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「それでは行ってまいります。ジャッジ様も無理をなさらないように」
「あぁ、今日はだいぶ調子がいいみたいだ。少し散歩でもしてみるよ」
そういう俺を少し心配そうに見たあと、扉を開けてウィルは仕事に出掛けていった。
ウィルは剣術道場というものを開き、そこで剣を教えている。主に子供が相手だが繁盛しているようだ。
人柄は優しいし若々しい見た目をしているため、子供を連れてくる母親たちからも人気のようだ。
きっと縁談の話などもあったと思うが、俺がいるから断ったのだろう。本当に申し訳ない。
おかげで収入は食うには困らない程度はあるし、俺の治療費もまかなえている。
「かといって、いつまでもウィルにおんぶに抱っこじゃいけないよなぁ」
そう呟きながら俺も家をでる。特に目的はないが、いつもベッドの上にいるせいか、調子の良い日はなんだか外に出たくなる。
家をでて、少し離れている剣術道場を目指して歩きだす。離れているといっても通りを挟んで100メートル程だ、十分目視できる。ウィルの耳なら俺が叫べば聞こえるかもしれない。
道場は今日も繁盛しているようだ。近づくにつれ中から子供たちの賑やかな掛け声が聞こえてくる。道場の壁は空気の通りを良くするため、地面から腰くらいまでは板張りだが、そこから頭の上くらいまでは格子状に木が組まれている。
「ウィル様ー!あっ!今こっちを見たわよ」
「ばかね!私をみたのよ!」
「あんたたち諦めなさい。私はこの前ウィル様に声をかけて頂いたのよ!」
「なんですって!?キーッ!!」
…うん。ウィルはお母様方に人気のようだ。きっと全部聞こえているだろうに、なに食わぬ顔で子供たちに指導を続けているということはいつものことなんだろう。
俺も格子越しに少し中のようすを眺める。子供たちは大勢いるが、それに混じって大人の男性の姿もちらほらみかけられる。まぁウィルは剣聖を越える程の実力があるんだから、大人も教わりに来てもおかしくはない。
あんまり有名になりすぎるとお城から誘いがあったりするかもなぁ、などと考える。まぁそれならそれでいいか、ウィルが選ぶだろう。
そんなことを考えているとふとウィルがこっちを見て、視線があった。ちょっとびっくりしたような顔をしている。俺は軽く手を挙げて「大丈夫」というふうに合図を送る。ウィルは心配そうな顔をしている。相変わらず過保護だなぁと苦笑いになる。
道場から離れ、どこにいこうかなぁと再び歩きだす。
季節は春を迎え、道の脇の雑草にも小さい花が咲いている。きっとハートランド王国の山々も色んな花が咲き乱れている頃だろう。よくフラーたちに連れられてピクニックにいったものだ。ピクニックでサンドイッチを食べるだけなのに、「王族たるもの食事の作法は~」などとうるさかったことを思い出す。フラーは元気かな?
元ハートランド王国に侵攻してきたロンベル国だが、そのあと西の大陸での戦にこっぴどく負け、ほぼ同時に本国のある北の大陸でも侵攻を受け、あっけなく滅亡した。俺たちハートランド王国の生き残りからすれば、仇がいなくなったということだ。その話を聞いたときは肩透かしをくらったような、妙に気持ちになったことを覚えている。
まぁとにかく仇の国は滅亡したわけだが、現在元ハートランド王国のあった場所は宙ぶらりんになっている。ロンベル国を撃退した国も、攻めてきた国を追い返しただけであり特に所有を主張するわけではなかった。
なのであの場所に帰ろうと思えば帰れるのだが、ウィルとも話し、俺の病を治すことが先決だということになった。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていたら、いつのまにか街の中央にある噴水広場についていた。
そこは街のシンボルともいえる大きな噴水が中央にあり、広場を囲うように花壇が設置してある。花壇には色とりどりの花が咲いておりとても鮮やかだ。それを眺めながらベンチに腰を下ろす。
あたりには街の人々もちらほらとみかけられる。ポカポカ陽気だし俺と同じように外に出てきたのだろう。気持ちがいいなぁなんて思いながら、なんとはなしにその人々や花壇の花を眺めていると。
広場の中央で噴水を物珍しそうに眺めていた少女が、俺の方をちらりと見るなりビックリしたような表情で駆け寄ってきた、
「ちょっと、アンタ!なによアンタ、」
そう俺に詰め寄ってきた。
「え?俺?なにってなにが?」
俺は急に知らない人が話しかけてきたからか、ビックリして問い返した。
「あー。気付いてないのね。でもなんで?ていうかアンタ男みたいにみえるけど女?」
なんだその無茶苦茶な質問は?しかも俺の問いには答えてもらってないし。
「俺はみての通り男だよ。というよりおまえはなんなんだ?」
俺が答えると少女はさっきよりビックリしている。
「うそ!?ほんとに男?実はアレがついてないとかじゃなくて?信じられない…。そうだとしたら…。あぁでも前例がないわけじゃ…」
などと今度はぶつぶつと独り言をもらしながら考え始めてしまった。なにを言っても反応しなくなったので、しょうがないから放っておくことにした。
あぁ言い天気だなぁ。お昼はどうしようか?なんかそのへんで買ってきてここで食べるのも悪くないな。なんてボーッとしていると、
「よし!アンタ一緒にきなさい!」
なんて、突然動き出した少女が俺に命令する。
「なんでだよ。俺は今日向ぼっこしてるの」
「ほら、行くわよ!それよりアンタほんとに男なの?」
俺の言うことはどうやらこいつの耳には聞こえていないみたいだ。
「はぁ、わかったわかった。付いていくよ。俺が女に見えるか?ちゃんとアレもついてるぞ。見せてやろうか?」
俺がそう言うと少女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。そして消え入るような声で呟いた。
「あ、あとで…。ちょっとだけ…」
「見せるわけないだろ。バカ、冗談だよ冗談」
そう言うと少女は顔をさらに真っ赤にして、俺を睨み付けた。
「わ、わかってるわよ!さぁ行くわよ!」
そう言うとさっさと大股で歩きだした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんまり速くは歩けないんだ」
あんまり外に出ることもない俺は、すっかり足の筋肉も弱ってしまったようだ。少女の歩く速さに付いていくことができない。
「情けないわね。男でしょ!…まぁいいわ、アンタに合わせてあげる」
そう言うとスピードを落とし、俺の歩く速さに合わせてくれた。そのまましばらく歩くと人通りの少ない路地裏にでた。今の時間は人の姿はない。
「このへんでいいわね。アンタもこっちにきなさい」
そう少女は言いながら、ポケットからなにかを取り出した。なにかの卵のように見えるそれを少女は足元に投げつける。
すると卵が砕けたあとの地面には、不思議な揺らめきの丸い穴のようなものが現れた。
「さぁ、行くわよ」
そう言うと少女は俺の手をとり、なんとその中に飛び込もうとするではないか。
「ちょ、ちょっとまて!待てって!あぁ…!」
少女の意外に強い力に引っ張られ、穴のなかに落ちていく少女と俺。…と思ったのも一瞬だった。
確かに不思議な穴に落ちたと思ったのだが、高いところから落ちたときのあのゾワッとする浮遊感もなく、気付いたときにはどこかの森の中にいた。目の前にはなかなか立派な一軒家がある。
「ふぅ、今回のは上手くいったわね。ようこそ、我が家へ」
少女が両手を広げながら、自慢気に俺に向かってそう言った。