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「ジャッジ様!見張り所にて怪しい人物を捕らえました。その人物はトルスの使いだと言い張っていますが…。いかが致しましょう」
「トルスの…?トルスと言えばダポン共和国のトルスか?わかった、話を聞いてみよう」
朝食が終わったばかりの俺の元に、ジャッド族の見張りから報告を受けたイーサンが飛び込んできた。
昨夜遅くに、抜け道を通り抜けようとした怪しい人物を捕らえたとのことだ。
トルスと言えばダポン共和国で、ジャッド族とンダ族を奴隷にするために軍を率いてきた司令官の名だ。あのときは話し合いで解決することができたと思ったが…。
まだ、諦めていなかったのか?あのときのトルスの話ではそうも思えないが…。
などと、色々と憶測しながらその人物が捕らえられているという建物まで急ぐ。
いつの間にか見張り所とは別に、街の入り口に近い場所に簡単な牢屋のものまで作られており、そこに留置されているようだ。
国民の家は基本的に木製だが、その建物は石造りで頑丈に造られているようだ。
「こちらです」
建物の中まで案内された俺は、その人物が閉じ込められている部屋の扉を開けるように命じると、ウィルとイーサンとともにその部屋に入った。
今日もラミィは朝から部屋で何か研究をしている様子だった為に誘っていない。最近はまた魔法の研究を熱心に行っているようで、あまりラミィと話す機会がない。正直少し寂しい。
部屋の中には軽装で細身の男が椅子に座っていた。
その男は扉から入る俺達を警戒している様子だったが、俺が名乗るとその表情をパッと変え、懐から封筒を取り出すと恭しく跪き差し出してきた。
「ジャッジ王!これをトルスより預かって参りました。緊急の用件とのことです。すぐにでもお読みください!」
そう話す男の表情には明らかに焦りが見えた。
よく見ると、髭も伸びているし服も所々破けている。顔色もあまりよくない所を見ると、十分に食事も摂っていないのかもしれない。
「ジャッジ様。ここは私が」
そう言うとウィルが封筒を受けとり、危険な細工がしていないか調べている。どうやら普通の封筒だったようで、ウィルの手から俺に封筒が手渡された。
俺が封筒を慎重に開封すると、中からは一枚の便箋が現れた。差出人はダポン共和国元軍人トルスとなっている。
俺はそのままの姿勢で便箋に書かれた文章を読み進めていき、一通り目を通すとトルスからの使者に質問した。
「……これは本当なのか?お前が本物の使者で、この手紙が本当にトルスからの物だという証拠があるか?」
手紙にはダポン共和国が、ゲールを司令官としてハートランド王国に軍を差し向けたと書いてあった。それも約3万という大軍勢だという。目的は俺によって連れ去られたジャッド族、ンダ族の保護と奪還だというが、その目的はあくまで建前で、実際は皆殺しも視野に入れた作戦だという。
俺の質問に使者の男は少し考える素振りをみせると、口を開いた。
「……オリビア殿は幸せに暮らしているか?……と、疑われたら話せと言われております」
「お、オリビア?うちの妻と同じ名だな…」
イーサンは急に飛び出た妻と同じ名前に困惑している様子だ。
「……なるほど。確かにトルスの使者のようだ。わかった。確かに連絡は受け取った。しばらく休息をとってから帰った方がいい。その時には俺からも返事を書こう。せっかく善意で知らせてくれたのに疑ってすまなかった。お詫びといってはなんだが、ゆっくり休める場所と食事を用意させよう」
「ありがとうございます。しかし、食事だけ頂ければすぐにでも引き返したく思います。……それともう1つ。トルス様より、ゲールがいなくなるともうジャッド族とンダ族を憎む者はいなくなるだろう。と言付かっております」
そう話して肩の荷が降りたのだろう。使者は緊張が解けたかのように再び椅子に崩れ落ちるように腰かけた。
