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一気に国民の増えた我がハートランド王国では、月1回の開催が恒例となった国民代表会議が今日も行われていた。
以前は全国民会議と称して、俺とウィルとラミィで話し合いをしていたが、さすがに500人を超えた全国民で行うのは現実的ではない為、現在ではそこにイーサンとタゴサック、フラーを加えて会議を行っている。
イーサンとタゴサックが参加するのは当然と思えるが、なぜそこにフラーが加わったかを説明しないといけないだろう。
ハートランド王国に帰ってきてすぐに、フラーは以前のように館で侍女として働き始めた。しかし、今では館で生活する人数も少なくあまりフラーの仕事はなかった。
そこで、ケイレブ伯爵の元にいたころのように、エマ等の希望する若いジャッド族の女性に、使用人としての教育を行っていた。
すると、ジャッド族の母親たちから、うちの子にも教えてほしいという意見が相次ぎ、いつのまにか学校のようになってきた。
それならいっそのこと誰でも通える学校にしよう!という話になり、ジャッド族、ンダ族問わず子供であれば誰でも通える学校を作ることになった。
教えるのはフラーが得意な炊事や洗濯、行儀作法などの基本的な事である。もちろん全員が使用人になる必要はない。というか、現在はエマとフラーがいれば十分過ぎるほどだ。
その他にも簡単な読み書きや算数、歴史なども教えており、少しずつ増えてきた男の子向けに、ウィルも剣術の指導も行っているようだ。
今は館の空き部屋や庭で行っているが、いずれは専用の建物を作ってあげたい。
そんな理由で、ハートランド王国の教育を担うフラーにも会議への参加をお願いしたというわけだ。
「………というわけなので、各抜け道に見張り所を設けてはどうかと思うのですが」
「なるほど。確かに警戒しておいて損はないだろうな。そうなると必然的にジャッド族から人手を出して貰うことになるけど、大丈夫なのか?」
「是非我々におまかせください。若い戦士達を交代制で見張りにつかせます」
今回イーサンが議題として提案してきたのは、ハートランド王国に至る抜け道に見張り所を設けて、侵入者をいち早く察知したほうがいいのではないか?ということだった。
前回ロンベル国に易々と侵入を許したせいで、多くの国民が犠牲になったことを教訓として活かそう、ということだろう。
「俺はいいと思うけど、みんなはどうかな?」
俺は他の参加者を見回しながら意見を募るも、特に反対はないようだった。
「それじゃ細かいところはイーサンに任すよ。ある程度決まったら報告してくれ」
「ありがとうございます!早速打ち合わせをして参ります」
と、言うや否や会議室を出ていってしまった。
どうもジャッド族の男性は筋肉ムキムキのせいなのか、直情的な行動が多い。血の気が多いとでも言うべきか。
ここに移り住んでからも、しょっちゅう男同士で揉めている場面を目にする。
まぁ、ほとんどが相撲で決着をつけ、結果に対してどちらも文句を言わないから平和と言えば平和なのだが…。
これから国民が増えていくと、ジャッド族以外と意見が食い違う場面も出てくるだろう。そんなときはどうするのだろうか?
