のあたりに自生する木とは種類が違う。すごく背が高くて幹が太い。そのせいか陽の光があまり地面まで届かないのだろう、やや薄暗い。
そんなことより、さっきここに来たのはなんだ?地面に空いた穴に落ちたと思ったら、いつのまにかここに立っていた。ここが地下にあるとは思えない。まさか俺はあのベンチでうたた寝して夢をみているのか?と思い頬をつねったりしていると、
「なかなか入ってこないと思ったら…アンタなにしてんの?」
少女が家の扉から顔を覗かせた。
「あ、あぁ、今いくよ」
恥ずかしいところを見られてしまった。が、どうやら夢ではないようだ。仕方ないこの少女に聞いてみるしかない。俺は少女に続いて家に入り、リビングの椅子に腰かける。
なかなか立派な家だ。内装もスッキリと片付いており、居心地がいい家とはこういう家のことを言うのだろう。
少女が淹れてくれたお茶を一口飲み、俺は口を開いた。
「さて、色々と聞きたいことがあるが、まずここはどこだ?」
本当に知りたいことだらけだが、まずは帰れるかどうか聞いておいたほうがいいだろう。俺がいなくなったと知ればウィルが心配する。
「ここ?ここは私の家よ。」
少女は自分でいれたお茶が熱かったのだろう。カップにふーふーと息を吹き掛けながらそう答えた。
「いや、それは分かっている。この家が立っている場所を聞いているんだ」
「あぁ、そういうことね。ここは西の大陸のさらに西の海上にある島よ。その名もラミィ島よ」
なんてことないという顔で少女は答えた。
「ラミィ島?そんなの聞いたことないぞ。まぁいい、それはとりあえずおいとこう。そんな遠いところにどうやって俺たちは来たんだ?ファイスの街からはかなり離れているんじゃないか?」
俺は少女に再び問いかける。穴に落ちたと思ったら次の瞬間にはここにいた。どんな手を使えばそんなことができるのか見当もつかない。
「あぁ、それはね転移石を使ったのよ。しかも私お手製のね」
転移石?その名は聞いたことがない。遠い距離を一瞬で移動できるのだろうか?それならばこの上なく便利な物だ。きっと人々の話題にのぼっているはずだろう。
「そんなものは聞いたことがないぞ」
「でしょうね。魔女の間では一般的なんだけどね。まぁそれを手作りしちゃう私は天才なんだけどねー」
魔女!?今こいつは魔女といったか?母上も魔女だと言っていた。父上も魔女を探してみろと言っていた。
「魔女!?おまえは魔女なのか?」
「えぇ、そうよ。私は魔女。天才魔女ラミィよ」
やはり魔女らしい。自分のことを天才というやつにろくなやつはいないと思うが、こいつは大丈夫だろうか?
目の前の自称天才魔女は、茶請けのクッキーを一生懸命頬張っている。クッキーが入った器は自分の手元に置いており、俺にあげる気はなさそうだ。そういうのは客に出すもんなんじゃないのか?天才魔女よ。
「もしかして俺が魔女の息子だから連れてきたのか?」
「やっぱり?やっぱそうなのね!私の見る目に狂いはなかったわね」
興奮気味にそう答えるラミィ。その口からはクッキーの欠片がボロボロこぼれている。こぼすくらいなら俺にも一つくらいくれ、天才魔女よ。
「ビックリしたわよ。ベンチに座っているアンタから魔力が感じられたときは」
「魔力?俺には魔力があるのか?」
そんなものは感じたことがない。目に見えるものではないのだろうか。
「あるわよ。それも大量に。しかもアンタ魔力をコントロールする訓練なんかしたことないでしょ?体の中の魔力の流れが、乱れに乱れてるわよ。そんなんじゃ体調が悪くなるのも当たり前ね。そのまま放っとけば死ぬわよ」
「そ、そうなのか…」
俺の体調が悪いのは魔力のせいだったのか…。
それならどの医者に診せてもだめなのも当然だ。俺が何も話してないのに体調が悪いことも見抜かれた。おそらくラミィの言う通りなんだろう。
「そうよ。よかったわね、たまたま私に見つけられて。さて、それじゃ、アンタの話を聞かせて。魔力をもった男なんて私たち魔女の間でも伝説の存在よ。どんな風に生まれてどうやって生きてきたの?」
ラミィは興味深そうな顔で、まっすぐに俺を見つめて質問してきた。少女だと思って接してきたが、魔女だというのなら実はいい年なのかもしれない。その瞳は深いブルーで、見つめられると心の奥までも見透かされているようだ。その顔もよく見ると整った顔立ちをしており、不覚にも少しドキドキしてしまった。
「そうだな、なにから話せばいいか…」
俺は今までのことをラミィに話した。父親と母親が出会ったこと、そして俺が生まれたこと。母親はそのときに死んでしまったこと…。ハートランド王国のこと。ウィルのこと。侵攻を受けたことや、今の生活のことまで。知らないことは憶測を交えて、隠すことなく俺に関するありとあらゆることをラミィに話した。
ラミィは今までの態度とは違い、黙って俺の話を聞いてくれた。時おりお茶を飲み、無くなればポットから注いでくれた。
話すことがなくなり、気付けば部屋の中は暗くなり始めていた。窓から外を眺めると、外は夕闇が支配する時間が近づいてきていた。
ランプかなんか無いかラミィに聞こうと、外を眺めていた視線を再びラミィに戻すと、先ほどまでとは違いラミィは顔を机に突っ伏していた。
「どうした?眠くなったのか?」
声をかける俺に対して、ラミィはその姿勢を変えない。しばらくすると、ラミィから嗚咽が聞こえてきた。
「ひっ、ひぐっ、アンタも苦労したのね…。ふぇ、ふぇぇぇーん!」
突然泣き出したラミィに戸惑う俺。なんとも感情豊かな魔女だ。…が自分の為に泣いてくれている人に悪い気はしない。自分より年上かもしれないということを忘れて、思わずラミィに近づき頭を撫でてしまう。
「俺の為に泣いてくれてありがとう」
そう言いながら頭を撫でる俺を、顔をあげて見たかと思えば、椅子から立ち上がりバッと抱きついてきた。俺の胸に顔を埋めて泣き続けるラミィに俺はどうしていいか分からない。体をカチコチにして突っ立ったまま、薄暗い部屋で時間はゆっくりと流れていった。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。突然バッと俺から離れたラミィが、涙と鼻水を袖でふきながら俺に言った。
「違うわよ!ちょっと涙を拭くものが近くに無かったから、アンタの服で拭いただけよ!」
…うん、確かに俺の服はラミィの涙と鼻水でビチャビチャだ。