俺はジャッド族の若者に食事とベッドのある部屋の準備を頼むと、ウィルとイーサンとともに再び館に戻ることにした。
ゲールが軍を率いてここに到着するまでにあまり猶予はないだろう。早ければ数日の間にも着くかもしれない。早急に対応策を話し合わなければならない。
それに、どうやらトルスはゲールをこの戦で亡き者にしてほしいようだ。ジャッド族やンダ族の為にはそうした方がいいのかもしれない。
急ぎ館に戻った俺は、イーサンにタゴサックを呼びに行って貰い、ラミィとフラーに声をかけると会議室で緊急の国民代表者会議を行うことにした。
イーサンが引きずるようにタゴサックを会議室に連れてくると、早速席に着くように促してから、俺は今回緊急会議を開くことになった経緯を説明した。
「………というわけだ。つまり、早ければ2、3日、遅くてもあと1週間のうちにはゲールが軍を率いて攻めこんでくる。その対策を話し合おうと思う」
「まったく!迷惑な話ね!こっちは研究がいいところだって言うのに!」
「困りましたね…。せっかく一人前の侍女にするために色々と教えていたのに。こんな中途半端で連れ帰られては今までの教育が台無しです」
「……………畑を踏まれるのは困る」
事情を知らないラミィ、フラー、タゴサックの3人は、それぞれ俺の説明に反応しているが、そこまで焦っている風ではない。
どうやら、この国の首脳陣はなかなか肝っ玉の座った連中のようだ。頼もしくもあり、その楽観的な感じが少し心配でもある。まぁ、今に限って言えば恐怖であたふた騒がれても困るから助かるのだが…。
そんな3人が少し落ち着いたと見た俺は、トルスからの手紙の内容にも言及する。
「トルスからの手紙には、ゲールが率いる軍勢は約3万とあった。さらに今回は以前とは違い、ゲールの掲げるジャッド族、ンダ族の奴隷化に賛成の兵ばかりで構成されているとのことだ。つまり、話し合いは通用しない。戦うしかないと思った方がいいだろう」
「……そして、出来ればゲールを亡き者にした方が、今後の安全の為には良い。ということですね」
「そういうことだな」
俺の言葉にウィルがすかさず情報を付け足してくれた。
「……さて。どうしようか?敵が攻めてくるのが分かっているのは俺達には有利だが、数では大きく劣っている。…まぁ、これはいつものことか」
「そうですね。今回もいつものように私とラミィ殿、それにジャッジ様がいればなんとかなると思います。更に今では屈強なジャッド族の戦士達も味方にいるのです。時と場所さえ間違えなければ負けることはないでしょう」
そう頼もしく話すウィルと、隣で大きく頷くイーサンとタゴサック。俺達の実力を見たことの無いフラーは少し不安そうな表情だが、負けることはないと言いきるウィルを信頼しているのだろう。特に何も口を挟むことはなかった。
「よし!それじゃまずは敵を迎え撃つ場所を決めようか。まず、ゲール達がどこの抜け道を使って攻め入るつもりかだが………」
俺達はそれから昼過ぎまで入念に作戦会議を行った。
ある程度作戦がまとまると、ハートランド国民女性のリーダー格であるオリビアとエマを呼んできて、いざという時に国民が慌てないよう今回の一連の流れを説明した。
オリビアとエマは話を聞いても落ち着いたもので、
「わかりました。アナタ!命に換えてもジャッジ様をお守りするのよ!エマの大事な旦那様になるお方なのよ」
「パパ!パパは死んでもいいからジャッジ様だけはお守りしてね」
「………お、おう」
と、イーサンに可哀想なことを話していた。
そのやり取りを後ろで聞いていたラミィが、
「なっ!?旦那様ですって!ちょっとアンタ!どういうことよ!私が研究ばかりしてるからって、他の女に目移りしたのね!」
と騒ぎ出して、落ち着かせるのが大変だった。
もちろんラミィが騒ぎだした途端、ウィルの姿がいつのまにか見えなくなったのは言うまでもあるまい。