これは一度イーサンにも確認しておいた方がいいな。
そんな風にイーサンが出ていった後も考えていたが、ふと見ると黙ってタゴサックが手を挙げている。
「ん?タゴサック。何か言いたいことがあるのか?」
このンダ族特有の物静かな男は、なかなか自分から意見を言うことはない。
珍しいなと思いながら俺はそう聞いた。
「…そろそろこの土地の土が分かってきました。新しい作物の種が欲しいです」
そう静かに話すタゴサック。
「種か…。それはファイスの街に売ってるかな?」
「はい。前回ラミィ様と買い出しに出掛けた際に、園芸店で確認しておきました。おそらくこの土地に合った物があるはずです」
「わかった。じゃあ次回はタゴサックがラミィと買い出しってことにしよう」
「よろしくお願いします」
タゴサック達ンダ族には、ハートランド王国内の多くの土地を農地として使って貰っている。移住してからずっと様々な場所の土を調べていたようだったが、遂に適した作物の見当がついたようだ。
これはハートランド王国としても大きな前進と言っていいだろう。ンダ族によって食料を安定して生産することができれば、自給自足だけでなく貿易によって外貨を獲得できるかもしれない。
今現在はラミィの持っていた膨大な量の金貨を使わせて貰っているが、それもこのペースで消費していけばいずれは失くなるだろう。ラミィは、
「どうせ自分で使うことなんてないから、全部使っちゃってもいいわよ」
と言っていたが、そうもいかないだろう。
なんでラミィがそんなに沢山の金貨を持っていたかと言うと、師匠であるラーナから受け継いだものらしい。
どうやらラーナは金貨を複製する魔法が使えたらしく、ラミィが独り立ちするときに餞別として持たせたらしいのだ。
餞別にしては多すぎる気もするが、これから一人で生活していく弟子が心配だったのかもしれない。
いつかラーナに会うことがあったら、お礼を言っておかないといけないな。
そんなこんなで今回の国民代表会議も終幕を迎えた。
まぁまぁ中身のある会議だったと思う。次回にも期待しよう。
会議室を出た俺は、今日はもう特に予定も無いため街の様子でも見ようかと、館を出て街に向けて歩いていた。
少し前まで俺の住む館しかなかったハートランド王国にも、今では少しずつではあるが建物が建ってきている。
そのほとんどはジャッド族が建てた木で造られた建物だが、これが思ったよりも頑丈で見映えも良い。
レンガ等は使用せず、基本的には木材を組み合わせて作られているのだが、地面から1段高く床が作られており風通しもいいそうだ。
ジャッド族の無尽蔵の体力でドンドン建設されていく家々。このペースなら近いうちに全ての住民が屋根の下で眠れる日も近いだろう。
また新たに増えた家を眺めながら、散歩でもするようにゆっくり歩いていると、
「ジャッジ様。どうなされたのですか?このような所にまで」
と、正面からエマが声をかけてきた。
そう言えばもう少し行くとイーサンの家があるな。実家に用事があったのかな?
なんて思いながら、俺はエマに返事をする。
「……あぁ、エマか。いや、特になにかあったわけじゃないんだ。また新しく出来た家を見物に来たとこだよ」
「そうですか…。それなら私もご一緒します!最後は館にお戻りになられるでしょうから」
と言うと、俺の左腕に自らの右腕を絡ませてきた。
どうやらこの格好のまま、俺は街を散歩しなければならないらしい。
……少し恥ずかしいが、こうなるとエマには何を言っても無駄だ。ラミィに見つからないように、辺りに目を配りながら散歩しよう。
そう心に誓った俺は、エマと会話しながら再び街を歩き始めた。
「なぁ、エマ。住むところが出来たら、みんなは次に何が欲しくなると思う?」
なんとなくそう質問する俺。
きっと俺達の中で、一番街の住民に近い感覚を持っているのはエマだろう。そのエマの意見も大事だろう。
そう聞かれたエマは少し悩みながらも、
「家の次にですか?うーん…。食べ物はタゴサックさん達のお野菜や狩りで得たお肉がありますし。……これは贅沢かもしれないんですけど、女性は服や甘いものが手に入ればうれしいと思います」
と女性ならではの意見を教えてくれた。
「……なるほど。それは俺達では思い付かなかったな。確かに嗜好品や楽しみも必要だな。ありがとう、エマ」
俺がそう言うと褒められたと思ったのか、エマは笑顔でより体を密着させてきた。
服やお菓子か…。となるとやはり貿易ということになるな。そんな大々的にする必要はないだろうが、小さな商店や行商人でも来てくれないだろうか?今度ファイスの街に行ったときにでも探してみよう。ケイレブ伯爵に相談してみるのもいいかもしれないな。
などと、どことは言わないがエマの柔らかい感触を感じながら、俺は今後のハートランド王国について想いを馳せていた。