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「……あぁ。そういえば行商人の件でしたね。幸い私にも行商人の知り合いがいます。小さな商店もやっているのですが、店の方は息子に任せて本人は大陸中をウロウロしていますよ。珍しい物や出来事が大好きなので、間違いなくジャッジ様のお話には食いついてくるでしょう」
ロック兵長はそう話すと、その店のある場所まで案内してくれると言う。本人はおそらく不在だと思うが、息子とも面識があり紹介してくれるそうだ。
やはりロック兵長は面倒見がいい。こんな人材がハートランド王国にいずれ加わるとは、俺も運がいいな。
皆がドリンクを飲み終わったあとで店をでて、ロック兵長の案内で街の西側のエリアを目指す。
ちなみにドリンクはなかなか良いお値段だった。めずらしい果物というのも、いい商売になるのかもしれない。
あまり訪れたことのないエリアだけに景色も物珍しく、あたりをキョロキョロしながらロック兵長に付いて歩いていくと、大きな馬車が止まっているのが見えた。
「おぉ!これはついていますね。どうやらサニーも帰ってきている様子です」
そううれしそうに話すロック兵長。
これから紹介してくれる人物はサニーと言うらしく、店の名前もそのまんま「サニーの店」というらしい。
あの馬車で品物の仕入れなどを行っているのだろう。俺達がケイレブ伯爵から借りた馬車よりもかなり大きい。馬も2頭でひくようだし、荷物も沢山乗るのだろう。
そんな風に馬車を目印に店の前まで着いた俺達は、ロック兵長を先頭に店内に入る。
店の看板には、あまり上手とは言えない字で「サニーの店」と描いてあり、店内も色々な物が雑多に並べられている。お世辞にも綺麗とは言いがたいが、珍しいもの好きにはたまらない空間だろう。そういう俺も、今まで見たこともないような物ばかりでワクワクしてしまっている。
「いらっしゃい。……あれ?兵長?珍しいですね。親父ならちょうど昨日戻ってきましたよ」
そう話すのは店番をしていた若者だ。年は俺と同じくらいだろうか?欠伸でもしていたのだろうか、目尻には涙が光っている。まぁ、こんな感じの店だ。しょっちゅう客が来るって感じじゃないんだろうな。
「あぁ。馬車があったから分かったよ。今日はサニーにもお前にもいい話を持ってきたんだ。サニーはどこだ?奥にいるのか?」
「……いい話?まさか兵長から儲け話が聞けるなんて思いもしませんでしたよ。親父なら奥ですよ。ちょっと待っててください。呼んできます」
ロック兵長の言葉に笑いながら答えた若者は、店の奥にいるらしいサニーを呼びに姿を消した。
その姿を見届けたロック兵長は、俺の方を振り向き申し訳なさそうに話す。
「すみません、ジャッジ様。今のがサニーの息子のサンです。私とサニーが幼馴染みで、サンとうちの息子も同い年なので付き合いが長いんです。それでジャッジ様にあんな態度をとって…。あとで叱っておきますので」
「いやいや。そんなことしなくていいですよ。まだ名乗ってもいないですし、仮に名乗ったとしても今回はお願いする立場ですから。気にしないでください」
そんな風にロック兵長とやりとりをしていると、店の奥からサンが髭モジャの男を連れてきた。あれがサニーだろう。
全身真っ黒に日焼けしており、浅黒いジャッド族と見間違えそうなほどだ。顔は髭が伸び放題で下半分は見えない。身長は低いが、筋肉がついているのが見て分かる。
そのサニーは店の中にいるロック兵長を見つけると、口を開いた。
「お前が来るなんて珍しいな。まだ帰ったばかりで髭も剃ってねぇのに。…しかも話があるって?」
「あぁ。帰ってきたばかりの所にすまんな。こちらの方から行商人を紹介してくれと頼まれてな」
そう言いながら俺達の方を手で指し示すロック兵長。
サニーもその手に導かれるように、俺達の方に目線を移した。
そして、少しの間じっと俺の顔を見ていたが、さっきまでのロック兵長に対するものとは違う言葉遣いで話しかけてきた。
「……どうやら、お立場のある方々のようですね。このような埃っぽい店先ではなく、奥の部屋でお話を聞かせてください。あまり綺麗な場所ではございませんが。こちらです、どうぞ」
そう言いながら、先に立って店の奥に案内してくれた。
突然のサニーの態度の変化に、ロック兵長や俺達、更には息子のサンまでも驚いているようだ。
とりあえず話は聞いて貰えるみたいだしよかった。
店の奥は居住空間になっており、その中でも綺麗にされているリビングのような場所に案内された俺達は、サニーに勧められるまま席に着いた。
サニーは手際よく、お茶とはまた違った風味の暖かい飲み物を出してくれた。
「男所帯なもので、汚い場所ですみません。あの馬鹿息子が早く嫁でも貰ってくればいいんですが…。あぁ。それはレモネードという飲み物です。レモンと言う酸っぱい果物を乾燥させて砕いた後、砂糖を混ぜたものです。今回の旅で試して美味しかったので仕入れてきました。どうぞ召し上がってください」
俺はサニーに礼を言った後、レモネードという飲み物を少し口に含んだ。
「お、美味しいわ!なにこれ!甘くて最高よ!」
俺が感想を言う前に、先に飲んだラミィが騒ぎだした。
甘いものに目がないラミィには好評のようだ。
確かに甘いが、それだけではなく酸っぱい感じも少し残っていて、飲んでしばらく経つと体がポカポカしてきた気もする。これは寒い季節に飲むには最高だな。
「うん、これは美味しい。さすが商売人。舌も肥えてますね」
「いえいえ。そんなことありません。いつもくだらないものばかり仕入れてきて、全然売れないせいで店がパンクしそうですよ」
そう謙遜するサニー。
確かにさっき見た店内には物が溢れかえっていた。でもそれも見る人が見れば、掘り出し物があるんじゃないかな?
「それで?お話とはなんでしょう?」
「おぉ、そうだった。実はこの方はな……」
サニーに俺達を紹介しようとしていたロック兵長を俺は止めた。やはり、ここはお願いする立場として自分で話すべきだと思ったからだ。それに、サニーはなんとなくだが俺の正体に気付いている気がする。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。俺はイーストエンド王国の隣のハートランド王国国王、ジャッジと言います。隣にいるのは仲間のウィルとラミィです。ウィルはこの街の英雄として少し有名なので、ご存じかもしれなせんね」
俺はそこまで話すと、一度間を置いてサニーを見つめる。やはりあまり驚いてない所を見ると、正体に見当がついていたのだろう。
「……やはり王族の方でしたか。お話とは行商に関することでしょうか?」
「えぇ。我がハートランド王国は先日他国から多くの移住者を迎えて、やっと国として最低限の暮らしができるようになった所なんです。そうすると次に皆が望むのは買い物ができる場所です。それに、国としても何か特産品をみつけることができれば、取引の材料になるかもしれません。サニーさんにとってあまり旨味を感じるお話ではないでしょうが、なんとか力を貸してくださらないでしょうか」
俺は出来るだけ誠意を込めてサニーにそう話した。
俺の言葉通り、商売としては旨味の無い話だとは思う。今のところ何の特産品もないし、沢山の品物が売れる程国民がいるわけでもない。
俺の話というより、頼みを聞いたサニーはしばらく難しい顔をして考え込んでいた。
……やっぱり無理だったか。
と、俺が諦めかけたその時、
「………是非私共にそのお役目お任せください!」
と、興奮したようにサニーは口を開いた。その目は爛々と輝き、顔は紅潮していた。